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待ち人

※リーラ視点に戻ります

レリックさんとアルゴさんが工房にこもり始めて五日間が過ぎた。

こもり始めた次の朝から「これに魔力を込めれるかの?」と、砂粒より一回り大きい色取り取りの宝石みたいな物を持ってきては、僕が魔力を込めたのを受け取っては戻っていく。

小さな物だから割と余裕で出来てたけど……三日目に何度か込めるうちに、僕は目眩を覚えてへたり込んでしまう。

それを見たフィリエルさんが強い調子でレリックさんにお説教を始める。

叱られる姿が凄く印象的で、僕がへたり込んだせいもあって反論することなく俯いていた。

お説教を終えたレリックさんは「すまんかった」と頭を下げて工房へ戻っていった。


少し間を置いてアルゴさんが戻ってきて、

「俺が頼んだ……すまねぇ」

申し訳なさそうに頭を下げた。

「僕の為にやってるんだからあまり気にしないで」

アルゴさんを見上げながら苦笑いを返すと、

「いつもの二人なら大丈夫だけど、今はきつく言わなきゃだめ」

それを聞いたフィリエルさんから駄目だしを貰ってしまった。

「どうして?」

二人とも次からは無理を言わないだろうと思っていた僕は理由を尋ねる。

「職人さんは火がつくと周りがちょっと見えなくなってしまうの。 レリック一人なら自制出来ると思うけど、今はアルゴさんもいるから押さえがききにくいのよ」

フィリエルさんの言葉を聞いたアルゴさんは再度「すまねぇ」と言い残し、肩を落として戻っていった。

反省すること仕切りみたいな後姿はちょっと可哀想に見えたけど……僕に無理をさせたから仕方ないのかな。

アルゴさんが出て行くのを見届けた後、フィリエルさんは小さく吊り上げた眉を下ろし、僕を抱えて寝室へ連れて行く。

「後で無理をさせないよう強く言っておくわね」

溜息をついた後にベッドの上に僕を横にして優しく抱きしめる。

「少し眠ったらすっきりするわ」とそのまま添い寝してくれた。

その日の夕食は僕の分だけ特別な物になっていて、レリックさんとアルゴさんに再度謝られて目を丸くしちゃった。

どんな事を言ったのか、後で聞いても苦笑いするだけで教えてもらえなかった。

いつかまた聞いてみようかな、教えてくれるかもしれないしね。


そんな事を思い出しながら、

「二人とも無理しすぎてないかな?」

お昼を届けて戻ってきたフィリエルさんに尋ねながらパンをかじりつく。

二人は暗くなるまで戻ってこないので、お昼はフィリエルさんが工房へ届けるようになった。

お手伝いするつもりで僕が持って行こうかと聞いてみたら、

「リーラちゃんが行くと魔力を込めてとか言い出しそうだから駄目」

と苦笑いで断られてしまった。

頼まれて断り切れ無い自分の姿が容易に想像できるのがちょっとだけ悲しい。

「二人とも好きでやっているようなものだから大丈夫」

にっこりと微笑むフィリエルさんの言葉に、もぎゅもぎゅとしながらそうなのかなと納得する。

朝も夜も二人は恋人同士ではないかと思うほど、あれでもないこれでもないと議論しているもんね。

「もうシェリーさんが旅立って十二日目だね、どうしてるのかな」

「そうね、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」

僕のぽつりと漏らした一言に、フィリエルさんは笑顔で相槌をうつ。

シェリーさんが決めた期限まで後二日、フィリエルさんは片道三日半から四日かかると言ってたから、何かもめ事でもあったのかなと心配してしまう。

チョコレートの事を引きずってなければいいんだけどなぁ……。

それを思い出すと小さく溜息をつく。

「そんなに溜息つくと幸せが逃げるわよ」

からかうような口調で僕の頬を指先で突いてくる。

その行動には『気にしなくても大丈夫』という言葉が込められている気がして、「そうだね」と苦笑いを返した。


昼食も終わり、片づけを手伝っていると、トントンとドアを叩く音が聞こえる。

もしかして帰ってきたのかなと、フィリエルさんによって開かれる扉へ視線を向ける。

開かれた扉の向こうには微笑みを浮かべたカリンさんが立っていた。


「カリンさんいらっしゃい」

「こんにちは、珍しい物が手に入ったから持ってきたんだけど……」

カリンさんは小さな布袋を掲げるようにして僕へ視線を向ける。

「私を見てがっかりしたような表情見せるのはひどいわよ?」

「あう……」

カリンさんは傷ついたような苦笑いを僕に向けて非難の言葉を投げかける。

シェリーさんが戻ってきたと思って期待しちゃってたのかな……意識はしてなかったけど、表情が曇ってたのかも。

「ごめんなさい」

カリンさんの気持ちを考えると、しゅんとして謝るしかなかった。

そうだよね……訪ねてくるなりがっかりしたような顔をされたら嫌だよね。

「それで、私を誰と間違えたのかな?」

苦笑いのまま僕に優しく問いかけるカリンさん。

多分答えわかっているのかも……僕がここで待ちわびる人は一人しかいないもんね。

「……シェリーさん」

少し戸惑い気味に回答すると、

「こんな良い子を置いてどこ行ってるのかしらね」

溜息を吐きながら僕へと微笑みかける。

「それを言われるとちょっと厳しいわね」

「まぁフィリエルさんが居るからこそ預けられるとは思うけど」

苦笑いを浮かべるフィリエルさんにカリンさんは駆け足気味にフォローを入れる。

「フィリエルさんとレリックさんが居るから大丈夫」

「それじゃどうして私の顔を見てがっかりしたのかな~?」

僕の言葉にカリンさんの鋭いつっこみが入り、「あう」といって俯いてしまう。

「シェリーが近いうちに戻ってくるのを心待ちにしてたのよ」

フィリエルさんが僕の代わりにがっかりした(自覚はないけど)理由を説明してくれる。

「それなら仕方ないわね」

カリンさんは小さく息を吐き、納得したように表情をゆるめると、

「リーラちゃんにこれをあげるわ」

そう言って、僕に小さな布袋を手渡す。

小さな重みと共に受け取った布袋に何が入っているのかなと興味が湧いて、思わずしげしげと見つめてしまう。

「リーラちゃんにあげたのだから遠慮せずに中を見てもいいのよ?」

僕の行動が可笑しかったのかな、カリンさんは楽しそうに僕へと微笑みかける。

勧めに従って袋の中を覗いてみると、紙包みが入っていて、取り出して広げると、薄いレモン色をした丸い塊が五つ姿を現す。

それは薄く何かを塗られていて鈍く反射している。

「果物から作ったお菓子よ、一つ食べてみて」

お菓子という言葉に反応してしまい、カリンさんに勧められるがまま、一つ口に入れる。

口の中で舐めてみると蜂蜜の味がして、舌で押してみると簡単に潰れて形を変わったのがわかる。

その中心からする味はすごく美味しいんだけど……どこかで味わったことのあるもので、思いだそうとしても色と形が一致する物がなくて首を傾げてしまう。

「美味しくなかった?」

僕の行動を不思議に思ったのか、カリンさんの表情に少し不安が混じる。

思いだそうと考え込んでたのが表情にでてたのかな?

「ううん、すごく美味しいよ」

首を振って、言葉と行動で否定する。

「それならいつもの笑顔を見せて欲しいな」

カリンさんの微笑みながらの一言に、もう一つ口の中へ放り込んで、小さく甘噛みして味わってみる、蜂蜜の甘さと、ほんのりと感じられる果物(?)の甘さが合わさって僕を幸せにさせる。

「やっぱり、リーラちゃんはこうでなきゃね」

僕を満足そうに見つめるカリンさん。

さっきは少し考え込んでしまったせいかしっかりと味わってなかったかも?

「それはね、栗を煮込んだ物を摺り潰して丸めた物に、蜂蜜を塗ったものよ」

次に僕が何を尋ねるのかを解っていたかのように、果実の正体と作り方を説明してくれる。

何処かで味わった気がすると思ったら栗だったのね。

正体を知った途端に不意に記憶が蘇る。

食卓の中央に僕の大好きな揚げ物の盛られた大皿と、席に着いている皆の前に置いてある茶碗に盛られた栗の入ったお赤飯。

祖母が僕の誕生日の度に作ってくれる大好物で、少しだけ胡麻と塩をふるといくらでも食べられそうなぐらいだったっけ。

誕生日の前の日になると、祖母は「明日、赤飯炊くからね」といつも言ってくれた……。

いつも僕の事をちゃん付けで呼び、可愛がってくれた祖母。

僕の事で気落ちしてないかな……。

「リーラちゃん?」

フィリエルさんの僕を呼ぶ声にハッと考え事を打ち切って見上げると、困惑した表情をしているカリンさんと何かを察したように心配そうに僕を見ているフィリエルさんが目に入る。

「何でもないよ、大丈夫」

考えていることを追い出すように強めに首を横に振って、笑顔を作って返す。

心配をかけちゃ駄目だよね……前世の事を引きずったままじゃ良くないしね。

笑顔を返したはずなのに、フィリエルさんの表情に少し悲しみが表れ、カリンさんは表情に心配の色が混ざる。

安心させるつもりが逆効果になっている事に戸惑い、気が付くと、

「痩せ我慢しなくていいの、無理して忘れようとしなくていいのよ」

フィリエルさんに優しく抱きしめられていた。

僕の心の中を覗いていたかのような言葉に驚き、目を見開いてしまう。

「自覚ないのね……顔は笑ってるけど、耳がしおれた葉っぱみたいになっているのよ」

小さく溜息を吐きながら説明するカリンさんに「あっ」声を上げてしまう。

表情で感情を隠しても、自分の耳にそれが表れていた事に今更ながらに気が付く。

「私が言ったことを実行しようとしたことはわかるの……でもね、無理してる笑顔と、気落ちしてる事がわかる耳を見たら……」

「心配しちゃうよね……ごめんなさい」

困ったような苦笑いを向けるフィリエルさんの言葉に、続けるようにして謝る。

自分の行動が裏目にでてしまった事もあって、しゅんとしちゃうけど、抱きしめ続けてくれるフィリエルさんの優しさと触れ合う場所から流れ込む温かさが僕の沈み込む感情を退けていく。

「また思い出したんでしょ? しまい込むよりも話した方が楽になると思うから……教えてもらえるかな?」

僕に優しく微笑みかけ、それに答えるように僕は頷くと、思い出したことを話し始める。

祖母が作ってくれたお赤飯のこと。

前日に言われてそれを楽しみにしていたことを話すと、

「そっか、リーラちゃんはお婆様の事が好きだったのね」

「うん……」

フィリエルさんの言葉にゆっくりと頷いた。


「リーラちゃんのお婆様ってフィリエルさんでしょ?」

不思議そうに尋ねるカリンさんにフィリエルさんは首を横に振る。

「リーラちゃんの言うお婆様は手の届かない所にいるの」

フィリエルさんが困ったような表情で返答する。

「そうなんだ……ごめんね」

カリンさんは苦い表情を浮かべて僕に謝る。

思いついた疑問を聞いたことに後悔してるのかも。

フィリエルさんの説明だと僕の言う祖母がもう亡くなっているように聞こえちゃうけど……訂正しちゃうとややこしくなりそう。

「ううん、もう大丈夫だから」

首を横に振って笑顔で返す。

フィリエルさんに抱きしめて貰ったおかげで、いつもの調子にもどれたからね。

「僕の方こそごめんなさい、カリンさんは僕の為に持ってきてくれたのに……」

申し訳ない気持ちになって、小さく頭を下げて謝る。

喜ばせようと思って持ってきてくれたのに、急にしょんぼりされたら嫌だよね。

「リーラちゃんはすごく美味しそうに食べてくれたから大丈夫よ」

にっこりと微笑んで僕の頭を撫でてくれた。


カリンさんは来たついでにと、いる物は無いかとご用聞きをして帰って行った。

フィリエルさんは何か頼んでいたみたいだけど、聞いたことのない名前ばかりだったので内容はわからなかった。


気が付けば夕日が家の中に入り込んでいて、一日の終わりを告げようとしていた。

明後日までに戻ってこれるのかな……。

食事の準備を始めたフィリエルさんの手伝いをしながらぼんやりと考える。

「大丈夫よ、シェリーは約束を守ってくれるわ」

フィリエルさんはオーブンにパンの生地を入れながら僕へと微笑みかける。

「うん、大丈夫だよね」

心の中を覗いたような言葉をかけられ、僕は苦笑して頷くしかなかった。

考えていることがわかりやすいのかなぁ……。


テーブルに食事を並べて二人だけの夕食。

レリックさんとアルゴさんは気が済めば戻ってくるからと、温かいうちに食べ始める。

「リーラちゃん」

「ふぁい?」

パンをもぎゅもぎゅとしているところに声をかけられ、なんだろうと思いながら返事を返す。

「言っていた『お赤飯』の材料を教えてもらえるかな? リーラちゃんの大好物なんでしょ? 手にはいるのなら作ってみたいのよ」

フィリエルさんの思ってもみない申し出に戸惑いながら、前世の記憶を引っ張り出す。

確か、もち米と小豆だけど……どうやって説明しよう……。

「僕の知っている呼び名はもち米と小豆だけど……」

小麦や林檎等、同じ呼び名で通っている為、もしかしたらと名前をそのままで伝えてみる。

「モチゴメにアズキ……」

フィリエルさんは僕の伝えた呼び名を復唱し、考え込むようにして少し俯く。

記憶にその名前が無いか照らし合わせているのかな? 真剣な表情で考え込んでいる。

「どんな形をしているものなの?」

名前の一致する候補がなかったのか、形状を尋ねてくるので僕は首を振って、

「『お赤飯』に拘らなくても大丈夫、蜂蜜バターのパンも僕の大好物には代わりないんだから」

自分なりの笑顔で伝える。

フィリエルさんの気持ちはすごく嬉しいけど……今でも僕は十分満足できているからね。

これ以上望んじゃうのはやっぱり贅沢だと思う。


僕の返答が良くなかったのか、フィリエルさんは表情を少しだけきつくして僕の両頬に手を当てて、正面に見据える。

「私がやってみたいのだから、リーラちゃんは遠慮しなくていいの。材料が手にはいるかわからないし、すぐに出来るとは思ってないわ」

そこで、区切って僕へと微笑みかけ、

「だから、もう少し詳しく教えて欲しいの、知っていたら何処かで見つけられるかもしれないでしょ?」

片目を瞑ってお願いされる。


熱意(?)に負け、覚えている形、色を伝える。

「私の知ってる限りでは心当たりは無いわね……明日にでもカリンさんに聞いてみようかしら」

フィリエルさんは思案顔になりながら独り言を言うように呟いた。


食事も終わり、アルゴさんとレリックさんの帰りを待っていると、ドアを開く音が聞こえる。

二人が帰って来たのかなと、フィリエルさんと共に視線を向けると開いたドアの向こうにはシェリーさんとガーラントさんが立っていた。

読了感謝です

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