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秘密という名の枷<シェリー視点>

※シェリー視点でのお話になります

ガーラントの住む家へと向かう道すがら、私は考えることばかりだった。

それも久しぶりに帰宅して過ごした三日間は、私にとって忘れられない経験になってしまったからだ。

レブの森を抜けてきて父上に拾われた少女リーラの存在。

人を疑う事が苦手な母上に似ていて、私を初めて見るときも畏怖の視線ではなく、人懐っこい子供が珍しい物を見るような……警戒感は全くない物で、初見で普通に接するような視線を向けてくれ、母上と父上と一緒に住んでいる……それだけで私が心を許すのに十分だった。

そして、母上の体に宿り、私の左腕の傷を癒してくれた、名前も知らぬ存在。

それは私にとって奇跡としか言いようがない出来事で、正直に言えば今でもこの左手が自由に動かせることが嘘ではないかと思い、ふと気が付いては左手を握っては開いてを繰り返してしまう。

それは魔法が切れたら動かなくなるのではという恐怖感なのか、自由に動く現実を再確認しているのかわからない。

思い返せば、今回の帰郷で二人に会えたおかげで私はこうしているのだろう。

母上の振りをしながら私を癒してくれた名も知らぬ恩人に、母上でない事に気付いた私は、自分の傷を治すために母上が居なくなると錯覚し、手をあげかけた。

そこへリーラが私を体当たりで抱きついてきて、表情で『だめだよ』と伝えてくれた。

そのとき一瞬だけ母上に止められた気がして、爆発しそうな感情を抑えることができたのだと思う。

雰囲気が似てるせいだとそのときは思ったが、今思うとやはり不思議な気がする。


そんな事を思い出しては、ガーラントにどうやって自分の想いを伝えるかという現実から目をそらしていた。

それを考える度に憂鬱になって溜息を吐く。

私を応援してくれる三人の為にも、気持ちを伝えず逃げ帰るようなことはしたくない。

しかし、どうやって伝えるきっかけを見つけたらいいのかさっぱりわからない。

自分がガーラントを好いている気持ちには気付けたのだが、ガーラントはリーラにチョコレートを贈るぐらいに好いているだろうから……分が悪い勝負になると容易に想像できる。

「せめて私にチョコレートを贈ってくれていればな」

大きく溜息を吐いて呟く。

そうすれば……疎い私でもガーラントへの気持ちに早く気付けたのかもしれないのにな。

そうして落ち込みそうになる度に、服の上から母上に渡された首飾りの宝石を押さえつけ、伝わる温かさに癒される。

出発してから何度と無くこの温かさに助けられ、母上と魔力を込めた人に感謝するばかりだった。

そうした事を繰り返しながら街道を進んで行く、すれ違う人の多くは訝しむ視線を私に向ける、もう慣れたとはいえ心地良いものではない。

馴染みの宿にたどり着くと「いらっしゃい」と声をかけてもらい安堵する。

これもガーラントの父上……ロレンスさんの口利きのおかげだなといつも感謝している。

冒険者に成り立ての頃に「知り合いの宿を一緒にまわろう、一度口利きしておくと何かと楽になるだろう」と一ヶ月かけて国の中に点在している宿を一緒にまわってくれたおかげで、野宿をすることはほとんどなかった。

馴染みの宿を訪ね歩くように村から村へと移動を繰り返し、出発してから四日目の昼間に、村を少し通り過ぎたところにぽつりと建つガーラントの家にたどり着いた。

贅沢を好まないガーラントらしい、長屋の一部を切り離したような質素な作りの家。

「結局……自分の気持ちと現状の再確認するばかりでここまで来てしまったな」

誰に言うわけでもなく、自分に言い聞かせるようにぽつりと呟いて、ドアを叩こうと小さく右腕を振り上げたところで、

「シェリー殿、私に何か御用ですか?」

「なっ」

自分の背後から声がかかり、慌てて振り返ると、ベージュ色の普段着を着たガーラントが網籠を背負って立っていた。

後ろから近付かれていることに気付かないとは……。

目的ばかりに気を取られて、周りへの気配りができてなかった事に意気消沈してしまう。

「そこまで驚く事もないでしょうに」

私の反応にガーラントは目を丸くして苦笑する。

「う、後ろから声をかけるからだ」

懸命に反論するものの、ガーラントの表情は穏やかなものに変化していく。

「こんなに慌てるシェリー殿を久し振りに見ました」

「う……」

ニコニコと微笑むガーラントにこれ以上何を言っても効果がないと感じ、口をつぐむ。

小さく俯きながら、様子をうかがっていると、

「ここで立ち話をするのもいいのですが、中へ入りましょう」

ガーラントはドアを開き、先に入れと手振りで私に勧めるので、勧めるがままに中に入る。

家の中にはベッドと四角い小さなテーブルに向かい合うように椅子が二つ。

家が狭いために人を呼ぶときは一人までと言ってたな。

話し込みたい場合のみ自宅に呼ぶ主義らしく、この家の中でガーラント以外の人が居たことを見たことはない。

見回すと、木製の人をかたどった人形に鎧が着せられており、愛用の剣が立てかけられている。

いつもながら掃除が行き届いていて、散らかっている様子もない。

前回来たときのことを思い出そうとして……やめた。

怪我のために自棄になっていたとはいえ、愚かなことをしてしまったと思う。

「何もない部屋に変わったものでもありましたか?」

その声に我に返ると、ガーラントはテーブルの上の木の器に水を注いでいる。

「いや……変わらないなと……な」

歯切れの悪い返答を返しながらフードを取り椅子にかけると、

「何もありませんが」

ガーラントは私の前に水の注がれた木の器を置く。

「ああ、すまない」

それを手に取り、水を一すすりする。

冷たくはないが、歩き詰めだった私には嬉しいもので、フードから解放された爽快感とともに一息吐くことができた。

「元気にしているようで安心しました。 実家には帰られたのですか?」

「ああ、父上と母上に会ってきた。 心配かけたな」

私をじっと見るガーラントの表情は穏やかで、前回の別れ際の私と比較して安心したのだろう。

ガーラントが自分に手をつけなかったのは、自分の魅力がないからだとあの時は本気で思っていてひどく落ち込んでいたからな。

「明日にでも、そちらへ向かおうと思っていたので丁度よかった」

「うん? 私に用事があったのか?」

ガーラントの言葉に首を傾げると「ええ」と背を向けて置かれている木箱の中に手を入れて何かを探し出す。

そして茶色の小瓶を取り出しテーブルの上に乗せると、

「傷に良いと聞きましたので取り寄せてみました」

私に中身を見せるように小瓶の蓋を開ける。

中身は薄い黄緑色で、薬草を混ぜ併せて作られたものだろう。

「小手を外してもらえますか? 手がいれば手伝いますが」

ガーラントの要求の意図が掴めずに首を傾げてしまうが、特に断る理由もないので小手を外して床へと置く。

「左腕を見せてもらえますか?」

言われるがままに左腕を差し出すと、ガーラントはそれを右手で掴む。

そして左手を小瓶へとのばそうとして動きが止まる。

「傷が……ない?」

ガーラントの驚いたように呟くと左腕の傷のあった場所を凝視している。

「どうして……」

知っていると続く言葉を飲み込み、左腕を引っ込める。

これでは何か隠し事があるといっているようなもので、すぐにその動作が失策であることに気付いたがすでに遅かった。


しかし、どうしてガーラントが傷の事を知っている?

ずっと隠すように小手をはめていたし、酔いつぶれた後も付けたままで、外されてはいなかったはず。

私に記憶がないだけで、酔いつぶれた後に話したのか?

考え込む私の心を読んだように、

「酔いつぶれたシェリー殿をベッドに寝かせて少しでも眠りやすいようにと、一度小手を外しました」

淡々と語り出すガーラントの表情は真剣そのものだった。

「治りかけではありましたが、ひどく大きな傷がありました。見間違え等では決してありません」

「しかし、ガーラントが言う傷がないだろう……」

断言するように述べるガーラントに反論する言葉は歯切れが悪い。

傷が無いことで誤魔化そうとも考えたが、ガーラントは自分の言い分を曲げないだろう。

私の言葉にガーラントは何かを考え込むように押し黙ると、

「…………それが可能な方に心当たりがあります」

少しの間部屋の中に静寂が訪れ、それを破るように回答を述べる。

それを聞いた私はしばらくの間絶句するしかなく、再び部屋に静寂が訪れた。


ガーラントの心当たりの人物と私を治療した人物が一緒とは限らないが、それが可能な者は世界に指を数えるほどしか居ないと思う……。

私が知っているのは母上に宿った存在だけで、それが人と言えるのかどうかはわからない。

もしかしたら、ガーラントが知っている人物は、母上に宿っていた中身を知っているのでは?

その考えが頭に過ぎったとき、もしかしたらという期待を込めて、

「その人物に会わせてほしい」

両手を会わせて頼み込む。

その行動にガーラントは目を丸くして私を見つめ返し首を横に振った。

「シェリー殿の言っていることがよくわかりません。 治療してもらったのでしたら、その人に会っているはずです」

正論でガーラントに返され、二の句を告げることができない。

「逆に尋ねますが、シェリー殿を治療した方を私に会わせて頂けますか?」

続けてように話すガーラントの問いかけに、私はゆっくりと首を振るしかなかった。

会わせることは出来るが……それは私を治療できない母上。

それ以前に口止めされているのでガーラントにも言えない。

オウム返しされて気付くなんてな……。

よく考えてみればわかることなのだが、私を治療した人物に会えるのではという気持ちが先走ってしまった。

「すまない……無理を言ってしまったな」

自分の軽率さにがっくりと肩を落としてしまう。

「気になさらないで下さい。 親しい間柄だからこそ無理を言ってしまうものです」

気にした風でもなく、ガーラントは穏やかに微笑んでいて、

「近いうちにその方に許可を求めることにします」

私の要求に応える為に動くと言ってくれる。

「いいのか?」

「ええ、その代わりシェリー殿も同じように許可を取って頂きたい」

再度確認する私にガーラントは交換条件を提示する。

その意図はすぐに理解できた。

交換条件を出すことで、お互い様というようにしたいのだ。

「わかった……しかし許可が貰えるかはわからんぞ?」

「それは私も一緒ですよ」

ガーラントは私の回答にも表情を崩さない。

かなわないな……昔からそうだった。

私がお願いする時にガーラントは交換条件を出すことがあり、その交換条件に失敗しても、その仮定を伝えれば条件の達成にしてくれた。

そして次は失敗しないようにと、私にアドバイスを送る。

幼少の頃から繰り返されたこの関係も最近は無かった為、懐かしく感じて自然と表情が緩んでいくのを感じる。

「しばらくの間にお互いに言えない秘密ができましたな」

「そうだな、その秘密を明かす許可をお互いに貰わないといけなくなったな」

お互いに苦笑いを浮かべた後に小さな笑い声が響いた。

ひとしきり笑った後に、

「それで私への用事はなんだったのでしょう?」

ガーラントは少し表情を引き締めて、最初の質問を繰り返す。

今度は私の用事を済ませる番というわけか。

「先にもう一つ聞かせて欲しい。 私の負傷の事を父上達に話さなかったのは何故だ?」

伝わっていれば母上が失神するようなことは無かったはずで、私の傷も治らなかったかもしれない。

しかし、先に伝える事でショックを和らげる事は出来たはずだ。

「一生残る傷だと判断しました。 だからこそ自分の口から伝えて貰おうと伏せておきました」

「そうか……いらぬ気を使わせてしまったな」

ガーラントは更に表情を引き締めて私を見据える。

伝えるべきかと迷ったには違いない……が自分が伝えるべきでないと判断したのだろう。

私が自棄になって行動を起こさなければ、その気遣いもしなくてすんだはずだ。

大きく溜息を吐くと、胸元にある首飾りの宝石を押さえ付けるように手のひらを当てる。

少しだけ自己嫌悪に陥りそうな気持ちを和らげてくれる。

「どうしました? 何か病でも?」

私の行動を不思議に思ったのだろうか、ガーラントの表情に少し不安が混じる。

「何でもない……こうしていると落ち着くんだ」

余計な心配をかけてしまったと苦笑いを返す。

確かにはたから見れば心配されてもおかしくないのかもしれない。

「ガーラントはリーラの事をどう思っているんだ?」

話を変えようと最初にと思っていた質問を口にする。

正直どんな回答がくるのか不安ではあるが……自分の気持ちを伝える前に確認しておきたい。

「リーラ嬢の事ですか?」

思ってもみない質問であったのか、ガーラントはテーブルへと視線を落とし、思案顔になる。

「そういえば、リーラ嬢の事を出発前に伝え忘れてましたが……大丈夫でしたか?」

「カリンの店でばったり会って、呆れたように『あなたの娘でしょ』と言われた」

思い出したように尋ねるガーラントに私は肩をすくめて答える。

「村では貴女の娘として通ってますから仕方ありませんね」

「私はいつの間にか十二の娘の母親にされたんだぞ」

苦笑いになるガーラントに私はその時の事を思い出し再び溜息を吐く。

母上の配慮とはいえ、帰ってみれば母親にされてるとは夢にも思わなかったというのが正直なとこだ。

「シェリー殿はリーラ嬢を見てどう思いましたか?」

「初見で驚いたさ、母上に隠し子が居たのかと思った」

私の回答にガーラントは「なるほど」と頷くと、

「一緒に過ごしていかがでしたか?」

何かが気になるのかリーラについての質問を続ける。

「難しいな……母上とよく似た雰囲気が一緒にいて心地よかった」

「シェリー殿にも問題なく受け入れられてみたいですね」

ガーラントは私の言葉に安堵の表情を浮かべる。

リーラの存在が私に受け入れられるか不安だったのだろうか?

私の質問が皮切りだったにしろ、しきりにリーラのことを気にするガーラントに小さな苛立ちを覚える。

私への気遣いや想いはわかるのだが、それ以上にリーラの事を気にしているように思えてしまう。

「リーラの事が気になるのだな?」

「そうですな、私にとっても年の離れた可愛い妹みたいなものですからな」

私の言葉にガーラントは当然のように答える。

『妹みたいなもの』その言葉にチクリと胸を突くような痛みを感じる。

いつもガーラントは母上や父上には私の事をそう言っていた。

私が居た場所にそのままリーラが入ってしまうのか?

やはり母上に似たような容姿と性格のリーラのほうが私より……。

ふと過ぎったその考えを追い出そうと頭を横に振る。

「シェリー殿?」

ガーラントは私の行動に疑念を抱いたのか怪訝な表情を向ける。

「何でもない……気にするな」

なんとか頭の隅に追いやって苦笑いを返す。

考えをなんとか追い出したものの、ガーラントが二度だけ会ったリーラを『妹みたいなもの』と表しているあたり、好意を抱いているのは間違いないだろう。

考えだけが先走っても良いことにはならない……私の想いも伝えなければならないからな。

「リーラの事は好きなのか?」

「そうですな、これといって嫌う理由が見あたりませんが……」

私の質問にガーラントは首を傾げながら答える。

額面通りに捉えてしまったか……私もそういわれれば同じように答えたかもな。

「言い方が悪かったな、リーラを将来の伴侶としてみているのか?」

「…………」

ガーラントの表情が驚きに染まる。

図星で言葉にならないのか……私の想いを伝える前に結果が出てしまったな。

「当たっているようだな。 いつも質素倹約で通しているガーラントが高級品のチョコレートを送るぐらいだからな……」

紡ぎ出す自分の言葉に反応するように、胸が締め付けられるような痛みが走り、視界が歪んでいく。

自分より、リーラの方へ興味が向いているとわかった途端にこのありさまだ……自分で思っていたよりガーラントの事を好いていたのだな。

もっと早く気付いていればな……後悔の気持ちが瞳から頬を伝って落ちていく。

「誤解を解かねばならないようですな……失礼する」

その言葉が聞こえた直後に、私の視界を遮るようにガーラントが移動したかと思うと、背中を強い力で押されて抱き寄せられる。

その行動に目を丸くする私の顎に、手が添えられたのを感じた。

読了感謝です

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