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アルコホール星

 暗黒の宇宙の遥か彼方、銀河系のそのまた端っこの平凡な恒星に、水と大気を持つ青い惑星が発見された時、アルコホール星の天文学会に大きな衝撃が走った。

 さらに詳しい観測の結果、その星に生物が存在するという事実が確認されるやいなや、その衝撃は天文学会のみならずアルコホール星全土に広がり、一大センセーションを巻き起こした。

 その大騒ぎぶりは凄じいもので、盆と正月が一度に来た上にクリスマスと灌仏会と沢田和早氏の誕生日も一緒にやって来たのではないかと思わせるほどだったから、いかにアルコホール星が揺れていたかがよく分かる。星中がこの大発見の話題に揺れに揺れていたので、危うく公転軌道を外れそうになったという話も聞いたが、これは多分作り話だろう。


 さて、宇宙に自分たち以外の生命体が発見された時、見つけた生物は見つかった生物に何をするかと言えば、もちろん接触しようと試みるものである。アルコホール星人もさっそくこの試みを開始した。

 アルコホール星の科学は進んでいる。宇宙の中にある平凡な星の集団である銀河系のそのまた端っこの太陽系の中のこれまたちっぽけな惑星、つまりは地球、にへばりつくように生きている高等知的生命体、早い話が人類、を発見したくらいだから、見つけられた人類の持つ科学よりも比べ物にならないくらい進んだ科学技術を、アルコホール星人は有しているのである。

 具体的にどのくらい進んでいるのかと言うと、地球にアルコホール星人を送り込めるくらい進んでいるのだ。そこでさっそくアルコホール星の代表を地球に送り込むことと相成った。なんだか話が余りにも都合よく進んでいるようだが、事実だから仕方ないのである。


 この大プロジェクトのためにアルコホール星全土の物資と英知と資金が集められた。さらに厳しい審査を勝ち抜いて知力体力精神力に優れた三人の乗組員も選出され、いよいよ地球に向けて旅立ちの日がやって来た。

『三人? そんな大旅行にたった三人しか乗組員がいないなんて、少なすぎない?』

 と思われる方も多いことだろう。正直なところ、登場人物が多いと書くのが大変なのだ。まあ、乗り組み時は五百人いたけれど、途中様々なアクシデントと疫病と宇宙海賊遭遇などにより、地球到着時には三人になっていた、なんてことにしてもいいのだが、どのみち三人しか書くつもりないんだから、それなら最初からそうしとけってことでござんすよ。


*  *  *


「懐かしいなあ」

 (エヌ)山は場末にある屋台のおでん屋で、薄味のコンニャクをクニャクニャかみ締めながら、焦点の合わない目で空を仰いだ。都会の明るい夜空には星がほとんど見当たらない。N山はため息をついて思い出した。

 あの晴れがましい瞬間。他の二人の乗組員と共に最新鋭恒星間ロケットに乗り込む時の同朋たちの歓声。自分たちに向けられた期待に満ちた無数の眼差し。その同朋たちに向けて自分の右手を上げた時、一段と高くなった大歓声。人生の中で最も誇らしく、最も夢大きく輝いていた瞬間だった。


「オヤジさん、コンニャクあと二つ」

 N山はまたコンニャクを注文した。この二個で合計十個目である。これを読んで、

『ははーん、さてはN山はコンニャクが大好物なのだな』

 などと早合点してはいけない。本当はN山もガンモドキとか卵とかハンペンとか食べたいのだ。食べたいのだが食べない。その理由は単純明快、ここのおでん屋はコンニャクだけが異様に安い、一個十円で食わせてくれる。貧乏暇なしで始終金欠のN山には、願ってもない一品なのだ。

 どうしてそんなに安いのか、以前、N山はオヤジに訊いたことがある。なんでもオヤジが五才の時、高熱を出して生死の境をさまよったことがあったのだそうだ。その時、夢枕にコンニャク芋の精霊が現れ、その御告げに従って、おでこに冷えたコンニャクを乗せたところ、たちどころに熱は引き、翌日には起き上がり、翌週には五十キロの餅を片手で持ち上げ、一か月後には健康優良児として表彰されるほどになったということである。

 この出来事にいたく感激したオヤジは、コンニャク芋の精霊の御恩に報いるため、全世界にコンニャクの有難さを布教する伝道師となることを決意。毎日おでんの屋台を引いて、格安でコンニャクを提供とするという、聖人にしか成し得ない苦行の日々を送っているのだとか。

 もっとも実際のところは、ただ単にオヤジの実家がコンニャク芋農家で、勝手に送り付けてくる作りすぎたコンニャク芋の処理に困り、捨てるくらいならと格安で提供している、ってとこだろうなとN山は推測していた。宇宙人でもそれくらいの推理は働くのである。


「ああー、あるこホー。いくら空腹だからって、この俺がこんな所でこんな情けない食物を摂取することになるなんて、一体誰が予想し得ただろう。どこへ行ってしまったんだ、あの栄光の日々は、宇宙より大きかった俺の夢は、希望は、あるこホー……」

 コンニャクをクニャクニャしながら、愚痴ばかりつぶやいているN山を眺めて、屋台のオヤジは気の毒そうな顔をした。こんな手合いには話し掛けるのも難しいので、素知らぬ顔でおでんの種を串に差したりしているが、ため息やつぶやきが嫌でも耳に入ってくる。すると考える葦である人間は、どうしても想像せずにはいられなくなるものだ。


『そうそう、最近こんな人が多いんだよ。この人もきっと子供の頃から英才教育。一流高校一流大学を出てどっかの大会社にめでたく入社。ガンガンバリバリ働いて、同期の入社の中では一番の出世頭。その上、取締役の一人娘を嫁にもらって郊外に洒落た新居も建てて、まさに人生順風満帆。最年少で役員の椅子も夢じゃないって所まで漕ぎ着いたら、社内の派閥闘争で義理の父の取締役が失脚。折からのリストラの嵐で子会社に出向を命じられたら、これが牛丼チェーン店の店長。聞きしに勝るブラックぶりに、たまらず会社を辞めて自分で事業を興したら、世間知らずがたたって人に騙され一文無し、借金の山。郊外の洒落た新居は取り上げられ、妻には愛想を尽かして離縁され、実の両親は心労がたたって二人ともすでに他界。とある親切な蔵元に身を寄せるも、強力な貧乏神に憑りつかれたこの男、遂にその蔵元までも破産に追いやり、もはや手を差し伸べてくれる者は誰もいない。哀れ、浮世を一人漂いおでんを食う。泣かせるじゃねえか、ぐすん』  

 と、おでん屋にしとくにはもったいないくらいの物語を展開してしまうオヤジだったが、事実は全く違うのだった。

 N山……皆様のご想像通り、彼こそ暗い宇宙空間を遥々越え、長い時間と苦闘を克服し、遂にこの宇宙の端の銀河系の、そのまた端っこにある太陽系の、その中をふらふら漂うちっぽけな惑星地球にたどり着いた宇宙人、アルコホール星の代表者の一人なのだ。


『ちょっと、待ってよ。そんな偉い人がどうしてこんな場末の屋台のおでん屋でコンニャクなんかクニャクニャしているのよ。おかしいじゃない。だいたいロケットが飛んで来たらすぐに分かるでしょ。大事件よ、ビッグニュースよ。報道機関が飛びついて、出しゃばりのどっかの大統領が、最初に握手するのは私だって吠え立てながら、現地へ急行するはずよ。そしてその後は国家元首並みの最上級のオモテナシ。美女を侍らせどんちゃん騒ぎ酒池肉林。おでんなんてとんでもない。三人は今や時の人。連日連夜の握手攻め。テレビは毎日特別放送。それなのに、そんな騒ぎ、全然なかったじゃない。せいぜい宇宙人ネタで一発当ててすぐに消えた、お笑い芸人ぐらいのものよ。しかもそのN山って宇宙人が、屋台でおでんを食べていて、まるで違和感がないのも変ね。地球人と同じ容姿をしているとでも言うの。そんな偶然があるものですか。どうもこの物語はうさん臭いと思っていたのよ。だいたいね、嘘を書くにしても、もっと辻妻の合った嘘を書いてくれなくちゃ困るのよ。読者を不愉快にさせるような話は最低だわ。もう読むのやめようっと、ふん』

 いやいや全くその通り。私は物語の作者として失格です。では、このお話はこれで終わりにさせて頂きます。読者の皆様、ここまで読んでくださって本当にありがとう。深くお礼申し上げます。

『馬鹿! 読むのやめるって言われたくらいで、簡単にお話を放り出す人がどこにいるのよ。無責任にも程があるわ。わかったわよ、その設定で構わないから早く続きを書きなさい』

 皆様がそこまでおっしゃって下さるのなら話を続けないわけにはいきません。では続きはまた後日。

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