【じゅうさん】
急いで家に帰ろうとする俺の前に、珍しく人垣が見えた。
数人が集まって何かをするという事自体、街中では珍しく御時世なのにだ。
だが、遠目にも別に武器を抱えて集まっているという訳でもないらしく、俺は気にせず足を速めたんだ。
そんな俺の前に、クリップボード片手に笑う女性が立ち塞がる。
「すみませーん。 少しお時間よろしいですかぁ?」
一応、敬語ではあるが、その口調は褒められたモノではない。
「あ、いや……」
「ちょっとだけでもぉ……お願いしますからぁ」
間延びした独特の口調のせいか、俺は【急いでいます】という言い訳を言いそびれてしまった。
マズいとは俺も思うんだ。
ただでさえ、目の前の女性は、人間派の特徴を全て兼ね備えたらしき人物ですらある。
これから、ファッションショーにでも出るのかと言わんばかりの過剰な化粧に、派手な衣服、そして何よりも嫌なのはプンプンと臭い立つ鼻を突く強い香水というよりも化学薬品の臭い。
「すみません。 コレ、お願い出来ます?」
辟易してる俺の前に、道を塞ぐ人とは違う女性がクリップボードを差し出してきた。
パッと見では、その人は宮下と同じ様な人と言える。
長めの黒髪には細工は無いが、艶やかであり、薄く塗られたリップのせいか、薄めの唇を際立たせるが嫌みは無い。
衣服に関しても、やたらと全身を覆う様な衣服以外には目立った点もなく、せいぜいがフレームが大きめの眼鏡ぐらいだった。
感想としては、有り体に言えば【その辺に居そうな人】としか印象は無い。
「はぁ……じゃあ」
俺は仕方なく、クリップボードとペンを受け取っていた。
どうやら、何かのアンケートの様だが、俺は、書く前にチラリと道に居る人達を盗み見た。
年齢も性別も服装もバラバラ。
とにかく秩序だの統制というモノが皆無だろう。
ただ一つ、特徴とも言えるのが、左手薬指に光る指輪の存在だった。
勿論、全員がしてる訳ではないが、割合にして八対二で指輪の存在が見えた。
しかし、いつまでもこうしては居られない。
仕方なしに俺はクリップボードに留められた用紙に眼を落とすが、内容に関して言えばうんざりとしか感じなかったんだ。
例えばこうだ。
【貴方は今のドロイド推進派をどう思いますか?】
そう言われても、そもそも俺がそうだ。
【非常に不快・不快・どちでもない・肯定する・寧ろ推進派だ】
解答欄には、そんな答えに丸を付けろと在る。
俺は幾つか在る解答欄から、当たり障りの無い【どちらでもない】を選んだ。
ハッキリ言えば、目の前の気に入らない女にクリップボードを突っ返し、【俺はドロイド推進派だ!】と言えれば最高だろう。
だが、それが出来る様なら、そもそもこんな連中に付き合って居ないし、一番の疑問なのは、こんな時間にこんな所で、何故この人たちはアンケート調査などに精を出しているのかという事だろう。
俺には、結局はこの人達はただの暇人倶楽部としか思えなかった。
淡々とアンケート用紙を読み進めるが、どの質問もやたらとドロイド嫌いが書いたモノだと分かる。
なんで此奴等が、ドロイドを目の敵にするのか、俺には未だに分からないな。
確かに、宮下の様に職をドロイドに盗られそうだと言う輩は多いが、それは変な話なんだ。
ドロイドのおかげで、俺たちは影沼が言ったように天国に居られる。
にも関わらず、今度は【職を奪うな、相手を誑かすな】という。
身勝手にも程が在るってんだ。
頭に来た俺は、アンケート用紙の解答欄全てに、ドロイド派としての解答を記してやった。
「……はい、どうぞ」
書き終えた俺は、目の前の眼鏡を掛けた地味そうな女性にクリップボードを手渡す。
「じゃあこれで………失礼」
俺の気分もまた、少しはスッとした。
クリップボードを眼にした女性は目を白黒させていたろうが、知ったこっちゃないし、歩き去ろうとする俺の背中に、ワイワイガヤガヤという話し合いが聞こえるが、それも知ったこっちゃない。
好きなように、俺を罵れば良いんだよ【人形好きの変態!】とでもな。
でも、俺には何の問題も無いな。
あんな連中に後ろ指指されたからって、別に俺の財布からは一文も減りはしないんだ。
影沼も、【一生やってりゃ良いんだ】と言ってたな。
まさしく、その通りだ。
あんな奴らは、一生そうやって人同士で争っていれば良いんだよ。
*
自宅であるマンションに、辿り着いたのは良い。
だが、エレベーターに乗った時やたらと遅く感じた。
別に何かを恐れて居るわけじゃない。
期待半分に恐いもの見たさが半分で、恐怖という事は無いね。
その点に関して言えば、あの面倒くさい路上パフォーマー共のお陰かも知れない。
俺は、俺本来の向かう道を再確認出来たし、オマケに、美機の元に帰りたいとすら考えられたんだ。
エレベーターはなかなか着いてくれず、俺は靴の爪先でトントンとリズムを取っていた。
影沼の言葉も、人間擁護派の連中もどうでも良い。
俺自身が、美機が心を持ってくれる事を望んでいたんだ。
怖がったら彼女に失礼ってもんさ。
そうこうしている内に、エレベーターはチーンと音を立てた。
廊下を早足で過ぎ、部屋の前で、俺は深く深呼吸を一つした。
自室のドアに鍵を差し込み、回す。
「ただいま~………美機?」
とりあえず、玄関口で俺がそう言うと、パタパタというスリッパが立てる足音が聞こえた。
「あ、お帰り……もうすぐ出来るから、着替えてね」
俺の顔を確認するなり、美機は踵を返してキッチンへと走る。
そんな美機の姿に、俺も思わず微笑んでいた。
*
家の中でも、ジャケットスラックスで通すほど、俺も物好きではない。
Tシャツにジャージという、不精な格好ではあるが、美機の前で格好付けると言うのもどうかと思うんだ。
とりあえず、キッチンへと向かうと、フライパンを振る美機の後ろ姿が目に入った。
俺が頼んだのはナポリタンだが、要するにケチャップヌードルという方が分かり易い。
「あ、着替えた? 直ぐ出来るから、ちょっと待っててね?」
美機の声に誘われ、俺はキッチン近くのテーブルへと足を運んだのだが、僅かに驚いたよ。
わざわざ小さいテーブルクロスが用意され、オマケに、コップやフォークなどのカトラリーまでが、律儀に用意されていた。
「旨そうな匂いだな……」
鼻を擽るケチャップの僅かに焦げる香り。
「ふふ……お世辞でも、嬉しい……」
「いやいや、お世辞じゃないよ」
俺の声に反応したのか、そう言う美機の横顔には、笑顔が見えたんだ。
此処で、俺は胸の内に違和感を憶えるが、それは取るに足らないモノだ。
要するに、前の美機に俺がお世辞を言っても、大した反応は返っては来ない。
それが当たり前だ。
でも、今の美機は俺の言葉に確実に対応してくれている。
人なら当たり前だろうが、それを美機が出来たという事が、俺には何よりも嬉しく感じられたんだ。
出来立てのナポリタンに、俺は舌鼓を打った。
ただ、美機の作ってくれたナポリタンは素晴らしいが、俺は在ることに困っていた。
テーブルの向かい側では、頬杖付いた美機が、ジッと俺を見てる。
「………おいおい、俺がそんなに面白いか?」
とりあえず、口の中のモノを飲み下し、俺は美機に聞いてみた。
「ううん……ただ、気になるの」
そう言うと、美機は眼を落とした。
「……何が?」
「太一がね、私が作ったモノを美味しいって言ってくれるでしょ? でも、私には味は分からないから……」
美機の寂しそうな声に、俺は困った。
当たり前だか、美機に胃袋は無い。
変わった趣味の奴には、無理にでも代用胃袋を入れるという事も、出来ない訳ではない。
ただ、入れた以上は出させばならず、その後始末が非常に面倒なのだ。
やり方に付いては、一応俺も知ってるが言いたくない。
要約すれば、【袋を取り出し中身を捨てて洗浄し乾かす】という工程だ。
寂しいそうな美機の顔に、俺は思わずフォークを置いていた。
「……太一?」
椅子から離れた俺が気に成るのか、美機は顔を上げる。
俺は、やんわりと美機を抱いていた。
「なんか、ごめんな? こんな事しかしてやれなくて」
美機の頭に回した俺の腕に、美機の手が添えられた。
「いいの……そう言ってくれるだけで、私は満足だから……」
美機の柔らかい声に、俺は影沼の天才ぶりを痛感していた。
確実に美機は変わり始めている。
そして、俺はそんな奇跡をくれた友人にとんでもない事を言ってしまったと、酷く後悔していた。
食べ終わると、俺は自分で皿を持って立ち上がった。
「美機、皿はやっとくから、着替えてくれるか?」
「うん、分かった」
夕食後、それ程遅い時間でもないため、俺は仕事の用意をしていた。
基本的に、俺達の仕事には時間の割り当ては無い。
だが、俺だけで全てをやってる訳でも無い以上、締め切りも在る事には在る。
全部を一人でやるという猛者が居ない訳ではないが、それは少数派と言えるだろうな。
皿を洗いながら、俺は仕事に頭を切り替えていた。
*
仕事場としては、リビングやベッドルームが多い。
外で出来ない事もないが、一々周りの事を気にしながらモーションを作ると言うほど、俺も物好きでもなかった。
「太一、コレで良い?」
そう言うのは、ネグリジェさながらの薄着な美機だった。
「うん……そう」
美機の身体を、見たことが無い訳じゃない。
それでも、何故か俺は唾を飲み込んでいた。
はにかむ様に笑う美機だが、ほんの少し恥ずかしそうでもある。
そんな細かい仕草に、俺の喉は鳴っていた。




