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その名はシェリー(前編)

村の入口から見える建物はローエル村と同じように並んでいて、村自体それほど変わらない感じかな。

「村に着いた事だし降りるか?」

アルゴさんが歩みを止めて僕に尋ねる。

後ろ姿の首筋あたりに流れ出た汗が光って見えてその汗のいくつかは僕が乗っていた為に流れた物なんだと思い、

「うん、ありがとう」

言葉と心の中で感謝しながら荷台から飛び降りる。

「ふにゃ!?」

着地時に返ってくる衝撃に耐えきれず、前のめりに地面に手を着いてしまった。

ずっと荷台で揺られてたからなのかな? 前世の家族旅行で長時間バスに乗った後、立ち上がった感覚に似ているけど……もっとひどいかも。


「大丈夫か?」

「あはは……ずっと座ったままだったから足にきてたみたい」

少し驚いたような声をあげるアルゴさんに苦笑いを返すしかなかった。

アルゴさんから見れば、僕が体調を崩して手を着いたようにも見えちゃうから驚かれるのも仕方ないかも。

「リーラ嬢」

呼ばれて見上げると、ガーラントさんが僕に向けて手を差し伸べてくれていた。

思わず手を伸ばして重ねるとゆっくり引き起こしてくれて、ガーラントさんの後でシェリーさんが少しきつめ表情をしているのが見えた。

その表情の理由がわからなくて僕は戸惑うしかなかった。


そんな中、ふっとレリックさんとフィリエルさんの姿が見えない事に気付き、

「レリックさんとフィリエルさんは?」

シェリーさんに二人の行方を尋ねる。

それが思いがけない質問だったのかシェリーさんはキョトンとした後に、

「……そうだな。 リーラは知らなくて当然だったな」

納得したように一人頷く。

シェリーさんの口振りだとこの村に訪れる度に行く場所があるのかな?

そう思いながらシェリーさんから注がれる視線が緩んだ事に胸をなで下ろした。


「私もこれから同じ場所に行くつもりだ。 勿論リーラも一緒にな」

どんな場所に行くのか興味があったので、小さく頷いて返した。

「シェリー殿はいつもの場所へ行かれるのですね?」

「ああ……ここからは別行動になるな」

問いかけるガーラントさんをシェリーさんは軽く抱きしめ、申し訳なさそうに答えた。


「俺達は行きつけの宿に泊まるが、レリックさん達は友人の家に顔を出してそのまま泊まるのさ」

アルゴさんはシェリーさんが別行動になると言った理由を簡単に説明してくれたので何となく理解できたけど……。

「えっと、僕が一緒に泊まっていいの?」

さっきの話の流れだと僕も一緒に泊まるみたいだけど……接点のない僕が一緒に泊まってもいいのかな?と思って遠慮がちに聞いてみる。

「歓迎されるだろうから大丈夫だ。 アルゴと一緒に寝かせるのは心配でしかないしな」

「ひでぇ言われようだな……将来は引く手数多の美人になるだろうが今は守らなきゃいけねぇ存在だからな、その心配は杞憂でしかないぜ」

悪戯っぽく言うシェリーさんの言葉にアルゴさんは苦笑しながらも真剣な面持ちで答える。

「ま、初めての町だからなフィリエルさんと一緒に居た方がリーラちゃんも心強いだろうしな」

アルゴさんは僕の目線に合わせて屈み、肩に手の平を乗せてニッと笑った。

二人と別れ、シェリーさんと一緒に村の中を歩けばすれ違う人々の人達の視線が僕達を追いかけてくる。

耳を隠す為にフードを深くかぶってるから怪しく見えちゃうのかな?

そう思いながらも注がれる視線を強く感じてしまい小さく身震いしてしまう。

様子を見ていたのかシェリーさんが肩に手をかけ、

「私も最初はそうだった……直になれるさ」

見上げる僕を安心させるように微笑みかけてくれた。


そして、どの家に近づく素振りも無く、村の外れへ……。

辺りが少しずつ暗くなる中、四角い消しゴムの角を取ったような石が整列したように並んでいる場所に着き、一つの石の前でシェリーさんが立ち止まる。

石には文字が書いてあり、すぐ側に赤い花と水差しが置かれていてる。

「お墓……?」

「……そうか、これを見るのは初めてなんだな」

何となく感じた雰囲気より導かれた答えを口にすると、シェリーさんはハッと気付いたように僕を見る。

「シェリーさんと親しかった人のお墓なの?」

「父上と母上を結びつけた人が眠っていると聞いている」

僕の質問を待っていたかのようにシェリーさんが答え、

「というのも、会ったことはないんだ。 私が生まれる前に亡くなったらしいからな」

小さく微笑みながら続ける。

「このお墓に眠っている人が居たからシェリーさんが生まれたんだね」

初めて聞く事に胸を躍らせる。

「そうだな。 ここに眠っている人の名は「シェリー」。 リーラの言う通り、この方のおかげで授かる事が出来たから私に同じ名を付けてくれたそうだ」

自分の名前の由来を語るシェリーさんはすごく楽しそうに見えた。


お墓に向かって二人で小さく頭を下げた後、帰路に着こうと振り返ると栗毛のシェリーさんと同じような格好をした女性がこちらへ向かって歩いているのが見えた。

お互いに歩みよる格好になってもう少しですれ違うぐらいの距離で女性が会釈をしたのに習って僕も応じように返す。

しかし、シェリーさんは何事も無かったように歩いていき、女性も僕が会釈を返したことに目を丸くしていた。

何かおかしい事をしちゃったのかな?

首を傾げながらもシェリーさんに遅れないように小走りでついて行き、女性とすれ違った後に何となく気になって振り返る。

そこには女性の姿は無く、『シェリー』さんの眠るお墓が見えるだけで、

何度か見直したけどすれ違った女性を見ることは無かった。

見間違いだったのかな? でも……はっきり女性を姿を覚えているのはどうしてなのかな?

シェリーさんの後をついて行きながらぼんやり考えていた。


「あうっ」

考え事をしていたせいで何かにぶつかって小さく跳ね返される。

「どうした? 何か気になる事でもあったのか?」

落ちてきた声に見上げればシェリーさんが不思議そうに僕を見下ろしていた。

「う、うん。 ちょっと考え事してた」

自分の失敗を誤魔化すように渇いた笑いを漏らす。

「そうか、 今日みたいに荷台に乗せられる日がまたあるかもしれないからな。 考え込む気持ちは分かるが前はしっかり見ておけ」

僕の頭をポンポンと軽く叩いて苦笑していた。

そしてシェリーさんが振り向いた先には他より一回り大きな家があり、

「今日はここに泊まる事になる。 リーラは初めてになるからな挨拶はしっかり頼む」

ドアに手をかけながら僕に軽く注意を促す。

僕はそれに頷いて失礼の無いように挨拶しなきゃと気を引き締めた。


ドアを開いた先には二組の男女がテーブルを囲んで座っていて、全員の視線がこちらに注がれる。

一組はレリックさんとフィリエルさんで、もう一組はレリックさんと同じぐらいの年に見える栗色の髪をした男性と灰色の髪をした女性で、二人とも優しそうに見えた。


「ちょっと遅かったわね。 いつもの場所を回ってきたの?」

「ああ、リーラと一緒にな」

フィリエルさんの問いかけにシェリーさんは僕を見下ろしながら肩に手をのせて答える。

「この子が話に聞いて居たリーラちゃんか」

「他人とは思えないぐらいよく似ているわね」

二人共穏やかに微笑みながら僕を見る。

嫌……というわけじゃないけど何だか見つめられていることが恥ずかしくなり後ずさりをしようとした所、肩に乗せられたシェリーさんの手の力に阻まれ、思わず見上げればシェリーさんのちょっと怖い笑顔が見えた。

それは僕に「しっかりしなさい」と僕へ言っているように感じて、

「は、初めましてリーラです」

頭を下げて挨拶をしたものの、慌てた感じになって舌を噛みかけてしまった。

「私はシウスでこちらが妻のシエルだ」

栗色の髪の男性……シウスさんが左手で灰色の髪の女性……シエルさんへ向けてを挨拶を返す。

「よろしくね」

「は、はい」

小さく微笑むシエルさんに緊張したときのような返事をしてしまう。

シェリーさんが僕の肩に手を置いていることでしっかりしなきゃって気持ちが出過ぎてるのかな……。

「……リーラちゃん緊張してるみたいね」

「シェリーを初めて連れてきたときも同じようになっておったのう」

レリックさんとフィリエルさんは柔らかな笑みを僕に向けていた。


小さな沈黙の中で穏やかな雰囲気が続きかけたその時、くぅ~きゅるる……静かな状態だっただけにお腹の音が鳴り響いてしまい、

「あう……」

張っていた糸が切れたように僕はその場にへたり込んでしまった。

「シエル、料理を作る前に何かリーラちゃんがつまめる物を頼む」

シウスさんが失笑しつつ頼むと、シエルさんが笑顔で頷いて奥へ消えていった。


和やかな雰囲気の中、シエルさんが戻ってきて、

「すぐに夕食の準備を始めるから、それまでこれを食べててね」

僕に微笑みかけながら小指の先ぐらいの肌色の豆が盛られたお皿を置いてくれた。

その微笑みは前世の小さな頃に保育園から帰宅した僕におやつを持ってきたお婆ちゃんを思い出させた。

「ありがとう」

豆をつまみながら笑顔でお礼を言うとシエルさんは微笑んだまま小さく頷いてくれた。

再びシエルさんは夕食を作る為に奥へ戻っていき、フィリエルさんとシェリーさんはそれを手伝う為に後へ続いた。

僕も手伝いに行きたかったけど、折角持ってきてくれた物をあまり手を着けず行くのも良くないと思って豆を食べながら待つことにした。

ちょっと粉っぽいけどしっかり噛みしめたらそれなりに味が出てきて美味しい。

レリックさんとシウスさんの話に聞き耳を立てながら口の中に一つ、また一つ豆を入れていく。

「いつもありがとうございます。 姉も喜んでいると思います」

頭を下げてお礼を述べるシウスさん。

あのお墓にはシウスさんのお姉さんが眠っているみたい。

「わしの命が尽きるまでは続けるが、逝った後はフィリエルに判断を任せるつもりじゃ」

少し唐突なレリックさんの返答にシウスさんは間を置いて、

「フィリエルさんの性格からすれば……ずっと通い続けるでしょうね」

自分の考えを返す。

一緒に暮らした三ヶ月を思い返せば、シウスさんと同じ答えに行き着いた。

優しいフィリエルさんの事だからレリックさんが亡くなった後は、レリックさんを思い出し、そして結びつけてくれた『シェリーさん』を思い出すようになるよね。

それにしてもレリックさんが生涯お墓へ参ると言った『シェリーさん』はどんな人だったのかな?

豆の数を減らしながらぼんやり考えていた。


お皿の豆が無くなりかけた時、料理を持ったフィリエルさん達が戻ってきた。

じゃがいもと玉葱のスープが皆に配られてテーブルの真ん中に黒いパンが積まれた籠、男性陣の前にはしっかり焼かれたステーキみたい形のお肉で女性陣は葉野菜の上にコロッケの中身みたいな潰されたじゃがいもを乗せた物が置かれた。

前世では結構食べた覚えのあるお肉もこの世界に来てからは口にした事はなかったっけ……。

レリックさんの前に置かれたお肉から流れてくる香りが前世の誕生日に食べたステーキの味を思い出させ、小さな興奮と共に目が釘付けとなってしまった。


「リーラちゃんにそれを少しわけて貰えるかな? 一口食べればわかると思うの」

「そうじゃな、『食べてみたい』と顔に書いてあるしの」

苦笑いの二人のやりとりに僕は慌てて目をそらす。

だって久しぶりにお肉を見たんだもん……。

心の中で言い訳しながらも、食べることが出来る事に胸を躍らせた。


そして一口の大きさに切られたお肉を口に運び、噛みしめると肉汁が口の中に広がり美味しいと思った直後、生焼けと思ってしまいそうなぐらいの生臭さに戻しそうになる。

でも戻してしまうのは良くないと思い、なんとか飲み込もうと努力するけど……耐えきれなくなって両手で受けて吐き出してしまった。

自分からお願いして分けて貰ったような物なのに……両手に乗っている僕が口に入れていた物を見ながら肩を落としてしまう。

「落ち込まなくても大丈夫よ。 こうなるだろうって思ってたの」

フィリエルさんにかけられた言葉に顔を上げて見回すと、吐き出したことを咎めるような感じじゃなくて穏やかな視線が注がれていた。

吐き出した事を咎められる事を覚悟していただけに、肩透かしを食らった感じで目を丸くしてフィリエルさんを見つめ返すしかなかった。

「エルフは肉の臭みが苦手な人が多いのよ。 私もリーラちゃんと同じように初めて食べたときは吐き出しちゃったの」

「母上の血を引く私も吐き出すまではいかないが、かなり苦手だ」

微笑みながら自分の事を話すフィリエルさんとシェリーさんに続いて、

「先に言っておくことも考えたが、経験しておくのが一番じゃからのう」

手元の肉を口に運びながらレリックさんが止めなかった理由を教えてくれた。

「これを見ているとリーラちゃんは家族にしか見えないわね」

「ああ、仲の良い家族にしか見えないな」

シエルさんの感想にシウスさんは頷きながら同意していた。

口直しという訳じゃないけど、スープをすすると口の中に残っていた臭みは綺麗に消えていった。

パンやスープに舌鼓をうちながらふと壁に飾ってある絵に目が行き、描かれている人物に見覚えがある事に気付く。

お墓で見かけた女性とよく似ていて、服装も同じだった。

シウスさんとシエルさんの娘にあたる人なのかな?

スープを口に運びつつ僕の視線はかけられている絵に注がれ、

「あの絵に描かれているのは、私の名前の由来となった『シェリーさん』だ」

それに気付いたシェリーさんが描かれた人物を教えてくれた。

どんな人か気になってたけど『シェリーさん』はあんな感じの人だったんだと考えたところでハッと気付く。

……と言うことは僕があの時見た女性は……!?

そこまで考えが行き着いたところで、スープを口に運び終えた後の木のスプーンがするりと抜け落ちてテーブルとぶつかった音が響いた。

読了感謝です!

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