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光の壁

作者: 時加レン

夕暮れの人気のない道を1台のバイクが走っていた。

バイクといっても50ccのスクーター、いわゆる原チャリだ。

薄暗い道を甲高いエンジン音だけが響いていた。


乗っている男は仕事帰りの家路を走っていた。秋の夕暮れでそろそろ肌寒くなってきた頃だ。


見渡しの良い田舎道の緩いカーブに差し掛かったところ、ふと前方に少し明るいというか、ぼんやりと光の壁のようなものが見えた。

(どこからか光が漏れているのか?)

男は不思議に思ったがみるみる近づいて来るその壁の向こうにうっすらと道は見えていたし、特に深く考える間もないままその壁は目の前に迫り、そしてそのまま通り過ぎた。


通過の瞬間「キーンッ」と高い耳鳴りのような感覚があった。

変に違和感があったため、バイクを停めて振り返った。しかし、光の壁のようなものは、もうそこにはなかった。

男はバイクから降りヘルメットを脱いだ。

白髪混じりの頭を無造作にかきながら、光の壁があったその辺りへと歩いた。

年齢は50歳くらい。作業服で仕事帰りということもあり、その足取りは重く、そのしぐさは老いを感じさせるものがあった。

特に何もなかったため男はバイクに戻り、また家路を走り始めた。


人気のない道から車が行き交う大通りに出て左へ少し行けば、男の住むアパートだった。

男は仕事のために、最近引っ越して来たばかりであった。この歳で引越しまでして仕事が変わるとは、あまりいい人生ではない。男は独身でもあった。


バイクは大通りに出た。

そして、あともう少しというアパートに向かった。

しばらく走ってふと気付いた。

(しまった!通り過ぎてしまったな)

まだ慣れない土地で、住むアパートを見落としてしまったようだ。

男は直線道路を引き返しまたアパートの方へ向かった。

道路の両脇には民家などが立ち並んでおり、左手のその間にアパートが建っているはずだった、が、またしても通り過ぎてしまった。


自分の行動に少々呆れてしまったが、早く帰ってゆっくりしたかった。

急いでバイクをUターンさせた。お腹がグゥと鳴った。


今度は見落とさないようスピードを落とし、右手に見えるはずのアパートを慎重に探しながら走った。少しして、右手に見覚えのある民家の門が見えた。

アパートの隣の民家で大きな家だったので覚えていた。


(もうすぐだな)

男は時折通る車に追い抜かれながら右手に見えるはずのアパートが現れるのを待った。が、またしてもアパートを見落としてしまった。


慌ててバイクをUターンさせ、さっきの大きな家の手前でバイクを停めた。そしてゆっくりと辺りを見渡した。

間違いなくあの家だ。

目の前には大きな家が建っている。そしてその向かって左隣は、今朝方自分が居たアパートがあるはずだ。しかし、そこにはアパートはなく、ただ空き地がそこにあった。

もう一度辺りを何度も見渡したが、アパートがあった場所はそこに間違いはなく、あるはずのものがなくなっている現実を認めるしかなかった。




どのくらい時間が経っただろうか。

通り過ぎるヘッドライトと車の音にふと我に返った。

男は考えた。考えに考えぬいた。

しかし、電柱の外灯に照らされた薄暗い空き地には雑草が満遍なく生えており、今朝までアパートがあったという形跡は全くない。

辺りはすっかり夜。押し寄せる孤独感を感じ始めた時、またお腹がグゥと鳴った。

(腹が減った。何か食べたら落ち着くだろう)

落ち着けば今見ている光景は幻覚で、現実に戻れるかも知れないとさえ思った。何より気持ちを落ち着かせたかった。


その場所から少し行った先に食堂がある。とりあえずそこへ行くことにした。



少し不安だったが食堂はあった。

少し前に一度来たことのあるこぢんまりとしたお店だ。

何か温かいものをと思い中華そばを注文した。


頭の中は不安でいっぱいだったが、出てきたラーメンをすすると少し安心した。

そして食堂が以前来た時より少し小綺麗になってることに気付いた。


店内にあるテレビを何気なく見ると、プロ野球中継をしていた。

(店は小綺麗になってるのにテレビは映りが悪いなぁ)

そんな風に思った瞬間、ふと気がついた。

(テレビがブラウン管だ。

それにしては妙に真新しい。

いや待て、このプロ野球中継かなり昔のものだ。

昔のユニフォームに昔の選手。

あの選手が若い。

なぜ録画を流してるのだろうか。

録画?)

男は店内を見渡した。

(何かがおかしい。何もかもが真新しい。店もキレイだ。でもなぜか古く感じる。レトロな感じだ)

すぐ横の棚に週刊誌があった。表紙の女性は昔人気のあった女優だ。その横にスポーツ新聞があった。急いで新聞を取り上げ日付を見た。


日付は今日だ。少し安心した。

(いや、待て)

一瞬安心したのもつかの間、恐る恐る年号を見た。いや、見てしまったと言った方がその時の男の気持ちに当て嵌まる。

それは19年前の新聞だった…。




ガタンゴトン、ガタンゴトン

男は電車に乗っていた。行き先は19年前、自分が住んでいた場所。2時間もあれば着くだろう。


食堂で俗にいうタイムスリップに気付いてから気が動転し、どうやって店を出たか覚えてない。

ただ、見知らぬ土地で更に遠い時間という果てしない孤独感を味わい、この状況で頼れる者はと考えたあげく、頼れるのは自分しかいないことに気付いた。

そして19年前の自分に会うべく電車に乗ったのだ。


男は電車に揺られながら、この19年間を振り返っていた。

19年前の私は、今の自分を見て何と思うだろうか…。


19年前の自分。

29歳で起こした事業が軌道に乗っていた頃だ。

大金を手にして都会の高級マンションに住み、高級車を乗り回し、毎晩パーティーとばかり遊びまくった。


地方の安アパートに住み、原チャリで仕事に通う今の自分とは別世界の人間だ。

事業はその数年後、衰退を見せていたが、生活レベルを落とせなかった自分は金を使い込んだ。


ある日、現実を目の当たりにし、このままではいけないと自分を改めた。

それからは事業立て直しに向け、身を粉にして1年ほど奮闘した。

しかし時代の流れ押し潰され、幕を下ろす決断をした。

全てを失ったことで借金はそれほど多額にはならなかったが、それでも10年ほどかけ、やっと先月全て払い終えたところだった。


事業に失敗してからは、まともな就職は見つからず苦労した。

不況の中、仕事を転々としながら月日は流れた。

しかし、少しずつでも長い年月をかけ、借金を払い終えた事で唯一人生の達成感を味わった。

そしてそれが現在の貧しくとも充実した気持ちを守ってくれていた。



19年前のあの街に帰って来た。

(今ここで当時の知り合いに会っても、誰も気付かないだろう)

長い年月は男の風貌を大きく変えていた。


当時住んでいたマンションまでの懐かしい道のりを歩いた。小さな思い出が頭をかすめた。


時間は夜11時を過ぎていた。

(あいつは今日も遊びまくって、まだ帰ってないだろうか)

昔の自分を他人のように考えていることに気付き、少し笑った。

(19年後の自分だと言ったらどう思うだろう)

そんな不安を胸に抱えながら歩いているとマンションに着いた。


きらびやかなで上品なエントランスをまじまじと眺めた。

とても懐かしかった。

涙が出そうになった。

今の自分ではとうてい住めない高級マンション。

自分が情けないのと懐かしいのとが混ざりあった複雑な感情だった。

しばらくマンションの前に茫然と立ちすくんだ。



突然後ろから声が聞こえた。

「何してるの?早く入ろ」

若い女の声で少し甘ったるく、それでいて聞き覚えのある声だった。

私が振り返る間もなく声の主は私に駆け寄り、私の右手を握りしめた。そしてマンションの方へ引っ張っ行った。

若い女は自分のバッグから鍵を取り出し、慣れた手つきでオートロックキーを開けた。そしてそのままエレベーターに二人乗り込んだ。

「何ボーッとしてるの?」

と微笑みかけるその顔は、明らかに少し酔っていて、私の顔を好意的に見上げている。

そして、その顔は正しく当時付き合っていた彼女であった。

私は驚きながらエレベーター内の鏡を見た。

そこには正に19年前の自分が当時の髪型と服装で立っていた…。






ガタンゴトン、ガタンゴトン

私は電車に乗っていた。この19年間を振り返りながら。


19年前、人生のやり直しが出来た私は以前の反省点を生かし、地道に事業を拡大させた。派手な生活をしなかった分、安定した生活を長年送ることが出来た。しかし、かといって特別楽しい思い出があるわけでもない。


結婚もした。あの時の彼女だ。しかし、そう長くは続かなかった。派手な生活をしている頃に知り合った彼女と、その後地道な生活を目指した私とは結局合わなかったようだ。


その後も事業は地道な生活のおかげか、何度も危機を乗り越えることが出来た。しかし残念ながら時代の流れには勝てず、先月静かに幕を下ろした。

誰にも迷惑かけないように決断したため、特に借金も残らなかった。

以前の反省を生かし、事業を今まで続けることが出来たという充実感だけを残し、私は全てを失った。

そして、全てを片付け終わった今日、気がつけばあの日だった。

何のためらいもなく電車に乗った。

19年前のあの日あの場所へ何故か引き寄せられるように向かった。

電車を降り、駅を出て歩いた。

あの日と同じ夕暮れ時になっていた。

民家などが立ち並ぶ直線道路をしばらく歩くと、あの日見つからなかったアパートが見えた。


懐かしく思えた。アパートの駐輪場にはあの原チャリが停めてあった。


部屋の前に立った。

何気なくポケットに手を入れると鍵入っていた。

その鍵でドアを開け、作業服を着た男は部屋の中に入っていった。



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