レブの森
「しかし、アルゴさんはすごいよな……俺が聞くのを躊躇っていたことをスッパリと切り出してくれたよ」
アルゴさんが帰った後にディンさんからどこか自嘲めいた言葉が漏れた。
「そうね……私達だけだとお互いが遠慮しあってすぐに言い出せなかったと思うわ」
ミーナさんも同意し、僕も何かを言おうとした矢先……く~とお腹が返事をしてしまった。
む~……このタイミングで……。
「あらあらもうお昼かしらね」
ミーナさんは僕に微笑みかけるとお昼を作る為に奥へ入っていく。
「ははは、リーラちゃんもすごいな」
楽しそうに笑うディンさんに「何がすごいんですか!」と言い返したけど効果は無かった。
空気を読まない空腹の合図のせいで恥ずかしい思いで一杯になってしまって、昼食を持ってきたミーナさんにもからかわれてしまった。
お腹の虫の馬鹿……。
お昼も終わり、リックとルックはいつ行くかは言わなかったけど、どうするのかなってぼんやり考えていると、
「せっかくポーチがあるのだからこれを入れておくわね」
ミーナさんが小さな包みを僕のポーチに入れてくれた。
「これは?」
「小さいパンを包んでおいたの、お腹がすいた時に食べてね。 お腹の虫は待ってくれないわよ?」
悪戯っぽく微笑むミーナさんに僕は「ありがとう」と複雑な気持ちで言ううしかなかった。
「「リーラお姉ちゃん」」
外から双子の声が入って来て、
「今日は二人との約束があったので行ってきます」
「行ってらっしゃい」
出かける僕をミーナさんは笑顔で見送ってくれた。
合流すると案内してくれるみたいで後ろからついて行くことに。
そして、歩く歩く……歩く。
「どこまでいくの?」
村の外へ出てしばらく歩いた頃、小さな不安を覚えて双子に行き先を尋ねる。
「お姉ちゃんはついてきたらいいよ」
「僕たちが案内するから」
大丈夫だよ!と言わんばかりの笑顔で返ってきた解答が僕の不安を取り除いてくれた。
二人にとっては行き慣れた場所みたいだから大丈夫だよね。
木々が生い茂り、村の人からは『レブの森』と呼ばれている場所の入口に着いた。
「ここに入るの?」
「そうだよ」
「こっちこっち」
二人が先へ先へと進んでいくなか、本当に大丈夫なのかな……そう思い始めたけど、見えなくなりそうな状況について行かざるを得なかった。
だんだんと木による影が増え、日光が届かなくなる面積が増えていく。
しかし二人に追いつくのがやっとの状況で、何度か二人を見失いかけた。
奥へ奥へと進んでいく……注がれる光と反比例するように僕の心に闇が広がっていく。
「結構奥に来たみたいだけど大丈夫?」
自分で発した声が少し震えていて、
「リーラお姉ちゃん怖がりだね」
「大丈夫大丈夫! もうすぐだよ」
なんでもないという風に返す二人に溜息をつく。
ここまで来たら二人を信じるしかない……なるようになれとついていく事にした。
しばらくして開けた場所に出て、注がれる光が急に増えて目を細めてしまう。
風の無いおかげなのかな? 湖は鏡のように向こう岸の景色を映し出していた。
穏やかな風が頬をなでるように流れ、湖面を乱反射する光は美しく、
「綺麗……」
気が付けば賞賛の言葉が漏れていて、さっきまで心の中にあった闇が晴れていった。
「これが僕たちのお気に入りの場所」
「どう?」
二人が胸を張ってどうだと言わんばかりな表情に、思わず吹き出しそうになるのを堪えて、
「来るのは大変だけどすごく気に入ったよ、ありがとう」
笑顔で応対すると二人とも照れてるのかな? 顔を少し赤らめていた。
景色を楽しみ湖の周りを歩きながら写真にとれたらなぁと思ったり……。
いつの間にか日が傾き始め、赤みのかかった光が差してさらに綺麗な光景が広がりつつあったけど、
「日が暮れきったら危ないから帰ろう」
見たいとは思うけど仕方ないよね……僕の提案に二人も頷く。
「また、一緒に来よう」
「きっとだよ」
「うん」
二人と約束して来た道を引き返す……。
来た時よりも薄暗くなっている森の中は僕をより不安にさせた。
ところどころから聞こえる動物の声、風が作る森のざわめき、不意に流れる音に僕は「ひゃ……」とか「ひっ」とか反応してしまう。
慣れないから……しかたないよね……。
リックとルックは平然としているから一緒に居ることが心強い。
「リーラお姉ちゃんやっぱり」
「怖がりだね」
「そんなこと……ひぅ……言ったって」
バサッと鳥が飛び立つ音に反応してしまう。
それから少し歩いたところで……あたりはより暗くなり視界が狭くなる。
『グルルル』
不意に威嚇するような音が聞こえ、振り向くと双頭の狼がこちらへ狙いすましたように見つめていた。
「ケ、ケルス」
「森にはいないはずじゃ……」
ケルス……魔物の名前って聞いてたけど……。
二人の言葉からこの辺りにはいないらしい……ってことかな。
しかし、目の前にる現実に慌ててしまい、どうしようどうしようと考えるうちに、一歩一歩と近づいてくるケルス。
「リックルックは先に行って、僕も後から行く」
「お姉ちゃんをおいていけないよ」
「僕たちも戦う」
気持ちは嬉しいけど僕にこの魔物を追い払う自信なんてない、一緒に逃げても僕の足は遅い……。
それに……動物は逃げる者を追う習性があると聞いたことがある。
動物に似た魔物だから三人一緒に逃げたら追いかけられ、確実に追いつかれることはわかりきっている。
「魔法を使って何とか追い払うから、二人が居ると足手まといだよ……行って!」
年長者の意地からなのか元々男で会った時の使命なのかわからない。
でも逃げるときに僕が足手まといになるのがわかってるから二人だけでも……。
二人が迷っている間にケルスは僕たちに近づく歩みを止めない。
『サンド』魔法により出した砂をケルスに向かって投げる。
砂が軽いせいかケルスの視界を少しさえぎっただけで届く前に霧散してしまう。
少しだけ歩みを止めたがすぐに歩みを再会する。
『グルルル』さっきの行動に怒りを感じているのかケルスの威嚇する声が強くなる。
「早く!」
叫ぶように二人に強く促すと、
「助けを呼んでくるから」
「戻ってくるからね」
泣きそうな顔をしながら走っていった。
森の音に怖がっていた女の子を置いていった事が、二人のトラウマにならないといいけど。
そんなことを思いながらも正直体の震えが収まらない……しかし相手は待ってくれそうに無い。
最低でも二人が逃げ切る時間は稼がないとね……。
『サンド』・『ウォータ』砂に水をしみ込ませケルスに投げつける。
水を含んだ砂は霧散するよりは先にケルスの頭部に到達する。
ダメージは無さそうだけど少し歩みを止める……警戒を強めたのだろう。
繰り返し投げつけながら一歩また一歩と後ずさる僕と歩み寄るケルス。
『ウィンドベル』ケルスの後方から風を通し、チリン、チリンと音を立てる。
ケルスが後方を向いた隙に逃げるように走り出し、すぐに気付いて僕を追いかける。
わかってはいたけど走る速度が全然違う……すぐに差を詰められると僕は近くにあった大木の後ろに回るように駆け込み、走ってきたケルスの顔をめがけて両手分だした砂を投げつけた。
『グルル……』
砂が目に入ったのか片方の頭は苦しそうに目を閉じているが……もう片方は健在だった。
後方へ飛び、少し間を保って、一歩一歩後ずさる。
『アォーーーン』
ケルスが雄叫びを上げると後ずさっていた僕はその声に驚き、木の根に足をとられて仰向けに転倒する。
しまった……と思ったときにはケルスが地面を蹴り、僕を覆うようにのしかかる。
押さえつけられた体に痛みが走る。
『グルルル』
押しのけようともがくものの、ケルスを除けるには至らない。
『サンド』『ライター』砂を熱しておいて、かぶりつこうと口をあけたのを狙って砂を口に投げ入れた。
『キャイン』それが効いたのかケルスは僕から逃げるように去っていった。
「た、たすかった……」
命の危機が去ったことに安堵の言葉が自然と漏れる。
僕はなんとか体を起こし、辺りを見回すと日が暮れて森の中は闇で染まっており道も分からず途方にくれてしまった。
風による木々ざわめきで何とか正気にもどり、ケルスを追い払うのに満身創痍となった体をなんとか動かし、乾いてそうな木の枝を集め、『ライター』火の魔法を使ってゆっくりと火を起こす。
風を吹かせれば早く燃えるのだけど音に獣が寄ってきても対処できないので使えなかった。
火が少し燃え出したところで、焚き火からはあまり離れない程度で木の枝をもう一度集めて回る。
「なんとか朝までもつかな……」
枝を集め終えて少しずつく放り込んでいく。
パチパチとお世辞にも大きいとはいえない炎がゆれ、なんとか火を起こせたのでホッとした。
「それでも獣は警戒して襲ってはこないよね……」
自分の願いを口に出して言った所で、くぅ~とお腹がなる。
そういえば……思い出すようにポーチを空けるとミーナさんが入れてくれた包みがあった。
包みを開けると握り拳ぐらいの小さなパンを半分にした物が六つ……三個分のパンが入ってた。
パンにバターと大蒜が塗ってあり……僕の好きなものになっていて、ミーナさんに心の中で感謝する。
パンを少し焚き火で炙ってはかぶりつく、しっかり味のついたパンは涙が出るほど美味しかった……。
お腹が満たされたところで落ち着くと途端に森の声が『ホーホー』『バサバサ』『アォーン』と辺りに響き、音がするたびにビクッと体が震えさせた。
二人はちゃんと村に着けたのかな……。
周りの音から気をそらす為に先に帰ってもらった二人を案じる。
助けを呼ぶと言ってくれたけど夜の森は危険だし、逆に迷い込んでしまうこともあると思う。
それに……僕は村に来てまだ日が浅い……余所者みたいなもの。
ミーナさん達がお願いしても僕を避けている人達だって居る、その人たちが僕を助けに来ることを同意するはずがない。
もしかしたら夜が明けても自力で戻らないといけないのかも……。
不安がどんどん心を覆っていく、辺りの暗闇が拍車をかける。
膝を抱えながら木の枝を時折くべる作業の中で「グス……」僕の視界が歪んでいく……。
泣いたって変らないことは分かってるけど不安な気持ちが涙となって流れるのは止めようが無かった。
人気の無いところで一人ぼっち、この世界に来た時と同じような状態だ。
その時の気持ちがフラッシュバックするようにこみ上げてくる。
だれか……だれか助けてよぉ……心の中で叫ぶけど当然返事はない。
満たされたお腹と不安と疲労のためか、まぶたが重たくなってきた……。
何とか耐えようとするものの……急速に来た睡魔に耐えれなかった。
ミーナさん、ディンさん、アルゴさん……ごめんなさい。
僕……もう起きていられ……ない。
僕の意識は途絶えた。
気が付くと誰かの背中が見えた。
優しく揺れる感覚。
僕はおんぶされているのかな?
「気が付いたか」
聞き覚えがある声が僕の耳に届く。
「お父さん?」
「お前をおぶるのも久しぶりだな」
懐かしそうに呟くお父さんの声。
ああ……これは夢の中なんだなと気付く。
「うん……」
この年になっておぶってもらうのはちょっと恥ずかしいかも……。
「可愛くなってしまったな」
どこか楽しそうな口調で言う。
「なりたくてなったわけじゃないよ……」
「そりゃそうだな……今の生活は楽しいか?」
「うん」
僕は小さく頷いて、
「皆優しい人ばかりだよ」
「そうか……それはよかったな」
「お父さんは?」
「お前が居なくなって寂しいさ……でも元気そうにしててよかった」
「ごめんね」
いつの間にか謝っていた。
僕が居なくなった悲しみを背負っていくんだよね。
「お前の所為じゃないだろう……気にするな。それに、もう俺からはお前に何もしてやれんからな……」
そう呟くお父さんの背中が寂しそうに見えた。
「これから沢山辛いことがあるかもしれんが何があっても強く生きてくれ」
「うん……」
僕は後ろからお父さんを後ろから抱きしめ、密着するように体を預けた。
僕をおぶって歩くお父さんの背中は温かくて広かった。
読了感謝です
楽しんで頂ければ幸いです
2015/11/14 修正