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未知との遭遇

 いつまでもこんな所に突っ立っていても仕方がない。二人は波打ち際を歩き始めた。

 やがて遠くに人影が見えてきた。二人は緊張して立ち止まった。その人影はどんどんこちらに近付いてくる。どうやら地元の漁師のおじさんのようだ。二人は立ち止まったままその姿を観察した。

 地球人がアルコホール星人と姿、形がそっくりだという事実は、太陽系に入ってからの観測結果からすでに明らかにされていた。だが、それにしてもよく似ている。N山もO川も感動のあまり体を震わせた。これが地球人。我々が初めて接触する宇宙人であるところの地球人。歴史的な瞬間である。

 感無量の邂逅、未知との遭遇。二人はそのおじさんをしげしげと見詰めていた。一方、おじさんはのほほんとした人だったので、アルコホール星特製全身銀色宇宙スーツを着て、奇っ怪な格好をしている二人にはお構いなしに通り過ぎようとした。二人は焦った。呼び止めよう、しかし言葉は通じるだろうか。とにもかくにも声を掛けてみよう。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

 通じた。なんと驚くべき事にアルコホール星の公用語と地球の日本語は同じ言葉だったのだ。

『何という御都合主義なの。容姿ばかりか言語まで同じだなんて、そんな偶然あるものですか』

 いやいやお怒りはごもっとも。でも言葉が違っていたって、どうせ自動翻訳機とかが登場して、結局は言葉が通じるようになるんだから、それだったら最初から同じ言語にしといたほうが、手間が省けていいでしょ。じゃあ、そう言うことで。

「通じたよ、おい」

「こりゃ驚いた」

 O川もN山もびっくりした。地球人が何らかの言語を使っている事は分かっていたのだが、流石のアルコホール星の科学技術も、地球上の音声までは捕らえる事が出来なかったのである。まさか同じ言葉だったとは夢にも思わなかったのだ。二人の驚きは相当なもので、例えばアフリカの奥地へ行った日本の探検隊が、未発見のサルに遭遇したところが、そのサルが日本語を喋って、お握り食べていたのを発見した時の驚きよりも百万倍も大きかったと言っても過言ではないだろう。二人は俄然元気が出てきた。


「はじめまして。私はN山、こちらはO川です。たった今アルコホール星からこの地球に到着したところです」

「我々、アルコホール星人は地球人との友好的な関係を望んでいます。つきましてはこの地球の代表者の方とお話がしたいのですが」

「な、なんじゃ」

 おじさんはびっくらこいた。そもそも浜辺にアルコホール星特製全身銀色宇宙スーツ姿で立っている二人を見た時点で驚くのが普通なのだが、最近はこんな田舎にも、都会のテレビ局やら、映画の撮影隊やら、変なミュージシャンやらがやって来て、奇怪な格好で、奇怪な動きを、奇怪な音と声でパフォーマンスしたりするので、おじさんもすっかり慣れっこになっていたのだ。

 とは言っても、それが自分に向けられれば話は別である。彼らが赤の他人だからこそ平気でいられるのであって、自分まで奇怪の仲間入りにされるのでは、たまったものではない。

「あんたら、何言ってんの」

「ですから、我々はアルコホール星から来まして」

「アルコール? 酒屋の店員さんかね」

「違います。アルコホール星です。地球人のあなたから見ると、我々は宇宙人という事になります」

「宇宙人……かっかっか」

 おじさんは笑い出した。

「最近の若者には困ったもんだ。こんな中年の親父をからかってどうするのかね。それとも何かのテレビ番組かね。あ、もしかしてドッキリ?」

「本当なのです。からかってなどいません」

「本当ったって……じゃあ、一体いつ着いたんだい」

「たった今です」

「どこに?」

「ここから数百メートル離れた海の上に」

「何も見えんようだけど」

「乗ってきたロケットは沈みました」

「やれやれ」

 おじさんは首を振った。

「それじゃあ、物的証拠は何も無いじゃないか。それに今着いたばかりにしては、何の音もしなかったぞ」

「我々のロケットは静かに着陸できるのです」

「君たち、どう見ても人間だが」

「偶然にも、我々アルコホール星人と地球人は、容姿が酷似しているのです」

「言葉だって、日本語じゃないか」

「偶然にも、我々アルコホール星人と地球人は、言語が酷似しているのです」

「もういいよ、これじゃ誰かのSF小説みたいじゃないか」

 おじさんはうんざりとした顔になった。

「自分たちが宇宙人だと言うのなら、ちゃんとした証拠がなくちゃ駄目だ。そうでなきゃ、わしだけじゃない、誰も信じちゃくれない。じゃ、さよなら」

 おじさんは手を振って歩き出した。O川が慌てて引き留める。

「待って下さい、証拠はあります。これです」

 O川が首からぶら下がっている小さな容器を取りはずした。N山の顔色が変った。

「おい、O川、それは」

「これを飲んでみて下さい。これは我々のアルコホール星にしかない力水、アルコホール水です」

 おじさんは突き出された容器を手に取ると蓋を開けて臭いをかいだ。それから容器を傾けると一雫、自分の手に垂らして嘗めてみた。

「うん、これはいい酒だ」

「さ、け、?」

「そうだ、酒だ。こんな物はなんの証拠にもならんよ」

 おじさんは容器の蓋を締めるとO川にそれを返し、すたすたと歩き出した。二人はもう引き留めることはしなかった。自分たちが宇宙人であることを信じてもらうために、これ以上何を言えばよいのか、何をすればよいのか、二人には思いつかなかったのだ。


「証拠か」

「ロケットを引き上げるか。あれを見れば宇宙から来たと納得してくれるだろう」

「いや、駄目だ」

 N山は首を振った。

「あのロケットの外観は、この地球のロケットとほとんど変わらない。しかも材料は全て地球上にもある物質で作られている。だからロケットだけでは宇宙から来た証拠にはならない。構造や装置は地球上にはない複雑なものだが、複雑過ぎて反って理解してもらえないだろう。幼稚園児に水墨画を見せるようなものだ。これくらいなら僕でも描けると幼稚園児は言うだろう。それと同じだ」

「じゃあ、動かしてみればいいじゃないか」

「無理だ。出口を開けたままで沈んでいったんだぞ。今頃ロケット内部は海水に浸かって目茶苦茶になっているはずだ」

「待てよ、出口は二重ドアだろう」

「二個とも開きっ放しになっていたんだ」

「どうして」

「船長の命令だ」

「そんな馬鹿な」

「いずれにしても内部は水浸しで、かなりの装置がやられているはずだ。ロケットに一番詳しい船長が居ない今、我々だけで修理するとなると、何か月かかるか。いや元通りになるかどうかさえ……」

 二人はまた黙ってしまった。地球人そっくり。話す言葉までそっくり。この信じがたい偶然が二人の不幸だった。少しでも違うところがあれば、宇宙人だと信じてもらえたかも知れないのに……


*  *  *


「どうして、こんなに似ているんだ。何もかも同じなんだ。ああ、あるこホー」

 屋台のN山は最後のコンニャクを口に放り込むと、悔しそうにクニャクニャした。そして財布からお金を取り出し、皿の横に置いてゆっくりと立ち上がった。のれんをかき分けて見上げると、雲一つない都会の夜空に、わずかな星がパラパラと輝いている。

「我が、アルコホール星は」

 見えるはずもなかった。アルコホール星が属する銀河は、地球から見ると南十字星のすぐ近くに存在する。N山の居る日本は北半球にあるから、故郷のアルコホール星を確認することは決してできないのだ。N山は視線を地面に落とすと、トボトボと歩き始めた。

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