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その名はシェリー(後編)

※リーラ視点に戻ります

フィリエルさんが『シェリー』さんとの出会いから仲良くなるまでをどこか懐かしそうに話してくれて、当時の仲の良さが見えてくるようだった。

でも……山賊退治の依頼を受ける話になった辺りから、少しずつフィリエルさんの表情が暗く辛そうなものに変わっていった。

『シェリー』さんが庇って矢を受けたあたりから辛そうに話すフィリエルさんを見ていられなくなって力一杯抱きしめる。

これで辛さが和らぐかわからないけど……『シェリー』さんとの関係を教えて貰う事で、フィリエルさんが辛くなるなんて夢にも思わなかったからかな? 何かをせずに居られなかった。

全く効果がなかったらという不安を感じながら見上げる。

フィリエルさんは少しの間驚いたように僕を見下ろして、

「大丈夫」

微笑みと抱擁を返してくれた。

僕の意図が伝わったみたいで、抱きしめられる心地よさの中で胸をなで下ろした。

抱擁が続く中、フィリエルさんがぼんやり何かを考え込んでいるのが見え、

「フィリエルさん?」

柔らかな雰囲気の中で、気が付けば声をかけていた。

「ちょっと昔の事を思い出していたの」

「昔の事?」

微笑みながら話すフィリエルさんに思わずオウム返ししてしまう。

『シェリー』さんとの関係を教える為に辛い思いをさせてしまっただけに、それ以上深く聞き出そうとは思えなかった。

疲れもあるだろうからと横になり、教えて貰った話を思い出す。

フィリエルさんを庇って『シェリー』さんが亡くなった話の中で二つの事を思い出した。

レリックさんの言っていた『後で「もしも」を考えても時は戻らない。 失敗したら次は同じ事をしないように心がけろ』とシェリーさんが教えてくれた捕らわれた自分を助ける為にフィリエルさんが弓を射た時の表情。


フィリエルさんの失敗で結果として『シェリー』さんは命を落としてしまった。

しかし、シェリーさんを救出する時には同じ失敗をする事はなかった。

僕の思い違いかもしれないけど……レリックさんの言葉はフィリエルさんの行動にそっているように感じられた。

「どうしたの? まだ何か聞きたい事がある?」

フィリエルさんは怪訝そうに僕を見つめる。

「ううん、ちょっと考え事」

「そっか、考えるのもいいけど今日はしっかり休んでね」

フィリエルさんは微笑みながら僕の頭を一撫でしてくれた。

そのおかげか疲れが出たせいかわからないけど、目を閉じてから眠りに落ちるまで時間はかからなかった。


…………小さな息苦しさを感じて目を覚ます。

ゆっくり開けていく視界のすみに何かが見える。

それが気になって音を立てないように体を起こして目を向ける。

自分の目に入ったもの物がすぐには信じられず数度見直してしまう。

昼間見た女性……『シェリー』さんがすぐそこに居た。

「貴方……私が見えるのね?」

おそるおそる確認するように僕へ問いかける。

もう亡くなった人のはず……だけど僕は『シェリー』さんを見る事が出来て声も聞こえる。

その現状にどうしたらいいのかわからなくて頭の中は真っ白になって固まってしまう。

『シェリー』さんは僕の顔をのぞき込み、

「私の事……見えてるのよね?」

再度問いかける。

かけられた言葉を引き金に、前世のテレビで見た心霊現象の記憶が蘇る。

幽霊?が見える現状は僕の怖がらせるには十分で、小さく体を震わせながら強く首を振って答え返した。


そんな中で急に『シェリー』さんがくすくす笑いだし、

「貴女……一生懸命否定してるけど、質問に答えてる地点で私が見えてると言ってるのよ?」

「あうう……」

苦笑いの指摘に頭を抱えてしまう。

そのおかげなのかな?笑われてしまった事で怖いって気持ちは薄れていく。

「怖がらなくても大丈夫。 貴女に危害を加えるつもりはない……というより触れることもできないから」

『シェリー』さんは微笑みながら僕の頬を撫でるけど、触れる感触が訪れることはなかった。

触れることが出来ない事実が『シェリー』さんの微笑みの裏に寂しさというのかな?見えた気がした。

「貴女とお話したいんだけど、ここだとフィリエルを起こしてしまうわ。私の後についてきてもらってもいいかな?」

フィリエルさんへ視線を移しながら紡がれる『シェリー』さんの言葉に頷いて返す。

怖さが薄れたせいなのかわからないけど、不思議と頷く事に躊躇いは無かった。

音を立てないようにベッドを降りて後を追いながら、この場で話していると僕が独り言を言っているように見えるのかな? なんて考えていた。

やがて『シェリー』さんが立ち止まり僕へ振り返る。

外から部屋の中に差し込む月明かりが誰も居ないかのように床へ降り注いでいた。


「あそこに来ていたのだから知っていると思うけど『シェリー』よ」

「リーラです」

遅くなった自己紹介が始まり、

「よく似ているけど……フィリエルの子供、いえ孫?」

『シェリー』さんは僕をじっと見てフィリエルさんとの関係を推測する。

「えっと、どちらでも無くて……」

僕の返す言葉に『シェリー』さんは首を傾げてしまう。

シエルさんが他人とは思えないぐらい似ていると言ってたし、人里で暮らすエルフが少ないらしいから親子関係に思われるのも仕方ないのかも。

僕とフィリエルさんの関係を簡単に説明したら、

「言われてみればそうね。リーラさんがフィリエルの子や孫なら、一度は見かけているはずだもの」

『シェリー』さんは説明に納得したように呟いていた。


「この部屋は?」

室内を軽く見回して質問する。

言われてついて来たものの、今更ながら始めてこの部屋へ入った事に気付く。

骨董品を扱ってるお店にありそうな装飾はないけど高そうに見える机、上に辞書なのかな?分厚い本らしき物が立ててあり、白い羽の装飾がついたペンが立ててあった。

「今はシウスが使っているけど、昔……私が使っていたの」

僕の視線が注がれる机を撫でるようにして、どこか嬉しそうに話す。

シウスさんの名前が言い慣れた感じにでてくるあたり、仲が良かったのだろうと思えた。

「それでね……リーラさんにお話というか、お願いしたい事があるの」

「お、お願いって?」

唐突だけど遠慮気味に切り出す『シェリー』さんに僕は身構えるように一歩後ずさりする。

一体何を頼まれるのか予想がつかなくて、触れられないとわかっていても心の中に不安が広がっていく。


「心配しなくても大丈夫。私の想いをこの家で眠ってる人達に伝えて欲しいだけだから」

小さな苦笑いを作る『シェリー』さんに僕は首を傾げる。

僕が『シェリー』さんの想いを伝える?……あっ。

「僕にしか『シェリー』さんの声が聞こえない?」

「ええ、今の私が意志疎通出来るのはリーラさんだけよ」

思いついた僕の質問に小さく頷く『シェリー』さんはどこか寂しそうに見えた。

もしかしたら……僕がここを訪れるまでずっと一人だったのかな?

それが違ったとしても、会釈を返した時に驚いていたから『シェリー』さんを見える人はかなり少ないのかも。

『シェリー』さんの経験と比べれば、自分の中の不安はちっぽけなものに思え、しぼんでいった。


「どうかな……私のお願いを」

「うまく伝えられるかわからないけど……僕でよければ」

『シェリーさん』が最後まで言い切る前に答えを返す。

「ありがとう……」

僕の答えの早さに驚いたのか、少しの間目を丸くした後に目を細めていた。

「どうやって伝えたらいいのかな?」

「リーラさんに手紙を書いて貰おうと思うのだけど」

提案された方法に、手紙なら想いを伝えられるねと頷きかけて固まってしまう。

前世で使っていた文字でなら手紙を書けるけど、この世界に来てそれを見たことがない。

僕だけが読める手紙を書いても仕方ないもんね……。

「……もしかして字を書けないの?」

頭を抱える僕を見て察してしまったのか鋭い質問が突き刺さる。

「字は書けるけど……多分、皆読めないと思う」

僕の答えに『シェリー』さんは首を傾げながら、

「リーラさんの書いた物は他の人には読めないの?」

確認するように尋ねられ、頷くしかなかった。

「でも、リーラさん自信は読めるのね?」

『シェリー』さんは少しの間目を閉じた後、何かを思いついたように尋ねる。

「うん、でもそれじゃ……手紙を書けても……」

意味が無いよねと続けようとして気がつく。

「他の人達は駄目でも、リーラさんが読み伝える事は出来るはずよ」

微笑む『シェリー』さんに僕の言葉を先取りされてしまった。


そして慣れないペンでの練習を頑張って、かろうじて自分が読める文字を書き進めていった。

結果、部屋にあった紙をほとんど使い果たしてなんとか書き上げることが出来た。

「確認の為に読んでみるね」

書き上げた紙を両手に持ち、『シェリー』さんへ視線を向けると小さく頷いてくれた。


「シウスへ、私が急に居なくなったせいで沢山の悲しみと行き場の無い怒りを感じさせてたと思うのごめんなさい。 

月日はかかってしまったけど二人と良好な関係を築いてくれてありがとう。

シエルとの結婚おめでとう。 その場に居られなくてごめんね」


「シエルへ、シウスと結婚してくれてありがとう。

貴女が側に居てくれたおかげでシウスは冷静に物事を見る事が出来たと思うの。

度々近況の報告に来てくれてありがとう。 すごく嬉しかったわ。

勝手なお願いになるけど、これからもシウスの側にいて欲しいな」


「レリックへ、告白を保留してくれた時、貴方の心がフィリエルに向いてたのはわかってたけど嬉しかった。

もう一度言うね、いつも一生懸命に突き進む貴方が好きでした」


「最後にフィリエルへ、看病していた時に貴女が見た夢は私の想いが見せたものよ。 後悔をして無いと言えば嘘になるけど、訪ねてくるフィリエル達が幸せそうだから満足してるの。

もし、あの時の事を悔やんでいるのなら私の分も長く幸せに生きて。

それが私の一番望んでいる事だから」


「……でいいのかな?」

「ええ」

読み終えて確認を取る僕に『シェリー』さんは笑顔で頷いてくれた。

窓の外からうっすらと日が差し始め、灯りとして使っていたロウソクの火も金属の台座にくっつきそうになって役目を終えようとしていた。

「あふ……」

欠伸をかみ殺して小さく伸びをする。

手紙を夢中になって書いているうちに徹夜しちゃったみたい。

「思ったより時間がかかってしまったわね……私のせいでごめんね」

『シェリー』さんが申し訳なさそうに苦笑いを僕に向ける。

「僕がやるって言ったんだから気にしないで」

「ありがとう……」

首を横に振る僕に『シェリー』さんは嬉しそうに微笑んでくれた。

「このままリーラさんとお話ししたいけど、時間がなさそう……かな」

「ぼ、僕が伝え終わるのを見なくていいの!?」

微笑み続ける『シェリー』さんが少しずつ背景に溶けるように薄くなっていくのを見て慌てて声をかける。

僕が伝える傍らで見てくれると思っていだけに、消え入りそうな『シェリー』さんを見て焦ってしまう。

「心残りを託せるまでが約束だったの……だから後はお願い……」

そう言い残して『シェリー』さんは完全に消えてしまった。

『シェリー』さんが居た場所を見ながら、自分も転生しなかったら妹の事が心残りになって同じようになっていたのかな?

誰も居なくなった部屋でぼんやり考えてていた。


「あ……」

何となく部屋を見回して呆然としてしまう。

ほとんど使い果たしてしまった紙、机の上に落としてしまったインク。

傍からみればシウスさんの使う部屋を荒らしてしているようにしか見えない。

手紙を読んで伝える前に通らなければいけない関門が出来てしまった状況に途方に暮れてしまった。

読了感謝です。

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