懐古<シェリー視点>
※シェリー視点のお話になります。
「まさかこんな事になるとはな」
ガーラントにもたれるように眠ってしまったリーラを見て苦笑いになる。
おそらくリーラは出発する時間には起きれないだろう。
普段見る事の出来ない一面を見れて嬉しく思う反面、自分のしてしまった事で明日の行程に支障がでそうな事を申し訳なく思う。
「なってしまった以上は仕方ありません。 ここは私に任せてお休みになって下さい」
ガーラントはリーラの頭を一撫でして、自分の肩にかけていた毛布を地面にしいて起こさないように丁寧に寝かしつける。
「手慣れたものだな」
流れるようにこなすガーラントの一連の動作に感心しながら、心地よさそうに眠るリーラへ視線を移す。
その寝顔は穏やかで、見ているだけでこちらも微笑んでしまいそうだった。
「時々、村の子供の面倒を見る事はありますが……大本はシェリー殿を見ていたのが始まりですよ」
「なっ……」
微笑みながら話すガーラントの思わぬ言葉に小さく驚きの声を上げてしまう。
「冒険者になる為に頑張っていた頃、休憩中に木を背にして眠ってしまっていた事が多かったですね」
感慨深く続けるガーラントを見つめ返し、当時の事を思い出す。
自分がさらわれた事件から二ヶ月程経った頃、自分の行動への後悔と自分を助けに来た時の母上の表情が忘れられなくて、悶々とした日々を過ごしていた。
時折心配そうに私を見る母上に、自分の出来る目一杯の笑顔で「大丈夫」と返していたが、悲しそうに微笑み返されて肩を落とした。
そんなある日、二週間程家を空けていた父上がガーラントを連れて戻ってきて、ガーラントが一緒に居る理由を聞こうと口を開きかけた矢先、父上の方が先に話し始める。
ここに居る事は私にとって良くないだろうから引っ越しを決めた事。
ガーラントは父上に稽古をつけて貰う為に何年か一緒に暮らす事になったらしい。
後に母上から聞いた話では、父上は私が少しでも元気になるならとガーラントを一緒に連れて行きたいと頼み込みに行っていたらしい。
ちなみにガーラントが一緒に来る事を知った時の私は妬けてしまうぐらい嬉しそうだったとか。
当時の自分の心境を思い出せば、兄のように慕っていた人と一緒に居られる事がすごく嬉しかったのだろう。
引っ越し先は現在住んでいるローエル村で、当時普通の女の子といて育っていた私にずっと歩く体力は無く、道のりのほとんどは父上の引く荷車の上だった。
村に着いてからは父上とガーラントの稽古を見学する日々が続いた。
稽古の内容は木刀のガーラントに対して父上は素手で相手をしていて、斬りかかるガーラントに父上は最低限の動作で避けたり、振り下ろされる木刀を横から拳で弾き飛ばす等。
どちらにも怪我をして欲しくない私はハラハラしながら見ていた。
稽古の後には父上のすごさと次の日の意気込みを語るガーラントが輝いて見え、羨ましく思えた。
自分も頑張れば同じように輝けるのかと思いつつ、父上や母上のように強くなれば……あの時の母上の顔を見なくてすむのではという気持ちが少しずつ積もっていった。
ローエル村に着いてから二ヶ月ぐらい経ったある日。
稽古が休みのガーラントと一緒に近くの湖で水遊びをしている所へ、獣の叫び声が周辺に響いた。
慌てて視線を向けると森からケルスが顔を出してきた……その数三匹。
こちらを威嚇しつつ水辺まで近づいて来るのを見て、父上か母上を呼びに行かなければと焦る私をガーラントが両肩を掴んで首を横に振る。
水辺に着き、こちらの様子を伺っているケルスへガーラントが湖の中から拾い上げた石を投げつけて、湖へ入らないように牽制し続けた。
ケルスが立ち去らず居座り続けることに、ガーラントの表情に少しずつ焦りが見え、自分にも何か出来ないかと考え始める。
小さな頃に教えて貰った魔法の使い方……当時は使えなかったが、もしかしたらと試してみる。
その結果氷の針がケルスを襲い、追い払うことは出来たらしい。
というのもケルスに当たったのを見た後からの記憶が無く、ガーラントに後から聞いた話だとその場に崩れ落ちた私を背負って家へ帰ったらしい。
翌日……目を覚ました私は魔力を消耗しきった事によって一日寝込むことになり、母上の説教に始まり、私の事で落ち込んだガーラントを励まして、父上に甘えるという体は動かせないが忙しいという不思議な日になった。
ただ……説教をしながらも時折考え込む様子の母上が気になり、明くる日のガーラントとの稽古を終えて、様子を見に来た父上と入れ替わりで、私をみていた母上が夕食の準備をする為にそばを離れる。
具合を尋ねる父上に大丈夫と笑顔で返し、母上の様子が少しおかしい事を伝えてみると、母上の出生は色々複雑で自分には考えの及ばない事を考えているのかもしれないが私の幸せを願っているのは間違いない。
そう解答を貰った後、ガーラントと二人きりになったが自分の幸せについて考えてしまった。
後で聞いた話だと、しっかり相づちだけは打っていたらしい。
それから二、三日かけて考えた結果。
父上と母上の血を引く自分は冒険者になれる素質はあるはずで、魔法や武器を使った訓練をしていけば、あの時のようにさらわれなくなるはず。
そう結論付けて父上と母上に稽古を願い出ようと思ったが……今まで一度も進められたことが無い為、一人では難しいと判断してガーラントに一緒にお願いしてくれるよう頼み込んだ。
私の願い事に大きく驚いたが理由を聞いた後には納得してくれ、夕食時に一緒に頼み込んだ。
「シェリー殿?」
「な、なんだ?」
記憶の世界から急に現実に引き戻された為、慌てたような返事を返してしまう。
「いえ、何か考え込んでいる様子でしたので……」
「ああ、ガーラントと一緒に父上と母上を説得したときの事を思い出していた」
焚き火に木をくべながら心配……というより気になるといった感じで尋ねるガーラントに思い出していた内容を話す。
「私と一緒に……三日間二人を相手に懇願したあの件ですか?」
「母上が折れるまで頭を下げ続けたその件だ」
ガーラントが少し考え込む仕草をした後に、当時の状況を正確に言い表したので、私は小さく破顔する。
その時の事をしっかり覚えていてくれた事が素直に嬉しくて自然と笑みがこぼれてしまった。
「懐かしいですね……確かその後にシェリー殿はレリック殿と、私はフィリエル殿と約束事をしたのでしたね」
「そうだな。 聞いても教えてくれなかったから『私も教えて上げない!』と口を尖らせて拗ねたのだったな」
穏やかに微笑むガーラントを見つつ当時のことを懐かしむ。
「ええ、あれからもう二十年以上も経ってしまいましたね」
「早いものだな……これから夫婦として共に歩むのだから、当時約束した事をお互いに打ち明けないか?」
相槌を打つガーラントに思いついたことを提案する。
「……そうですね。 シェリー殿が一人前になるまでは伏せて欲しいと言われていただけですし、お話ししても良いかもしれませんね」
ガーラントは当時の事を思い出していたのだろうか、少しだけ間を置いて承諾の返事を貰った。
「それでは私から話そうか」
私の言葉にガーラントが頷いたのを皮切りに話し始める。
父上から言われたのは、今まで体を動かす事をほとんどしていない私には険しい道のりになる事。
根を上げるようなら、今まで通りの生活に戻って、この事に対して不平不満を言わない事。
日程は二日間、ガーラントと共に父上と体力作りと武器の修練、次の日は母上と魔法についての学習と練習し、それを二回繰り返して七日目は自由とする。
どうして休みを作るのかという私の質問に父上曰く、ずっと修練だけでは息が詰まってしまい、逆に上達しにくくなるらしい。
ガーラントに話しつつ、それを伝える父上に表情は真剣そのものであった事を思い出していた。
「成る程……眠ってしまう程がむしゃらに頑張っていたのはその約束事があったからでしたか」
「すぐ側に目標となる父上が居たのも大きいかもな」
納得したように頷くガーラントに苦笑いで答えた。
本当はガーラントがいつも側に居て励ましてくれたのが一番大きかった事を言いたかったが気恥ずかしいので、リーラを送り届けた後に改めて言おう。
そう思いながらガーラントの番だと視線を送り、
「私の番ですね」
わかりましたとばかりに微笑みを返す。
「フィリエル殿との約束はこれからの厳しい修行の中でシェリー殿を支えて欲しい」
ガーラントの話す内容に納得してしまう。
慣れない体力作りや武器の修練の中で、ガーラントはいつも私を気遣ってくれた。
「もうひとつは、シェリー殿に何かあった時は責任を取って嫁に貰って欲しいとの事でした」
落ち着いた雰囲気の中で告げられるガーラントの言葉に衝撃を受ける。
「……そ、それでは、私と結婚するのはその時の約束が生きているからなのか……」
衝撃の強さが物語るように囁くその声は震えていた。
腕に傷を負った私と、それを見て結婚を決めたガーラント。
あまりにも約束事が合致するだけに、冗談にも聞こえないし、そもそもガーラントがそんな冗談を言うとは思えない。
「わ……私のせいで……」
自分のせいでガーラントの結婚する自由を奪ってしまったのではないか?約束事が無ければ結婚して子供が居ても良い年のはず……。
ガーラントが約束事抜きで結婚を申し出てくれたのではという思いも捨てきれないが、考えれば考えるほど思考が悪い方へ導かれていく。
「シェリー殿!」
小さいが力強い呼ぶ声に我に返ると私の体はガーラントの胸の中に収まっていた。
「急に顔色が悪くなったようですが、一体どうなされたのです?」
ガーラントから気遣う言葉と視線、服越しに伝わる温かさが少しずつ闇に覆われかけた私の心を照らしていく。
「私とフィリエル殿の約束事を話した後から顔色が悪くなったような気がします……話していただけますか?」
私が落ち着いてきたのを見計らったように、驚きと不安の入り交じった表情で尋ねてくる。
私はそれに応じ、今の幸せが愛情ではなく義理によるものではないかという疑念と共に俯きながらぽつりぽつりと自分の想いを話し始める。
私が話し終えた後、ガーラントは自分の顔を掴むように手のひらを当て、大きく溜息を吐いた。
「申し訳ありません。 私の言葉が足りずシェリー殿を勘違いさせたようです」
かけられた言葉にハッと見上げると、ガーラントは疲れたような苦い表情をしていた。
「私も気持ちが本物であることを示させて頂きます」
何かを思いついたように私を強く抱き寄せて唇を奪い、
「私が他の人にこんな事を出来ると思いますか?」
尋ねられる言葉に力なく首を横に振る。
ガーラントが他の女性に同じような事は出来ないだろう……正直、想像できない。
「落ち着いて私の話を聞いて下さいますね?」
再度尋ねられて首を縦に振る。
どんな事を話されるのか不安が拭いきれない所もあるが、ただ……不思議と私にとって悪い話ではない気がした。
「確かにフィリエル殿との約束事に私が結婚を申し込んだ時の状況が似てしまっているとは思いますが、その約束の有効期間はここに滞在する期間に限定されていたのです」
どこか申し訳なさそうに語るガーラントを瞳を大きく広げて見つめてしまう。
つまり……ガーラントが私に結婚を申し込んだときにはとっくに有効期間が過ぎていた……?
「あの時まで言えなかったのは、冒険者としての目標を持っていたシェリー殿の重石になりたくなかったからです」
「…………」
穏やかに微笑むガーラントの顔から『わかって頂けましたか?』という言葉が伝わってくるようだった。
ガーラントが義理で結婚を申し出てくれた等と考えた自分を恥じ、ただただ私の事を想ってくれて居た事が嬉しかった。
結婚を申し出る時に『一生胸にしまっておくつもりだった』という言葉から始まったことを思い出し、
「私が鈍すぎたのだな……」
さらに双子に言われた言葉を思いだして呟く。
「そんな所も含めてシェリー殿の全てを愛しています」
「かなわないな……」
少々ガーラントらしくない言葉であっても偽りが全くない事がわかるだけに、出てきた言葉がそれだった。
私がガーラントを想うよりもずっと私のことを想ってくれているのだろう。
「ただ一つ言える事は、フィリエル殿の約束事があったからこそ、妹みたいな存在ではなく一人の女性として見れたのかもしれません」
「……勘違いの原因ではあるが、母上に改めて感謝しないとな」
二人で眠っている母上に視線を向けた後、
「先の話になりますが、リーラ嬢みたいな子が欲しくなりました」
「酔った上でも父親と呼んでもらえた事が嬉しかったみたいだな?」
二人ですやすや眠っているリーラへ視線を移し、私の質問に照れたように苦笑いするガーラントがすごく愛おしく思えた。
「さて、火の番は私に任せてシェリー殿は少しでも休んでください」
ガーラントの言葉に頷き、腕を抱いて体を預ける。
「だめか? 今の私にとってはこれが一番休まるはずなんだ」
「仕方ありませんね。 何かあったときは振り払います」
上目遣いでお願いする私に、ガーラントは小さく溜息を吐いて承諾する。
ただその表情は少しだけ嬉しそうに緩んでいるように見え、私は小さな微笑んでしまう。
仮眠を取るために目を閉じるとガーラントから伝わる温もりのせいだろうか、いつもより早く意識が遠のいていった。
読了感謝です。