道すがら(前編)
通る物や人々によって出来た道を歩く。
村の中でずっと過ごしていた僕には、初めて見るものばかり。
道をはずれた場所は少し開けていたり、すぐ側まで木々が生い茂っていたり、村から外でもすぐ近くの場所には畑もあったけど、今は手の入っていない木々や草むらが交互に続いている。
最初こそ物珍しさにキョロキョロしてたけど、慣れてしまったのか歩くことに専念するようになり、まれに会う人がちょっとした息抜き代わりになった。
どれだけ歩いたのかな……足のだるさに少しずつ辛くなってきたので、少し休みたいって言おうとした矢先。
「ここらで一度休むかの」
「そうね、リーラちゃんの息が上がりそうだから丁度良いわ」
レリックさんの意見にフィリエルさんが僕を見ながら同意し、他の人も頷いたり、同意の言葉を返していた。
自分から言う前に休憩を提案してくれたレリックさんと僕を気遣うフィリエルさんに心の中で感謝しながら、近くの木を背にして腰を下ろす。
僕以外は皆平然としていて、僕が座った後におのおの近くの木陰に入り休憩を取り始める。
長く歩いた事による暑さに思わずフードを外して一息吐く。
「リーラちゃん」
フィリエルさんに名前を呼ばれ、フードをつけている理由を思い出して慌ててかぶり直し、
「ごめんなさい」
肩を落としながら謝る。
外していた時間は心地よかったものの、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「暑いとは思うけど我慢してね」
フィリエルさんは困ったように笑いながら、魔法で小さな氷を出して僕のおでこに押し当てる。
「ありがとう」
おでこから広がる冷たさが心地よくて、軽く目を瞑って感じ入る。
「これを飲んでしっかり休んでね」
掛けられた言葉に目を開くと、フィリエルさんが水の入った木の器を差しだしてくれて、受け取ると器越しに手のひらに冷たさが広がってくる。
口をつけてコクコク飲む度に身体の中を駆け巡る清涼感が心地よくて、すぐに器の中は空になってしまった。
「ふふ、すごく満足そうな顔をしてるわよ」
フィリエルさんは僕から空になった器を受け取りながら、嬉しそうに微笑みかけてくれる。
正直このままお昼寝したいぐらいの気分なので、反論する気も起きなかった。
「ふむ……その木に腰を下ろしたか」
あごに手を当てて呟くように言うレリックさんの言葉の意味が掴めず首を傾げると、
「覚えてないのも無理無いかのう。 以前、村から飛び出した時にそこで眠っておったんじゃよ」
どこか思い出すように続けて語る言葉に当時の記憶が蘇る。
村長さんの話から、自分がここに居てはいけないという強い想いからここを飛び出したんだんだよね。
結局は僕の様子から行動を察知していたレリックさんが後をつけてて、連れ戻してくれたんだっけ。
「こんな所まで来ていたなんて……」
ぼんやりと思い出していた所をフィリエルさんの言葉で我に返り、シェリーさんとアルゴさんから注がれる視線に困惑する。
「言いたい事はあるかもしれんが、リーラなりに気遣っての行動じゃった」
「父上と母上に心配を掛けさせる事がか?」
視線を遮るように僕の前に立つレリックさんの言葉に納得できない様子のシェリーさん。
「シェリー殿、落ち着いて下さい。 感情的になるのは飛び出した理由を聞いてからでも遅くないはずです」
「……そうだな」
理由を知るガーラントさんが宥めるものの、シェリーさんは小さな苛立ちを見せる。
「俺も聞いておきたい。 リーラちゃん飛び出す程の理由がどんなものだったか気になるからな」
アルゴさんもガーラントさんに同意して説明を求めた。
「すまんの、わしの一言のせいでこうなってしまった」
「ううん、思い詰めて飛び出しちゃった僕が良くないんだから、怒られても仕方ないよ」
自分の言葉が引き金になった事を気にしているのか、申し訳なさそうにするレリックさんに僕は首を横に振る。
一言相談できれば良かったんだけど……あの時の自分の状態からすると無理な話。
だから……僕が話さなきゃ、シェリーさんも納得してくれないよね。
「えっとね……」
そう言って話し始める。
おつかいの途中に見かけた村長さんにふっと思いついて神聖魔法について質問して、自分の手に負えないので村には置けないと解答を貰う。
ここに居たいけど、自分のせいで二人に迷惑がかかってしまうと思い、出て行くことを決意した事。
自分の様子を見てフィリエルさんに心配されたけど、何とか誤魔化して二人が寝静まった所でこっそりと家を出た事を話し、
「一生懸命歩いてきて、ここで眠っちゃったんだね……でも、目を覚ました時にはレリックさんに背負われてて、あれだけ強く決心して出たはずなのに……すごくホッとしちゃって離れたいとは思わなかったよ」
背にした木を見上げながら苦笑いで締めくくった。
「そうか……」
「リーラちゃんの年で抱えるのには重すぎるかもしれねぇな」
俯くシェリーさんに、納得したように頷くアルゴさん。
アルゴさんの反応は何となく予想できたけど、
「それでも、父上か母上に一言は相談するべきだったな」って僕に注意すると思っていたからシェリーさんの反応が意外だった。
辺りがシンと静まって、風が木の葉を揺らす音のみとなる。
「そういえば、フィリエルさんは僕がここまで来てたのを知らなかったんだ?」
静寂に耐えられなくなった僕は質問を投げかける。
「リーラの行動に気付けなかった事でフィリエルが自分を責めるかもしれんからの、その時になったら話すと言っておいたのじゃ」
落ち込んでいる様子のフィリエルさんの代わりにレリックさんが答える。
レリックさんがここで僕が眠っていたことを話したのは、僕に教える為だけでなくて、フィリエルさんとの約束があったからなんだね。
納得した所で、落ち込んだ様子の二人が目に入り、僕の事で落ち込ませてしまったようなものだから、何か出来ないかなって考えていると、
「仕方ないのう」
「ですね」
それぞれの相手が肩を抱いて声を掛けていた。
「独り身の俺としては少々目のやり場に困るな」
やれやれと木陰に腰を下ろし、肩をすくめて苦笑になっているアルゴさん。
「大丈夫、僕も独り身だよ」
僕に出来ることを考えた結果、アルゴさんの後方から肩を抱く。
「気を使わせてすまねぇな」
それに反応するように僕に向けられた笑顔はすごく心地良いもので、思わず僕も笑顔になってしまった。
「すまなかった。 父上がリーラを庇っての言葉かと思ったが……リーラなりに考えた結果だったんだな」
「ぼ、僕も相談するべきだったんだから……」
深々と頭を下げるシェリーさんに僕は気にしないでって両手を振って応える。
「こんな所で眠っていたなんて、レリックが教えてくれなかったのも仕方ないわね」
「ああ……一人で来るなんて自殺行為にも程がある」
額に手を当てて大きなため息を吐くフィリエルさんにシェリーさんが同意する。
「自殺行為……?」
シェリーさんの言葉の聞き逃せ無い一部をオウム返ししてしまう。
「シェリー……」
フィリエルさんから力の無い言葉で呼ばれ、シェリーさんはハッとしたように口をつぐむ。
「この辺りは夜に動き出す獣が多いからな、昼間のうちに抜けておくべき場所って事だ」
「シェリー殿の言うとおり、一人でこの場所で眠ってしまうの行為は危険でしか無いのです」
フォローするようにアルゴさんとガーラントさんに理由を説明されて、納得するものの、シェリーさんが苛立ったり、フィリエルさんが気落ちするのも無理の無い事だと気付き、肩を落としてしまう。
「リーラを背負って村へ戻る途中に、フィリエルも同じような事をしたという話を覚えておるか?」
上から落ちてきた言葉に見上げれば、穏やかに微笑むレリックさんが見えた。
「気付かんか? フィリエルとリーラは驚く程似ているんじゃよ」
小さく頷く僕に、続けて掛けられるレリックさんの言葉に目を見開いてしまう。
確かに見た目はよく似てるかもしれないけど……。
そう思いながら今までの事を思い出していく。
思い詰めて飛び出した。
感じられる雰囲気が似ている。
性別が変わってしまっている。
思いつく事をレリックさんに伝え、口に出すことで不思議な共通点がある事に気付き、思わずフィリエルさんに視線を向けると「そうね」って聞こてくるような微笑みを返してくれた。
「まだリーラが気付いてないものもあるが……そういえばフィリエルが飛び出した理由を話してなかったのう」
「レリック……」
ひげを撫でながら話すレリックさんにフィリエルさんが不安の混じった表情を向ける。
「いずれは知っておかねばならん事じゃ。 村から出た今こそ教えておく必要がある」
「……でも」
レリックさんの説明にフィリエルさんは難色を示す。
フィリエルさんが教えたくない理由はわからないけど、僕を想っての事だと思うし、レリックさんが教えようとしているのも同じ事だと思う。
多分、僕が聞きたいと言えばフィリエルさんも反対はしないだろうけど……。
聞きたいと思う反面、知らない方が良いのかなって思う自分が居て、迷っていると、
「助けてくれ!」
歩いてきた方向から叫び声が聞こえ、声の元へ皆の視線が集中する。
声の主と思われる二人の男性がこちらに向かって必死に走ってくるのが見え、その後方から多数のケルスとその少し後方に大きな猪が猛追している。
「ちっ、縄張りに足を踏み入れちまったか」
アルゴさんが吐き捨てるように言い放ち、立ち上がって薙刀を構える。
「旅は道連れとはよく言ったものだな」
「巻き込まれてしまった以上は仕方ありませんね」
続くようにシェリーさんとガーラントさんも立ち上がり、それぞれ武器を構える。
「熊が居ないならなんとかなるじゃろう」
「リーラちゃんは下がってて」
フィリエルさんはレリックさんの言葉に頷いて、僕に向き直って言葉を掛けてくれる。
僕はそれに頷いて後退りを始める。
二人の男性が通り過ぎたところで、皆行動を始める。
先頭を切ったのはアルゴさんで、薙刀を一振りして向かってくる二匹のケルスを斬り捨てる。
振り抜いた後を見計らうようにアルゴさんへケルスが飛びかかり、それを横から割り込むようにガーラントさんが切り落とす。
「油断大敵ですよ」
「すまねぇ」
ガーラントさんが真剣な表情で振り返り、アルゴさんは苦笑いで応じる。
二人一組でリーチの長さを活かして補うようにケルスの数を確実に減らしていく。
「わしらでこちらを相手するかのう」
レリックさんの言葉にフィリエルさんとシェリーさんが頷き、シェリーさんが猪の注目を引く為に矢を放って走り出し、レリックさんもフィリエルさんから魔法を拳に掛けて貰って走り始める。
レリックさんは猪の突進を避けながら矢を放ち続けるシェリーさんに向かって弧を描くように近づいていく。
「父上!」
猪の突進を避けつつシェリーさんが叫び、それに応じるように猪への距離を狭めるレリックさん。
まるで計ったかのように猛進する猪のお腹にレリックさんの拳が沈み込み、少しの間時間が止まったみたいに両者は停止する。
そしてレリックさんから離れるように猪が倒れていき、ズン……と辺りに猪が地面に沈んだ音が響く。
その鮮やかな連携に魅入ってしまい、フィリエルさんにおでこをつつかれるまでぼんやりとしてしまった。
読了感謝です