絆を探して(中編上)
「確かに山中さんは友人であり、私が珍しい貨幣を買取る事を知っています」
史郎さんは表情を固くして話し始め、
「リーラさんのような若い女性に話すとは思えませんし、買い取りを求めるなら少なくとも同席するか私へ一報を入れるでしょう」
考え込むように口を閉ざした。
その通りだね……お爺ちゃんがこの姿の僕に教えるとは思えない。
どう返していいのかわからなくて、テーブルに目を落とすしかなかった。
「この店に訪れる色々な人を見てきましたので、それなりに人を見る目はあるつもりです……しかし、リーラさんが嘘を吐いているようには見えないのです」
その言葉にハッと顔を上げた所で視線が合った。
「おそらく複雑な事情があるのでしょう……かなを助けて頂いたのも何かの縁と思います。 無理にとは言いませんが宜しければ 話して頂けませんか?」
史郎さんの勧めに胸が一杯になり、全部話しても理解はして貰えないかもしれないけど……と思いながら出来るだけ嘘は吐かないと決めた。
「今の僕は無一文で、価値がありそうなものがこの金貨だけなんです」
「無一文な理由を聞いてもよろしいですか?」
簡単に現状を説明すると史郎さんからもっともな一言が返ってくる。
他の世界から来たから、この世界のお金をもってないなんて言えないし……。
「質問を変えましょうか。見たところ珍しい金貨ですが、本当に手放しても良いのですか?」
「金貨を僕にくれた人も、困った時に手放すのは許してくれるはずです」
答えにつまった僕への配慮かな? 答えやすいように質問を変えてくれた。
「……わかりました。この金貨を担保にお金をお貸ししましょう」
「え?」
「期限は設けません。返済と同時に金貨はお返ししますし、利息も頂くつもりはありません」
普通では考えられない条件が出されて驚いてしまう。
「気まぐれみたいなものですよ、お金が返って来なくても私は損をしませんから」
史郎さんは微笑みながら続け、
「一応、形式的なものですが連絡先を書いて頂けますか?」
「連絡先……?」
差し出された紙とボールペンを受け取って小さく首を傾げてしまう。
「住所が難しければ電話番号だけでも大丈夫ですよ?」
「多分……大丈夫」
史郎さんの一言にハッと気付いて自分の住所と電話番号を書いていく。
久しぶりに握る感触と書く機会が無かったからかな、少し文字が崩れちゃったけど多分読めるはず……。
書き終えた紙を受け取って目を通し始めた史郎さんが急に僕と紙を交互に見始める。
おかしな事は書いてないはずだけど……。
そう思いながらも自分から聞くわけにもいかず、反応を待つしかなかった。
僕を真っ直ぐ射抜くように見つめ、
「……貴女の様子を見る限り嘘を書いていたようには見えないのですが、
この内容が本当のものとも思えないのです」
紙を僕に見せるようにテーブルへ置く。
自分で書いた紙へ目を通して息を飲んでしまう。
そこには、前世の自分の名前と住所が書かれていて……どう読んでも今の自分からかけ離れた内容でしかなかった。
「その上でお尋ねします。貴女と山中さんの関係は一体何なのです?」
「え、えっと……」
怒ってる感じでは無いのだけれど、自分の失敗を気付いた後だけに返す言葉に詰まってしまう。
一応説明は出来るけど、それは現実ではありえない出来事でしかない。
でも……これまでのやりとりを思い出していくと、史郎さんはごまかそうとしても見抜いてしまうと思う。
それなら……。
「生まれ変わりって信じますか?」
意を決して切り出した。
「占い等の事でしょうか? 前世は有名な人であったかもしれないと調べる方もいるそうですが」
僕の質問に史郎さんは首をひねりつつ答えを返す。
望んだ答とは少しずれてるけど、突拍子もない内容にもしっかり耳を傾けてくれている。
「僕には前世の記憶があります」
「それは興味深い話ですが……」
史郎さんは相槌をうちかけて、何かに気付いたかのようにテーブルへ視線を落とした。
そこには僕の書いた紙があり、
「もしや、リーラさんの前世というのは……」
「山中誠治です」
史郎さんの言葉に続けるように自分の前世を名乗った。
それを最後にしんと静まり、史郎さんは腕を組み目を閉じ、僕はテーブルへ目を落とした。
数分ぐらい経ったかな? 小さな物音に耳を澄ますと隣から規則正しい呼吸の音が聞こえ、そこには船をこぐかなちゃんが居た。
「何かかける物はあるかな?」
起こさないようにそっと横にして尋ねる。
史郎さんは表情を緩めて頷き、すぐに薄い毛布をかなちゃんへかけた。
話し声で起こすかもと少し離れたテーブルへ席を移す。
「もう一度お聞きします。 貴女は誠治さんの生まれ変わりだと言われるのですね」
史郎さんの質問に頷いて返す。
「確かに前世の記憶があるのでしたら納得のいくやりとりも多いのですが……」
何か引っかかるのかな? 史郎さんは硬い表情で歯切れも悪い。
「誠治さんが亡くなって十年程経ちます。 生まれ変わりであるのでしたら早く生まれたとしても十歳程でしょう。 しかし貴女はその年齢には見えません」
その説明に納得すると共に頭を抱えてしまう。
史郎さんの言うとおり、普通の生まれ変わりならそのはずだよね。
僕の場合は十二歳からのスタートでそこに十二年の経過になるから、二十四歳ということになるかな。
向こうの世界のままの姿なら納得してくれたのかな……と思いかけて頭から追い出す。
今更考えても変えることは出来ないしね……。
少しの間、お互いに無言となった後、
「貴女に誠治さんの記憶があるとして、こちらへ何の目的でいらしたのですか?」
「僕の居なくなった後の事を知りたいかな……出来るなら会って話したいな」
史郎さんの問いかけに僕の正直な気持ちを返した。
「そうしますと、これから山中さんの家へ向かわれるのですね?」
「うん、とりあえずどんな感じになってるかだけでも見てみたいから」
僕の答えに史郎さんは「少しお待ち下さい」と言い残して奥へ消えていった。
どうしたのかな?と考え初めてすぐに史郎さんは拳ぐらいの黒色の四角い財布を手に戻ってきて、
「移動するにしてもお金は必要になります。これに金貨の代金として半分の五万円入れておきました。残りは明日以降であれば準備が出来ますのでいらして下さい」
僕にそれを手渡しながらその理由と内容を説明してくれた。
財布の中身を軽く見てポーチへしまい、
「ありがとうございます」
大きく頭を下げた。
これは史郎さんが僕の話をいくらかは信じてくれた証……普通はこんな信じられない話の後なら断ると思うしね。
「次回いらした時には、貴女に起こった出来事を教えて下さい」
そう言って笑顔で送り出してくれた。
駅へ向かいながらふっと見上げた先に、高郷駅まで1.5Kmと書かれた青い看板が目に入る。
ちょっと距離があるかな?と思いかけて首を傾げてしまう。
それは三十分もかからないぐらいで着く長さで、何日も歩いて次の町を目指していた今の僕が生きる世界と比べれば……。
「まだ一年も経ってないのに……」
移動手段に乏しい世界に、思いの他順応しているのに気付いて苦笑した。
「へい」
急に後ろから声をかけられ、振り向くと『不良』を絵に描いたような両耳にピアスをつけた金髪の青年が立っていた。
関わらない方がいいなと回れ右をしたところ、坊主頭に鼻輪の青年と竹箒を頭に装着したみたいな青年が立塞がっていた。
「アイラブマネー」「マネープリーズ」「ギブミーマネー」三人が僕をしかめ面で凝視しながらそれぞれを棒読みで繰り返す。
思わず背筋が寒くなり、助けをも求めようと周囲を見回したけど……遠巻きに通り過ぎる人がちらほらいるだけ。
声を出して助けを求めなきゃ……そうは思っても声を出せず、足下も震えている。
その中でいらだった様子の金髪の青年が大きく舌打ちし、
「通じねぇな」
僕へと手を伸ばす。
あっと思った時にはポーチは鷲掴みされていて、強い力で引っ張られる。
慌ててポーチを取られないように両手を伸ばしかけた瞬間、
「何してるんだ」
後ろから急に大きな声が聞こえ、ビクッと棒立ちになって思わず手を止めてしまう。
「ちっ、行くぞ」
すぐにポーチから手を離し、こちらを一睨みして去っていった。
その後ろ姿を見送りながらその場にへたり込んでしまう。
「全く……あの三人組ろくなことしやがらねぇな」
後ろから聞こえるどこか呆れたような声かが聞こえ、
「災難だったな。大丈夫か?……といっても通じねぇか」
僕を気遣う声を追いかけるように見上げると……そこに居るはずのないアルゴさんが居た。
「アル……ゴさん?」
「あごじゃねぇって」
思わず出た言葉に男性は苦笑いを返し、
「どうして俺のあだ名を……ん?」
言い掛けて何かに気付いたのか首を傾げる。
「お嬢さん日本語を話せるのか?」
質問に頷いて返す。
「助けてくれてありがとうご……あれ?」
お礼を言いながら立ち上がろうとして力が入らない事に気がつく。
「腰が抜けちまったみたいだな」
男性は中腰になって僕を見下した後に辺りを見回し始める。
その視線を追ってみると、遠巻きに足を止めてこちらを見ている人がそれなりに居るのに気付く。
「知り合いの店がすぐそこにある。 この場じゃ落ち付けねぇ」
「えっ? えっ?」
男性は急に表情を引き締めてそう言うやいなや、僕をお姫様だっこして歩き始めた。
驚きのあまり抵抗する事も忘れて、持ち歩かれること数分。
コンビニを改装したような感じの建物に『菓子工房なかむら』という看板が入り口の上にかけられていた。
「いらっしゃい……だいちゃん?」
中に入るとすぐ、こちらに気付いた初老の女性がショーケース越しに目を丸くしていた。
……知り合いが異性をお姫様だっこしながら現れたら普通に驚くよね。
自分より驚いてる?人を見たせいかちょっとだけ冷静に考えられたかも。
「いつもの席使わせて貰うぜ、とりあえずホットとアイスを一つずつ頼む」
注文をしながらショーケースを横切って奥にあるテーブル席へ。
その一番奥の席へ降ろしてくれた。
「すまねぇ」
「え?」
反対側の席に座るなり大きく頭を下げる男性に目を丸くしてしまい、
「あの場で話す事も出来たが、お嬢さんは自力で動けない上に綺麗な外国人にしか見えねぇからな……野次馬が周りを囲み始める前に移動したほうがいいと判断したんだ」
続けて早口でまくし立てる男性に圧倒されてしまった。
「大ちゃん……彼女固まってしまってるわよ。他のお客さんが居ないときだからいいけど、お店の事も少しは考えてね」
さっきの初老の女性が注文の品をテーブルの中央に置き、苦笑いで注意していった。
「全く……頭があがらねぇな」
肩をすくめる男性の姿が、アルゴさんにそっくりで小さく吹き出してしまった。
吹き出す僕を見て、
「っと、自己紹介まだだったな。 俺は相川大悟、一応店主とは知り合いだ」
「えっと、リーラです。改めて、助けてくれてありがとう」
男性は明るい笑顔で自己紹介し、つられるように僕も返す。
「あ、ああ、よろしくな」
大悟さんは落ち着かない感じになり、
「っと好きな方を選んでくれ、俺は残った方でいい」
少し慌てたようにテーブルへ手を振る。
テーブルの中央に水滴の付いたグラスと白いカップの中に、温かさが対称の珈琲が並び、グラスにはストロー、カップにはスプーンが添えられていた。
史郎さんのお店でお爺ちゃんは珈琲を頼んでたっけ、僕はあのジュースばかりだったけど。
そんな事を考えながら並べられた珈琲を見つめていると、
「珈琲は苦手だったか?」
選ぼうとしないのを不思議に思ったのか大悟さんの視線が僕へ注がれていた。
「え、えっと冷たい方を貰うね」
慌ててグラスを手に取りひとすすり。
心地よい香りと口の中に広がる苦み、その後にほのかに甘みを感じられた。
「美味しいのかな? こんな珈琲を飲んだのは初めて」
苦いのは得意じゃないけど、香りと後味の良さにもう一口。
「気に入ったようで良かったぜ」
大悟さんは小さく息を吐いて微笑んだ。
お久しぶりです
なんだか生存報告みたいな投稿になりました。