思いやりの連鎖
しっかり休んだおかげかな? すごく心地良い目覚めになった。
空はまだ薄暗くて、周りでは小さな寝息と、穏やかに吹く風による植物が揺れる音が少しだけ聞こえる。
「早く目が覚めたのね」
体を起こすとすぐに声をかけられた。
「フィリエルさんが火の番をしてたの?」
「ええ、本当はアルゴさんがするはずだったのだけど……」
僕の質問にフィリエルさんは苦笑いで、歯切れの悪い答えを返す。
「ちょっと目が覚めた時に、火の番をしてるアルゴさんがうとうとしてるのが見えたの。次の日に差し支えるからって少しだけ強引に変わって貰ったのよ」
フィリエルさんが視線をずらした先にはアルゴさんが横になっていた。
「自分が若いし、一緒に来て貰ってるからってずっと荷車を引いてるけど……山越えの疲れもあるし慣れない事をしているのもあって、疲れを隠せなくなって来ているのよ」
フィリエルさんの説明に、荷台へ乗せて貰ってる分がアルゴさんの負担になってるのかなって思い、
「僕がずっと歩けたら良かったのかな」
ぽつりと漏らすように声がでてしまう。
「歩けるに越したことは無いけど、リーラちゃんだって自分なりに精一杯歩いてるでしょ?」
頭を一撫でされ、
「皆わかってるから、それで予定より遅れたとしても不満はないのよ」
優しく並べられた言葉に頷いた。
「リーラちゃんの為に同行してるんだからな。無事に到着できるなら数日のずれは問題ないのさ」
肩に何かを乗せられる感触と声に振り返れば、ニカッと笑うアルゴさんが居た。
「皆が起き出してくるまでもう少し眠って居られると思うけど、もういいの?」
「ああ、後は平らな道ばかりだからな大丈夫だ。気を使って貰って面目ねぇ」
「次の町に着いたらしっかり休んでね。疲れが取れないようなら、一日滞在しても良いと思うから」
「そう言って貰えるだけで十分だ」
フィリエルさんの気遣いにアルゴさんは笑顔で応える。
何というのかな、フィリエルさんの対応が前世の早起きした僕へのお母さんに似てる気がした。
少しずつ夜が明けていくにつれて起きた人へ、
「早く目が覚めたから」
そう言ってフィリエルさんは準備していたパンと温めたスープを手渡していく。
火の番を変わっていたのを全くふれないのはアルゴさんへの配慮なのかな? 手渡されたパンにかじり付きながら忙しそうにするフィリエルさんを目で追っていた。
しっかり休んでいたおかげで、いつもよりちょっと早いペースにも何とかついて行き、空が朱色に染まり始める前に今日の目的地である村へ到着できた。
山を背に、開けた場所に家が集合している感じの今まで見た中では一番大きな村。
もう少しでたどり着く所で前を歩くガーラントさんが振り返り、
「ここが私の二番目の故郷です」
人を紹介するように腕を横に伸ばす。
僕だけ知らないから教えてくれてるのかな?
「二番目って事は一番目があるの?」
「ええ、ここを離れませんのでお別れになりますが、リーラ嬢が次に立ち寄るところが私の生まれ故郷になります」
質問が来るのを待っていたかのように笑顔で答えてくれた。
ガーラントさんは途中までだっけ……。
僕が記憶を手繰り寄せているところを、
「しばらく離れることになるからのう……この村に居る間は二人で過ごしなさい」
レリックさんの声によって中断してしまう。
「し、しかし」
「私達に気を使わなくても良いの。ガーラントさんと一緒にすごしてらっしゃい」
異論を唱えようとするシェリーさんを遮るように、フィリエルさんが笑顔で勧める。
「折角の配慮です。ここは甘えておきましょう」
「ガ、ガーラントがそういうなら……」
肩を抱きながらのガーラントさんの一言に、シェリーさんは口では不服そうだけど、嬉しそうに見えた。
「明日、ガーラントの家へ迎えに行く。それまでにやるべき事はやっておくのじゃぞ」
「父上!」
ニヤリと笑って送り出すレリックさんへシェリーさんは顔を赤く染めて叫んだ。
苦笑いで「わかりました」と言い残してガーラントさんはシェリーさんと寄り添って村の中へ消えていった。
二人が見えなくなった直後、
「おお、そうじゃ……今日の宿探しを頼む」
レリックさんは思い出したように手をポンと叩いて、アルゴさんへお願いする。
「宿ならガーラントさんに頼むのが一番のはずだがな……今から二人を追っかけるのは野暮ってもんだ。それを見落とすなんてレリックさんらしくないな」
苦笑いを浮かべるアルゴさんへ、
「わしも年を取ったからのう」
あごに手をあててしみじみと答えた。
「ひとっ走りしてくる。荷物を頼むぜ」
アルゴさんは二人を追いかけるように村へ消えていった。
見えなくなった直後にレリックさんがフィリエルさんの腰を抱く。
「レリック?」
「わしが気付いてないと思ったか?」
不思議そうにするフィリエルさんにレリックさんは眉をひそめる。
「眠れなかったのか? いつもと同じように見えるが違和感を感じるぞ」
「……ごめんなさい」
レリックさんの指摘にフィリエルさんは謝りながら体を預けた。
休めるようにとその場で腰を下ろし、
「時にはわしの膝枕もいいものじゃろう? 宿に移動するまで今は少しだけでも眠っておくと良い」
「うん……」
膝枕されたフィリエルさんの髪を梳くように撫で始め、気持ちよさそうに目を細める。
疲れのせいか、髪を梳かれる心地よさによるものか分からないけど、フィリエルさんはすぐに寝息を立て始めた。
「他の者がおると気を使ってしまってな、こうはいかんのじゃよ」
語りかけるようなレリックさんの言葉に頷きかけて気付く。
娘夫婦を二人っきりにさせたのとアルゴさんに宿探しを頼んだのは、フィリエルさんを早く休ませたかったから……?
「僕は居ても良かったの?」
首を傾げつつ、質問を投げかける。
『他の者』と言ってるからそこに僕も含まれるはず。
「それはフィリエルを見ればわかるじゃろ?」
レリックさんの視線の先には心地よさそうに規則正しい寝息を立てている。
「僕が居ても問題が無いのは分かるんだけど……」
「半分正解じゃな、残りは自分で考えてみなさい。急ぐことはないが、どうしてもわからなければフィリエルに尋ねるが良い」
僕の回答にレリックさんは五十点をつけて残りは宿題?になった。
あってるけどたりないのかな? レリックさんの隣に腰を下ろして、疲れが早く取れると良いなってフィリエルさんを見ていた。
それからすぐにアルゴさんが苦笑いを浮かべて戻ってきて、
「宿を探してる途中でガーラントさんに会って『手配しておきましたとお伝え下さい』と言われちまった」
肩をすくめて結果を報告する。
「ふむ、気を利かせてくれたようじゃの。しかし、その口振りじゃとシェリーは一緒ではなかったみたいじゃな?」
「ああ、今日だけでも夫の夕飯を一人で作りたいと張り切ってるみたいだぜ」
レリックさんの問いかけにアルゴさんは苦笑いのまま答えた。
「気持ちはわからんでもないが、上手く行かなかった時はガーラントが不憫じゃな」
「すごく固いパンでも笑顔で食べきるかも……」
「ありえない話と言い切れねぇな」
レリックさんは少し苦い顔になり、アルゴさんは少し顔がひきつってる。
僕も似たような表情をしてたと思う。
練習はしていたから大丈夫だと思うけど……固いパンをかじった時の自分の顔が浮かんできてちょっと不安になった。
「うん?フィリエルさんは具合が悪いのか?」
「久しぶりの長旅になるからのう。疲れが出たんじゃろう」
ふっと気付いたようなアルゴさんの問いかけにレリックさんは目を細めてフィリエルさんを撫でる。
「すまねぇ……多分俺のせいだ」
心当たりがあるのか小さく漏らした後にレリックさんに向かって大きく頭を下げ、
「何か事情があるようじゃな?」
それに対してレリックさんはいつも通りに口調で応じた。
「もしかして今朝の……?」
僕が言い掛けた所でアルゴさんはゆっくり頷き、フィリエルさんとのやりとりを話し始めた。
火の番の途中で、疲れのせいからかうとうとしかけた所をフィリエルさんに見つかり、交代して休む事を勧められた。
自分の仕事だからと断ったものの、もう少しで眠ってしまいそうな所を見られた手前強く言えず甘えてしまった。
「……というわけだすまねぇ」
すべてを語り終えたアルゴさんは深々と頭を下げた。
「なるほどのぉ……」
レリックさんは何かを考えるかのように髭を撫で、
「責任を感じる必要はない。フィリエルは必要に感じたから交代しただけじゃ。 自分よりもアルゴが動けなくなる方が行程に支障をきたすからのう」
「俺の力不足が原因だな……」
自分の考えを伝えるとアルゴさんはがっくりとうなだれた。
「そうしょげるでない。わしもアルゴが疲れているのはわかっておったがあえて口にしなかったのじゃ」
「どうして?」
疲労に気付いていたレリックさんに思わず問い返してしまう。
わかっていたならアルゴさんに注意する事もできたと思うけど……。
「昨日わしが問うたとしても、アルゴは聞き入れなかったであろう。荷車を引く責任感から弱音を吐きたくなかったんじゃよ」
「その通りだ返す言葉もねぇ」
レリックさんの指摘が図星だったのか、アルゴさんはさらに落ち込んだように見えた。
「わかればいいんじゃよ。先は長いからのう、厳しいときは意地を張らず頼れば良い」
レリックさんは穏やかな口調で話し、
「すまねぇ、少し肩の力を抜かせてもらう」
アルゴさんは頭を大きく下げてそれに応えた。
「うむ、その方が他の者も安心出来るじゃろう」
「皆心配しちゃうから、無理しないで相談してね」
レリックさんに同意して落ち込むアルゴさんへ声をかける。
相談されても僕自身になにが出来るかわからないけど、アルゴさんが言いにくい事を代わりに伝えることぐらいはできるしね。
「同行してもらってるのに、俺が皆を心配させちまったら立つ瀬がねぇな。早めに相談させてもらうぜ」
苦笑しながら僕の頭をワシャワシャと強めに撫で、上目遣いで見えたアルゴさんの表情はどこか照れているように見えた。
読了感謝です。