途上にて(前編)
目を開いた先には、微笑みながら僕を見下ろすフィリエルさんが見える。
「起きた?」
「うん……」
問いかけに頷いて、ぼんやりする頭の中で眠る前の記憶をたぐり寄せる。
シェリーさんが添い寝してくれたんだっけ……。
うっすらと思い出しながら起き上がり、おきなきゃって気持ちともう少し眠っていたい気持ちが綱引きを始める。
もう少しで船をこぎ始めようとした所で、小さな引っかかりを覚えて首を傾げる。
寝る時はシェリーさんと一緒だったはず……?
「え?え?」
小さな混乱を起こすと共に眠気が消え去っていく。
「リーラちゃんが眠ってる間にシェリーと代わっただけよ」
フィリエルさんは可笑しかったのか小さく吹き出し、
「あう……」
その指摘に僕は頭を抱えてしまう。
寝起きでぼんやりしてたのもあるけど、少し考えればわかる事なのに……。
「ありがとう」
「ふぇ?」
落ち込みかけた所で急に抱きしめられ、目を白黒させてしまう。
「リーラちゃんのおかげで『シェリー』の気持ちを理解出来て……ずっと悩んでいた事が解決できたの」
続いてこぼれ落ちてくる嬉しそうな声に、よかった……と体を預けた。
「リーラちゃんには助けられてばかりね」
「ううん、僕の方こそ……」
しんみりとした感じのフィリエルさんに首を振って返す。
助けられてお世話になっているのは僕の方。
以前に同じようなやりとりをしたから、最後まで言わなくても十分伝わるよね。
「次は私達が助ける番ね……」
僕を抱きしめる力が強くなり、思わずフィリエルさんをじっと見てしまう。
意味ありげな言葉と行動が何を指しているのか考える。
ローエル村で過ごした日々を振り返るうちに、自分の魔法の力の事で悩んで飛び出したこと思い出した。
多分、ランド村の長老も同じ反応をすると思う。
もしかしたら他の人からも……。
想像するだけで身震いしてしまい、
「うん……」
思わずフィリエルさんにしがみついてしまった。
「リーラちゃん?」
不思議そうに僕の顔をのぞき込み、
「何か怖いことでも思い出した?」
身震いしたのを感じ取ったのか、優しく微笑みながら尋ねる。
「ううん……そうじゃなくて」
隠す方が心配させてしまうと思い、思い出したこと、想像してしまったことを包み隠さす話した。
僕が話し終えた後にフィリエルさんは目を細めて、
「大丈夫。 もしものことがあっても私たちがリーラちゃんを守るわ」
髪を梳くように頭を撫でてくれた。
お願いしようと頭の片隅で考えていたけど……先に言って貰えた。
「うん」
そのおかげかな……不安より心地よさが勝って体を預けた。
「母上、味見をお願いしたいのだが……」
声に反応するように振り向くと、シェリーさんが小さなお皿を片手に立っていた。
「よく眠れたみたいだな」
僕へ視線を落とし微笑みかける。
それに頷いて返したところで、漂うパンの香りへ反応するように僕のお腹がきゅぅと鳴った。
「私より試食に適している人がいるみたいね」
「そうだな」
フィリエルさんの意見に、シェリーさんは苦笑いしながら僕へお皿を差し出す。
間が良いのか悪いのかわからない空腹の合図に困惑しながらパンを取った。
「温かいうちに頼む」
シェリーさんの勧められるがまま温かさの伝わるパンへかぶりつく。
歯がすんなり入って噛みしめる度に味がしみ出してくる。
小麦粉で作ったパンなのかな? すごく柔らかい。
「焼き加減はこれで良さそうだな」
僕を見ながらどこか安心したように息を吐くシェリーさん。
その様子を不思議そうに見つめるフィリエルさんと僕。
パンの焼け具合を確認できて安心するにしてもちょっと大袈裟に見える。
「ああ、すまない。 この前の失敗を思い出してしまってな」
僕達の視線に気付いたシェリーさんは苦笑いをしながら理由を話してくれた。
「確かにあれはすごく固かったわね」
自らの経験を思い出したのか、フィリエルさんは小さく苦笑い。
あの時の歯が弾かれた音とパンを叩いた感触を思い出し、無意識に頷いてフィリエルさんに同意していた。
シェリーさんによって準備されたパンを囲って夕食が始まる。
その中で、何故か僕の分だけ目の前に別のパンが置かれていた。
大蒜バターのライ麦のパンと蜂蜜バター小麦のパン。
僕の分だけ特別に用意されてる理由がわからず、用意してくれたシェリーーさんへ視線を送る。
「大丈夫だ。 試食の時と同じぐらい柔らかいはずだ」
「う、うん」
笑顔のシェリーさんに違うと言えずに頷いてしまった。
「遠慮しないで温かいうちに食べてね」
続けてシエルさんからも促されて迷いつつ一口。
口の中に自分の好きな味が広がり、夢中になって食べてしまった。
微かに残る蜂蜜の甘みに小さく息を吐いた直後、
「満足してくれたみたいね」
「御馳走様でした」
シエルさんへ笑顔を返した。
「少し奮発したかいがあったわね」
「と言ってもしわよせ行くのはシウスじゃがな」
微笑むフィリエルさんに、意地の悪い笑みをシウスさんに向けるレリックさん。
「家で持て余していた物があったから提供しただけだ」
シウスさんは気にする事はないと言わんばかりの素っ気ない返事を返す。
「夕食後のお酒に蜂蜜をひとさじ入れるのが楽しみだって言ってませんでした?」
苦笑いで指摘するシエルさんに、
「よ、余計な事を言うな」
シウスさんは苦い顔で答えていた。
パンにたっぷり蜂蜜が塗られていたのを思い出し、自分の楽しみに取っておいた物を僕の夕食に出してくれたのだと思い至る。
「でも、どうして僕の分だけ……?」
首を傾げる僕を見ながらフィリエルさんは微笑みながら息を吐き、
「リーラちゃんが『シェリー』の言葉を私達に届けてくれたからよ」
辺りを見回して同意を求めるとシェリーさんを覗く三人が頷いた。
「ふぇ……?」
『シェリー』さんの件はお願いされたから伝えただけで……。
目を丸くして戸惑う僕は、
「美味かったのだろう?」
真剣な面もちで尋ねるシウスさんに半ば反射的に頷いてしまった。
「その答えがあれば十分だ。 蜂蜜の事は気にする必要はない、それ以上の物を私達に与えてくれたのだからな」
シウスさんは満足そうに微笑み僕の頭に手の平をのせて軽く撫でてくれた。
その後は『シェリー』さんの思い出話に終止し、人柄や行動力等、特にシェリーさんは目を細めて聞き入っていた。
『シェリー』さんの伝言上手く伝えられたよ。
肖像画を見上げながら思いを馳せた。
翌日、朝食を済ませた僕達はシウスさんとシエルさんに見送られ、二人との合流地点へ向かう。
別れ際に、
「近くを通るときには遠慮なく寄ってくれ」
「リーラちゃんも一緒にね」
シウスさんに頭を撫でられ、シエルさんに軽く抱きしめられた。
これも『シェリー』さんのおかげなのかな?
最初にはあった距離感が無くなった気がしてすごく心地よかった。
「これを一緒に持って行ってくれないか?」
シウスさんから手渡されたのは僕の手の平の半分くらいの巾着袋。
「お守りとして身につけてね」
シエルさんの説明に頷いてポシェットの紐に結びつけた。
「おはようございます」
「食料の補充を済ませておいたぜ」
思い返しているうちに合流地点に着いてたみたい。
視線を向けるとガーラントさんは小さく礼をしていてアルゴさんは腕を掲げていた。
早速といった感じにフィリエルさんとレリックさんはアルゴさんを交えて補充した物の確認を始める。
時折フィリエルさんが微笑んでるとこを見えたので、仕入れは良かったみたい。
シェリーさんは起こった出来事の一方的に話してて、ガーラントさんは聞き役に徹していた。
皆が話してる最中に好奇心から荷車を覗き込んでみるけど、目新しく増えている物がわからなくて首を傾げてしまった。
「箱の中に入ってるからな」
後ろからの声に振り返ったらアルゴさんが居て、
「まぁ、次の町へ着くまでの道中でわかるから楽しみにしてな」
僕の頭をぽんぽん叩いてニヤリと笑った。
確認と情報交換も終わり次の町へ出発。
歩きながら聞いてみると目的の町へは五日程かかるみたい。
その日を歩ききり、二日目は荷車に揺られながら、アルゴさんに聞きたかった事を思い出す。
「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」
「うん?」
僕の問いかけに、アルゴさんは荷車を引きながら返事を返す。
「グレイさん達がレリックさんに武器を作って貰うのを断ったのが正しいって言ってたのはどうして?」
「それはだな……」
疑問をぶつけた直後、進む速度が少しだけ遅くなってレリックさん達と少しだけ距離が出来た。
「ガーラントさんは人望があって面倒見も良い。そのおかげで部下の結束も強い。 だからこそ断ったんだ」
「結束が強いから断ったの?」
アルゴさんの説明を上手く理解できなくて、わからないところをオウム返ししてしまう。
面倒見がいいから結束が強いのはわかるけど……どうして断る事に繋がるのかわからない。
「ちょいとはしょりすぎたな。 レリックさんの作る武器の質は良いし、そこにフィリエルさんの魔力を付与してくれるんだ。 欲しがらない奴はいねぇな」
「すごく高いものだから遠慮した?」
続く説明に自分なりに思いつく答えを口に出すと、
「半分正解だな」
アルゴさんから楽しそうな声が帰ってきた。
「隊長からの依頼だから、多少の役得する分にはいいだろう。でもな、多少を超える物を得た場合はどうなる?」
「他の人が羨ましがる?」
僕の回答に、アルゴさんは振り返って、
「正解だ」
心地良い笑顔を向けてくれた。
「それが結束にひびを入れる可能性になりうるから断ったのさ。 レリックさんが武器を作ると言ったのも、終わった後に宝石をすんなり回収する為で、俺の予想だがグレイさん達が断るのも見越してたと思うぜ」
「それじゃ、グレイさん達の分を用意したのは良くなかったんだね」
考えもしなかった答えに肩を落としてしまった。
下手をしたらガーラントさんに迷惑をかけてしまうところだったんだね……。
「そんな事は無いわ」
「ふぇ?」
不意にかけられた声に目を向けた先には、荷車と併走して歩くフィリエルさんが居た。
「あのお守りに込められた気持ちはグレイさん達に伝わってるし、すごく励みになっているはずよ」
フィリエルさんの言葉によって、グレイさん達の首にかけていった時の様子が脳裏に甦る。
すごく驚いた様子だったけど……でも最後はありがたそうに(?)受け取ってくれた。
「グレイさん達にとってリーラちゃんは……自分で気付いた方が良いだろうから内緒だ」
「その方が良いわね」
楽しそうなアルゴさんに苦笑いで同意するフィリエルさん。
何となく問いつめても笑ってごまかされる雰囲気を感じ、
「内緒にしなくていいのに」
短時間拗ねた振りをして抵抗するのが精一杯だった。
二人が見せた表情が違うから余計に内容が気になるけど、僕の為を想って教えないんだから仕方ないよね。
補充した食料の内容を考え始める事で、なんとか頭の隅に追いやった。
読了感謝です