帰宅
なっちゃんを見返してみる。なんとなく面影と雰囲気が似てる気がするけど……十二年経っている事を考えるとしかたないのかな。
考え込みそうになっている所へじっと僕を見るなっちゃんに気付く。
「私の気のせいかもしれませんが、昔どこかでお会いしたことありますか?」
なっちゃんから思いもよらない一言が飛び出し驚いてしまう。
「え……た、多分初めましてかな?」
思いがけない質問に答えが詰まりそうになる。
でも……気付くわけないよね容姿も性別も全く違うし、近い点があるとしたも生きていたら年齢がある程度近いくらいだからね。
「ですよね。 私にリーラさんのような外国の方みたいな知り合い居ないはずなのに……」
「香奈さんが自分から聞くのは珍しいな」
首を傾げるなっちゃんに大悟さんは相槌を打ちながら何か言いたそうに僕をちらり。
なっちゃんへの受け答えに『それでいいのか?』と言われた気がした。
「ちなみにどうしてそう思ったんだ?」
「リーラさんの話し方と雰囲気をどこかで感じた覚えがある気がするの」
大悟さんの質問になっちゃんは首を傾げたまま答えた。
「お互いに知らない場所で会ってるかもしれねぇし、忘れてるだけかもな。しかし、他人の空似で見覚えがある人ではなくて雰囲気と話し方か、香奈さんらしいな」
「それはほめてるの?からかってるの?」
「半々ってとこだな」
そんな慣れた感じの二人のやりとりに、
「仲がいいんだね」
目を細めて感想を口にしていた。
「まぁ、それなりに長い付き合いだしな」
「十年くらいになるかな?」
てれくさそうに答える大悟さんと嬉しそうに答えるなっちゃん。
十年かぁ、僕が居なくなった後に知り合ったんだね。
心地よい微笑みを浮かべるなっちゃんを見て小さな寂しさと安堵する心地よさを感じた。
「さて、そろそろいくか?」
「うん、そうだね」
大悟さんの呼びかけに小さく頷く。
「どこへ行くの?」
そこへなっちゃんからのもっともな質問がとんでくる。
「ああ、リーラさんと一緒に香奈さんの家へ行くんだ」
「そうなの?」
大悟さんの答えになっちゃんは目を丸くしていた。
なっちゃんも一緒に歩くこと……といってもすぐそこだけど、前世の記憶とそれほど変わらない自分の過ごしていた家へ着いた。
家に着くまで、なっちゃんは僕と大悟さんをちらちら見ていて、何か聞きたそうにしていた。
僕と大悟さんが一緒に行くことが気になるのかな?
なっちゃんの落ち着きのない様子が気になった。
「ただいまー」
なっちゃんが玄関を開け、慣れた感じで中へ、
「おかえり」
向かえたのが前世の僕の母の山中沙奈さん。記憶とあまり変わらないように感じるけど、十二年の時のせいかな……しわや白髪が少し見えるようになったかも。
沙奈さんはなっちゃん、大悟さん、僕の順に視線をずらし微笑みかけ、
「大悟さんいらっしゃい。 電話で話してくれたのがその方ね」
僕は会釈を返す。
「お母さん、リーラさんは日本語を問題なく話せるみたいよ」
「そうなの?」
「ええ、俺も驚きました」
三人の流れるような会話の中で、前世は大悟さんより近い関係だった僕は小さな疎外感を感じ、今は赤の他人だから仕方ないよねと自分に言い聞かせた。
「お茶も出したいから」
という沙奈さんの勧めで中で話すことになり、大悟さんと一緒に部屋へ通される。
その途中に見えた家の中の様子は記憶の物とほとんど変わらなくて、家の香りっていうのかな? それがどこか心地よくて懐かしく感じられた。
台所に通されて大悟さんと席に着いたところで、
「そうそう、そろそろお供えを変えようと思ってたんだけど、香奈ちゃん買ってきて貰える?」
お茶の準備をしながらの沙奈さんのお願いに「わかったー」と言い残してなっちゃんは出て行った。
テーブルにはお茶が並べられ、沙奈さんは向かい合うように席に着いた。
「リーラさんがせいちゃんについて知ってることを教えて貰えるかな?」
微笑みながら問いかける沙奈さんのそれはつめよるようでも、強制する感じでもなくて、よかったら教えて欲しいくらいの問いかけだった。
本人だから知っている事は沢山ある……でも、何から話せばいいのか分からなくて、お茶を一口。
見覚えがある湯飲みと覚えのある味のお茶のせいかこの家で過ごしていた頃の記憶があふれ出してきた。
お爺ちゃんから貰うチョコレートが大好きで、なっちゃんとよく半分にしていた。
小さな頃に小学校まで通学する列について行ってしまって大騒ぎになった事。
誕生日のお婆ちゃんの作るお赤飯や年末の杵と臼を使った餅つき……。
あふれ出る記憶から話していく……けど思い浮かぶ事がうまく言葉にできなくて勢いだけが空回りしていた。
「せいちゃんの事を他の人から聞ける日が来るとは思わなかったから、すごく嬉しいな」
沙奈さんの小さな微笑みの中の目頭から涙がひとすじ。
おそらく僕の事を想ってなのかな……胸が軽く締め付けられるように感じられた。
「それにしても、せいちゃんにこんなに魅力的なガールフレンドが居たのね。どこで知り合ったのかな?」
興味津々の沙奈さんの問いかけへの答えに詰まってしまう。
関係を聞かれるのは普通の事なのだけど……答えが見つからない。
正直に話しても受け入れて貰えるとは思えないし、メールやチャットの友人と説明したとしてもかなり厳しいと思う。
ごまかしても、その先の事を聞かれると答えようがないからね。
「えっと……」
そこから言葉が続かない。
小さな静寂が部屋に訪れ、沙奈さんはどうしたのかな?といった感じで不思議そうに僕を見つめる。
ちらりと大悟さんを見ると僕の意図を理解してくれたのか小さく頷いた。
「おばさ……」
「ただいまー」
大悟さんを遮るようになっちゃんの声が聞こえ、すぐに通り抜けていった。
その手にはよくお爺ちゃんに貰っていたチョコレートが二枚。
目で追いかけながらお供えって和菓子とか果物かなって思っていたけどチョコレートって珍しいなと思いかけてハッする。
あれはおそらく『僕』へのお供え物……。
「お供えを新しいのに変えてきたよ」
「お疲れさま、後でお金渡すわね」
「いいよ、そのくらいなら大丈夫」
すぐになっちゃんは戻ってきて沙奈さんへ報告。
仲の良い親子のやりとりに安堵したものの、何も無かったら僕はあの中に居たはず……なんだよね。切ないな……でもこれが現実。
「リーラさん大丈夫か?」
僕だけに聞こえるように、大悟さんが近くに来て囁く。
声色から僕を気遣う気持ちが受け取れて少しだけ切なさが和らいだ気がした。
軽く頷いて返したところで、無意識のうちに自分の両手をぎゅっと握りしめていた事から自分の中で堪えていた事を気づかされた。
「大悟さんは綺麗な女性には優しいんだから」
「俺は博愛主義者なんだ」
なっちゃんのやれやれといった指摘に大悟さんは苦笑いで返す。
「大悟さん、リーラさんはせいちゃんの事……」
「ああ……知ってるぜ」
大悟さんと沙奈さんの会話の内容から、『僕』の事と予想がついた。
「それなら……リーラさん。せいちゃんに手をあわせて貰えるかな?」
沙奈さんのお願いに小さく頷いた。
そして、案内された部屋の奥には神棚があり、記憶のままの曾お爺ちゃんの遺影とその隣には……『僕』の遺影が並ぶように置かれていて、下の段には野菜や鰹節等のお供え物に加え、なっちゃんが買ってきたと思われるMのイニシャルの入った板チョコが置かれていた。
勧められるがままに神棚の前に立ち、置かれている箱からろうそくとマッチをとりだし、ろうそく立てにろうそくを立て火をともす。
遺影の『僕』は微笑んでいて、バックには大きな湖が綺麗に光を反射して輝いていた。
僕が急死する二ヶ月程前に家族で旅行へ行った時のものかな。
その時の状況を思い出しつつ、置かれている蝋燭立てに蝋燭を立ててマッチで火をつけた後、遺影に向かって二礼二拍一礼。
まさか、自分の遺影に向かってする事になるとはね……自分がここにいるのにすごく遠い存在?っていうのかな何ともいえないもどかしい気持ちになった。
「ありがとうございます。 せいちゃんも喜んでると思うわ」
沙奈さんは柔らかな微笑みを僕に向ける。
「ぼ……」
僕はここにいるよと言い掛けて止める。
ここに居られるのは一週間。 僕の存在を認識してもらってもすぐに来る別れ……大悟さんの言うとおり、亡くなった人と話せる機会は今しかないくて次はないと思う。 でも……拒絶されてしまうのがすごく怖い。
それに、僕が居なくなってから長く続いた日常を変えてしまうかもしれない……どうしようどうしようと自分の中で堂々巡りをしかけていた。
「リーラさんちょっといい?」
思案顔で話す沙奈さんは僕が頷くのを待って立ち上がり、こっちへと手招きをする。
何だろう?と思いながら沙奈さんの後をついて行き、部屋のドアの前で止まると同時にドアを開いて中へ入るように促した。
そこは案内されている途中から分かってた『僕』の部屋……ドアの向こうには本棚に並んだ漫画とそれを元にした小説や机の上に飾られた作りかけのプラモデルと小さな写真立てに『僕』の写真、記憶とそれほど変わらない光景が広がっていて吸い込まれるように足を踏み入れた。
十二年経っているはずなのに代わり映えのしない部屋に、懐かしさとはまた違うとは思うけど、何ともいえない安堵感が広がった。
机に近づいて、ふっと目に入ったプラモデルの後ろに隠れるように居た『僕』の干支と同じ犬の形をした小さめの貯金箱。
小銭が出来る度に入れてたはず……手に取ってみると大きさの割にずっしりとした重みがあった。
「なっちゃんの誕生日が近かったんだっけ……」
呟きながら目的があって開けようと考えていた事を思い出し、小さく息を吐いてそっと戻した。
「貯めて何を買うつもりだったのかしらね」
貯金箱をそっと撫でる沙奈さんの言葉に、
「多分、なっちゃ……香奈さんに何か買ってあげるつもりだったのかも?」
自分の思っていたことを少しぼかして答えた。
「……そうかもしれないわね」
沙奈さんは小さく頷いて微笑んだ。
作りかけのプラモデル、途中まで読んだ小説、クリアまでもう少しだったゲーム……部屋の中に残った僕のやり残しへ別れを告げるように部屋を後にした。
読了 感謝です