お荷物?
ガタンガタン……電車の進む音と共に座席を通して振動が伝わる。
隣には赤いランドセルを膝の上で抱えたまま、僕に体を預けて眠っている妹が見え、安心しきったような穏やかな表情で寝息をたてている。
この状況に覚えがあり、記憶をたぐり寄せる。
確か……お爺ちゃんとお婆ちゃんにランドセルを見せたいって妹が聞かなくて僕が一緒に行くことになったんだっけ。
そして電車で二時間の旅の半分を過ぎた辺りで疲れたのか僕にもたれるようにして眠ってしまった。
今の状況が夢の中だとわかりつつも、当時のことを思い出さずにいられなかった。
思わず心地よさそうに眠っている妹の頭を撫で始める。
自分が居なくなった状況に悲しんでるだろうけど強く生きて欲しい。
そう願いながら撫でているうちにトンネルへ入って室内の照明が外から入らなくなった光の代わりになり、電車の進む音が変わる。
それと同じくして母親の事を夢に見た時のように、僕は前世の姿から今の姿へと変わっていった。
僕の変化を待っていたかのように妹が目を覚まし、
「お姉ちゃんだぁれ?」
半分寝ぼけた様子で僕に言った所で電車はトンネルを抜け、差し込んできた光が夢の終わりを告げる。
目映い光に目を覚まし、ぼんやりとする視界の中で思わず手の平で遮る。
夢でも妹の顔を見れたと嬉しく思う反面、自分の気持ちを会って伝える事が出来ればという想いが再び湧いてきた。
……でもフィリエルさんの言われたとおり、会えたとしても夢の終わりみたいになっちゃうのかな。
前世の姿の僕はもうどこにも存在しないからね。
「起きてすぐに難しい顔をしてるけどどうしたの?」
「ちょっと変わった夢を見ちゃった」
かけられた声に反応するように視線を向けると、フィリエルさんが心配そうに僕を見ていた。
返事をしながらフィリエルさんと僕の位置関係がおかしいことに気付く。
フィリエルさんは立っているのに、どうして僕は寝ころんだままの真横を見ているだけなのに胸の辺りの高さに居るのかな?
違和感を感じ始めると早かった。
ほぼ定期的に僕自身が揺れていて、フィリエルさんが歩く速度と同じ早さで進んでいる……?
思わず体を起こして周囲を見渡せば、苦笑いで僕を見つめるシェリーさん、穏やかに微笑むガーラントさんとレリックさん……そして帽子に隠れたアルゴさんの後ろ頭。
この瞬間、僕は荷物と一緒に乗せられて運ばれていることに気付き、疑問に思っていた事がいくつか氷解していった。
僕が嫌がるかもしれないと言っていたフィリエルさん。
それに対してレリックさんとアルゴさんの負担が増えるって返していたシェリーさん。
そして、ガーラントさんがアルゴさんの負担を肩代わりするって言った事への合点がいった。
確かに歩けなくなってもなんとかなるし、これなら僕にペースに合わす必要もないけど……。
お荷物にならないように頑張ろうと思っていたけど……荷物と一緒に運ばれている現実に悲しくなった。
「ごめんなさい。 嫌がるとは思っていたの……でもシェリーからお酒を飲んでしまった事と疲れが取り切れていないって聞いていたから……」
顔に出ていたのかな……フィリエルさんが申し訳なさそうに答える。
疲れきっていた僕への配慮は嬉しいけど、正直言えば一言……あ。
お酒を飲んだという言葉が引き金になって昨日の自分の行動が脳裏に蘇る。
お酒の勢いがあったとはいえ、シェリーさんをお母さんと呼んでガーラントさんをお父さんって呼んでしまった。
しかも……ガーラントさんに自分から飛びついてそのまま眠ってしまった。
「あ……う……うにゃあああ」
思わずしかれていた毛布に顔を埋めて、水に入らず泳ぎの練習するみたいに足をバタバタさせる。
恥ずかさに近い、なんともいえない感情に支配されて荷台で暴れる格好になってしまう。
「仕方ないのう」
少し呆れた感じのレリックさんの声が聞こえた直後、僕はレリックさんの腕の中に居た。
状況を上手く理解出来ない僕は目を丸くして、自分が居たであろう場所とレリックさんの顔を交互に見る。
「気持ちはわからんでもないが、あの場所で暴れるのは荷物にとってもリーラの足にとっても良い事にはならんからの」
レリックさんは困ったように微笑みかけ、
「……うん」
お姫様抱っこされている状況はひとまず頭の中から追い出して、かけられた言葉に素直に頷いた。
レリックさんの素早い動きに驚かされたせいか、この抱えられている状況が心地よいせいかわからないけど不思議と落ち着いてきて、足をバタつかせた行動が非常に危険であったことを理解して肩を落とした。
「そうしょげるでない。 説明しておかなかったわしらも良くなかったしの。 フィリエルも二回目になるのじゃから酒の事を思い出させたらどうなるかわかるじゃろうに……」
続く言葉を飲み込んで小さく溜息を吐くレリックさんの隣でフィリエルさんが肩を落としていた。
「お、思い出すのが早いか遅いかの違いだから、フィリエルさんに言われなくても同じ事をしていたと思うよ」
そう言いながらも昨日の事を頭の中から必死に追い出そうとしている所へ、
「リーラ嬢の言う通りです。 遅かれ早かれ思い出して取り乱していたでしょう……しかし、シェリー殿が間違えて飲まさなければフィリエル殿が肩を落とすことも無かったのですよ」
ガーラントさんがゆっくりと頷いて僕に同意する。
「原因がなければ結果も生まれないからのう」
「ちげぇねえ」
新たに二人が同調し、
「事実であるだけに言い返せないな」
皆の言葉にシェリーさんは苦笑いで肩をすくめた。
言葉だけだとシェリーさんを避難するような感じだけど、流れる雰囲気は穏やかでふざけあっているような感じだった。
「リーラも起きた事じゃし、この辺りで一度休むかの」
レリックさんの一言でそれぞれが近くの木陰に腰を下ろし、僕も近くへおろして貰った。
もう日が高いところへ上っていて、僕が目覚めるまでどのくらい歩いていたのかわからないけど、皆汗をかいていたり、小さな疲労が見える。
それに対して眠っていたまま運ばれていた僕は、汗もかいていなくて元気一杯と言いたい所だけど……足のだるさが取り切れていなくて、腰を下ろして伸ばすだけでも小さく痛む。
筋肉痛がひどくて今日一日歩ききれるかもちょっと不安。
「足の具合はどう?」
降りてきた声に見上げると、フィリエルさんが微笑みながら僕を見下ろしていて、さっきの事を引きずっているのかな? どこか元気がないように見えた。
「多分、普通に歩けると思うけど……」
感じたままに伝えたけど、歯切れの悪い返事になっちゃった。
現状は歩けることは歩けるど夜まで歩く自信はない……でも痛みがひどい訳じゃないから頑張れば大丈夫かな?
「本当に?」
フィリエルさんは屈んで顔を覗き込みながら、僕のふとももやふくらはぎを少し強めにもみほぐす。
「~~!」
心地よさの中に鈍い痛みが入ってきて思わず耐えるように目を瞑ってしまう。
「疲れがまだ取り切れてないようね。 今夜には近くの村につけるから……今日一杯荷車に乗っていてね」
フィリエルさんは少し考えるように目を瞑った後、僕を正面に見据えてお願いされる。
「ごめんね。 自分の足で歩きたいのだろうけど、これからの長い道のりを考えると今日は野宿ではなくベッドでゆっくり休んでほしいの」
申し訳なさそうに微笑むフィリエルさんの僕を気遣う言葉に、
「僕のことを考えてくれた上での判断なんだから、謝る事なんてないよ」
笑顔で返すと微笑み返してくれた。
フィリエルさんの言葉から一緒に歩いていたら今日も村に着けず野宿になっていた可能性に気付き、自分が荷車に乗っていた方が早く進める現実に悲しくなったけど、僕を想って考えてくれている事への嬉しさの方が勝った。
フィリエルさんは僕の足へのマッサージを終えて隣に腰を下ろし、
「少しずつ慣れていくものだから焦らなくても大丈夫よ」
目を細めながら優しく頭を撫でてくれた。
かけられた言葉に僕が頷くのを満足そうに見て、
「リーラちゃんが見た変わった夢の中身を教えてもらえるかな?」
興味津々と言った感じに尋ねられて再度頷いた。
「えっとね……」
頷いたものの、電車をどう説明するのか悩み頭を抱えてしまった所で、気が付けば心配そうにフィリエルさんが僕の顔を覗き込んでいた。
悩んだ末に、電車の事は馬車に、トンネルは深い森の中に置き換えて話した。
「そっか……妹さんの夢を見たのね」
「うん。 今の姿で会ったらこんな反応になるんだって思ったよ」
苦笑いになる僕と眉をハの字にして小さく俯くフィリエルさん。
思い返せば夢の中での妹の反応はすごく自然だった気がする。
もしかしたら、妹も同じ夢をみているのかな……そんな考えがふっと浮かんだ。
「内容を聞けば力になれるかもって思ったのだけれど……難しそうね」
「そんな事ないよ」
寂しそうに呟くのを見て、小さく首を振ってフィリエルさんへ体を預ける。
「リーラちゃん?」
直接的過ぎてわからなかったのかな? フィリエルさんは不思議そうに僕を見る。
「聞いて貰えるだけでも気分的に違うし、それにこうして甘えさせてくれるからね」
妹が僕にこうして甘えていたのを思い出しながら、押しつけるように体に力を入れる。
それに対してフィリエルさんは小さく息を吐いて僕を包み込むように肩を抱いてくれた時には、すごく嬉しそうに見えた。
フィリエルさんとふれあう場所から感じられる温かさが僕に安らぎを与えてくれる。
この心地よさに何度助けられたのかな……目を軽く閉じて感じる温かさを噛みしめた。
休憩も終わり歩みを再開すると、フィリエルさんにお願いされたとおり、僕は荷車の上にいた。
上といっても荷台の一番前で、僕の下には毛布が敷かれている。
人や物の通過で出来た道なので、荷車の上は時々揺れるけど、毛布がクッション代わりになって衝撃を和げてくれた。
黙々と荷車を引いて歩くアルゴさんの後ろ姿を見ながら、手持ち無沙汰な僕は足をぶらぶらさせる。
「退屈ですか?」
荷車の後方に居たガーラントさんがいつの間にか僕の隣を歩きながら困ったように笑っている。
「あう……ごめんなさい」
「気になさらないで下さい。 ずっと座ったまま、特にすることもないのですから仕方の無いことです」
ガーラントさんは僕に理解を示すけど、肩を落としてしまうのは止められなかった。
「ガーラントさんの言うとおりだぜ、俺達はリーラちゃんの為に同行しているんだ。 これは進んでやっている事だからな?」
アルゴさんは歩みを止めて振り返り、眩しい笑顔を向ける。
「……うん」
笑顔に押される形で少し間を置いて頷いた。
「リーラ嬢が乗せられる原因になったのは私の妻です。 村に着くまで私にそれを引かせて頂けませんか?」
「そう言って貰えるのは嬉しいが、これは俺の仕事だからな」
ガーラントさんの申し出にアルゴさんは首を横に振る。
「しかし……それではアルゴ殿への負担が大きすぎるかと……」
「そうでもないさ、同行してくれるだけで俺の負担はかなり減っているぞ?」
食い下がるガーラントさんに正反対の言葉を返すアルゴさん。
噛み合わない返答にガーラントさんと僕は首を傾げてしまう。
他の人に比べて荷車を引く分負担が大きいはずだけど負担が減っているってどういうことなのかな?
「まぁ、一緒に行動してる分には俺に負担が集中してるように見えるかもしれないが」
アルゴさんはそう言いながら前へ向き直って歩み始め、
「リーラちゃんと同行する上での負担はぐっと減っているんだぜ」
どこか楽しそうな声が流れてくる。
「なるほど……合点が行きました」
表情に緩めるガーラントさんとは対照に僕は首を傾げたまま。
一緒に行動している分には負担が多くて僕と行動する上での負担はぐっと減る?
同じようにしか聞こえないのに真逆の回答が頭を抱えさせる。
「私達と一緒に行動する分にはアルゴ殿に荷物を運ぶという負担がかかっています」
ガーラントさんの説明にわかっている事を示す為にこくりと頷く。
「ですが、元々はリーラ嬢とアルゴ殿の二人の旅になるはずだったと聞いています。 ですが現在六人で行動していますので、周囲への警戒や不足の事態への対処をアルゴ殿一人でするはずのものが五人で分担できますので、結果的に負担が減っているという事です」
続く噛み砕いたわかりやすい説明にようやく納得した。
「ケルスはともかく猪は俺の手に余っちまうからな……それを苦もなく撃退できるなら荷物運びの負担が増えても苦にはならねぇよ」
荷車を引きながらも楽しそうに話すアルゴさん。
全体的には負担が少ないかもしれないけど、ガーラントさんの言うように負担が大きいのも事実だから……僕に何か出来ないかなと周りを見渡し、
「あっ」
荷物に挟まれた瓶を見つけて思わず小さく声を上げ、荷物の上に体を乗り出して瓶のふたをあけ、中のあめ玉を二つ取り出す。
「これをアルゴさんに」
僕の行動を不思議そうに見守っていたガーラントさんに手の平に乗せたあめ玉を見せると、小さく微笑みながら受け取ってくれた。
ガーラントさんがアルゴさんと並んで歩く事数秒後、
「リーラちゃんありがとな」
顔だけ振り向いたアルゴさんはこっちまで嬉しくなるような笑顔を向けてくれた。
右頬が小さく膨らんでいるから、ガーラントさんに口へ入れて貰ったみたい。
その後、アルゴさんの荷車を引く速度が気持ち速度が速くなり、お日様が山の後ろに隠れかけた頃に集落の入り口へ着いた。
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