二人の職人
食事も終わり、アルゴさんが思い出したよう手の平をポンと叩く。
「手紙で知らせてくれたのは良かったんだが、届くタイミングが最悪だった」
「ふむ、何かあったのかの?」
アルゴさんは苦虫を噛み潰したような表情で言うと、レリックさんは興味深そうに尋ねる。
僕はタイミングが悪いと言われても、ピンと来なくて首を傾げてしまう。
受け取るタイミングがどうであれ、あの内容ならいつ受け取っても問題ないと思うけど。
「届くというと語弊があるな、手紙の内容を俺が知らせたタイミングが最悪だったんだよ」
アルゴさんは大きく溜息を吐いて話し続ける。
「手紙を見せたところで、リーラちゃんの生存を喜んだところまでは良かったんだが……」
「引き取りたいと書いてある辺りを読んでアルゴにでも迫ってきたかの?」
アルゴさんが区切った後にレリックさんが続きを予想する。
「その通りだレリックさん鋭いな。 フィリエルさんってどんな人? とかこの保護したって書いている人は知ってるのか? とか質問ぜめだ」
肩をすくめてレリックさんへ解答を返す。
「アルゴが読み終えた後に噛み砕いて説明すると思っておったが……そのまま見せたらそうなるのう」
レリックさんは腕を組んで楽しそうに感想を漏らすと、
「違いねぇ、俺のとんだ勇み足ってところなんだが……まぁ質問攻めにあいながらフィリエルさんの容姿についてはのらりくらりとなんとか逃げていたんだが……」
「まだ何かあったのね」
どこか楽しそうに相槌を打つフィリエルさんにアルゴさんは「まぁな……」とその時のことを思い出したのか苦い溜息を新たに吐く。
「俺は知らなかったんだが、ディン達は魔物討伐隊のハルクに捜索を頼んでてな……問い詰められてる最中に息を切らせて報告に来たわけだ」
疲れたような表情で続けるアルゴさんに、僕はどんな事が起こったのかを思い浮かべる。
僕とフィリエルさんは親子と言われれば普通に通るぐらいに似ているし、ハルクさんはじめは家族と思ってたぐらいだもんね。
無事を知らせれると勢い込んで帰っていったし……。
「と言うことはハルクさんがフィリエルさんの容姿を……」
「ああ、本当の親子みたいに似てたと言ってくれたぜ」
あうあう、良かれと思ってやったことが裏目に出ちゃった。
まさかほぼ同じタイミングで届く事になるとは思わなかったよ……。
自分のやった事が裏目に出てしまった事にしょんぼりとしてしまう。
「結果はどうであれ自分の出来る事を頑張ったんだろ? しょげる必要はないぜ」
ぽんぽんと頭に手を乗せるように叩かれる。 見上げるとアルゴさんがさっきまでの苦笑いではなく、目を細めて僕を見ている。
「まぁその後が大変だった。 腹が大きくなりかけてるミーナが『私も一緒に行く』と聞かなくてな。ディンと一緒になって何とかなだめたんだが……」
話続けるアルゴさんは再び苦笑いの表情にもどり、
「納品の品を早めに完成させて、出発しようとしたところで、ミーナから『リーラちゃんに渡してね』と袋を渡してくれたがその時のミーナの顔は怖いぐらい真剣だったな」
アルゴさんが話し終えると、フィリエルさんが納得がいったように一人頷く。
「それで手紙にあんな事がかかれてたのね」
「あんな事?」
手紙の内容はフィリエルさんに教えてもらったけど、アルゴさんの話から何か納得するようなことがあったのかな?
「『できればリーラちゃんと一緒に暮らしたい』と書いてあったわ。 私と一緒に暮らすほうがいいと思ったのかもしれないわね」
「どういうこと?」
困ったような笑みを浮かべるフィリエルさんに僕は意図を掴みかねて問い返してしまう。
できれば一緒に暮らしたい……その言葉に込められた意味がよくわからない。
ランド村に戻ったら一緒に暮らす事が当然だと思っているから……どうして『できれば』がつくんだろう?
「多分……種族の違いを気にしたのかもしれないわね……私とリーラちゃんが同族で本当の親子みたいに見えるって伝わってるみたいだから」
「ここに住むほうがよいと思ったのかもしれんのう」
レリックさんとフィリエルさんはお互いを顔を見合わせ、言葉に込められた意図を推理して僕に伝える。
「どうして……」
気がつくと思ったことを小さく呟いていた。
ランド村へ帰れる手段が出来たのに、帰りたい気持ちをやんわりとした拒絶で削られた気分になる。
ミーナさんも僕と暮らしたい気持ちは一緒みたいだけど……。
「リーラはどうしたいんじゃ?」
気が付くとレリックさんの顔が僕の目の前にあり、正面から僕を見据えている。
僕の意思を確認するような問いかけに、自分の気持ちを伝える為に口を開こうとすると、
「今のリーラちゃんにそれを聞くのは厳しいんじゃないか?」
僕の不安な気持ちが表情に表れていたのかな? アルゴさんが心配そうに僕を見ている。
アルゴさんに口を挟まれてちょっとだけ勢いを削がれちゃったけど、僕を心配してくれる気持ちは嬉しい。
僕の気持ちは決まっているからそれを口に出して伝えないとね。
「ランド村には戻りたい、ミーナさんとディンさんとも一緒に暮らしたい」
自分の気持ちを口にすると、
「うむ、それでいい」
レリックさんは頷いて顔を綻ばせる。
僕の解答が思っているものだったからなのかな?
やり取りを見守っていたアルゴさんはホッとしたように安堵の表情を浮かべていた。
ふとアルゴさんがここに来た本来の目的を思い出す。
「アルゴさんは納品に来たんだよね」
納品というぐらいだから、レリックさんかフィリエルさんが依頼したものだろうけど……どんな物なんだろう?
僕の言葉に反応するように、アルゴさんはずた袋に吸い寄せられるように移動する。
「すまねぇ、最初に渡すはずがすっかり遅くなっちまった」
テーブルの上にコトリと小さな音を立てて置かれたものを見て僕は目を見開いてしまう。
青色の三日月の形をした……アルゴさんが僕にくれたヘアピンに形はそっくりで、材質は違うのかテーブルが透けて見える。
「リーラに渡したものと形がそっくりじゃな?」
しげしげと見つめるレリックさんの一言に、
「フィリエルさんに頼まれたものを作った後に、材料があったんでついでに作ったんだよ」
視線を逸らすように天井に向けて、あくまでついでと言い張るアルゴさん。
ついでに作ったのになんで名前まで彫ってるのかな?
「私のには名前は彫ってくれてないのね」
フィリエルさんはテーブルに置かれたそれを拾い上げると掲げるようにして見入る。
「半透明な宝石に彫ってしまうと悪目立ちするからな、そこはわかって欲しい」
苦笑いを浮かべながら理由を説明するアルゴさんに、
「理由はわかったわ。私のお願いしたとおりに出来てるから問題は無いみたい。 でも依頼した私より、リーラちゃんに先に渡したからのだから減額ね」
フィリエルさんは少し怒ったように、厳しい言葉を突きつける。
確かに、僕より先にフィリエルさんに渡すべきではあるよね。僕のはおまけみたいなものらしいし。
「順番が逆になったのは認めるが、報酬を減らすのは勘弁してくれ」
アルゴさんは困ったように顔をしかめて抗議の声を上げる。
僕に関わるものを作る度にアルゴさんは正当な報酬をもらえてない気がする……気のせいかもしれないけど。
「冗談よ、リーラちゃんにも同じ物を作ってくれたのだから少し上乗せしてもいいぐらいね」
フィリエルさんは表情を一転させて僕と同じようにヘアピンを身につけると「どうかしら?」と片目を瞑って僕達に評価をたずねる。
金色の海に浮かぶ青い三日月……すごくよく似合ってて綺麗だと思う。
「リーラが似合っておるから」
「そこは聞くまでも無いんじゃないか?」
レリックさんとアルゴさんは僕とフィリエルさんを交互に見て感想を漏らす。
「そうじゃなくて、他に言う事があるでしょ」
フィリエルさんは不満そうに口を尖らせる。
その様子に二人とも不思議そうに首を傾げる。
二人とも似合ってると言ってるから問題はないと思うけど……。
あ……もしかして。
「すごく似合ってるよ、フィリエルさんは青色が似会うね」
「ありがとう。 リーラちゃんも銀色がよく似合ってるわ」
フィリエルさんは僕の言葉にパッと華やぐような笑顔になると、お返しにと褒めてくれる。
なんとなくだけど僕の思ってた通りだったのかも。
フィリエルさんが口を尖らせたのは、二人とも僕のおまけみたいに褒めたから。
それなりに容姿が似ているからって、そんな褒められかただと嬉しくないよね。
僕も前世の時だと二人と同じような事を言ってたと思うから。
この姿になってからは装飾品や服を似合ってると言われる度に、恥ずかしさより嬉しさが増していったからかな?
フィリエルさんが不満に思った気持ちがなんとなくわかったのかも。
「リーラちゃんはわかってくれたみたいね。アルゴさん……やっぱり減額ね」
「あはは……」
微笑むフィリエルさんに僕は苦笑いを返し、「減額」の言葉にアルゴさんは頭を抱えていた。
「まぁ、冗談は置いとくとしてじゃな」
レリックさんはコホンと区切るように咳払いをすると、
「ヘアピンの報酬は払うが、アルゴはリーラに不足分を払わねばならんのう?」
ニヤリと不適な笑みを浮かべながらアルゴさんへ指摘する。
確かにアルゴさんは釣り合わないと言ってたけど、その分を欲しいとは思ってない。そもそも、僕がどのくらい価値が違うのかよくわかってないしね。
でもレリックさんはどうしてそのことを蒸し返したのかな?
僕は意図がつかめずに首を傾げてしまう。
「確かに言ったが、レリックさんにそれを言われるのは釈然としないな」
アルゴさんはどこか納得がいかないといった表情で反論する。
「まぁ最後まで聞け、金銭をリーラに渡せと言うわけではない」
「というと、どういうことだ?」
レリックさんの言葉にアルゴさんは首をひねる。
その様子にレリックさんは苦笑して、
「言葉が足りんかったかのう。 つまりじゃ、リーラの為に腕を振るう気はあるか?」
言葉をかみ砕いて説明する。
「そういうことか、それなら聞くまでもないぜ」
アルゴさんは得心いったりと笑みを浮かべて返し、
「それで俺は何をすればいいんだ?」
続けるようにレリックさんへ質問を投げ掛ける。
二人のやりとりを見守って、今一つ何をするのかわからない。
腕を振るうってことは、アルゴさんは職人さんだから何か作るのかな?
でもアルゴさんに何かを手伝って欲しいといった感じだから、レリックさんが僕の為に何かを作ろうと思ってるのかも?
「それはじゃな……」
レリックさんは立ち上がって振り返ると、数歩進んで木箱に手をかける。
その箱の中には僕の為に作られた十字架が入っていて、レリックさんはそれを取り出し、アルゴさんに見せるように小さく掲げる。
それを見るアルゴさんは目を見開いて固まっていて、驚きの余り声が出ないみたい。
「これを見てどう思う?」
「どうもこうもないぜ……こんなもん見たことねぇ」
レリックさんの問いかけにアルゴさんは我に返り、恐る恐る十字架に手を伸ばして触れている。
長刀にかかるもやと比べるとすごく濃いから驚いたのかな?
レリックさんは十字架をアルゴさんに見せて何をするつもりなのだろう。
「これはすごいな……レリックさんが作ったのか?」
「うむ、リーラが魔力を込めてわしが形にした」
アルゴさんの感嘆の言葉にレリックさんが説明を加える。
「俺にこれを見せてどうするんだ? 自慢とかそういうのじゃないことはわかるが……」
意図を掴めずに困惑するアルゴさん。
それは僕も同じで、アルゴさんに十字架を見せる意味がわからない。
フィリエルさんは悠然としていて、レリックさんの意図することが掴めてるみたい。
「これはリーラの為に作ったものじゃが……これを持ち歩くのを想像してどう思う?」
レリックさんの問いかけにアルゴさんはあごに手を当てて少しの間目を閉じた後に、
「宝石箱の上に宝石が乗せてあるようなもんだな」
真面目な表情で答えるアルゴさんに僕は首を傾げてしまう。
その例えだと、僕が宝石箱で宝石が十字架となるけど……。
想像してみると、中に入れるはずの宝石が箱の上に置かれている光景が思う浮かぶ。
どういう意味で言ったのかわからないけど……僕はともかく、十字架はすごく高価という意味はわかった。
宝石は高価であることはわかるけど、宝石箱がどんなものかわからない。
前世でも宝石を見る機会はあっても宝石箱を見たことはなかったしね。
「アルゴさんに言われて思い出したわ、ドルゴさんが森から出てきたばかりの私の事を『歩く宝石箱』と表現したわね」
小さく苦笑いをしながら懐かしむように言うフィリエルさんに、
「それは初耳だな、爺さんも同じように表現したのか」
アルゴさんは相槌を打つように感心して頷いている。
「しかし、これをリーラちゃんの為にか……」
脱線した話を戻すように、アルゴさんは再び真剣に十字架を注視する。
「持ち歩くには厳しいと思うじゃろ?」
レリックさんの言葉にアルゴさんが頷くと、
「正直惜しいとは思うが、これをもう一度加工して身につけて歩ける物にしたいんじゃよ」
十字架をテーブルに置いて目的を説明する。
「なるほどな、それで俺の手を借りたいってことだな?」
「そういうことじゃ、職人としてやりがいがあるじゃろう?」
得心いったりとアルゴさんが問いかけると、レリックさんはニヤリと笑みを浮かべて返答する。
確かにあのまま持ち歩いても目立っちゃうもんね、木箱を持って歩くのも厳しいと思うし……でも加工して身につけれる物ってどうするのかな?
「長くなりそうな滞在期間を何しようかと思ってたところだ。早速始めようぜ」
「気が早いのう、まぁやる気があるうちに始めるか」
話がまとまったのか二人とも立ち上がり、十字架を拾い上げると足早にドアを開いて外へ出て行った。
多分工房にいって色々話し合いながら作業するのだろうけど……。
「行っちゃったね……」
二人が出て行ったドアをぼんやり見つめながら呟くと、
「二人とも職人魂に火がついちゃったのね……ああなるとしばらくそっとしておくしかないわ」
フィリエルさんは頬に手の平を当てて困ったように笑っていた。
読了感謝です