【いち】
技術と科学の進歩は、間違い無く素晴らしいだろう。
俺こと、田上太一は、つくづくそう感じていたんだ。
今、俺が何をしているのかと言えば、タブレットを片手に美機という名前の彼女に、色々と指示を出していた。
「…えぇと…こう?」
美機は、悩む様な顔を浮かべる。
「そうそう、もっとだよ…………もっとこう、腕を五センチずつ寄せて」
美機の答える様に、俺はそう指示を出した。
若く美しい彼女に、アレやコレやと、扇情的なポーズや動きの指示を飛ばし、俺は美機に色々と仕込んでいた。
「………うん、そう…右膝を五センチ後ろに…左はそのままで…………」
部屋に置いてある鏡に、美機を映しながらも、犬の様なポーズをとる美機に、俺は、更に細かいを与えた。
彼女が変わった名前なのには訳がある。
俺は、美機の周りをぐるぐる回りながら、前から後ろから彼女を見て、細かく指示を出しながらも、俺は手元のタブレットにあれやこれやと打ち込み、データを貯めていく。
「そうだよ……もっとだ、もっと背を反らして…………こう…………」
「……うん…」
美機の甲高く甘えた返事。
それを聞きながら、俺が何をしているかと問われれば、仕事だよと答えるね。
「そら、美機…………横へ三センチぐらい首を傾げて…………」
「……うーん…こう?………」
出来上がった美機のポーズを見ていたら、俺は、少し込み上げる感覚を覚えて、思わず彼女の頭をソッと撫でていた。
サラサラとした感触を、美機の髪の毛は俺の手にくれた。
「……太一……くすぐったい」
美機は、俺に撫でられるのが恥ずかいのか、子猫の様な仕草を見せてくれた。
仕事が一段落済んだ後は、自由時間だ。
その間に俺が何をしていたのかは、別に良いとして、俺は薄着の美機に片腕を枕代わりに貸しながら、ジッとタブレットを見ていた。
「ねぇ太一………アレで良かった?」
子猫の様に甘える美機の声に、思わず俺は笑う。
「いつもソレ聞くよな………お前だからこそ良いんだよ……」
お世辞ではなく、俺はそう答えたんだ。
「ふふ…………嬉しい…………」
そんな美機の声に、俺は嬉しさすら感じていた。
*
俺が何でこんな仕事をしているかと居えば、別に美機に水着を着せて【グラビア撮り】で生計を立てている訳じゃない。
俺の仕事は何かと聞かれればこう答えるね、【拡張屋】だと。
聞き慣れない言葉だろうけど、その昔なら、ゲームに対する拡張データを売るのが商売になった。
俺の親父の世代では、所謂【ダウンロードコンテンツ】もしくは、【課金コンテンツ】と言う方が通りが良いだろう。
そして、俺の専門は【動き】で、【モーション】という動作の機微を担当している。
一昔前なら、画面の向こう側に在るコンピューターグラフィックのモデルに、ポーズやら動きを与えるっていうのが在った。
それが何かと言えば、画面のコッチ側のなら映画の監督や、振り付け師と言える。
じゃあ俺が何を、どんな風に仕事にしているかと聞かれれば、やっぱりこう答えるね。
【昔の職人達と同じです】と。
具体的に言えば、センチやミリ単位で、動作を調整を施し、美機に動きを与える。
つまりは【美機というモノの動きを作る】のが、俺の仕事って訳だ。
顔の表情から、眉、瞼を含めた細かい所作から、全身に至る全てを。
ただ、これで分かると思うんだ。 そう、美機は人間じゃない。
それが何かを知ってる俺からすれば、その先はあまり云いたくないが、美機は確かに、所謂【人型ドロイド】って奴だ。
要約すれば、彼女は彼女ではなく、誰かというよりも【何か】という方が正しいのだと、人間派の奴に云わせると、間違いなく彼等はそう言うだろう。
何故美機の様なドロイドが創られたのかって言えば、人が理想を其処に求めた結果だろう。
遥かな過去から、男女問わずに【相手に何を求めるのか?】という議論に答えは出ず、揉めに揉めた。
片や女尊男卑、男尊女卑、かったるい長話が続くばかりで終わる事がない。
だが、それはそもそも当たり前の話しだ。
互いが互いに相手を譲歩する事も認める事も無かった。
その内、誰かが答えを見つけたって訳だ。
考えてみれば簡単な話しで、別に自分の考えに凝り固まる奴に構うよりも、言うことを聞いてくれる相手を創ればそれで済んだんだ。
だからこそ、今じゃドロイド推進派と、人間擁護派は分かれている。
当たり前だが、俺はドロイド推進派で少数派とも言える。
だが、安心もして欲しいのは、俺の仲間内には女性もいて、彼女達とは【ドロイドのモーションを研究会】を開ける程の仲でもある。
バージョンアップを重ねる毎に、美機の姉妹と兄弟達は素晴らしい進化を見せる。
ただ、造る方のメーカーはハード面では良くても、ソフト面が駄目というのも、昔ながらなのかも知れないな。
たぶんこう言えば分かり易いかな、基本的なままだと、動きが【硬い】んだよ。
一つ一つの所作は確かに良くできてる。
だけどそれは、非常に良く訓練された軍隊のソレか、まさしく機械なのだという事を痛感させられる。
其処でお呼びに成るのが、俺たち民間にして自営の【モーション屋】さ。
昔の職人達が一つのモーションを作り上げるのに、膨大な時間を要するのは、俺たちも変わらず、一つの動きを作り上げるのに、三日間掛かりというのもザラである。
本心から云うが、それは断じて嫌じゃない。
収入はそれ程多くはなくとも、俺はこの仕事が気に入ってる。
前の職である淡々としたつまらないシステムエンジニア仕事なんて、とっととおっ放り出して、俺は今の仕事を選んでいた。
*
どうやら、いつの間にか寝てらしく、俺は、ハッと目を覚ました。
そんな俺を見つけた美機は、柔らかい笑みをくれる。
「あ! おはよう! 朝ご飯出来てるよ!」
明るく朗らかな美機の笑み。
その表情一つにしても、俺や仲間が必死に作った。
トーストと缶コーヒーを大事そうに抱える美機は、下着以外は大きめのYシャツしか着て居らず、思わず俺まで釣られて微笑む。
「有り難う……美機」
思わず、そう言う俺の口は微笑んで居たよ。
人間派から見れば、俺たちなんて異端だろうな。
人ですらないモノを、真剣に教え育てですら居るんだから。
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