認知(後編)
食事を終えて、何を聞こうかなと少しぼんやりしていたところで、
「さて、そろそろよいかな?」
誠さんの問いかけに頷いて返す。
「わしに聞きたい事はあるかね?」
「えっと、お加減はいかがですか?」
誠さんに促され、気になっていたことを口にする。
顔色は良くなっているように見えるけど……どんな効果があったのか分からないからね。
「リーラさんのおかげだろう、だるさや痛みが消えて心地よいことこの上ない、昨日から比べるとすごく楽になった……が逆に違和感というか気味が悪いと言うべきか」
眉を八の字にして申し訳なさそうにする誠さんの感想に首を傾げてしまう。
魔法のおかげで良い方向へ向かってるみたいだけどどうしてかな。
「痛みがなくて心地よいなら良いことだと思うけど……」
「それはそうなのだが、不意に物にぶつけた痛みが少しずつ収束していくならいいが、急にそれが消えてしまったらどう思う?」
誠さんの返答に「あっ」っと声を出してしまう。
薬を使っても無い状況で痛みが急に無くなるのは無いことだし、薬を塗ったとしても痛みが急に消える事はない。
つまり、今までの付き合ってきた病気の痛みが急に消えたら……痛みがない方がいいにしても調子が狂うのかも?
「そう言うことだ。 しかし、わしの体は一体どうなったのだろうな?」
「……多分、良くなっているはずかな」
「妙に歯切れが悪いのう?」
「初めてやった事だから、良くする効果はあると思うとしか言えない……かな」
誠さんの疑問にうまく答えられなくて小さくうつむいてしまい、
「ふむ?リーラさん自身がわかってないということかな?」
続く問いかけに力なく頷いた。
「責めているわけではないのだがな……わしの体調を良くする認識はあったんじゃろう?」
「苦しそうだったからなんとかしたくて……」
苦笑する誠さんに視線を下げたまま答える。
「その気持ちだけでも十分ありがたいのだが……さて、次はわしの方から聞いても良いかな?」
誠さんは困ったように笑い、今度は自分の番だと質問を僕に投げかけた。
どんな事を聞かれるのかな? 予想がつかなくて心の中で身構えてしまう。
「昨日と同じ問いかけになるのだが、リーラさんと誠治の関係を教えて欲しい」
そう言いながら誠さんは深く頭を下げた。
「え、えっと……どこから話していいかわからないから、長くなったり突拍子もないもない話しなるかもしれないけど……」
「構わない。既に現実とは思えない経験をさせて貰っているのだ。信じられない話しなどほぼないだろう」
ためらう僕へ誠さんはゆっくり首を振った。
そこまで言ってくれるのなら、意を決して話すことに決めた。
「僕が誠治だよ……と言ったら信じてくれる……かな?」
何とか言ったものの、自分でも自信がなくてそのまま小さくうつむいてしまう。
他の言い方のあったかもとか色々な考えが頭の中でぐるぐる回る。
何も返ってこないのでおそるおそる顔を上げてみると、誠さんは顎に手を当てたまま視線を畳に注いでいた。
その様子に声もかけられず自分を抱きしめるようにして答えを待った。
「リーラさんは今、いくつになるのだろうか?」
「た、多分二十四歳くらいになるのかな?」
思いがけない言葉が飛んできて、反射的に答えてしまう。
『信じられない』とか『意味がわからない』みたいな反応をちょっと予想してたけど、全く違う反応にどこかホッとしていた。
「多分とは?」
「それを説明すると長い話になっちゃうけどいいかな?」
「長くても構わない話してもらえるだろうか」
僕を真っ直ぐ見る誠さんに頷いて返した。
そして、僕が死んでしまった後のことを話し始めた。
神様(?)に出会い、エルフの女性になり、近くの村の住人に拾われて家族として迎え入れて貰えた事からフィリエルさん、レリックさんと出会い、今は村へ戻る旅の途中であることを話して、この体になってからまだ半年しか経っていない事と神様のおかげで滞在期間という条件付きで戻ってこれた経緯を話した。
「……だから、この体は二十四歳くらいだけど、その長さを僕は生きてないの」
誠さんの質問への答えをそう締めくくった。
「確かに荒唐無稽な話であるが……」
静かに耳を傾けていた誠さんは考え込むように目を閉じた。
すぐに否定せずに考え込んでくれてるという事は、僕の話を信じてくれてるのかな?
そこでふっと、誠さんとの約束といえるのかな?を思い出した。
小さな日常会話の一つかもしれないけど多分、僕と誠さんしか知らない話。
「おじいちゃん、長生きしてくれてるのに曾孫を見せることが出来なくなってごめんね」
それを聞いた誠さんは目を見開いて溜息を一つ。
「昨日、今日と驚かされてばかりだのう。一昨日の事になるのだが不思議な夢を見た。仙人のような風貌をした老人に『明日、お前の孫が帰ってくる』と言われたのだ。しかも目が覚めてもハッキリ覚えていたからのう、物は試しにと沙奈に訪れる人はわしの所へ案内するように頼んでおいたのだ」
そう言って誠さんは僕へ微笑みかける。
どうしてここへ案内されたのか不思議だったけど、理由を聞いて納得。
神様が手伝ってくれたのかな……戻るときに会えたらお礼を言わないとね。
「しかし、それだけでは変な夢を見て偶然に人が来ることもあり得たが……最初にリーラさんを見たときに誠治に見えた。そして光に包まれた時、心地よさが体を巡り始めて、そこから懐かしい感じがして誠治を膝の上にのせていた時の感覚というのだろうか、それをふっと思い出したのだ。 最後の駄目押しと言わんばかりに曾孫を見せるという話……姿形、性別も違うが中身は誠治であることは確かだろう」
何度か区切りながら言い終えた誠さんは大きく息を吐いて、
「それって……」
「おかえり」
確認の為に聞き返そうとする僕に、短いけど確実にすごく欲しがっていた言葉をかけてくれた。
そこから少し記憶が飛んでいて、気付いた時には椅子に座る誠さんのお腹を抱くようにすがりついていた。
驚いたものの、胸の奥に広がるふんわりとした心地よさに離れようとは思えなかった。
「これは懐かしいのう、幼い時の誠治が辛い時にこうやって甘えてきたのを思い出すな……ただわかってはいても若い娘とこの状況はちと困惑するのう」
「あう……」
ちっとも困ってなさそうな声だけど、色々変わってしまった僕が相手だとしかたないのかも。
誠さんの温もりを感じながらぼんやり考えているところで引き戸が開けられ、
「お爺ちゃん、リーラさんは起き……」
その向こうには目を丸くしたなっちゃんが立っていた。
「役得の次は難題が来たかのう」
さっきと同でちっとも困ってる感じの全くしない声が落ちてきた。
僕となっちゃんは見つめ合うか感じで停止してしまい、
「年の差は……うん関係ないよね!お母さんに起きたことを伝えてくるね」先に再起動したなっちゃんが自分に言い聞かすように駆け足で去っていった。
物わかりが良いと言うべきか早とちりがすぎるのか……。
そう思いかけて、この状況じゃ変な誤解しか与えない……よね。
どうしたらいいのか頭を抱えるしかなかった。
「なるようになるじゃろうから大丈夫だろう」
その言葉に反応して見上げた僕の頭を優しくなでてくれ、それはすごく懐かしくて焦りそうになる僕を落ち着かせてくれた。
このままだと新たな誤解を招くので、誠さんと向かい合うように座った所で廊下に沙奈さんの姿が見えた。
部屋に入るなり、
「食欲はあるようね」
空になった食器を一見して微笑む。
「香奈が慌てて私の所へ来てお父さんとリーラさんがすごく仲良さそうにしてるって不思議なことを言ってきたのよ」
沙奈さんは僕と誠さんを交互に見て首を傾げ、
「特にそうは見えないのだけど何かあったの?」
「見たとおり特に変わったことはないがな」
誠さんが何でもない風に沙奈さんの質問に答えた。
「どういう意味で香奈が言ったのかわからないけど……それはそれとして、せいちゃんとの関係を教えて貰っても良いかな?」
微笑んではいるけど沙奈さんが僕を見る目には力がこもっているように感じられた。
読了感謝です