絆を探して(中編下)
「一生懸命相手の事を想って動くのはいいのだけど、その相手を置いていってしまうのは大ちゃんの悪い所よ?」
いつの間にか大悟さんの後ろに店主の女性が立っていて、
「返す言葉がねぇ」
かけられた言葉に大悟さんは肩をすくめた。
「勿論、彼女に甘い物をご馳走してあげるのよね?」
「菫さんにはかなわねぇな、セット料金に変えてくれよ?」
「仕方ないわね」
二人の慣れた感じのやりとりを長い付き合いなのかなとぼんやり眺めていた。
大悟さんは菫さんとの話が終わるとこちらへ振り向き、
「もう立てるか? 厳しければ肩を貸すぞ」
僕を気遣ってくれたのかな、その声色は優しく感じられた。
「多分、大丈夫」
ゆっくりと立ち上がりながら答えた。
入り口すぐのショーケースまで歩いたところで、
「さっきの話の通りだ。 好きなのを選んでくれていいぜ……三個までにしてくれると俺の財布が助かる」
大悟さんはあごに手を当てて苦笑い。
三個も多分食べられないよと心の中で苦笑しながら、ショーケースの中を軽く見渡す。
苺の赤と生クリームの白が綺麗なショートケーキ、生クリームの入ったふんわりしてそうなシュークリームとワッフル、生クリームを挟んだロールケーキ、コロネや果物をたっぷりのせたタルトに続いて、「ザッハ」と書かれたチョコレートケーキで目が止まった。チョコレートのスポンジと生クリームを交互に重ねたケーキで、一番上にちょこんと乗せられた板チョコ。
「これをお願いします」
思わず指をさして頼んでいた。
「一つでいいの? お持ち帰りもできるわよ」
「助けてもらった上、そんなに頼めないです」
菫さんの提案に首を振って答えた。
選んだケーキは小さなお皿に乗せられてテーブルに戻った僕の前に運ばれてきた。
「一つで良かったのか?」
「そんなに食べられないと思うし……持って行くとこもないから」
大悟さんの質問に小さく頷いて答える。
「そうか……。 ああ、俺にかまわず食べてくれ」
「いただきます」
大悟さんは腕を組み考え込みそうになってすぐ、僕に気付いてケーキへ手をつけるように促した。
フォークで板チョコをすくい取り口の中へ。
舌の上で広がる甘さはガーラントさんに貰ったものより甘く、懐かしい記憶が甦る。
「……お爺ちゃんどうしてるかな」
不意に口から漏れていた。
史郎さんには一応関係は理解してもらったものの、お爺ちゃんの現状を聞きそびれてしまった。
元気にしてるかな? 病気になったりしてないのかな……それとも……。
考えかけた一番良くないものを頭を強く振って追い出した。
もし……そうなら史郎さんが教えてくれてるはず。
「そのケーキに何か思い入れでもあるのか?」
「え、えっと、お爺ちゃんがこのケーキに乗ってるようなチョコレートをよくくれたんです」
不思議そうにする大悟さんへ少し慌てて答える。
僕の様子を気にかけてくれるこの人なら史郎さんみたいに僕の事を話しても……。
真剣に聞いてくれるんじゃないかな? でも内容が突拍子もない事だから……そんな考えが浮かんでは沈んでいった。
「そうか……優しい人だったんだな」
僕を見つめる大悟さんの表情は柔らかいものになっていた。
僕がケーキを食べ終えたところで、
「リーラさんはこの後どうするんだ?」
「三枝駅の辺りに行く予定です」
それを待っていたかのような大悟さんの質問に答える。
「電車で行くのか?」
続く質問には頷いて返した。
「菫さんさっきの事もあるし、リーラさんを一人で行かせるのは危ないと思うんだがどう思う?」
「リーラさんは身分証明書を持ち歩いてますか?」
大悟さんの問いかけに、菫さんは僕を短時間じっと見て、質問を投げかける。
「持ってないです……」
「目立つ容姿に、見慣れない服装で身分証明書はなし……か。何かあった時の事を考えると一人は良くないと思うわ」
僕の答えに菫さんは表情を曇らせる。
一週間だけこの世界に滞在する僕には、自分を証明するものなんてない。
「どうしよう……」
お金があれば、一週間過ごす事は出来ると思う。でも自分を証明するものがないと言う事は……つまり……職務質問だったかな? 呼び止められたら何も答えようがない。
史郎さんやさっきの三人組の反応から、僕を見た目で日本人と思う人は居ないと思しね。
「大ちゃん、この後の予定は?」
「偶然にもリーラさんと同じ駅へ行く予定だ」
菫さんは表情を一転させ、大悟さんはわざとらしく肩をすくめた。
「助けちまったからには最後まで面倒みねぇとな」
「そうね、特別にケーキの代金は半額にしてあげわね」
「そりゃありがてぇ……っとリーラさんが迷惑なら言ってくれてかまわないぞ」
頭越しで決まっていく中で、大悟さんが置いてきぼりの僕に気付いて判断を仰ぐ。
「え、えっと……」
さっき絡まれたことを考えると願ってもない話だけど……。
会ったばかりの人にそこまで甘えていいのかな。
「大ちゃんなら大丈夫よ? こう見えて可愛い彼女がいるんだから」
菫さんは大悟さんの頭をぺちぺち叩きながら僕に笑顔を見せる。
「こう見えてってのはひでぇなぁ……」
大悟さんは叩かれた頭をさすりながら苦笑いを浮かべた。
「お願いします」
雰囲気に飲まれてしまったのかな? 気が付けば頭を下げていた。
お店を後にして駅へ向かって歩く道すがら、
「気にすることはねぇよ、リーラさんの見た目がちょっと珍しいだけだ」
大悟さんは苦笑いを僕に向ける。
人通りは少ないものの、すれ違う人の視線が少し気になってたのでその
気遣いはうれしかった。
駅へ到着し、建物は変わらないなぁと思いつつ構内へ。
中もそんなに変わってないように感じて、広告のポスターや自動販売機の場所が変わったように思えた。
「ちょっとここで待っててくれ」
改札口が見えたところで大悟さんはそう言い残して券売機へ駆けていき、
「ほい、三枝までの切符だ」
すぐに戻って僕へ切符を手渡してくれた。
「お金……」
「いらないさ、これぐらいエスコート出来ないと菫さんに怒られちまう」
ポーチをあけようとする僕を遮るように手を乗せた。
ありがとうございますとお礼を言って、改札を通ってホームへ。
次の電車は三十分くらい後らしく、待つ人が使う空いているベンチへ腰掛ける。
「目的地は駅から遠いのか?」
「歩いて三十分くらいかな……?」
大悟さんの不意の問いかけに、道のりを思い出し、当時の僕と今の僕の歩く速さは同じくらいなのかなと考えながら答える。
「そのくらいならリーラさんさえ良ければ、近くまで送っていくぜ」
大悟さんの提案はすごくありがたいけど……甘えていいのかな?
どうしようかと決めかねていたところへ、不良に囲まれた状況が脳裏に甦り身震いをしてしまう。
一人で行くよりはずっと良いはず、
「助けてもらってばかりだけど……お願いします」
そう判断して、大悟さんの好意に甘えることにした。
カタンカタン……電車が走りだし、心地よい音が響く。
昼間の時間帯だからか、車内は空いていて大悟さんと窓際に向かい合うように座る。
こうして電車に乗れるのも最後になるのかな? 車窓から流れる記憶とはずれのある風景を眺めながらぼんやり考えていた。
各駅に停車しつつ、三枝駅へ二十分も経たず到着した。
お爺ちゃんと一緒の時はいつも五分前ぐらいに付くように来てたっけ……。
降りるときに待っていた時間の方が長かったかなと、ふっと小さな懐かしさを感じた。
「これから行く場所の住所か名前はわかるかい? もしかしたら俺も知ってるとこかもしれないからな」
三枝駅の改札をでた所で、大悟さんが思い出したように尋られ、
「……です」
前世の住所を口にした後史郎さんに住所があってるかを確認しておけばよかった事に今更ながらに気付いた。
「うん? 山中さんの家へ行くつもりだったのか?」
首を傾げながらの大悟さんの答えから住所が変わってないとわかり、小さく息を吐いた。
住所からすぐわかったあたり、大悟さんは何度か来たことがあるのかな?
ふっとそんな考えが思い浮かんだ所へ、
「もしかして香奈さんの知り合いか?」
「なっちゃんを知ってるの?」
前世の妹の名前がでて来たので食いつくように反応してしまった。
「あ、ああ一応時々会う程度だけどな」
反応が思いがけないものだったのか大悟さんはたじろいでしまう。
現状を知ってるのなら、沢山尋ねたいことはある……けど。
ふっと僕は何をしたいのだろう……と頭の中で駆け巡った。
現状を知って満足したいのかな? それとも史郎さんみたいに僕の存在を認めて欲しい? 認めて貰ってもすぐに僕は居なくなってしまう。
わざわざ別れの悲しみをもう一度……。
「どうした?」
深く考え込みそうになる状況から大悟さんの声が僕を引っ張り上げた。
「え、えっと……」
大丈夫、なんでもないよ。と続けるの言葉がでなかった。
「何か気になることがあるのか? 答えられるか分からないが俺で良ければ聞くぞ?」
表情を引き締める大悟さんがアルゴさんにダブって見えて、なんというのかな? すごく心強く感じられる。
今の僕の状況を話したら、力になってくれるかな……それとも呆れてしまうかな。
自分の気持ちが振り子のように揺れ動き定まらない。
「……真っ直ぐ行かない方が良さそうだな」
大悟さんの表情から僕を気遣ってるのがわかる。
今日会ったばかりの僕をこれだけ気にかけてくれるのなら……。
「少し歩こうか、途中にある公園で少し落ち着こう。この場所に留まっていると俺が悪目立ちしそうだからな」
肩をすくめて苦笑いする大悟さんの提案に頷いた。
色々な悩みと戸惑いが僕の足取りは重くして、軽く俯いたまま進む。
そんな状態の僕を気遣うように大悟さんは何も言わず並んで歩いてくれた。
気が付けば公園の中に入っていて、
「何か飲むか?」
自動販売機へ小銭を入れようとする大悟さんを見上げていた。
「お金は僕が……」
さっきご馳走して貰ったばかりだからと慌ててポーチに手を入れてお札を一枚取り出す。
そして自動販売機へ入れようとしたところで苦笑する大悟さんの手に遮られた。
「リーラさんの気持ちは嬉しいがそれは使えないぞ?」
大悟さんは空いている用の手でお札とそれを入れる場所を交互に指さす。
「あっ……」
僕の手には『10000』の数字のお札、自動販売機には『1000』の数字が……。
急いでいたとしても……これ以上ない失敗にがっくり肩を落とした。
「ま、失敗は誰でもあるもんだ。 好きなやつ押してくれ」
柔らかい笑顔で小銭を投入する大悟さんに力なく頷いた。
大悟さんが大誤算で変換されてしまうorz