夫婦として<シェリー視点>
※シェリー視点でのお話になります
長く続いていた抱擁も解き、お互いに向かい合うように座り直すと、
「これからも長い付き合いになると思いますが、改めてよろしくお願いします」
ガーラントは私に深々と頭を下げる。
「あ、当たり前だ。死ぬまで付き合って貰うからな」
素直に頷くできず、憎まれ口を叩いてしまう。
我ながら素直になれないなと、心の中で溜息を付くが、
「勿論です」
それを見透したようにガーラントは心地よい微笑みをうかべた。
「シェリー殿に抱きしめ返され時に、何か硬いものが押し当てられた気がするのですが……何か身につけていますか?」
気になることを思い出したのか、ガーラントから質問を受ける。
身につけてるもの……と密着した辺りをに目をやるとすぐに心当たりにたどり着く。
母上に渡されたネックレスを押し当てていたのだろう。
ガーラントと夫婦になったら私にくれると言っていた……つまりもう私に譲られたと考えてもいいんだな。
母上に言われた事を思い出しながら、
「ああ、これのことか」
ネックレスを見せる為に、襟を手前に広げて取り出そうとしたら、ガーラントは慌てたように顔を横に背ける。
「し、シェリー殿はしたないですよ」
私を正面から見ないようにして焦ったような声で注意するガーラントに少しの間唖然とした後、こみ上げてくるおかしさに吹き出してしまい、くすくすと笑ってしまう。
あれだけ冷静に私のことを見ていたはずなのに、襟を少し開いただけであれだけ動揺してしまうガーラントがおかしくてたまらなかった。
「シェリー殿……そんなに笑わなくてもよいでしょうに」
ガーラントは傷ついたように少し顔をしかめる。
「ふふ、すまないガーラントがそこまで動揺するとは思ってなかったからな」
口元に手を当てて笑っているのを誤魔化そうとするものの、多分あまり効果はないだろう。
また注意されるのも心地よいものではないので、反対を向いてネックレスの宝石の部分を取り出し、振返ってガーラントに見せる。
「これは……父上殿とドルゴ殿がフィリエル殿へ贈った物ですね?」
宝石をしげしげ見つめるガーラントが興味深そうに尋ねる。
「母上が私にお守り代わりにと渡してくれたんだ」
「フィリエル殿が?」
私の解答にガーラントは首を傾げながら聞き返す。
母上がずっと大事に持っていたはずの物を渡すのは、にわかに信じ難いのかもしれない。
これを首にかけられたときは困惑してしまったしな。
「ガーラントと夫婦になったら私に譲ると言ってくれた」
小さく頷いて説明するとガーラントは「そうですか……」と嬉しそうに微笑み返す。
驚くわけでもなく何か納得したような笑顔が少し不思議に感じた。
「私の記憶では……魔力を込めては居なかったと思いますが……」
昔に母上が身に付けていた頃を思い出して比較しているのだろうか、再び宝石をジッと見ながらガーラントが呟く。
「触れても良いですか?」
私がこくりと頷くとガーラントは宝石に手を伸ばし壊れ物を扱うかのように両手で包み込む。
「これは……」
宝石から温かさを感じ取っているのだろうか、ガーラントは少しだけ驚きに目を見開くと大きく溜息をつく。
「私たちの仲を応援して下さっていることはわかりますが……困りました」
苦笑いで呟くと小さく肩を落とす。
「何が困るんだ?」
少し気落ちした様子のガーラントを見ながら、その理由がさっぱりわからず困惑する。
原因はこの宝石だと思うが……。
「理由はすぐわかります」
苦笑いのまま、ガーラントは私に背を向けて棚の上にある小さな木箱を空け、何かを取り出す。
「手を出していただけますか」
言われるとおりに片手をゆっくりと突き出すようにガーラントへ向けると、手に取り天井に向けて手の平を開かせる。
「フィリエル殿の贈り物と比較されると少し厳しいと思いますが……」
私の手の平をガーラントの手が覆うと同時に、何かを乗せられた感触と重みが感じられる。
覆われた手が取り除かれると表れたのは……金の十字架に銀の鎖が繋がれたネックレス。
「これは……?」
「この日の為にと用意していた物です。フィリエル殿の贈り物と比べると劣ってしまいますが受け取って頂けると嬉しいです」
手の平とジッと見つめた後に見上げると、ガーラントは柔らかく微笑む。
戸惑いながらも『この日の為にと用意していた』という言葉に心が揺らぐ。
いつから準備していたのだろうか……ガーラントの想いに気付けなかった自分が情けなく思う。
このままありがたく貰うというのが一番でガーラントも満足するのだろうが……。
それでは私の気が収まらない……母上の贈り物に一般的な価値では負けているかもしれないが、私からみた価値はほぼ変わらない大切な物になるだろう。
だから……。
「これは受け取れない……」
このまま受け取るわけにはいかない。
「やはり……そのネックレスに及ぶものでないと釣り合いませんか」
がっくりと肩を落とすガーラントに、
「こ、このままでは受け取れない。 ガーラントに……み、身につけさせて欲しい」
正面を見ながら言うのが恥ずかしくなり、顔を背けるようにして伝える。
多分……母上のネックレスを身につけているから遠慮して手渡したのだろうと思う。
言い終わって少しすると手の平から重みが無くなり、ちらりとガーラントを見ると困ったようにこちらを見返していて、
「その……ネックレスを二つ首にかけることになりますが」
確認を取るように述べる。
「構わない……このネックレスも母上に身につけさせて貰ったのだ。それと同じくらい大切にしたいからガーラントの手で身につけさせて欲しい」
意図が伝わったのか、破顔して私の首にネックレスをかけてくれた。
「ありがとう。嬉しい……」
私なりの笑顔でガーラントへの感謝の気持ちを言葉にする。
これから……待たせてしまった分を取り戻そうと思いながら。
ネックレスの十字架を手に取り両手で胸の上に教えてて目を閉じる。
母上から送られたネックレスと違って魔力を感じないが、ガーラントから贈られた嬉しさを噛みしめる為。
ただそれだけの事なのだが、口元が緩み、自然と微笑みに変わっていくのを感じる。
リーラへのプレゼントへ嫉妬を感じていた私が、自分が貰う側になるとこうも嬉しいものなのかと心の中で苦笑する。
目を開くと、ガーラントの柔和な顔が目に入り、
「気に入って頂けたようで何よりです」
私の視線に気付くと安心したような笑顔を返してくれた。
少しの間、部屋の中は心地よい静寂に支配されるが……。
ドンドンドンとドア強く叩く音が聞こえ、
「ガーラント隊長!」
若い男の声が外から飛び込んでくる。
尋常ではない声の張りに、ガーラントは瞬時に表情を引き締めると、入口のドアへ吸い込まれるように近付いていく。
ドアを開くと、全身を金属装備で固めた兵士が立っており、余程急いできたのだろうか息を切らせる音が聞こえる。
「カークか、何があった?」
「『怒れる猪』が村の近くに降りてきました。 現在ラルスとバーツが村の外で引きつけています」
「村人はどうした?」
「ミリーとエリーが地下室への避難を行っております」
カークから情報が伝えられる。
通称『怒れる猪』、正式名称レイジングワイルドボア。
基本的には人里におりて来ることは無いが、縄張りに足を踏み入れたのに気付くと怒り狂ったように襲いかかってくることから付いた名前。
おそらく、立て札等に気付かず旅人が足を踏み入れたのだろう。
「すぐに準備する。 カークは準備ができるまで休んでおけ」
「わかりました」
会話が終わるとカークはその場に座り込み、ガーラントは人形から防具をとり、てきぱきと装着していく。
「シェリー殿」
「私も行く」
私を呼ぶガーランドの声にすぐさま自分の意志を伝える。
直接関係の無い私は家で待っていてほしい……と言うはず。
「わかりました。お願いします」
何となく予想はしていたのだろう、ガーラントは小さく溜息を吐いて私に頭を下げる。
「頭を下げる必要はない。妻としての責務を果たすだけだ」
「はい」
私の言葉にガーラントは何か言いたげに苦笑いを返す。
まぁ……普通の妻は待ってるのが普通なのかもな。
心の中で苦笑しながら自分の弓を手に取る。
猪相手では効果は薄いと思うが無いよりはましだろう。
「あの……隊長とシェリー様は結婚したのですか?」
カークが座り込んだままおずおずと尋ねるが……。
「今はそんな事を気にしている場合か、案内を頼むぞ」
「は、はいっ!」
準備を終えたガーラントが一喝し、慌てて立ち上がるカーク。
動き安さを重視した革製の軽装備に身を包んだガーラントは見慣れているはずなのだが、いつもより格好良く見えた。
カークの案内により小走りで駆けていくと、猪の居る場所に近付いているのだろか、なぎ倒された木や踏み荒らされた畑が目に入り出す。
「あそこです!」
カークの指さした先には、人より大きな猪とカークと同じ防具に身を包んだ兵士が交戦していた。
勢いよく突っ込んでくる猪を円錐状の棘が散りばめられた大きな盾で受け流す。
向かってくる力を利用して、相手に傷を負わせる方法を取っている。
猪にはある程度の傷を負わせているみたいだが、遠目からでも見えるくらい二人の兵士の盾は疲弊しており、棘は半分が欠けていて所々が歪んでいる……もう長くは持たないだろう。
「カークはミリー、エリーと合流してあれをもってこい、もしかすると必要になるかもしれん。 私とシェリー殿であれの相手をする」
「わかりました!」
ガーラントの命令に従い、カークは村へと駆け出していく。
「シェリー殿」
「わかってる……『ストーンスキン』」
呼びかけに応えるように私は魔法を唱える。
ガーラントを黄土色の霧が包み、防具へと張り付いていく。
母上の使う『ロックスキン』に比べれば劣ってしまうが、あるとないではやはり違うからな。
自分にも同じように魔法をかけ、戦闘へと割り込む。
猪がこちらの接近に気付き、向きを変えて突進を始める。
ガーラントは剣を水平に横に突き出すように構え、猪へ向かって走り出す。
直線に突っ込む猪に対してガーラントは少しずれるように向かって行き、剣の先が浅く接触して擦れ違う。
ガーラントは猪が通り過ぎたのを確認し、
「ラルス、バーツ下がれ、私とシェリー殿で相手をする」
消耗した兵士二人へ離脱するように呼びかける。
「隊長!」
「まだやれます!」
私とガーラントの加勢に気付いた二人の兵士はじり貧になりかけた所への加勢に勢いづく。
「おまえ等の武器は消耗しきっているから無理だ。 下がってカーク達と合流してあれを持ち出すのを手伝え」
そのまま下がる事をよしとしない二人へ新たな指示を与える。
「「わかりました」」
その内容に納得したのか了解の返事を返すと、猪の追撃を警戒しながら少しずつ後ずさりを始め、距離を取った事を確認した後、背を向けて走り出す。
その間も私とガーラントは猪へ攻撃を加え注意を引きつける。
ガーラントへ集中させないように、私も矢を放ち適度に意識を散らせる。
正面に構えないように心がけ、斜め正面から一射、距離をとっての擦れ違い様に一射といったように武器の特性を生かして攻撃する。
人数が多いならば真正面から一気に刃物を突き立てて、一気に仕留める方法もあるが、少人数でそれに当たるのは無謀なため、少しずつ傷を増やしていき戦意を殺ぎ取り弱らせていく方法を取らざるをえない。
当たらない体当たりを繰り返すうちに、疲労がたまっていったのか、増やされていく傷によるものかわからないが、刺さった矢と剣で裂かれた傷から赤く染まった猪の勢いが落ち始める。
戦闘の終わりが見えてきたと思った事で油断が生まれたのか、ステップを踏みながら体当たりの回避行動を取るうちに、なぎ倒された木に足を引っかけて転倒してしまう。
「シェリー殿!」
ガーラントの呼ぶ声に、すぐさま体制を立て直そうとするが、猪は私へと狙いを定め突進を始める。
『ストーンウォール』
避けれないと咄嗟に判断して、立ち上がる間を惜しんで魔法を唱えると、石の壁が私と猪を直線で結ぶように出現する。
ドスンと衝突する音が聞こえ、私を遮る石の壁が崩壊する。
勢いは相殺されて止まり、激突によりそれなりのダメージが猪に見られるが、やってくれたなと言わんばかりに鼻息を荒くする。
上から見下ろすようにして私を見据える視線に少なからず恐怖を感じ、立ち上がる機会を失っていた。
「お前の相手は私だ!」
声のする方に視線を向けるとガーラントが猪を後ろから猛烈な勢い切りつけて私から注意を引きつけようとするが、それを嘲笑うように猪の後ろ足での蹴りがガーラントを襲う。
咄嗟に剣を盾にして防いだが、勢いを殺しきれず膝を突く。
後一回は壁を作ることはできそうだが……私の前に壁を作ればガーラントの方へ向かうかもしれない。
それならば、至近距離での目潰しをしたほうが……?
思いついた方法に飛びつくように行動へ移る。
『サン……』ドス。
魔法を唱えている最中に何かが突き刺さる音が聞こえ、猪に先を尖らせた丸太が貫通していた。
何が起きたのかはすぐに飲み込めなかったが、目の前の猪も同じみたいで目を見開いて停止している。
「ガーラント!」
膝を突いたままのガーラントを呼び、素早く立ち上がる。
それに反応するようにガーラントも立ち上がり、猪から距離をとる。
しかし、思ったよりも傷が深かったらしく、警戒する私とガーラントの期待を裏切るように猪はその場に崩れ落ちた。
少しの間、弱く脚を動かしていたがそれもすぐに止まった。
貫通した丸太が致命傷となったのは確実だろう。
動かなくなった猪を見て緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んでしまう。
思いがけない攻撃のおかげで危険な状態に陥っていたところを助けられた格好で……それがなければ、死ぬまでは行かなくても無事には済まなかったかと思う。
「なんとかなりましたな」
上から降りてくる声に見上げるとガーラントが私へ手を差し伸べているのが見え、それに応じるように手を差し出すと私を引き起こす。
「少々危なかったがな」
内心では少々ではないと苦笑しながら、ガーラントへ微笑み返す。
「隊長~」
声のするほうへ視線を向けると、カーク、バーツ、ラルスと軽装備の青髪の女性が二人こちらへと駆けてくる。
「あれを移動するのに時間がかかりましたが、なんとか間に合いました」
息を切らせながら報告するカークの視線の先には、鉄製の荷車に大型の固定弩が乗せられており、その後ろに丸太の乗せられた荷車が見える。
おそらく何回かは発射するだろうと持ってきた予備だろう。
「シェリー様が猪を足止めして下さったおかげで一撃で仕留めるができました」
「もう少し早く撃てればよかったんですけど……狙いを付けるのに時間がかかってしまって……」
そっくりな二人の女性……ミリーとエリーが申し訳なさそうに頭を下げる。
私が危ない状況に陥っていたのを遠目に確認していたのだろう。
確か双子で後ろ髪を一つに結んでるのがミリーで、二つに分けているのがエリーだったはず。
面識はそれなりにあるものの、会う度に思い出しながら確認する自分に苦笑せざるをえない。
「私は無事なのだから気にするな」
首を横に振って、ミリー、エリーの順に頭を少し撫でてやると嬉しそうにはにかんで俯き、
「「ありがとうございます」」
声を揃えてお礼を述べた。
もう二十そこそこの良い年のはずなのだが、頭を撫でてやると喜ぶところが子供っぽく感じてしまう。
二人ともまだ独身らしいが、私のように婚期が遅れてしまわないかと少しだけ気になるところだ。
駆け寄ってきた部下達を目を細めていたガーラントが急に表情を引き締め、
「被害状況はどうなっている?」
状況の説明を求める。
「バーツ、ラルスが猪を村の外に引きつけたおかげで」
「避難に当たって村人に被害はありませんでした」
ミリーとエリー続けるようにガーラントを正面に見据えて報告し、
「犠牲者は縄張りに足を踏み入れたと思われる旅人一名」
「この辺り一体の畑が壊滅的です」
ラルス、バーツも続けて報告する。
「そうか……ミリーとエリーは避難者へ危機は去ったことを伝え、猪の解体を出来る者をここにつれてくるように」
「「はい」」
指示を受けたミリーとエリーは小さく頷いて小走りで村へと向かう。
「バーツとラルスはあれを村に戻し、村の墓地へ旅人の墓を作ってやってくれ。 村へ災いをもたらしたとはいえ、野ざらしにするのは忍びない」
「「はっ」」
バーツとラルスは敬礼をし、小さく頭を下げた後に走り出す。
「カークはこのあたりの畑の世話をしている者を調べて来い、明日にでも話し合いをせねばいかん」
「わかりました」
カークは頷くと、
「隊長とシェリー様はどうされるのですか?」
何かに気づいたように口を開く。
「横取りする奴はでないと思うが……戦利品を見張っておく」
「隊長とシェリー様なら安心です」
ガーラントの言葉に納得したよう口元を緩ませて頷くと、村へ駆けていった。
その後、猪を見に来た村人達が荒れ果てた畑を見て呆然としていたのが印象的で、ガーラントが必死に頭を下げながら明日話し合いする事で話を付けていた。
「隊長さんがそう言うなら仕方ないね」
怒るわけでも無く納得しているのを見て、信頼されているんだなとそのやりとりを目を細めて見ていた。
見物に来た村人達が去り、解体作業も終わると、運ばれていく猪を見ながらガーラントは小さくため息を吐いた。
「どうした?」
その動作が気になり軽く問いかけてみると、
「いえ……」
歯切れの悪い言葉と苦笑いを私へ返す。
「いつもの事ですよシェリー様」
「隊長も気にしないで下さい、隊長のそう言うところが皆好きなんですよ」
村人達を見送り、戻ってきたミリーとエリーが微笑みをガーラントへ向ける。
私の知らないところのガーラントを知っているのだなと小さな嫉妬を覚えるが……いつもの事とはなんだろうかと首を傾げる。
「隊長は猪討伐の利益を畑を荒らされた村人に渡すつもりなんです」
「それで、本来私達へ当てられるはずのお金が無くなることを気にしているんですよ」
双子の説明に納得すると同時に、普通なら不満があがりそうな金の問題も気にするなと言わせる程、ガーラントが部下に慕われている事を再確認した。
正直そんな関係を築いていることを羨ましく感じるが、それはガーラントの誠実さと人柄のおかげだろう。
そして、それが今日から私の夫になるのだと思うと少し誇らしく思えるから不思議だ。
「それでお前達は生活できるのか?」
ふとわいた疑問を双子にぶつけると、
「警備のお給金がありますから大丈夫です」
「討伐の報酬は臨時収入みたいな物ですしね」
よく聞かれるのか、二人は慣れたように即答で返す。
ガーラントへ視線を戻すと、ばつが悪そうに苦笑いを張り付かせていて、何か言いたそうにしていたが、溜息を吐いて言葉を飲み込んだようだった。
「隊長、いつもの場所で待ってますね」
「シェリー様も一緒に来て下さいね」
微笑みながら小さく頭を下げて双子は村へと駆けていく。
何のことだろうか、ガーラントに視線を送ると、
「魔物を退けた日は村の酒場で慰労をするんです」
私の疑問を察して答えてくれる。
「なるほどな、部下を労ってやるわけだな?」
「そうです。 臨時収入が出ない分を補填する意味もあります」
私の言葉にガーラントは頷き、もう一つのねらいを述べる。
「ということは、費用はガーラントが持つのか?」
「ええ、といっても店主の好意で今日だけ半値です」
私の疑問に苦笑いで答えるガーラント。
部下を大切にするのは良いと思うが、自分の懐も大事にして欲しい。
節制を心がけているとはいえ、半値となっても若者五人分の酒代は馬鹿にならないだろう。
それならば……私は思いついた作戦を実行に移す。
「それなら今日の費用は私が半分だす」
「し、しかし」
ガーラントは私の申し出に慌てて反論しようとするが、私は手の平を突き出すようにして首を横に振る。
「大丈夫だ、部下にはわからないように、精算までした後にこっそり金を渡す」
「私が気にしているのはそこではなくてですね……」
あえてずれた回答をすると、ガーラントはそれにしっかりとはまり、言い難そうにしている。
その状況が楽しくなり、くすりと笑みを漏らすと、ガーラントは首を傾げてしまう。
「わかっている。 部下の面倒を見るのが自分の仕事だと言うのだろう?」
「シェリー殿!」
からかわれていることを理解したのか、苦虫を潰したような表情で抗議するように私の名前を呼ぶ。
「すまない、つい楽しくなってやってしまった。 お詫びに慰労の代金はガーラントが支払った『全額』を渡すからな」
「なっ……」
全額の部分を少し強調して言う私の意図を理解したのだろう。 ガーラントは驚きに目を見開いて私を見つめ返す。
そうなのだ、こうでもしないと全額どころか、半額でさえ私にはお金を出させてくれないのだ。
「し、しかし……」
まだ、不服そうにするガーラントに、
「時には私にも金を出させてくれ」
自分なりの笑顔でお願いすると小さな溜息と共に、「わかりました」そう言って承諾してくれた。
前回酔いつぶれたときは、ガーラントが代わりに払ってくれたのだから、借りを返すという意味も込めていると言えなくはない。
一度ガーラントの家へと戻り、防具を外して共に酒場へ向かう道すがら、ガーラントの左腕を寄り添うようにして抱きしめる。
そして、少し体を預けるようにして歩みを揃える。
「シ、シェリー殿?」
「夫婦になるのだからいいだろう?」
急な行動に慌てたように私を見るガーラントに微笑みを返す。
「父上と母上がこうやっていたのを思い出してな」
「なるほど、確かその時はレリック殿がシェリー殿を右腕で抱えていたのを覚えています」
ガーラントは当時を懐かしむように思い出しているようで、自然と口元が綻びていた。
村から出発するときに父上に抱えられていたリーラ見て、当時を思い出してつい言ってしまったが、あの席は譲ることになりそうだ。
父上の言う『駄々甘』がどんなものなのか少し気になったが、こうなることを見越しての発言だったのかもなと思い直す。
当時、父上に抱えられた私は母上がとても幸せそうに体を預けていたことを不思議に思っていたが、その疑問も今日で氷塊してしまった。
こうして歩く事がすごく心地よく、ガーラントから伝わる温もりに心も安らぐ。
時折、私を覗き込むように見るガーラントは満更でもないのか満足そうに微笑んでいた。
酒場に入ると、
「酔いは醒めたかい?」
店主のからかうような言葉が飛んでくる。
前回来たときに、酔いつぶれたことを言っているのだろう。
「ああ、この前は迷惑をかけたな」
「今日は程々にな」
小さく頭を下げて謝罪すると、気にした風でもなくニッと笑って軽く窘める。
「わかってるさ」
手を挙げることで応え、軽く見回すとそこそこ大きな円卓に五人集まっているのが見え、こちらに気づいたのが双子が手を振っている。
「私達が最後のようだな」
「そのようですね」
お互いに小さく苦笑して席に着いた。
「まだ何も頼んで無いのか?」
近づくにつれ、円卓に何も並んでいない事に気づいたガーラントが少し不思議そうに尋ねる。
その口振りから、いつもなら先に酒盛りを始めているのだろう。
部下達も先ほど装備を置いてきたのか、村人と変わらない格好をしている。
赤毛で真面目そうな印象を受けるカーク。
青色でくせっ毛の大人しそうに見えるラルス。
茶色で逆毛の勝ち気のに見えるバーツ。
青色の長髪でおっとりとした印象を受けるミリーとエリー。
ガーラントを支える部下達を再確認し、共に隣り合うように席に着く。
「酔ってしまう前に話し合わねばならない事が出来ましたので」
カークが円卓の上が空である理由を説明すると、ラルスとバーツが頷く。
「犠牲者の埋葬方法で何かもめたのか?」
ガーラントの言葉に二人は首を振り、
「それは問題ない。 村人と話し合って墓地の隅に墓を作ってきた」
「問題は犠牲者の遺品なんです」
バーツが質問に応え、ラルスが問題の内容を説明する。
「遺品?」
思わず私の口から漏れてしまった言葉にラルスが頷き、木箱を円卓の上に載せる。
何が問題なのだろうと、私とガーラントは一緒になって木箱を覗き込む。
中には肩に提げるタイプの革製の鞄があり、紐の部分が赤く染まって千切れている。猪の体当たりをまともに食らってしまったのだろう。
ほかには路銀が入ってると思われる巾着袋と一通の手紙と思われる半分にたたまれた紙。
「他にも何通か手紙が入っていたが、相手に届くように手配しておいたが……」
「その手紙だけが、特殊な文字で書かれていたので宛先がわからないのです」
バーツの言葉を補うようにラルスが続けて問題を説明する。
二人の説明を聞いた後、ガーラントが箱から手紙を取り出し広げる。
それを横から覗き込んでみるが、見覚えがあるようでない文字で書かれていて全く読めない。
「読めますか?」
ガーラントは手紙の解読を諦めたのか苦笑いを私に向ける。
上から下までを眺めながら、全くわからないなと首を振りかけて、ふっと自分の幼い頃の記憶が頭の中を過ぎる。
小さな頃に母上の弓に彫ってある文字らしき物を見つけ、尋ねた時の事。
その時母上は「私の名前が彫ってあるのよ」と言ったはず。
思わず手紙を奪い取り、呆気に取られるガーラントを余所に、手紙の最後の部分を食い入るように見て記憶と照らし合わせる。
「「シェリー殿(様)?」」
気が付くと全員が私を驚いたような目で見ていた。
「何か気になる点がありましたか?」
ガーラントが私を除く全員の言葉を代表したように尋ねるので、
「ああ、この最後に部分に書かれてある記号みたいな文字の並びに見覚えがあってな」
私が見覚えのある文字の並びの部分を指で丸をつけるようになぞる。
「私達と同じ書き方であれば宛名の部分になりますね」
さっきとは反対に私が広げる手紙をガーラントが覗き込むようにして相槌をうつ。
「私の記憶が正しければ……この部分に書いてあるのは母上の名前だ」
「フィリエル殿の……?」
私の発言にガーラントが目を丸くして呟くように返す。
遠い異国からの手紙なのだろうかと思ったものが、身近な人宛の物だったから驚くのも無理はないのかもしれない……正直私だって驚いている。
母上の故郷からであろうの手紙を目にすることになるとは夢にも思わなかったからだ。
「えっと、それならこの手紙はシェリー様に預けるってことでいいのかな?」
「そうね、私達が見てもさっぱりわからないしね」
ミリーとエリーがお互いを見ながらのんびりとした口調で言うと、
「そうですね、フィリエル様宛なら渡して貰うのが良いと思いますし、違ったとしても、配達を請け負った人は亡くなっていますので仕方ないと思います」
それに同調するようにカークが自分の意見を述べると、ラルクとバーツも異論無しと頷いた。
結果、私が母上に届ける事となり、金については、ガーラントが「持ち主に返すべき」と後日、埋葬場所に入れる事になった。
「隊長とシェリー様から私達に伝えることがあるのではないですか?」
話が片づいたと店主に酒を頼もうとした矢先、カークが私とガーラントに向けて話すように促すと、他の四人は小さく戸惑いながら視線を向ける。
おそらく、知らせに来たときに私が「妻として」と言った事を説明して欲しいのだろう。
特に隠すことでも無いのだが……そう思いながらガーラントへ視線を移す。
それに気付いたのか、ガーラントが微笑みながら頷くので、何か考えがあるのだろうと『任せる』の意を込めて頷き返す。
「私とシェリー殿は今日夫婦になることを誓った」
ガーラントは事実を簡潔に言うと肩を抱き寄せて私の頬に唇を落とす。
急な行動に私を含む全員が驚き、
「あの隊長が……」
四人の気持ちを代弁するようにカークが呟くと、静寂が場を支配する。
まさか部下の前で口付けをされるとは思っていなかったので、恥ずかしさかわからない感情に頬が熱くなっていくのを感じて俯いてしまった。
店主に酒を頼み、全員が縦に細長い木の器手にすると、
「シェリー様と隊長が夫婦になったことを祝して乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
カークが音頭をとり、四人がそれに続く。
慰労の席のはずが私とガーラントを祝福する席に変わってしまった事を、二人で苦笑する事になってしまった。
祝ってくれることは素直に嬉しいのだが、
「しおらしいシェリー様が見られるとは……」
「正直驚いたな」
ラルスとバーツの呟くような言葉に、どういう意味だと反論したかったが、らしくないことは分かっているので言葉を飲み込んだ。
「隊長が結婚かぁ」
「私達も相手を捜さないとね」
エリーとミリーがこくこくと飲みながらしみじみと呟く。
「私みたいなのでも見てくれる人がいるんだ、お前達にも良き人が見つかるさ」
率直に私の思っていることを伝えると、
「シェリー様は隊長の気持ちに気付くの遅すぎです」
「私達から見てもすぐに分かるぐらいだったんですよ」
思わぬ二人からの反撃を食らい、返す言葉に詰まってしまう。
誤魔化すように円卓の上の器を手に取り一気に飲み干す。
「な……」
今までに飲んだ覚えのない味で、美味しいなと思った直後に頭の中がぼんやりとし始め、軽い頭痛と共に視界が揺らぐ。
強い酒だったのか……一気に飲み干した影響が表れる。
しまった……と思ったがもう遅く、たまらず円卓に突っ伏した所で記憶が途切れた。
ふっと目が覚めると、軽い頭痛が襲う。
視界に入る天井からガーラントの家の中に居ることを理解し、ゆっくりと体を起こす。
見下ろすと、ベッドの上で毛布を掛けられて寝かされていたことを理解し、手の平を額に当てる。
小さく痛む頭に、酔い潰れてしまったんだなと実感する。
「あの時と同じだな」
苦笑しながら小さく呟くと、前回も酔い潰れて同じように起きあがったことを思い出す。
「ただし……」
あの時と違うのは今の自分の状況を悲観していないところだろう。
店主に謝っておかないとな……注意されてたのに無駄にしてしまった。
滞在中に一度訪ねるかなと思いながら周りを見回すと、毛布をかけて床に寝ているガーラントが視界に入る。
それを見ていると、ふっと幼い頃にガーラントに一緒に寝て貰ったことを思い出す。
懐かしいなとぼんやりとしていると、今なら夫婦なのだから一緒に寝ても不自然じゃないと思い立ち、出来るだけ音を立てないようにベッドから立ち上がり眠っているガーラントへと近づいて起こさないように毛布の中に潜り込む。
眠りが深いのかガーラントが起きる気配は無く、それならばと体を密着させるように隣に寝そべって肩を抱くように腕を回す。
さっきのお返しとばかりに、頬へ唇を落とすと、ガーラントから感じられる温かさに意識を手放すのに時間はかからなかった。
翌朝、私が隣で寝ていることに驚いたガーラントと貞操観念で、言い争いになってしまった。
父上に孫を見せる日は少々遠いのかもしれない。
読了感謝です