届けられた想い
「ここで何をしていたんだ?」
後からかけられた声に振り向いた所に、驚いた表情で固まっているシウスさんがたたずんでいた。
急な事で頭が真っ白になって、何か言わなきゃならないのに言葉が浮かんでこない。
シウスさんと僕の見つめ合う状態がしばらく続き、
「あうう……」
やがて僕はその状態に耐えられなくって紙を落とし、その場にへたり込んでしまった。
「この様子だと、何をしていたのか聞けそうにないな……」
シウスさんは額に手の平を当てて小さく溜息を吐いた後、近づいて来て僕を軽々と拾い上げる。
「え?え?」
怒られるのを覚悟していた所へ、急にお姫様抱っこされて目を白黒させてしまう。
「私と二人っきりでは話し辛いだろう。 朝食を取って落ち着いた後に、もう一度ここで何が起こっていたのかを話してくれないか?」
苦笑するシウスさんからの質問に首をゆっくり縦に振った。
そのままシウスさんに抱えられ、夕食を取った時と同じ場所へ下ろされた。
「昨日あったばかりだからな……叱るべきなのか私に判断はつきかねる。 あの部屋の状態を見たレリックさん達の意見とリーラちゃんの話してくれる内容で決めさせてもらう」
シウスさんは再び溜息を吐きながら昨日と同じ場所に座った。
『シェリー』さんは今はシウスさんが使っているって言ってたし、そうでなかったとしても、お姉さんの部屋だった場所を昨日初めて会った僕に散らかされたら……。
シウスさんの心の中は怒りたい気持ちで一杯になって、怒りがため息となって出てるように見えた。
レリックさんが僕を連れてきた手前、すぐに怒れなかったのかな……。
考えるだけで申し訳なくなる一方、『シェリー』さんの手紙の内容をどうすればうまく伝えれるかを朝食を終えるまでの時間で考えなければならない現状に肩を落とした。
結局、話を切り出す方法が思いつかないまま朝食が始まる。
それまでに僕を見て、レリックさんは「ふむ」とテーブルにつき、フィリエルさんは何か言いたそうに視線を送って隣に座る。
その後に続いたシェリーさんは首を傾げていた。
テーブルの上にはライ麦のパンが積まれたかごと葉物野菜の上に八等分された林檎が乗せられた大皿。
「はい」
「ありがとう」
フィリエルさんが笑顔でパンを渡してくれる。
焼きたてのパンの香りがいつもなら食欲をわかせるのに、この後の事を考えると食べる気にはなれなかった。
「どうしたの? いつもならすぐかぶりついて美味しそうに頬張るのに……」
フィリエルさんは心配そうに僕の顔をのぞき込み、
「もしかして……朝、隣に居なかったのも」
ハッと気付いたように目を見開く。
「うん……」
図星を突かれ、歯切れの悪い返事を返してしまう。
「そっか……何があったのかは知らないけど、一人で抱え込んじゃ駄目よ?」
フィリエルさんは困ったような笑顔で、僕の肩を抱くようにして優しくさすってくれた。
「あまり心配させるでないぞ? でないとあの時みたいにぐったり横になる羽目になるかもしれんからの」
「父上や母上に話しにくい内容なら、私で良ければ相談にのるぞ」
茶化すように聞こえるけど、真っ直ぐ僕を見るレリックさんに、眉をハの字にして気にかけてくれるシェリーさん。
気にかけてくれる事を嬉しく感じつつ、『シェリー』さんの事をどうやって切り出そうかと周りの様子を伺っているうちに、皆朝食を取り終えてしまった。
「人手のあるうちに私の部屋を大掃除したいのだが、手伝って貰えないかな」
食事を終えたのを見計らってのシウスさんの呼びかけに、
「ええ、勿論」
フィリエルさんの返事に続いて、レリックさんとシェリーさんが頷いて同意する。
「リーラちゃんも座って考えるより、体を動かした方が悩みも解消する糸口が掴めるかもしれないわよ?」
そして僕の顔を覗き込み、心地よい笑顔で言われて思わず頷いてしまった。
フィリエルさんに手を引かれて、シウスさん達の後をついて行き、『シェリー』さんの部屋に着いた所で中へ入らず皆立ち止まっていた。
「これは……」
「……」
部屋の中を見ながらレリックさんが小さく驚きの声を上げ、女性三人は目を見開いて言葉を失っている。
「今朝見たときにはこの有様で、部屋の真ん中辺りに半ば放心状態のリーラちゃんが居ました」
そこに溜息混じりの肩をすくめるシウスさんから状況の説明が入る。
その中でフィリエルさんに繋がれた手から離れて部屋に足を踏み入れ、『シェリー』さんの想いを書いた紙を拾い上げる。
捨てられたり、片づけられたりしてなくよかった……。
全部あるのを確認し、集めた紙を抱きしめるようにして安堵する。
「リーラちゃん……それは?」
フィリエルさんから不思議そうに尋ねられ、
「え、あ……えっと」
紙を集めるのに夢中だった為、すぐに答えられず詰まってしまう。
隠す必要のないはずだけど、内容が内容なだけにうまく伝えられるかが不安で二の足を踏んでしまう。
どうすればうまく伝えられるのかな……深く考え込みそうになりかけた時、
「見たことのない文字だが、リーラが書いたのか?」
いつの間にかシェリーさんが僕の後から手紙を覗き込んでいた。
後から声をかけられた事に驚き、ふっと周りを見渡して見れば、皆の視線が僕の手にしている手紙に注がれていた。
『シェリー』さんに託された手紙の内容を話すチャンスが巡ってきたと思い、
「うん、『シェリー』さんに頼まれて僕が書いたの。 見たことの無いのは僕の知ってる文字で書いたからかも」
勢い余ってシェリーさんの問いに駆け足気味で答えてしまう。
急にきっかけが訪れちゃったから仕方ないよね。
心の中で苦笑しながら、皆の視線が僕の上を通過しているのに気付く。
その理由がわからなくて視線を追いかけた先にはシェリーさんが驚いたまま固まっていた。
「あ……」
視線がずれた原因に気付くと同時に小さく声が漏れてしまう。
「シェリー?」
「わ、私は知らないぞ」
おそるおそるといった感じに尋ねるフィリエルさんにシェリーさんは慌てた様子で即座に否定する。
僕が『シェリー』さんと言っても……他の人はこの場に居るシェリーさんの事だと思っちゃうよね。
「二人とも嘘を言ってるようには見えんのう?」
レリックさんは不思議そうに僕とシェリーを交互に見る。
その隣でシウスさんとシエルさんが顔を見合わせていた。
「僕の言う『シェリー』さんはここに居るシェリーさんじゃなくて……」
「もしかして……昨日の夜話してた『シェリー』の事?」
僕が全部言い切る前にフィリエルさんが補うように言葉をかぶせる。
「うん。 昨日の夜に訪ねて来て手紙を書いて欲しいって頼まれたんだ」
頷いて、紙を皆に見えるように小さく掲げた。
皆の視線が僕の持つ紙に集中し、部屋の中はしんと静まる。
「つまり、リーラはこのシェリーではなく、あの『シェリー』と話をしたんじゃな?」
レリックさんはシェリーさんに視線を向けた後、振り返って見上げた先に
『シェリー』さん肖像画があり、それを見ながら皆の疑問を代弁するように尋ねる。
今まで気付かなかったけど……この部屋にも『シェリー』さんの肖像画があったのね。
「うん……信じられないかもしれないけど……」
掲げた紙を下ろして頷く僕を見ながら、
「ふむ……こう言っておるがシウス、シエルはどう思うかの?」
少しの間あごに手をあてて二人へ問いかけるレリックさん。
「レリック!?」
フィリエルさんはその様子を見て驚きの声を上げる。
このやりとりからフィリエルさんは信じてくれるみたいだけど……レリックさんは半信半疑なのかな?
突拍子も無い内容だから、仕方ないのかも……僕が逆の立場ならすぐに信じられるとは思いにくいからね。
「リーラが悪戯でわしらを困らせようとするはずが無いのはわかっておる。 じゃがな、『シェリー』に関する事ではわしらよりも二人の方が繋がりが深い。 手紙の内容がどんなものであれ、信じて貰うようにせねばならん」
「……そうね」
最初から僕を疑ってないのがわかり、フィリエルさんと共に胸をなで下ろす。
信頼というのかな……レリックさんの言葉のおかげで、手紙の内容を二人は確実に信じてくれる確約を貰ったようなものなので、すごく気持ちが楽になった気がした。
「姉からの手紙と言われても……正直信じられないな」
「結論は内容を聞いてからにしましょう。 頭ごなしに否定しても仕方ないわ」
眉をひそめるシウスさんをシエルさんが話を聞くように求める。
「そうだな……おかしな内容なら、この部屋の掃除と姉さんの墓の草むしりを一人でやって貰うとしよう」
シウスさんはそれに応じ、自分を満足させられなかった時の罰則を決める。
正直拍子抜けするぐらい罰が軽く思えたけど、うまく伝えきれなかった時に『シェリー』さんへ謝りに行く機会を得られた気がした。
でもそれは本当に駄目だった時の事。
今は手紙の内容を一時一句間違わず読み上げるように頑張ろう。
「『シェリー』からの手紙を読み上げてくれるかの?」
レリックさんの進めに小さく頷いて、一生懸命書き上げた手紙を読み始めた。
四人へ向けられた『シェリー』さんの想いがしっかり伝わるといいな。
シウスさんから始まり、シエルさん、レリックさん……そして最後にフィリエルさんへ、一人一人に宛てられた内容を読み上げながらそう願った。
最後まで集中して読み上げた後に、途中慣れない道具で書いた文字が読み難くて何度かつまりかけたけど、何とか読み切ったと胸をなで下ろした。
微かな啜り泣くような声が聞こえて顔を上げた先には、二組の男性の胸に顔を埋めて抱きしめられている女性の後ろ姿が見えた。
男性は何かを堪えるように目を閉じていて、女性は肩を震わせている。
「そんなはずはない」と頑なに拒まれる可能性も予想してたけど、『シェリー』さんの気持ちが伝わったのかな……かすかに悲しむ声が静まった部屋の中を漂っていた。
これで良かったんだよね……『シェリー』さんの肖像画を見上げて心の中で呟いた。
役目は終わったと感傷に浸りかけたところで、肩へ何かが乗せられる感触がして、振り返った先に柔らかく微笑むシェリーさんが居た。
「ここは父上達だけにしておこう」
一緒に行くように手振りで促されシェリーさんの後に続いて部屋を後にした。
食事を取った部屋へ戻った所でシェリーさんが振り返る。
「そこで少し待っててくれ」
テーブルを手で指し、そう言い残して部屋を出て行き、
「さっきは何も食べれなかったみたいだからな」
すぐにパンや野菜の乗ったお皿を持って戻ってきた。
「母上が『食欲が戻るかもしれないから』と取って置いてくれたものだ」
それを僕の前に置き、シェリーさんはテーブルの反対側につく。
シェリーさんに指摘され、お腹がならないのが不思議なくらい空腹な事に気が付いた。
夜中から起きてるんだから当然なのかもね。
気が付かなかった自分に心の中で苦笑している所に、
「まだ食べられそうにないか?」
すぐに手をつけないのが気になったのか、シェリーさんは僕をじっと見ていた。
「ううん。すごくお腹空いてるから食べられそう」
僕を想って置いていてくれた事を嬉しく思いながらパンを食べ始める。
空腹と心遣いのおかげなのかな? 昨日の温かいパンよりも美味しく感じられた。
「なるほど……こうして眺めるのも悪くないな」
テーブルに頬杖をついてどこか楽しそうに僕を見つめるシェリーさんの意図が掴めずパンをもぐもぐしながら首を傾げてしまった。
食事を終え、一息付いた所を見計らったように、
「昨日は色々と注文をつけてすまなかった」
唐突に真剣な表情に変わり、謝られて目を丸くしてしまう。
少しきつめに言われたり、怖い笑顔に押されてぎこちない挨拶もしたけど
、それが普通だと思ってたからシェリーさんが謝るのが意外すぎて、
「そんな事ないよ」
言葉がでるまで少し時間がかかってしまった。
「そう言って貰えると助かる」
回答にホッとしたのかな、柔らかい微笑みに変わり、
「いつ頃からか覚えてないのだが、ここを訪れる度にあの人と比較されている気になり始めたんだ」
『シェリー』さんの肖像画を見上げて苦笑いが混じる。
「でも……」
反論しようとする僕へ手のひらを出して遮り、
「父上達がそんな事をするはずが無い事はわかってるさ、名前を継いだ気持ちになっている私の心の問題だろうな」
自分へ言い聞かせるように呟きながら肖像画を見据えていた。
「すまないな……愚痴になってしまった」
シェリーさんは目を閉じて溜息を吐く。
名前を継ぐ……か。
前世の僕の名前はお父さんとお祖父さんから一文字ずつ貰って、二人の良いところを受け継いで欲しいと付けられたんだっけ。
小学校の宿題で自分の名前の由来を調べる時にお母さんに聞いたのを思い出す。
名前だけの僕とは違ってシェリーさんは『シェリー』さんと同じ冒険者にはなっている。
悩みや苦労は僕が想像するのは無理……かな。
「溜息を吐くほど真面目考え込まなくとも、聞き流してくれればいいんだがな」
苦笑いのシェリーさんに指摘され、無意識の内に溜息を吐いてた事に気付く。
「あう……」
「気にする事はないさ……ありがとうな」
声を漏らす僕へ小さな微笑みを浮かべた。
「できれば、父上と母上には……」
「あ……ふ……」
話を遮るように大きな欠伸をしてしまう。
「夜通しで手紙を書いたせいだろう。 明日からまた歩くからしっかり休まないとな」
シェリーさんは笑顔で空になった皿を手早く片付け、
「母上の代わりになるかわからないが、私が添い寝をしよう」
返答を待たず、僕の手を引いて歩き始めた。
読了感謝です




