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想う心

「冷めてしまったわね」

苦笑いでパンを掴みながら言うフィリエルさんの言葉に、

「すまない」「ごめんなさい」

僕とシェリーさんは一緒に謝罪を口にする。

シェリーさんとの話が着くまで時間をかけてしまった為、夕食が冷え切ってしまった。

「用意してもらったのですから頂きましょう」

ガーラントさんがパンを一つ持って口に運ぼうとしたところで、

「ちょっと待って」

食べるのを待つように呼びかける。

僕は籠の中から一つパンを掴んで『ライター』魔法を唱え、小さな火を出してパンをあぶり始める。

ゆっくりと回してあぶっていくと、狐色に変わった部分が広がっていき、持った手が少し熱く感じたところでガーラントさんへ手渡す。

「少し贅沢な食べ方な気がしますが、リーラ嬢の好意に甘えましょう」

笑顔で受け取るガーラントさんに「贅沢?」と首を傾げてしまう。

「ええ、魔法が使える方でもパンをあぶる為に魔力を消費する人はほとんど居ません」

「便利ではあるがその分消耗するからな……極端な例になるが、それをする為に雇われている者がいるぐらいだ」

二人の説明をパンを温めながら聞き入る。

魔法が使える人が少ない上に火の属性を扱える人となるともっと少なくなるから希少になるのかな?

「温かいのもご馳走のうちだからな」

温めたパンを嬉しそうに受け取るシェリーさん。

そうして遅くなった食事が始まって、

「父上達……遅いな」

三個目のパンを片手にシェリーさんがぼんやり呟く。

言われてみれば、外が暗くなってから結構な時間が経ってるかも。

「そうね……ちょっと様子を見てくるわね」

呟きに同意して、フィリエルさんはドアを開き出て行く。

自分から声には出さなかったけど気になってはいたのかな。

「父上とアルゴは何を作っているのだ?」

シェリーさんは閉まったドアを見ながら僕に問いかけるので、

「えっと、僕の魔法を使いやすくする物かな?」

少し考え込んで、自分なりにわかっていることを伝えた。

うまく言えなくて大まかな説明になっちゃった。

「なるほど……リーラ嬢に必要な物には違いないですね」

ガーラントさんは納得したように頷いて、

「あの時、倒れたリーラ嬢の姿は忘れられません」

その時のことを思い出したのか、軽く目を瞑る。

「魔力切れを起こす程の魔法を使ったのか?」

驚き気味のシェリーさんの問いかけに僕が頷くと、

「ええ、真っ青な顔をしていて、レブの森の魔物を討伐した帰りに挨拶した時も眠ったままでした」

ガーラントさんが当時の説明をしてくれる。

僕が目覚めた時には帰った後だったもんね。

確かあの時は……目が覚めた直後のレリックさんの一言にまた気を失っちゃったっけ……。

思わず苦笑してしまう。

「リーラの魔力だと、どんな魔法か予想もつかないが……どんな無理をしたんだ?」

シェリーさんは額に手の平を当てて、何とも言えないといった表情で僕に問いかける。

そういえば、僕がどんな魔法を使ったかは話してなかったね。

「えっと、討伐隊の全員に魔法を一回でかけたかな」

思い出しながら内容を伝えると、シェリーさんは驚愕の表情を浮かべ、

「……私からは想像もつかない魔力を秘めているんだな。 私がそんなことをすれば生きてはいないだろう」

ため息混じりに感想をもらした。

驚くばかりのシェリーさんがちょっと気の毒に見える。

僕の使える魔法がすごいみたいだから仕方ないのかな。

言葉に出して謝ると気を使わせるかも……だから心の中でごめんなさいと謝った。


それから少し経った後、フィリエルさんが戻ってきて、工房の様子を教えてくれた。

今夜は徹夜で作業するらしくて、食事を届けてそのまま仕上げの手伝いをするみたい。

「明日には完成するの?」

食事の準備を手伝いながら状況を聞いてみると、

「二人が言うには今夜で終わらせるみたいよ」

準備して置いたパンの生地をオーブンへ入れながら答えてくれる。

「後は待つだけだからリーラちゃんは……」

フィリエルさんは僕の名前の後に何かを言い掛けて思案顔になる。

続きが気になるので視線を向けたままでいると、

「寝室に行きましょう」

そう言って僕に微笑み返す。

いつもなら寝てるぐらいの時間だっけ……。

夕食の後に色々あったので夜遅くなっているかも。

うっすらと眠気も感じていたしね。

フィリエルさんと一緒に寝室へ行くと、前回訪れていたときに使っていたベッドにシェリーさんとガーラントさんが一緒に腰掛けていた。

「準備は終わったのか?」

「ええ、後は焼きあがるのを待つだけよ」

質問にフィリエルさんは微笑んで答え、

「それでシェリーにお願いがあるんだけど」

僕の頭に手のひらを乗せる。

お願いすることが僕に関係あることなのかな?

乗せられた感触と共にフィリエルさんへと視線を向ける。

「私に出来ることならかまわないが……」

頼まれる内容が思いつかないのか、首を傾げながら返答する。

「大丈夫。 リーラちゃんと一緒に寝てあげて欲しいだけだから」

「ああ、それぐらいなら構わないが……一人で寝られないのか?」

頼み事が問題無く出来る事に安堵したみたい。

すぐに了承の返事を返し、僕へと視線を移動する。

「一人でも大丈夫だよ?」

気遣いを嬉しく思いつつも苦笑いで返す。

いつもフィリエルさんと一緒に寝てるけど……元々一人でも寝られるはず。

少なくとも夜泣きするような年じゃないもんね。

「そうね。リーラちゃんの気持ちは分かるけど、今日は一緒に寝てほしいの。 明日になったら理由はわかるわ」

「母上がそう言うなら、一緒に寝ないわけにはいかないな」

重ねてお願いするフィリエルさんに首をひねりながらも了承していた。

明日になったらわかるってどういう意味なんだろう?

シェリーさんと同じように僕も首をひねってしまった。


焼きたてのパンの詰まった籠を抱えたフィリエルさんを送り出した後、二つのベッドを並べて、ガーラントさん、僕、シェリーさんの順に川の字に横になる。

シェリーさんはガーラントさんと一緒に寝ようと思ってたらしくて、フィリエルさんのお願いで僕が割り込む格好になってしまった。


「こうしていると親子みたいですね」

「仮初めだが一応村の中では親子だぞ?」

ガーラントさんがぽつりと漏らした一言に、シェリーさんは何処か嬉しそうに答える。

「そうでしたね……いずれはこうして枕を並べる日が来ることを願います」

「来るさ、少々遠い先になるかもしれないがな」

二人の話を聞きながら、僕が寝ていた方が話も弾むかなと、そっと目を閉じる。

しばらく二人の話に耳を傾けていると、

「おや、反応がないと思ったら……」

「眠ってしまったようだな」

僕が目を閉じていることに気付いた二人の声が聞こえる。

「こうして見ると普通の子供でしかないのにな」

「ええ……幼少の頃のシェリー殿を思い出します」

そう聞こえると同時に、頭を撫でられる感触が伝わってきて、その心地よさに意識を手放してしまった。


前世の幼い頃の夢を見ていた。

学校へ向かう小学生の列に、三輪車に乗りながら必死について行く僕。

特に咎められることもなかったので、小学校までついていってしまった。

そのまま校内までついて行くと、先生らしき人に名前を聞かれて、それに答えると保健室に連れて行かれた。

誰も知っている人が居ない部屋での一時に、不安と寂しさで一杯になる。

迎えに来てくれた祖母を見て、思わず飛びついて「おばあちゃん、おばあちゃん」と大泣きしてしまった。

夢だとわかっているのに、祖母に触れた温かさと頭を撫でられる心地よさが妙に生々しくて不思議に感じながら目を覚ます。

ぼんやりとした視界の中に白い物が見えて、肌が密着している感覚と、頭を優しく撫でられている心地よさがある。

あれ……飛びついたのも撫でられていたのも夢の中の事なのに……。

夢と現実の区別がうまく付かないまま見上げてみると、目を細めて僕を見つめているシェリーさんが居た。

「目は覚めたか?」

少しずつ覚醒していく中でかけられた声に頷く。

昨寝る前の出来事を思い出していく……二人の話の邪魔にならないように目を瞑っていたらそのまま寝ちゃったんだっけ。

祖母の夢を見たのは、栗の事で思い出しちゃったからなのかな。

「拘束を解いてくれるか? 気分的には悪くないんだがな」

その言葉で僕がシェリーさんを抱き枕にしていたことに気付き、慌てて離す。

「私を抱き枕にしていたことは別の良いんだが……」

そこで区切り、大きくため息を吐いて、

「私に向かって『おばあちゃん、おばあちゃん』はないぞ」

文句を言うように言い終えると、苦虫を噛み潰したような表情になる。

「あ、あうう……ごめんなさい」

すごく申し訳なくなり慌てて謝る。

夢の中で言った言葉をそのまま口に出しているとは思わなかったよ……。

「寝言でも流石に傷ついたからな、お仕置きだ」

「うにゃ!」

シェリーさんが言い切ると同時にデコピンを貰って、じんわりとしみてくる痛みで涙目になり、思わず両手で押さえてしまった。


「しかし……母上の予想したとおり一緒に寝て良かったみたいだな」

シェリーさんは昨日の夜の事を振り返って僕に微笑みかける。

『おばあちゃん』と呼んだことに対してはさっきのデコピンで帳消しにしてくれたのかな?

「うん……僕が夢を見るのも予想してたのかも」

おでこを押さえたまま苦笑いを返す。

「そうだろうな……しかし、リーラにくっつかれて目を覚ますことになるとは思わなかったがな」

「あう……ごめんなさい」

小さくため息を吐くシェリーさんに謝ると首を横に振って、

「驚きはしたが、思い詰めたような顔をしていたからな。 抱きしめて頭を撫でてやると、私にしがみついて安心したように表情を緩めてくれたが……」

その時の僕の様子を教えてくれるけど、最後を言いにくそうに詰まる。

そこで、『おばあちゃん』と言っちゃったのかな。

「将来、同じように自分の子供を撫でたりするのかと思うと、すごく穏やかな気分になれた」

シェリーさんは穏やか表情で続きを話してくれる。

続きを少しだけはしょっている気がするけど、言わない方がいいよね……デコピンはもう沢山だから。


「そういえばガーラントさんはどうしたの?」

一緒に寝ていたはずだけど、あたりを見回した限りでは姿が見えない。

「ああ、朝食を作っているはずだ」

僕の質問に、視線を天井に向けて思い出すようにして答えると、

「私が作ると言ったんだが、しがみつくリーラを見て『私が作ります、リーラ嬢と一緒に居てあげて下さい』と言われたよ」

肩をすくめてその時のやりとりも教えてくれた。

気を使わせちゃったかな……ガーラントさんに後でお礼を言っておこう。


そろそろ出来ている頃だろうからと、シェリーさんとテーブルへと移動を始める。

その途中から漂う香りに「きゅるる」お腹が反応してしまい、思わず両手で覆ってしまう。

「可愛らしい音だな」

しっかり音が聞こえたらしく、小さく吹き出していた。


「おはようございます、よく眠れましたか?」

声のした方へ目を向けると、ガーラントさんが黒いパンの積まれた大皿を両手で抱えていた。

「うん!」

笑顔で頷いて返す。

ガーラントさんがシェリーさんにお願いしてくれたおかげで、寂しい夢が、懐かしくて温かい夢に繋がったと思うからね。

「それは良かったです。 フィリエル殿に比べると厳しいかもしれませんが、パンを焼いてきました」

僕に微笑み返しながらテーブルに大皿を置くと、パンを僕に手渡す。

「ありがとう」

お礼を言いながら受け取ってかぶりつく。

水分が少ないせいなのかな? ふんわりじゃなくてカリカリになってて、噛みしめるのに少し力がいるみたい。

「少々熱が入りすぎているな」

シェリーさんが苦笑いで僕と同じようにパンを噛みしめている。

「すみません、オーブンから取り出すのが少し遅かったようです」

申し訳なさそうにするガーラントさんに、

「僕、この固さは結構好きだよ」

次のパンに手を伸ばしながら伝える。

少し固めのフランスパンをガジガジとしながら食べるのが好きだったしね。

「そう言って頂けると嬉しいです」

ガーラントさんもパンを口へと運び始め、いつもより噛む時間の長い朝食を楽しんだ。


食事も終わり、お腹の満足感に浸りながら、木の器に入れられた水をひとすすり。

「フィリエルさん達、戻ってこなかったね」

「そうだな……母上の話からすると、今朝には戻ってもいいはずなんだがな」

シェリーさんは僕の一言に同意して相槌をうつ。

「もしかするとまだ作業中なのかもしれません。一息つけるように、差し入れを持って行きますか」

ガーラントさんの差し入れをする提案に、

「現状を聞くのに休憩を勧めるのは悪くないな」

「フィリエルさんが戻ってきて作る必要もないしね」

僕とシェリーさんは自分の考えを伝えて同意する。

シェリーさんの言うとおり、様子も見たいし、休憩も必要だもんね。


そうと決まればと、食事を作るために三人で作業を始める。

小麦粉と塩とか混ぜる物の分量は、僕がいつもお手伝いでやっている通りに計って入れると、ガーラントさんが練り始め、それに習うようにシェリーさんも練り始める。

シェリーさんは不安そうに逐一「これでいいのか」と尋ね、ガーラントさんはそれに嬉しそうに答えていた。

慣れない手つきで懸命に作業するシェリーさんを見て

フィリエルさんに習うことがあるってこのことだったのね。


僕も一人で出来るようにならなくちゃと思いながら、二人の様子を見つめていた。


パンも焼き上がり大皿に盛られると、ガーラントさんはそこから一つ僕に手渡す。

「一つだけ味見をお願いします」

言われるままにかぶりつくと、ふんわりとした食感に噛みしめる程に感じるほのかな甘みが僕を楽しませる。

「これなら十分だな」

「ええ、リーラ嬢にお願いして正解でした」

楽しそうに笑う二人のやりとりに、まだ何も言ってないはずなのにと首を傾げてしまう。

同じようなやりとりがちょっと前にあったような気がして、それを思いだそうと少し考え込むと、すぐに思い当たる。

カリンさんに蜂蜜飴の味見をお願いされたときと同じで、僕が食べているときの表情を見て判断したみたい。

それが良いのか悪いのか判断が付かなくて、準備を進めている二人を苦笑いで眺めるしかなかった。


大皿に盛られたパンに、蜂蜜の入った瓶、葡萄酒と水の入った水差しが二つと、それを入れるための木の器が三つ。

大皿をガーラントさん、水差しをシェリーさん、蜂蜜と器を僕が持って工房へと向かう……といってもすぐそこだけど。

工房の入り口に着いたところで、

「物音がしないな……」

「休憩しているのかもしれませんね」

シェリーさんが不思議そうに口にすると、ガーラントさんがそれに相槌を打つように答える。

作業しているなら外まで物音が聞こえそうな物だけど……、仕上げ作業なら外まで聞こえないのかも?


「考えても仕方ないしな、入るか」

シェリーさんは水差しを置いて扉を開いて中を覗くと、振り返って唇に人差し指をつける。

なんだろう? と思いながらガーラントさんに続いて出来るだけ足音を殺して中に入る。

ここに入るのは初めて魔力を込めて以来だっけ……その時の事を思い出しながら中を見回す。

小さな呼吸の音が聞こえ、目を向けてみると、レリックさんに肩を抱かれて体を預けるように寄り添っているフィリエルさん。

二人の体を毛布が覆っていて、心地よさそうに寝息を立てている。

少し視線をずらすと床にアルゴさんが寝転がっていて、お腹の上だけに毛布を乗せて……どこか寂しそうに眠っていた。


「温かいのを食べて貰いたいところだが……」

「起こしてしまうのは少々躊躇いますね」

お互いに顔を見合わせて困ったように笑う。

僕を交えて少し相談した結果、起こさないように差し入れをだけを置いて戻る事になった。


目に付くと思われる場所に静かにまとめておいて、工房を後にしようとしたところで、寂しそうな表情のアルゴさんが気になってしまう。

こっそりと僕だけ回れ右をして工房の中へ戻っていって、足音を殺してアルゴさんに近付く。

そして、優しくゆっくりと毛のない頭を撫で始める。

シェリーさんが僕にしてくれたようにすれば、夢見だけでもよくなるかも……。

すべすべとしたさわり心地を感じながら、ちらりと二人の表情とアルゴさんを比べ、小さくため息を吐く。

流石に三人一緒に寝るわけにはいかないもんね……同情に似た気持ちも混じりながら優しく撫でていると、不意にアルゴさんの表情がきつくなる。

「俺の頭が眩しいと言いながら撫でるんじゃねぇちび共!」

そしてガバっと起き上がりながら、今まで見たことのない怒りの表情で叱りつけるように叫ぶ。

それを真正面から浴びてしまい、驚きのあまり後ろに尻餅をついてしまう。

不意打ちで当てられた怒気に少しの時間呆然としてしまい、感情が追いついてきたのか体が小刻みにふるえはじめて、

「う……ぐす……」

視界を邪魔するように涙が瞳を満たし、溢れ出していく。

「へ……? リーラちゃん?」

さっきの怒号が嘘のように、動揺したアルゴさんの声が聞こえ、目の前で途方に暮れていた。


その後、僕がついてきてないことに事に気づいて戻ってきたシェリーさんと、怒号により起きてしまったフィリエルさんによってアルゴさんは問いつめられ、誤解を解くのに時間がかかってしまった。

読了感謝です

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