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出発に向けて

食事の片付けも済み、テーブルの上には水差しと人数分の木の器が並ぶ。

「ガーラントよ、頼んでいたあれはどうなっておる?」

「とりあえず、私の部下五名を村の警備にあてるように手配を致しました。 後二、三日以内には到着すると思います」

唐突なレリックさんの質問に、ガーラントさんは用意した答えを読み上げるようにすらすら答える。

「留守の間、この家で生活をして貰うことになりますが……」

「かまわん。 何もせず埃をかぶるよりは良いじゃろう。 食器、家具も好きなように使うが良い、大切な物は工房に置いて閉ざしておく」

遠慮気味に続けるガーラントさんへ、レリックさんは気にしなくて良いと返す。


ガルさんが言ってたっけ……何年か前に魔物が押し寄せてきたときもレリックさん夫婦のおかげで、死者はでなかったって……。

僕の為に一緒に来てくれる事を嬉しく思っていたけど、その為に沢山の迷惑がかかっちゃうみたい。

ただ一緒に出発するだけと思っていただけに、村での役割の代替が必要なことを考えなかった自分を情けなく感じ、肩を落としてしまう。

「どうした、具合でも悪いのか?」

様子がおかしいと思われたのかな、シェリーさんが表情を曇らせて僕を見ている。

「う、ううん。 大丈夫だよ」

慌てて首を横に振って、笑顔を作る。

折角僕の為に皆動いてくれてるのに、心配させるようなことをしちゃいけないよね。


「リーラは母上と同じで嘘が下手だな。 心配してくれと顔に書いてあるぞ」

「あう……」

やれやれといった感じの苦笑いを向けられ、自分の行動が全く意味のない物になっていることに気づかされる。

「この場で話しにくいなら場所を変えてもいいが……」

そう言いながらシェリーさんは部屋を見渡して、

「その後にどうなるかを考えたらこの場で話したほうがいいかもな」

小さく溜息を吐いて、再び僕に視線を戻す。

僕とシェリーさんのやり取りによって集まった視線を考えれば、他の場所で話しても結局は聞かれる羽目になるよね……。

シェリーさんと同じように溜息を吐いて、観念して話すことにした。


「なるほどな、自分一人の為に色々影響がでている事を申し訳なく思ったわけか」

「うん……」

話を聞き終えたシェリーさんは納得したように、僕の考えをまとめてくれた。

「リーラが気にしたところでどうにもならんし、黙って一緒に行けばいい。 手間が増えるだけだ」

突き放すような言葉に僕は目を白黒させてしまう。

「シェリー!」

やり取りを見守っていたフィリエルさんが少し怒ったような口調で呼ぶと、

「最後まで言わせて欲しい。その後に駄目なところがあれば私を叱ってくれ」

手のひらを突き出すようにして静止を呼びかけるシェリーさんに、フィリエルさんも何かを感じたのか口を閉ざした。

「リーラが相手の事を考えて頑張ったり、落ち込んだりする気持ちはわかる。 しかしだな、相手の事を考えすぎるから、相手が見えてないところもあるんだ」

シェリーさんの言葉の意図がうまく掴めず、首を傾げてしまう。

「思いつかないか? 頑張りすぎて母上に叱られたことが何度かあっただろう? 例えば二日前に母上と入れ替わったときのことだ」

「あ……」

言われて気付く。 相手にとってこれが良いと思いこんで魔法を使い、怒られたんだった……結果的には良かったのかもしれないけど、シェリーさんの言うとおりだよね。

「そう落ち込むな、もう少し考えて行動すればすむことだろう?」

「うん……」

落ち込む僕の頭を、ぽんぽんと手のひらを乗せるように叩いて慰めてくれる。

「前置きはこれでいいだろう。 これからが本題だ」

「えっ?」

続けられるシェリーさんの言葉に再び驚かされ、まだ失敗したことであれこれ言われちゃうのかな……と身構えてしまう。

「身構え無くてもいい、本題は怒るわけでも咎めるわけでもないからな」

穏やかな口調で言われ、見上げると優しく微笑むシェリーさんが居た。


「これから私の質問に答えてくれればいい」

「うん」

どんな質問が来るのだろうと思ったけど、シェリーさんの口調と表情から、僕を困らせるような質問は来ないように思えた。


「私の腕を治してくれたのは?」

「僕です」

「瀕死の父上を救ってくれたのは?」

「僕」

「ガーラントの引き連れた討伐隊の死者がでなかったのは誰のおかげだ?」

「僕?」

シェリーさんの質問は、僕が魔法を使ったときの事ばかりで趣旨が掴めずに首を傾げてしまう。

「そういうことだ。 全部リーラのおかげで今があるんだ」

「で、でも……」

確かにやったのは全部僕だけど……当時の事を思い出して何かを言おうとしたところでシェリーさんは首を横に振り、

「言いたいことはあるかもしれないが、どれをとっても返しきれないぐらいの事をして貰ったことに代わりはないんだ」

穏やかな口調で僕に語りかける。

返しきれない程の事をしてもらったと言っても……僕だって、レブの森で眠っていた僕を運んで来てくれたし、僕の為に食事を豪勢にしてくれたり……前世を思い出して落ち込んでた僕を慰めて貰ったから……。

「僕だって、家族として扱って貰って……」

「わかってる。 お互い様だと言いたいんだろう?」

続けようとする言葉を遮られ、先に結論を言われてしまって頷くしかなかった。


「そう考えてくれる事は嬉しい。 しかし、リーラの為にやることを申し訳無く思って欲しくはないな。 私達は進んでやりたいと思っているのだからな、母上もそうだろう?」

「そうね」

シェリーさんの視線を追うようにフィリエルさんを見ればにこりと微笑み返してくれ、視線を戻せば柔らかな眼差しで僕を見ていた。

「最初に突き放すような言い方をして悪かった。私達は必要なことをわかったうえで準備をしているんだ。 それに困惑するのではなく出来ることを探して手伝って欲しい」

シェリーさんは僕の髪を梳くように一撫でして、微笑みかけてくれる。

考えてみれば言うとおりなのかな。

僕が何か言ったところでどうにもならないし、手間が増えるだけなのかもしれない……でも、フィリエルさんが手伝って貰うことになると言ってくれたように、出来ることはあるはず。

自分なりに思い出しながら考えてみれば、心の中は軽くなって自然に微笑み返していた。

気付けば皆の視線は僕に注がれてて、何故か妙に恥ずかしくなり、たまらずシェリーさんの後ろへ逃げるように隠れてしまう。

視線は届かなくなったもののやっぱり気になってしまい、様子を見ようと少しだけ顔を覗かせると、

「これは奥ゆかしいと言うのでしょうか」

「ちょっとした恥ずかしがり屋かもしれねぇな」

「シェリーにもそんな時期があったのう」

「そうね……ふふ、懐かしいわね」

再び視線が集中して隠れてしまった。

「リーラのおかげで昔の私が引き合いに出されてしまったな」

シェリーさんは困ったような苦笑いを浮かべ、僕を見下ろしていた。


そんなやりとりも一段落して、出発の準備を進めることになり、三組に分かれて進めることになる。

僕とフィリエルさんは必要な物を買いに、アルゴさんとガーラントさんは工房の清掃と片付け、レリックさんとシェリーさんは工房へ入れておく貴重品等の選定をする運びとなった。


フィリエルさんと並んで村へと向かう下り坂を歩きながら、

「この坂も……後何回下るのかな?」

ランド村へ出発する事を間近に感じ、ぽつりと呟く。

「リーラちゃんにとっては、一番長く住んでいた場所になるものね」

小さく笑いながら返すフィリエルさんの言葉に思わず頷いてしまう。

ランド村で過ごした時間の何倍も暮らしていたんだよね。

ここで暮らした日々を思い出していると、踏み出した場所が悪かったのか石を踏みしめた感触を感じた直後、前に足を突き出すように滑ってバランスを崩してしまう。

そのまま地面と仲良しになると思った矢先、腕を引っ張られてそのまま包み込むように抱き締められる。

「足下も見て歩かないと危ないわよ?」

「あう……ごめんなさい」

地面と仲良しになることは無かったけど、自分の不注意を指摘されて反射的に謝ってしまう。

だけどフィリエルさんの口調は楽しそうで、僕が足を滑らすのをわかっていたかのようだった。


「もしかして、僕が転びそうになるのがわかってた?」

「考え事しながら進んでたのは何となく気付いていたわ。 少しだけ気を配ってただけよ」

見上げるようにして質問する僕に微笑みながら答えてくれる。

「アルゴさんが来た時みたいに転んでも困るものね」

「う~……」

フィリエルさんにウインクしながら悪戯っぽく言われ、僕は小さく唸りながら顔を見られないように胸のあたりに埋めるしかなかった。

思い出さないように記憶に蓋をしていた物が頭の中で再生されて、穴があったら入りたいような気分になった。


落ち着いた所で抱擁を解いてもらい、村へと再び歩き始める。

頭の中に恥ずかしさが残っているせいか、早足から駆け足になってしまい、カリンさんのお店まで一息に走りきる。

慣れない距離を一気に走ったため、息を荒くしながら体重をかけるようにして扉を開ける。

お店の中が見えると同時に、並んでいる商品から出ている香りが混ざり合った独特のにおいを感じる。

「あら、リーラちゃんいらっしゃい……息があがってるみたいだけど何か急ぎの用事でもあるのかな?」

扉を開く音に気付いたカリンさんが僕の様子を見て不思議そうにしている。

「え、えっと」

「ふふ、ここにたどり着くまでにちょっとした事があったのよ」

理由が理由だけに言いよどむ僕の後ろから、遅れて到着したフィリエルさんがくすりと笑みを浮かべる。

「フィリエルさんも……」

カリンさんは何かを言い掛けて止め、じっとフィリエルさんを見つめる。

「私の顔に何かついてるかな?」

首を傾げながらのフィリエルさんの問いかけに、

「い、いえ。 今日はいつものフィリエルさんだなって……」

カリンさんはハッとしたように答えを返す。

昨日話したのは僕だもんね……体調を心配されちゃうぐらいだったから、やっぱり中身が僕だと違和感を感じるのかな?


「今日は? 昨日の私は何かおかしかった?」

フィリエルさんは僕をちらりと見て、カリンさんに尋ねる。

事情を知ってるはずだけど、何も知らないような振りをしている。

僕の魔法の事を話すわけにはいかないしね。

でも……それなら体調がよくなかったとか言えば良いと思うけど、どうして聞き返したのかな。

「そうですね……いつもはトマトを喜んで受け取るのに、昨日は珍しい物を見るような目で見てて、戸惑うように受け取られたからかな?」

頬に手を当てて、思い出すように答える。

「そうなのね……他に何か気になったことはある?」

フィリエルさんはなるほど、と言った感じに頷いて続きを促す。

「う~ん、少しだけ雰囲気が違った気がするかな……でもどうして?」

カリンさんは質問の意図が掴めないようで首を傾げている。

「いつもとどう違ったのか気になったのよ」

楽しそうに笑うフィリエルさんを見るカリンさんの頭の上に『?』マークが三つ程見えた気がする。

事情を知らないからこうなっちゃうのは仕方ないかも。

昨日の『フィリエルさん』が僕だったなんて夢にも思わないだろうしね。


「それで、今日お願いしたい物だけど……」

「……は、はい」

フィリエルさんに話を戻され、カリンさんは少し遅れて返事をする。

「大蒜、玉葱を一箱ずつと、ライ麦、小麦をいつもの二倍お願い」

「お客さんでも来られるんです?」

注文の多さにカリンさんは嬉しそうに笑みをこぼす。


「お客さんと言えばそうなるのかな」

今朝の事を思い出しながら呟くように答えると、

「私達の代わりに住む人達になるから、ちょっと違うかもしれないわね」

フィリエルさんは柔らかく微笑みながら僕の答えを訂正する。

ガーラントさんの部下の人だから、お客さんと言えなくもないのかと思ったけど、ちょっと違うみたい。

「……家を出られるんですか?」

カリンさんは目を丸くして質問を投げかける。

「ええ、レリックと一緒行く最後の旅になると思うわ」

「リーラちゃんはどうするんです?」

嬉しそうに答えを返すフィリエルさんに、カリンさんは食いつくように次の質問を出す。

「勿論一緒よ。 シェリーもね」

フィリエルさんの答えに安心したのか、カリンさんは小さく息をつく。

あの言い方だと二人っきりで旅に出るように聞こえちゃうもんね。

僕の事を案じてくれた事が嬉しいはずなのに、胸のあたりでチクリと痛みが走る。

「そうですか。じゃあ、寂しくなりますね……いつ戻られる予定ですか?」

「シェリーは一年以内に戻る予定だけど……私達はちょっとわからないわね」

小さく肩を落とすカリンさんの質問に、フィリエルさんは申し訳なさそうに答える。

……そっか、シェリーさんは約束があるから一年で戻るけど、僕とフィリエルさんは戻る予定も立ててないんだよね……。

「全く……シェリーさんも母親ならずっとリーラちゃんのそばに居てあげればいいのに」

カリンさんは怒っているというより呆れた感じの口調で苦笑いになり、

「母親の自覚はあるのかしらね」

続く言葉に再び胸に小さな痛みが走る。


「その母親としては耳が痛いわね」

困ったように笑うフィリエルさんに、

「むしろ、シェリーさんの手が掛かってないからこれだけ良い子に育ってるのかしらね」

カリンさんは疲れたようにやれやれとため息をつく。

いわれのない中傷を受けるシェリーさんに心の中で謝ろうと考えれば、またちくりと痛む。


これで三回目……気のせいにしては多すぎる気がして思い返す。

一回目……僕を連れていかないのかと案じてくれた時。

二回目……シェリーさんに親の自覚がないと呆れられた時。

三回目……僕が良い子なのはシェリーさんの手が掛かってないからと言われた時。

全部カリンさんからの言葉で僕とシェリーさんの親子関係を言ったものだと気付き、フィリエルさんが黙っていた事に耐えきれなくなって告白した話を思い出す。

……もしかしたら、今の僕はその気持ちなのかな?

真実を伏せたまま出発していいのかな……でも、告白したらフィリエルさんの好意が無駄になってしまう……。

どうしたら……良いのだろう。

「リーラちゃん……また一人で抱え込もうとしてるでしょ」

考え込んでいる内に、かけられた声にハッすると目の前に悲しげな表情をしているフィリエルさんが僕を見据えていた。

「そ、そんなこと……」

図星なので『ないよ』という言葉がだせず言いよどんでしまう。

「私にも言えない事なの?」

「え、えっと……」

悲しそうな表情のままのフィリエルさんに問われ、僕はカリンさんをちらりと見る。

「そうだ……リーラちゃんに新しく作った飴を味見して貰おうと思ってたのよ」

僕の視線を感じて察してくれたのか、カリンさんは思い出したように勢いよく両手を併せてパンと音を立てて奥へと歩いていった。

気を利かせてくれたカリンさんに感謝し、僕はさっき感じた胸の痛みの事を話し、カリンさんに自分が親族で無いことを打ち明けようと悩んでいることを話した。

「リーラちゃんにとって、その事が重みになっていたのね」

フィリエルさんは僕の目線のあわすように屈んで、僕の頭を優しく撫で始める。

「私達の事は大丈夫。 だから、カリンさんに正直に話せばいいわ」

心地よさに目を細める僕に、優しく微笑みかけてくれた。


奥へ物を取りに行ったカリンさんが戻ってきたところで、

「僕はシェリーさんの娘じゃないんです……今まで騙しててごめんなさい」

真実を告げ、深々と頭を下げた。

騙していた事を怒られちゃうかな……嘘を付いていたんだから仕方ないよね。

そんな事を考えながらおそるおそる顔を上げると、思案顔になっているカリンさんが見え、何かを思い出したようにポンと手を打つ。

「あはは……リーラちゃんとフィリエルさんを何度も見ているうちに、その事をすっかり忘れていたわ」

忘れていたことを誤魔化すように渇いた笑いを漏らし、

「……あれ? リーラちゃんには話してなかったの?」

何かに気付いたのか、小さく首を傾げてフィリエルさんに確認するように尋ねる。

「ええ、レリックと話して決めていたの。 リーラちゃんがこの事に重みを感じるようなら打ち明けさせようって」

質問を待っていたのかな、解答を用意しているかのようスラスラと答え、

「私達が教えるより、リーラちゃんの為になると思ったのよ……でも、カリンさんが忘れているとは思わなかったわ」

楽しそうにカリンさんへ微笑みかける。

「そう言われると面目ないです」

カリンさんは申し訳なさそうに苦笑いを返している。

「え?……どういうこと?」

僕はそのやり取りを聞きながら目を白黒させるしかなかった。


「実はね……」

そう言って、フィリエルさんは話し始めた。

僕を森から拾ってから村へ挨拶に行くまでに、家族として扱うので皆もそのように接して欲しい。 何かあったときの責任はわしがとるとレリックさんが頼んでまわったことを話してくれた。

「どうしてって顔をしてるわね。 リーラちゃんと初めて話したときにすごく心細くしてるのを感じたから、そうしたほうが村に馴染みやすいと思ったのよ」

フィリエルさんから続けられる説明が少しずつ僕の心に染みていく。

知らなかったのが僕だけ……でもそれは全部僕の為にしてくれた優しい嘘。

そうだよね……シェリーさんが言ってたように数年に一度は戻っているのに僕みたいな娘を隠しているなんておかしいもん。

「でもリーラちゃんを騙していたことには変わりない事だから、ごめんなさい」

フィリエルさんが頭を下げるのを見て、全部僕の為にやってくれたことなのだから、頭を下げる必要はないのに……心遣いに対する嬉しい気持ちが心の奥底からこみ上げてきて僕の瞳からあふれ出す。

「騙されていた事がそんなに辛かった?」

「わかっていて言ってるでしょ……」

案じる言葉をかけてくれるフィリエルさんは微笑んでいて、僕はそれに対して口を尖らす。

「ふふ、嬉しくても悲しくても泣いちゃう泣き虫さんだものね」

フィリエルさんはからかうような口調でいいながら、僕を強めに抱きしめ、

「前も言ったかもしれないけど、血のつながりは無くてもリーラちゃんは私達の家族だと思っているからね」

かけられた言葉をすごく嬉しく感じ、小さく頷きながらフィリエルさんの服を湿らせた。

「この光景を見ると、本当に親子にしか見えないわね……正直忘れてしまう程自然に見えるもの」

カリンさんの声に視線を向ければ、目を細めてこちらを見ていた。


「はい、さっき言っていた飴ね」

カリンさんに小さな紙包みを手渡される。

さっきのは気を利かせてくれて席を外してくれたものだと思ってたけど……。

「リーラちゃんの視線を受け取って席を外したけど、飴の味見をして貰いたかったのも事実よ?」

思っていた事が顔に出てたのかな……カリンさんは苦笑で説明し、

「一つ味見してもらえるかな?」

続けて言われるままにカサカサと音を立てて開けると、いつもと同じ蜂蜜飴が五個入っていて、一つ口に入れる。

口の中に広がる蜂蜜と……これはもしかして、

「トマト?」

思わず口から漏れた言葉にカリンさんが笑顔を返す。

「正解。 蜂蜜にトマトを漬け込んで、その蜂蜜から作ったの。こうしてリーラちゃんの笑顔をみる事が出来なくなるのは残念だわ」

そう言うカリンさんの微笑みはどこか寂しさを含んでいるように見えた。


「注文の品は夕方までには準備しておきますから、後で取りに来てくださいね」

「ええ、お願いね」

カリンさんの言葉にフィリエルさんが了承の返事を返し、買い出しの用事は終わりを告げる。

とりあえず、注文の品は在庫があるみたいなのでホッとする。

物が無くて出発が遅れることは無いみたい。

どれだけの行程になるのかよくわかってないだけに、その不安からちょっと出発が遅れてもいいかな……なんて少しだけ思ったりもしたけどね。

その度に、僕の為なんだからそんな事を思っちゃだめだと、誰も居ないことを確認してから首を横に振ったのは僕だけの秘密。


お店を後にして、少し前の事を思い出しながら少し進んだところで、

「リーラちゃんちょっと待ってて、カリンさんにもう一つ注文をするのを忘れてたわ」

フィリエルさんはハッと気付いたような表情で出すと、きびすを返し、店の中へと消えていった。

置いて行かれた僕は近くの柵に体を預けて、何を注文しにいったのか想像を働かせていた。


そのままぼんやりと考え込んでいるうちに、

「やぁ、リーラちゃん。 今日は珍しい場所で日向ぼっこだね」

近くを通りかかったガルさんに声をかけられる。

「ううん、フィリエルさんが出てくるのを待ってるの」

小さく首を横に振って、お店を指さす。

「うん? どうしてリーラちゃんだけが外にいるんだ?」

ガルさんは不思議そうに聞き返すので、

「お店の外に出るまでは一緒だったんだけど、一つだけ注文をするのを忘れてたみたい」

さっきフィリエルさんに言われた言葉を思い出しながら答える。

「なるほどな、何を注文しているのか気になるとこだね……と約束があったのを忘れるとこだった、またな」

僕の説明に納得したように頷いたところで、用事を思い出したのか走り去っていった。

走ってくガルさんの後ろ姿を見つめながら、近いうちに出発する事を伝え忘れたことに気付いたけど、

「出発までに話せればいいかな」

独り呟いて、焦る必要もないかもと思い直した。


それからすぐにフィリエルさんがお店から出てきたので、何を頼んだのか尋ねてみたけど、人差し指を口の前において「内緒」って笑顔で言われ、

教えてもらえなかった。

旅に必要な物を注文したのだろうから、すぐわかるよね。

そう考えたら特に追求する気も起きなかった。


そして村長さんに出発の事を伝えるべく、家へ近づくといつものように日向ぼっこを楽しむ村長さんの姿が見えた。

「村長さんこんにちは」

「おお、こんにちは。 今日は二人で来たのか」

村長さんは僕の声に反応するように、顔をゆっくりこちらへ向けて挨拶を返す。

「ええ、今日は伝える事があるの」

「ふむ、わざわざ二人で来たという事は……リーラの事じゃな」

フィリエルさんの言葉から、村長さんは訪ねて来た理由を推察する。

「その通りよ。 後数日でランド村へ出発するわ」

「そうか……近い年の者が減るのはちと寂しいのう」

頷いて、次へと話を進めるフィリエルさんに村長さんは小さな溜息を漏らし、少し寂しそうに見えた。

確かに村には村長さんぐらいの年の人、は片手で数えるぐらいしか居ないもんね。

昔話をする相手が居なくなるのは寂しいものなのかな。

併せて二十年も生きていない僕にはまだわからない事かも。

「と言っても、引き留めるわけにはいかん。 出発する事を決めているのならば、村を守る者の手配も終えているのじゃろう?」

「ええ、ガーラントさんの部下五名が駐留する予定よ」

村長さんの質問にフィリエルさんがすぐに答える。

「それなら問題無さそうじゃな……戻ってくる予定はあるのか?」

「いつになるかわからないけど戻って来ると思うわ」

続く質問への曖昧な解答に、

「出来れば、土産話を持って親の所へ逝きたいのう」

呟くような村長さんの言葉に、フィリエルさんは苦笑いを浮かべるだけだった。

約束できないから言葉に出さないのかな。

ここを出発したら、戻ってきても村長さんには会えないかも……そう思うと心の中はしんみりとしてしまった。


結局その後、家へ戻って何か出来ないかなと探してみたけど、忙しなく動く皆の邪魔になりそうだったので、家の外で日向ぼっこして過ごすしかなかった。

夕食も終わり、出来ることがなくてしょんぼりする僕を、フィルエルさんは朝の約束通りに髪を梳いてくれたので、そのまま心地よい眠りへと落ちていった。

読了感謝です

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