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自分たちの証明

 地球のアルコールは夢のような力水ではなく、単なる劇薬にすぎないとわかったN山とO川は、治療ベッドの上でしばし呆然自失状態であった。

「どうする、N山」

 O川が小さな声でつぶやいた。

「こんな事態だ、ここはロケットを修理して一旦帰還しようか。それほどダメージはないようだし、材料を調達できればなんとかなるかも」

「いや、駄目だ」

 N山は憤然と立ち上がった。

「我々は何のためにここに来たんだ。地球に足跡を記すため。地球人に会うため。確かにそうだ。しかしそれだけでは不十分なんだ。一番大事なのは我々がアルコホール星から来た生命体である事だ。地球以外の知的生命体の存在を、地球人に知ってもらう事だ。これが達成できなくては来た意味がない。このまま帰る訳にはいかないんだ」

「でも、どうやって」

 O川の問いにN山は口をつぐんで座り込んだ。そしてそのまま二人の間には長い沈黙が漂っていた。

「アルコホールパワーか」

 N山が押し殺すように言った。O川は小さく頷いたように見えた。

「やはり……それしかない」

「うん。だが今日はもう遅い。やるにしても明日からにしよう」

 こうして二人は布団をかぶってそのまま寝てしまった。迷った時は眠るに限るのである。


 さて次の日の朝早く二人は目を覚ますと、すぐにアルコホール水タンクへと向かった。そして大きな容器を用意して、その中をアルコホール水で満タンにした。二人は何をするつもりなのか。もちろん自分たちがアルコホール星人である事を示すつもりなのだ。その為には地球人とアルコホール星人の違いを明確に示さなくてはならない。その違いとは、そう、アルコホールパワーである。これだけが彼らをアルコホール星人と認めさせる唯一の証明書なのだ。二人の超人的能力を目の当たりにすれば、地球人も彼らを宇宙人と認識せざるを得ないだろう。

 二人はアルコホール水で満タンになった容器をロケットの外に運び出すと、砂浜の外に出て大声で叫び回った。すると昨日とは打って変わって今日は人の姿が見える。それにただでさえ馬鹿でかいロケットが砂浜に突っ立っているのだからいやでも人目につく。

 しばらくして人がポチポチ集り出した。そこそこの人数が集ったところで、二人は容器の中のアルコホール水をごくごく飲むと、せーのでロケットを持ち上げた。やんややんやの拍手。今度は思いっきりジャンプして五十メートルばかり上空まで舞い上がってみた。観衆の大歓声。これはうまく行っている。二人は自信満々でアルコホール水をもう一口飲み干すと、いきなり走り出してあっという間に姿を消した。そして十秒後に戻って来た時には、二人の両手には計二百五十個のバナナが抱かえられていた。喜ぶ観衆にそのバナナを配りながら、N山は大声を上げた。

「これで私たち二人がアルコホール星人である事がよく分かって頂けたと思います。私たちは遠い宇宙の彼方から、この地球の皆様と友好な関係を結ぶために……」

 しかしN山の言葉など誰も聞いてはいないのだ。

「いやあ、ええもん見せてもらった。凄い手品だったな」

「あるこホル国の人たちらしいぞ。どこにあるのか知らないけど日本語うまいな」

「でも、大きな広告塔ねえ。ロケットみたいよ」

「このバナナは台湾だな。もぐもぐ」

 みんな好き勝手にお喋りしている。N山は焦った。

「違います。私たちは宇宙人なのです。これは手品でも何でもありません。私たちのアルコホールパワーのなせる業なのです」

「宇宙人だって」

「変った名前の芸人さんだねえ」

「あるこホルパワーってのはハンドパワーみたいなもんだね」

「手品はもう終わりなのかな」

「さあ、早くしないと学校に遅れるよ」

「聞いて下さい。私たちは言葉も姿もあなた方にそっくりなのですが、それは偶然なのです。本当に正真正銘私たちは……」

 しかしその頃には集った群衆は三三五五に散り始めていた。日本の朝は忙しいのだ。長距離通勤に朝の部活動、お母さんはパート勤務、おばあさんは老人会、おじいさんは寝たきり老人。珍しい見せ物が終われば下らない口上を聞いている余裕なぞないのである。N山は唇をかみしめた。

「アルコホールパワーでも駄目なのか」

 N山の隣に立っていたO川が、いきなり手に持っていたバナナの残りを砂浜に叩きつけた。バナナは物凄い勢いで砂に衝突したため跡形もなく消え去り、O川の足元にはわずかな破片と深さ五十メートルの穴だけが残った。アルコホールパワーがまだ少し残っていたようである。O川はぽっかり開いた穴を埋めながら吠え立てた。

「くそおー、どうすれば分かってもらえるんだあー。何をすればいいんだあー」


「ふぉふぉふぉ」

 突然、奇っ怪な笑い声が聞こえてきた。

「あ、あなたは」

 いつの間に現れたのだろう。そこには一昨日初めて遭遇した地球人、通りすがりのおじさんが一人で立っていたのである。

「ずいぶん派手にやっていたようだのお」

 おじさんは何が楽しいかのニコニコ笑っている。二人とも黙っていた。

「だが、どうだ。誰も信じてくれなかっただろう」

 二人は黙ったままうなずいた。

「ふぉふぉふぉ。そうだろ、そうだろ。このわしもまだ信じてはいないんだ。まあ、小さい子供たちは少しは信じたかも知れんがな」

「どうすればいいんでしょう」

 N山がおじさんにすがるように言った。

「ロケットを見ても誰も何も感じません。アルコホールパワーでも同様です。どうしたら私たちの言葉を信じてもらえるのでしょう」

「ふむ、そうだな」

 おじさんは考える振りをして、にやりと笑った。

「どうだね、テレビにでも出てみんかね」

「テレビ!」

「そうだ。そして全国の人に君たちの主張を聞いてもらうのだ。雑誌や新聞でも取り上げてもらうといいだろう。ここの住人は田舎に住んでいるせいか、頭が固いんだ。宇宙人なんてものは絵空事だと思っておるからな。しかし世界は広い。マスメディアを使って君たちを紹介すれば、必ず理解してくれる者が現れる。君たちを宇宙人だと信じてくれる人がきっといるはずだ」

「しかし、どうやってテレビに……」

「わしに任せなさい。」

 おじさんは胸を叩いた。

「わしは情報産業の中では結構顔が利くんだ。便宜を計ってあげよう。君たちは何も考えずに、わしの指図通りに動いてくれるだけでよい」

「あ、ありがとうございます。」

 二人は頭を下げておじぎをした。おじさんはニコニコ笑っている。なんて親切なおじさんなんだろう。二人は感動した。集ってきた観衆が余りにも冷たかったので、このおじさんの親切はより一層、二人の胸に響いたのだ。

 しかし、世の中、やっぱりそんなに甘くはないのだ。これがアフリカの奥地とか、太平洋の名もない島国だったら二人はもう少しましな扱いを受けられたかも知れない。しかし、最初に降り立った場所がエコノミックアニマルの国、日本だった事が二人の不幸を決定的なものにした。


*  *  *


「あのオヤジ、とんでもない食わせ者だった。」

 N山はアルコホール水の容器をもう一度首に掛け直すと、また下宿の天井を見つめた。あのおじさん。まったくひどい人物に会ってしまったものだ。おじさんに会ってから二人はすっかり時代の寵児になった。テレビでは特別番組を何本も組んでもらった。

『あるこホルパワー大炸裂』

『これが宇宙の使者、あるこホル星人だ』

『オリコンチャート一位獲得、宇宙人デュエット初登場』

 そしてCM出演。

『元気飲料あるこパワーで今日もバリバリ』

『牛乳嫌いのお子様にはこれ、カルシウムをプラスしたあるミルク』

『あるこホル星人が踏んでも壊れない高強度筆箱あるボックス』

 さらには、ドラマ、映画出演。

『遥かなる我が故郷。あるこの星は今日も輝く』

『激突! あるこホル星人対ターミネーター』

『あるゴンボールZ、七つの酒玉を探せ』

 ありとあらゆる雑誌が彼ら二人の記事を掲載。何本もの特別インタビュー。

『あるこホル星の科学技術の秘密』

『行方不明の船長は、今』

『宇宙人と地球人の混血は可能か?』

 それから彼らを主人公にした小説、漫画、ゲーム、一々上げていたら切りがないくらいのメディアが二人を取り上げた。

 二人は頑張った。自分たちを宇宙人と、アルコホール星人と認めてもらうために必死になって頑張った。貴重なアルコホール水は湯水の様に使い、時にはアルコールでパワーを発揮させられた時もあった。しかし二人は挫けなかった。これが自分たちをアルコホール星人だと認めさせる唯一の方法だと信じ頑張り抜いたのだ。

 だが彼らの努力にも関わらず、彼らを宇宙人だと思った者は誰一人いなかった。なにしろ日本にはすでに自分は悪魔だと言う者や、偉人の生まれ変わりだと称する者、霊界の声が聞こえる者など、宇宙人に負けず劣らぬくらいおかしな人物が多いのである。二人もそんなおかしな人たちの同類にしか思ってもらえなかったのだ。

 彼らをこの道に引き摺り込んだおじさんもそうだった。おじさんの興味は金だけだった。N山とO川を利用して金を稼ぐ、それがおじさんの目的だった。

 アルコホール星帰還の為にアルコホール水はどうしてもタンクの三割は残しておかなくてはいけないと言う二人を、このまま宇宙人と認められずに星に帰ったら、君たちは負け犬だ。そんな事は無意味だ、とかなんとか舌先三寸でだまくらかして、アルコホール水を全て使わせ、もう一滴もなくなってアルコホールパワーが出せなくなると、燃料が無いならこんなロケットは意味がないと言って、屑鉄屋に二束三文で売り飛ばし、O川とN山から絞れるだけ絞ってもう利用価値がないと分かるや、稼ぎ出した数百億円の金を持ってどこかへトンズラしてしまったのである。

 無論その頃には、飽きっぽい日本人の事であるから、あるこホルブームはすっかり下火。O川もN山も過去の人。こうして二人は何もかも失って放り出された。もはや自分たちがアルコホール星人だと認められる事は永遠にないのだと思い知らされたまま……


「ああ、いてて」

 N山はまた右腹を押さえた。あの時の事を思い出すと、本当に腹わたが煮え繰り返るようだ。あれ以来、N山は、ふと、もしかしたら自分はアルコホール星人ではなく、本当は地球人なのではないかという錯覚に陥る時がしばしばある。N山は首を振ると、胸の上に乗っているアルコホール水の容器を振ってみた。

「びちゃぴちゃ」

 ああ、この音。これだけが今のN山を支えているのだ。アルコホール星人の命の母、アルコホール水。

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