尽くされた配慮
アルゴさんの案内で今日の宿へ。
フィリエルさんはレリックさんの背中で夢の中。
安心出来る場所なのかな?目を覚ます気配はない。
「リーラを背負った時もこんな感じに眠っていたのう。ただ……見つけた時の寝顔はどこか寂しそうじゃったな」
隣を歩く僕の視線を感じたのか、レリックさんは小さく空を見上げてつぶやいた。
心当たりは二つあって、どっちを言ってるのか分からないけど……僕もフィリエルさんと同じようにレリックさんの背中で眠っていたと思う。
背中……温かくてホッとするんだよね。
思い出しながら目を閉じたフィリエルさんを見上げてた。
前を歩くアルゴさんが立ち止まる。
その視線の先には周りより大きな家があり、入り口の横に大きな板が立てかけてある。
「ふむ。わしとアルゴは良いとしても、二人はゆっくり眠れる所で休ませたいのう」
レリックさんは建物をみるなり、振り返って僕とフィリエルさんを見る。
口振りから、この建物は普段は泊まる場所じゃないみたい。
「ああ、ここで夕食を取ってる間に迎えが来るらしいぜ」
言い忘れてたのかな? アルゴさんが思い出したように答えた。
「頼むまでもないとはのう……」
レリックさんはほうっと小さく息を吐く。
「全くだ。 俺も見習わないとな」
アルゴさんが肩をすくめながらドアを開いた。
「隊長さんから話は聞いている。 ゆっくりしていきな」
中に入った僕達を迎えてくれたのは仏頂面の男性。
「先日は娘が世話になったそうじゃな」
「気にする必要はない、それを含めて俺の仕事だ」
レリックさんにこりともせずに答え、
「シェンさんは相変わらずね」
「旅人にあまり評判はよくないが、それで騒動が起こる訳ではないからな。基本的には問題ない」
続くフィリエルさんにも愛想なく淡々と返した。
テーブルを囲って皆腰をおろし、
「いつから起きてたの?」
「二人がガーラントさんの話をしてた頃よ」
それを皮切りに会話が弾んで、あっという間にテーブルに料理が並んでいた。
大蒜と玉葱のスープと潰したジャガイモの上に焦がしたチーズが乗せられたもの、そして中央に黒いパンの積まれた大皿。
「代金は貰っている。 遠慮なく追加を言ってくれ」
料理を並べ終えたシェンさんは会釈して離れていった。
数日ぶりの屋内での夕食が始まり、お腹が空いてたこともあって、夢中になって夕食を平らげた。
「それだけの食欲があるなら、この先もなんとかなりそうじゃな」
目を細めて僕を見るレリックさんは、どこか満足そうに見えた。
その直後、入り口のドアが勢いよく音を立てて開き、髪型だけが少し違うそっくりな二人の女性が慌てた様子で入ってきた。
「二人してドアを破壊するつもりか?」
「た、隊長さんにフィリエル様達を泊めてほしいって頼まれて……」
溜息混じりにドアを見つめるシェンさんへ、息を切らせながら答える女性。
「気持ちはわからんでもないが、せめて息を整えてからにしろ」
窘められた女性は不服そうに睨めつけるが、それに対してシェンさんは再び溜息をつきながら額に手のひらを当ててこちらをちらり。
「先に着いてると考えなかったのか?」
「ミリーとエリーも相変わらずね」
シェンさんの問いかけとフィリエルさんの一言に、女性は凍り付いてしまった。
「フ、フィリエル様とリーラ様は私達がご案内しましゅ」
「レリック様達は別の者が迎えにまいりましゅ」
ミリー、エリーと呼ばれた双子(?)の女性は何とか気を取り直すけど、伝える内容の最後を同じようにかんだ。
早く休めるようにとそれからすぐ、僕とフィリエルさんは宿へ移動することになって、二人と別れた。
さっきのやりとりのせいなのかな? 宿へ先導する二人の後ろ姿はどこか元気の無いように見える。
「仕方ないわね」
フィリエルさんは苦笑いで息を吐き、少し早く歩き出す。
前の二人に手が届きそうになった所で、両手を二人の首のあたりへ伸ばしたのが見えた途端、双子は不自然に肩の幅を狭めて勢いよく振り返る。
「な、何をするんですか」
二人は涙目でフィリエルさんへ抗議する。
「いつもの顔に戻ったわね」
それに対してフィリエルさんは微笑み、
「失敗は誰にでもあるのだから、落ち込まないの」
双子に向けてウインクする。
「え?……あ!」
一瞬きょとんとするけど、すぐ一変して明るい表情になり、その後先導する二人の後ろ姿にさっきの元気のなさはどこにもなかった。
「こちらです」
「ここは確か……」
「ええ、私達の家です」
案内された家を見るなりフィリエルさんが言い掛けた所を遮って答え、
「宿の空きはありませんでした」
「私達のベッドを使って下さい」
続く二人の言葉に苦笑いになる。
寝室まで案内して貰ったところで、
「お疲れでしょうから先にお休み下さい。私達は隊長へ報告に行ってきます」
礼をして二人は駆けていった。
「二人っきりにしてあげればいいのにね」
「そうね。 でも報告はすぐに終わると思うから、それほど邪魔にはならないはずよ」
僕のぽつりと漏らした一言にフィリエルさんは微笑みながら答えてくれた。
ベッドは二つ用意してくれてたけど、結局一つだけを使うことに。
「フィリエルさんは二人に何をしたの?」
ベッドに二人並んで腰掛けてから、ふっと思い出したので尋ねてみる。
「……魔法で小さな氷を出して背中に入れたのよ」
フィリエルさんは首を傾げた後に小さく吹き出してながら答えてくれた。
僕は昔同じ事をされたのを思いだし、体を小さく震わせてしまう。
そして、二人が肩幅を狭めた理由に納得した。
「でも、どうして?」
それをする理由が分からなくてフィリエルさんに尋ねる。
「落ち込んでる時は程度にもよるけど、他に大きなショックを与えると立ち直るのが早くなることが多いの」
フィリエルさんの答えに、多分しゃっくりを止めるのと同じなのかな?と思いついて何となくだけど理解できた気がした。
「ふふ、疲れがでちゃった?」
フィリエルさんに軽く撫でられて、無意識のうちに体を預けていたのに気付く。
疲れのせいかな?頭の中がふわ~っとしてる感じで、目を閉じればそのまま眠ってしまいそう。
「おやすみなさい」
軽く抱きよされた後に優しく撫でられるのが続いて、抵抗する間もなく意識が遠のいていった。
ふっと目を覚ました先には白い世界が広がっていて、見覚えのあるお爺さんが立ってる。
「久しぶりじゃな」
かけられた言葉によって僕の中で戸惑いが広がっていく。
この場所、この人、ここに居る自分。
前回ここに来たときも普通に眠った後だった。
「僕……死んじゃったのかな?」
その三つから導かれる答えをおそるおそる口に出す。
「そうではない。 わしがここに呼び寄せたのじゃ」
お爺さんは首を振って僕の勘違いを訂正する。
「それじゃ……」
「時間がそれほどないのじゃ。 先にわしの話を聞いてもらえるか?」
疑問を口に出そうとするところを遮られ、仕方なく頷く。
前回と同じように、僕の道はほぼ決められているのかな……?
折角慣れてきた生活を諦めないといけないのかな?
言いようの無い不安が広がっていく。
「前回……お主からいうと数ヶ月ぐらいになるかの。 わしのミスで済まない事をしてしまった」
表情はよくわからないけど、お爺さんは申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「それで……じゃ。 わしなりに何か埋め合わせが出来ないかと手を尽くした」
続けるようにお爺さんは手を尽くした結果を話し出す。
僕が死ぬ前の世界で七日間だけ過ごせる。
しかし、時間ずれがあって既に十二年が過ぎてしまっている。
前世の体ではなく、今の体で行くことになる。
そして、うまく理解できないけどそれにあわせる為、僕も十二年年を取った状態で行くみたい。
「その条件で良い、ならば……じゃがな」
お爺さんは歯切れの悪い言葉を残して口を閉ざす。
唐突な提案に目を丸くしてしまい、
「え、えっと……その一週間が終わったら僕はどうなるの?」
気が付いた疑問を辛うじてなげかけた。
終わった後に、また別の世界へ放り込まれるのは……。
放り込まれた直後の気持ちをまた味わうのは嫌だからね。
「その点は気にしなくても良い。 行かないのなら、翌日一杯疲れが出て寝込むだけで、行った場合はそれなりにましな状態で翌々日の朝を迎えるだけじゃ。 どちらにしても疲れの取れ具合はかわらんがの」
僕の質問が思ってたものと違ってたのかな? 少しだけ間を開けて答えてくれた。
「つまり、どちらにしても眠った場所で目を覚ますの?」
「そうじゃな。 また別の世界へ行かす事は考えておらん」
お爺さんから知りたい答えが返ってきて胸をなで下ろした。
どちらを選んでも、数ヶ月過ごしてきた今の世界に戻ることになるみたい。
……でもこの姿で前世の世界に行っても……。
自分である事を認めて貰うのはすごく難しいと思う。
性別も変わってるし……僕の中では数ヶ月でも、あっちでは十二年経っている……か。
少しだけ行っても無駄なのかなぁと思いかけた。
……でも、手紙なら……TVで見たことのある筆跡鑑定(?)をして貰えれば……『シェリー』さんの時のように信じて貰えるかも?
それに、うまくすれば僕が亡くなった後の事もわかるかもしれない。
「どうするのじゃ?」
僕が決心したのを察してくれたのかな? お爺さんは決心したのを読みとったように答えを求めてきた。
「お願いします」
僕は深く頭を下げて答えを返した。
少し迷いかけたけど、多分これが妹に会える最初で最後のチャンスなるはず。
うまく行くかどうかはわからないけど、何もしないよりはいいよね。
「わかった。 準備をするから少しの間目をつぶれ」
言われるままに目を閉じて、十秒ぐらい経った後に、
「目を開けてもよいぞ」
声に従って目を開けると、少し見上げる感じに見えていたお爺さんが、見下ろす状態になっていた。
「これがお主の十二年後の姿じゃ」
お爺さんが手を振った先に大きな鏡が出現し、今の僕の全身を映す。
「……え?」
高くなった身長に脇の辺りまで伸びた髪と着ている服を押し上げる胸、フィリエルさんと良く似た感じに成長した自分が映っていて、その体に合わせたように、フィリエルさんが作ってくれた緑色のワンピースとアルゴさんが作ってくれたポーチと靴が変わっていた。
「これで埋め合わせとするが……今ならわしに言いたい事を言う時間が多少はある」
お爺さんは僕を見上げて答えを待つ。
それなら……数ヶ月過ごした今なら言える言葉がある。
「あの日、あの場所へ僕を送り出してくれてありがとう」
笑顔で伝えられたと思う。
文句や恨み言は沢山あるけど、これが一番今言いたかった事かな。
あのタイミングあの場所に送り出してくれなかったら、僕は多分生きていなかったと思う。
「お主……変わっておる。 しかし、そう言って貰えるとありがたいのう」
「僕をこうやって呼び寄せて機会を与えてくれるお爺さんだって変わってるかもね?」
交わした言葉に小さく笑い合った後、
「時間じゃな……元気でな」
お爺さんの右腕が上がったのを最後に僕の視界はホワイトアウトした。
読了感謝です。