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絆を探して(前編)

気が付くとだれも居ない空き地にぽつり。

見回した先には、土ではないアスファルトの道路に五、六階は楽にありそうな高い建物がちらほら見える。

少し前まで居た場所とは全く違う世界が広がっていた。


期限付きだけど戻ってきたんだ。

でも……見下ろして実感する、この世界で生きてきた自分とは全く違う今の姿。


不意に少し前に見た妹と一緒に電車に乗っていた夢を思い出し、それと共に一緒に居間でくつろいでる夢を思い出した。

もしかしたら正夢だったのかな……ううん。

僕の行動次第で正夢にもなるんだ。

自分を励まして再び見回すけど、見覚えのある建物は無く、周辺を歩いて現在地を調べることにした。


荷車が一台通れるぐらいの路地を歩いて大通りに出る。

そこには車が行き交う道路が広がっていて、僕の視界は信号機近くの青と白の地名と距離が書かれた案内板に吸い込まれた。

建物に見覚えが無くても、知ってる地名があればそこに向かえばいいからね。

五つぐらい案内板を見ながら歩いた所で、覚えのある名前が目に入った。

『高郷駅 5Km』

それは僕の家の最寄りの駅から三つ先の駅名で、お爺ちゃんと散策したっけ……十二年経った今、元気にしているかな。

駅へ向かいかけたその時、

「あ……お金」

異世界に降ろされた直後、何も無くて途方に暮れた感覚が蘇り、慌てて肩にかけたポーチの中身を確認する。

同じように何もなかったらどうしよう。

その気持ちは半分が当たっていて、半分は外れていた。

ポーチの中には金貨一枚に飴玉が五個。

この世界で使える現金では無かったのに肩を落とすけど、金貨を現金に変えられる可能性に大きな不安の中で少しだけ希望が持てた。


「でも……どこでお金に換えれるのかな?」

駅のへ向かいながら小さく漏らす。

昔見たTV番組で、似たような古いお金が大金で売られてるの見た覚えがあるけど……この金貨が当てはまるのかわからない。

歩いて行くうちに、ちらほら見覚えのある建物が目に入り、お爺ちゃんと行ったお店の場所を思い出す。

そこへ行こうと思った矢先、電柱に片手を付けて今にも泣き出しそうな顔で左、右と見ている小学生に届かないぐらいのおさげの女の子が目に入った。


それは異世界に降り立った直後の僕を見ているようで、思わず駆け寄り、

「どうしたのかな?」

屈んで女の子の視線の高さに合わせて、ミーナさんがしてくれたように自分なりの笑顔で声をかけた。


声をかけて貰えたことで緊張の糸が切れてしまったのかな? 女の子は僕を見て少しの間目を見開いた後、次第に顔を歪ませながら目頭から涙の粒をあふれさせた。

こんな時、フィリエルさんやミーナさんなら……。

女の子を優しく抱きしめて、落ち着くのを待った。

経験からだけど、慰める言葉よりもふれ合うほうが落ち着くんだよね。

ちらほらと行き交う人の視線は置いといて、

「僕はリーラって言うんだけど、貴女の名前を教えてくれるかな?」

出来るだけ優しく問いかける。


「かな……あいざわかな」

おずおずと答える女の子……かなちゃん。

「かなちゃんはどうしてここにいたのかな?」

刺激しないように優しい口調で質問する。

「おじいちゃん……。 おじいちゃんのお店のジュースが飲みたかったの。 でも、お店への道がわからなくなって……」

かなちゃんの言葉一つ一つへ耳を傾ける。

全部話し終え、うつむき涙をためるかなちゃんへ、

「はい」

ポーチから取り出した飴を一つ目の前に出す。

「……ありがとう」

かなちゃんは遠慮がちに手にとって口の中へ。

「美味しいね」

口の中で飴を転がす度に、表情の曇り少しずつが晴れていくのを見て胸をなで下ろした。

心配だったけど気に入って貰えてよかった。


「かなちゃんのお爺ちゃんのお店の名前はわかるかな?」

「えっと……つ、ずれ、ぐさ?」

僕の問いかけに、かなちゃんは覚え切れていないのか自信無さそうに答えてくれる。

ちょっと変わった名前だなぁと思いながらふっと、僕が行こうとしていた店の名前に似ているのに気づき、

「もしかして、つれづれぐさ?」

「うん!」

聞き返して見たら、それだ!と言わんばかりに強く頷いてくれた。


『徒然草』、お爺ちゃんの友人がマスターの喫茶店の名前。

なんでも昔読んだ本の名前からつけたみたい。

「僕も同じ所に行くつもりだったから一緒にいこうか?」

「うん!」

かなちゃんは眩しいぐらいの笑顔になって再び頷いた。

そして、僕の記憶を頼りに手をつないで歩くこと十分ぐらい。

目的の建物が見えた辺りで、かなちゃんが手を離れて走り始めた。

少し古い感じのする住宅の一階だけを改装した喫茶店。

白とオレンジの看板が入り口の横に置いてあり、そこに黒い文字で『徒然草』と書いてある。

かなちゃんが走り出した事で、僕の記憶が正しいのがわかりホッとする。

というのも同じ道を歩いてるはずなのに、記憶にない新しい建物が多くて、何度か道を間違ったかもって思ってしまったからね。

ちなみに、かなちゃんが迷った理由は、曲がる通りを一つ間違ってしまった事。 名前も少し曖昧だったから尋ね辛かったのかな?


かなちゃんが建物に吸い込まれていき、入り口へ近づく僕を迎えるように

初老の男性が出てきた。

僕を見るなり驚いた表情で、

「きゃ、きゃんゆうすぴーくいんぐりっしゅ?」

出てきた言葉に一瞬意味がわからなくて目を丸くしてしまう。

「えっと……英語は話せないよ?」

なんとか自分を落ち着かせながら、頭の中で整理したはずが声に出てしまう。

英語で質問されて日本語で返してる? 不思議な状態で、

「異国のお嬢さん、日本語を話せるのか?」

「日本語しか話せないけど……あ!」

驚いたたままの表情で続けられる男性の質問の意図が上手く掴めず、首を傾げながら答えを返しかけて気付く。 

数ヶ月過ごした場所は髪や目の色は黒以外が普通だったから忘れていた。

周りは黒目黒髪で僕は金髪翠目……ここ、日本から考えれば僕は普通に外国の人に見られてしまう。

色々視線を感じてたのも、僕が綺麗なほうだからじゃなくて……外国の人に見られてたからだったのね。

ここに来るまで全く気付いていなかった事に頭を抱えてしまう。

「お爺ちゃん。 お姉ちゃんすごく綺麗でしょ?」

後から出てきたかなちゃんが僕と男性を不思議そうに見比べていた。


中に通されて、ソファーに近い感じの席にかなちゃんと並んで座る。

「私はかなの祖父で相沢史郎と言います。 貴女のことはリーラさんとお呼びすればよいかな?」

史郎さんの自己紹介に僕は頷いて返す。


「かなが世話になった礼というわけではなですが、是非うち特製のジュースを飲んでいってほしい」

そう言い残して、史郎さんは奥へ消えていった。


以前と同じように並んだテーブルと椅子、少し日焼けした壁の傍らに大事そうに飾ってあるショーケース。

中に飾られているのは金や銀、銅で作られた昔のお金。

以前来た時とほとんど変わらない空間が広がっていて、つながりを見つけて胸をなで下ろしている自分が居た。

そう……史郎さんの趣味は古銭収集。

ここに来た僕の目的は金貨を売って、この世界にいる一週間を過ごす為のお金を手に入れる事。

「何か気になるものでもありましたか?」

気がつくと、テーブルの上に肌色より少し白い液体の入った底の深いグラスが二つ並んでいて、その先で史郎さんが微笑んでいた。


「ちょっとお店の中を見てたんです」

史郎さんが戻ってきたのに気付かなくて、思わず苦笑いを返してしまう。

僕の持っている金貨がどのくらいの価値があるか分からないけど……食べ物を買うお金ぐらいにはなると思う。

断られたらどうしようって不安からなのかな、思わずポーチを抱き寄せてしまった。


「お姉ちゃんも早く早く」

かなちゃんがグラスのストローを摘んで揺らしながら僕を見上げる。

その姿は飲みたいのを我慢してるのが丸わかりで、前世の小さな頃の妹にだぶって見えた。


「お姉ちゃん?」

「甘い飲み物は苦手でしたか?」

ジュースをぼんやりしてしまったせいで、かなちゃんは不思議そうに見ていて、史郎さんは気遣う声をかけてくれた。

二人の声に慌ててグラスを手に取り、ストローで一口。

バナナの甘みが強くて色々な果物が混ざった味に、小さな感動がこみ上げてくる。

僕が飲むのを待っていたかのように、かなちゃんはストローに口を付けて笑顔で飲み始めた。

「美味しいね」

「うん、美味しいね」

一息に半分飲み干したかなちゃんの笑顔につられて微笑んでしまう。

再び懸命に飲み始めるかなちゃんを見ながら、僕も同じようにストローに口を付けた。

以前お爺ちゃんに連れて来て貰った時と同じ味。

「かわってないなぁ……この味」

懐かしさも相まって溜息を吐くように呟いてしまった。

「はて……リーラさんはこちらへ来たことがありましたかね?」

首を傾げる史郎さんの言葉が僕の夢の中の一コマを思い出させる。

夢で見たものと殆ど一緒だ……心の中で呟いて、それを実現出来る可能性があることに小さく体を震わせる。

「えっと、十三年程前に三回ぐらいかな?」

お爺ちゃんに過去に連れてきてもらった回数を指をおりながら数え、そこに十二年を足して答えた。

「かなが生まれる前ずっと前だねー」

かなちゃんはズズーッと飲み終えた音を立てた後、僕を見上げた表情はすごく満足そうだった。


「リーラさん程印象に残りそうな人が三度も訪れていたなら、私も覚えていると思うのですが……」

史郎さんはどこか納得が行かない様子。

十年も経てば……と思いかけて、過去と今の自分の共通点が記憶のみだった事に気付き、

「え、えっと……」

何とか説明しようと口を開いたけど、うまく説明出来る言葉が浮かばなくて詰まってしまう。

僕がこの世界に居る理由は普通には考えられない事だからね……。

「おそらく、私が忘れてしまったのでしょう。 失礼致しました」

史郎さんは深く頭を下げ、

「ぼ、僕の方こそ……ごめんなさい」

それに習うように僕も頭を下げた。

「どうしてお爺ちゃんとお姉ちゃんがごめんなさいしてるの?」

かなちゃんが不思議そうに僕と史郎さんを交互に見ていた。


お互い下げた頭を上げた所で、

「お願いがあります……」

表情を引き締めて金貨を取り出してテーブルの上に置く。

「お爺ちゃんが集めてるきれいなお金みたいね」

興味深そうにそれを見つめるかなちゃん。

「この模様の金貨は初めて見ますが……お願いとは何でしょう?」

史郎さんはかなちゃんと同じように金貨を見た後、僕へ視線を戻す。

「これを買ってもらえませんか?」

「買い取り専門店は沢山あると思いますが、どうして私なのです?」

僕のお願いに史郎さんは小さく驚いた表情を見せる。

「史郎さんならちゃんと買い取ってくれるって聞いたから……」

「どなたでしょうか? 購入を打診をした覚えはあまりないのですが……」

僕の答えに史郎さんはさらに首をひねってしまう。


「……山中誠さん」

前世のお爺ちゃんの名前を口にする。

名前を呼ぶことが滅多になかったからかな? すぐに浮かんでこなくて思い出すのに時間がかかってしまった。

「…………」

途端、史郎さんは小さく眉をひそめて黙り込んでしまう。

もしかして、お爺ちゃんの名前を出したのが良くなかった……?

何を言っていいのかわからず戸惑うまま、史郎さんの出方を待つしかなかった。

読了感謝です

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