絆を探して(後編)
自動販売機のボタンに購入可能となる赤ランプが点灯する。
半分くらい見覚えのない缶やペットボトルが並ぶ中で、ちらほら飲んだ覚えのある物があり、大悟さんは缶珈琲を、僕はペットボトルのサイダーを選んだ。
近くにあったジュースを販売しているメーカーの名前が入ったベンチに二人並んで座り、手にしている飲み物で一休み。
強めの炭酸と甘さが口の中に広がる久しぶりに飲むサイダーは格別だった。
「炭酸系が好きなんだな?」
「うん、半年ぶりに飲むサイダーはすごく美味しいよ」
「確かに、久しぶりに飲むとよりうまく感じることはあるな……」
大悟さんは質問に答える僕をじっと見て、
「その分だと大丈夫そうだな。 さっきの沈んだ表情だと別の意味で俺が目立つからな」
肩をすくめて苦笑いする大悟さんの別の意味の中身を分かりかねて首を傾げてしまった。
ただ……僕の事を想っての行動だって事はなんとなく分かった。
少しの間一息つく感じで、静かな時間が流れた。
これだけ気を使ってくれるなら耳を傾けてくれるかな?
「……突拍子もない事を話しても大丈夫かな?」
「聞くと言った以上、しっかり聞くぜ」
多分大丈夫かなと思って切り出した僕へ任せておけとばかりに自分の胸を叩いて大悟さんは応じてくれた。
「なっちゃん……香奈さんにお兄さんが居たのは知ってるかな?」
「ああ……十数年前に亡くなったお兄さんが居るってのは聞いたことがあるな。 確か……誠治って名前だったと思うぜ」
「うん、その誠治さんの事で尋ねて来たんだ」
「参ったな俺の予想を斜め上を行く内容になりそうだな。言い難い事も遠回しにせず話していいぜ。ここから黙って聞くから続きを頼む」
大悟さんは自分の後ろ頭をぺちぺち叩きながら小さく溜息を吐いた。
「信じられないような内容かもしれないけど……」
そう前置きして、山中誠治の記憶があることから始め、自分の中ではまだ
半年しか経って居ないこと、そして一週間しか滞在できない事を説明した。
「事情は何となく理解できたと思うが……」
大悟さんはあごに手を当てながら眉間にしわを寄せて黙り込む。
その後の反応が怖くて、今の状況を他の人が見たらどう見えるのかなと現実逃避するように考えていた。
「疑問に答えて貰ってもいいか?」
「う、うん」
考えがまとまったのかな?少しぎこちなく振り向くと、大悟さんは真っ直ぐ僕を見据えていた。
「『リーラ』さんとしての記憶はあるのか?」
「僕としての記憶?」
「『山中誠治』さんの記憶以外っていうのが正しいかわからねぇが、『リーラ』さんとしては半年しか生きてねえんだろ?」
大悟さんに言われて気がついたというのかな? 今まで深く考えたこともなかったこの体の元の記憶。
「ない……かな」
今のところ、僕が僕として生きてきた記憶しかないし、何かを思い出したりしたこともなかった。
次に神様?に会ったときに時間があれば尋ねてみようかな。
「そうか……それなら、一週間しか滞在出来ないってのはここには旅行か何かで来てるのか?」
「旅行ではなくて……どう説明したらいいのかな」
大悟さんの質問の答えに詰まってしまう。
一週間の滞在になる理由をそのまま話しても、全く信じられない物にしかならないし……。
「多分、一週間後にここを離れたら二度と会えなくなると思う」
「そりゃどういうことだ?」
「僕がこの世界には居ない存在だからかな」
大悟さんは僕の答えに首を傾げてしまった。
仕方ないよね、僕が同じ事言われても同じ感じになると思うし……。
「この世界での僕は死んじゃっているから……」
そう前置きして、僕が死んでから異世界へ送られるまでと、この世界へ期限付きでもどって来るまでのことを、神様?とのやりとりを含めて話した。
「おおよその事は分かったと思う……」
静かに最後まで聞いていた大悟さんが手の平をおでこへ当てて口を開く。
「つまり、その格好も耳もコスプレとかじゃないんだな?」
問いかけに頷くと大悟さんは大きく溜息を吐いた。
「十二年前か……でも半年前なら多分……」
大悟さんは腕組みしながら独り言のように呟き、
「携帯電話は持っていただろ?番号は覚えてるか?」
思いついたように僕へ問いかける。
「えっと……」
思ってもみない質問に、うろ覚えながらも自分の使っていた携帯電話の番号を答えた。
大悟さんはメモにとり、ポケットから黒の電卓みたいな物を取り出して表面を指でなぞったり、押したりして耳に表面をあてる。
「大悟です。 おばさんに尋ねたいことがあるんだけど」
そういって、大悟さんは僕の携帯番号を復唱していた。
「この電話番号は誠治さんのものであってますか?」
少しの間やりとりをした後、
「急にすみませんでした。後でまたお話しします」
耳から黒いそれを離し、表面を少しなぞった。
見たこと無いけど、大悟さんが使ってるのは今の携帯電話なのかな?
「ああ、リーラさんはしらねぇかもな」
大悟さんは黒いそれをポケットにしまいかけた所で僕の視線の先に気付いた。
黒い電卓みたいな物はスマートフォンといって携帯電話とパソコンを一緒にしたようなものみたい? 僕の知ってる携帯電話は大分減ったらしいけど電話としては使いやすいから使ってる人はそれなりにいるらしいと教えてくれた。
「しかし、困ったな……」
一通り説明を終わった後に大悟さんは腕を組んで溜息を一つ。
「リーラさん……いやこの場合誠治さんと呼んだ方がいいのか?」
大悟さんの質問に僕は息を飲んだ。
「ああ……現状、俺をだます意味も十二年前に亡くなった人を騙る理由も必要もねぇしな」
僕の様子を見て、大悟さんは簡単に理由を説明し、
「良かった……今は『リーラ』として生きているから、そのままでいいかな」
胸をなでおろして答えた。
「わかった。リーラさんとしては山中さんの家へ行って何をしたいんだ?……色々聞いちまった以上は俺に出来ることがあればってな」
「ありがとう、今は現状をしりたいかな。もし、僕の事を理解して貰えてもすぐにお別れになっちゃうからね」
大悟さんの質問に答えながら自分の気持ちを再確認する。
僕の居ない生活になって長いし、当たり前になってるよね……そこに入ってくのは……。
自分を納得させるように心の中で呟いた。
「それはあるかもしれねぇな。 俺みたいなリーラさんの昔と全く接点がない奴と亡くなるまで一緒に生きて来た人じゃ全く別物だからな」
大悟さんは小さく頷き、
「だが、亡くなった人に会いたい、話したいと思ってるかもしれねぇし全部を否定する事もないと思うぜ」
「……え?」
思ってもみない答が返ってきて、僕は思わず大悟さんを見上げてしまった。
「折角時間を貰ったんだろう?出来る事はやらないと後悔するぜ」
「ありがとう!」
サムズアップする大悟さんがアルゴさんと重なっていき、かけて貰った言葉も嬉しくてつい抱きついてしまった。
「大悟さん何してるの?」
「こ、これは違うんだ」
後ろから冷たい感じの女性の声が聞こえ、それに反応するように大悟さんの焦った声が落ちてきた。
「今度は外国の女性なの? 本当にもてる男は辛いわね」
さらにゾクリとする声が飛んできて、大悟さんの表情は優れないものに変わっていた。
「え……えっと」
僕は慌てて大悟さんから離れて二人を交互にみる。
髪は肩の辺りまでの長さで白のブラウスに明るい紫の色のフレアスカートの女性……苦笑いを浮かべていてさっきの言葉とは釣り合ってないように感じた。
「また放っておけなくて首を突っ込んだんでしょ?」
「その通りなだけに何も言えねぇ」
女性の指摘に苦笑いで参ったとばかりに両手を肩まであげる大悟さん。
話してる感じだと親しい感じなのかな?
「彼女の紹介してもらってもいい?」
「ああ、彼女はリーラさんで俺も驚いたが日本語は問題なく話せるから
直接聞いても大丈夫だ」
「リーラです。よろしくお願いします」
大悟さんの簡単な紹介の後に、僕は軽く頭を下げた。
「普通に日本語話せるんだ……」
女性は目を丸くして感想を口にする。
逆の立場なら同じような反応すると思うから仕方ないよね。
「で、こちらが山中香奈さんだ」
「えっ!」
前世の妹の名前が飛び出してきて思わず声を上げてしまう。
大悟さんは申し訳なさそうに苦い表情をしていて、香奈さん……なっちゃんは再度目を丸くしてしまった。
ゆっくりゆっくり進んでいけたらいいかな(´・ω・`)