再会(後編)
僕が転んで地面にうつ伏せになってしまった事が原因で、
時が止まったような静けさが訪れる。
そよそよと吹く風が木々の葉を揺らす音だけがしばらくの間流れた。
うう……再会を抱き合って喜ぶ予定だったのに……体の節々から伝わる痛みが失敗に終わった事を伝えてくる。
「「リーラちゃん大丈夫 (か)?」」
スイッチが入ったように二人で僕を心配する声が降りて来て、後方から駆ける音が僕に近づいてくる。
それとは別に脇の辺りに力がかかり、僕は正面から持ち上げらるように起こされる。
「……久しぶりだな」
「……うん」
目線を合わせて僕を見るアルゴさんは苦い顔をしていてどう声を掛けて良いのか分からない感じで、僕も目の前で転んでしまって感動の再会(?)を壊してしまったため、頷くしかなかった。
本当はお互いに喜び合っていたはずなのに……。
「ぐす……」
こんなはずじゃなかったのにと、再会で嬉しいはずなのに暗い気持ちが僕の中を占めていき視界が歪んでいく。
アルゴさんを困らせるって分かってるけど、次から次へと頬をつたって降りる水滴を止める事ができない。
「どうすりゃいいんだ……」
アルゴさんの狼狽する声と溜息が聞こえる。
それに対して僕は……ごめんなさい、ごめんなさいと心の中で謝るしかなかった。
不意に両肩を掴まれると、フィリエルさんに振り向くように回される。
そしてパシパシと服から土を払うように叩かれ、
「こんな時はね……」
フィリエルさんの説明するような口調の言葉が聞こえたかと思うと抱き締められる。
密着した体から伝わる温かさが、涙で濡らされた心を乾かしていくように暗くさせる気持ちが消え去っていく。
視界を歪める物が無くなったところで、
「嬉しいのはわかるけど慌てなくても良かったのよ?」
フィリエルさんは困ったように笑いながら僕に語りかける。
「だって……」
僕は俯きながら小さく抗議の声を上げる。
言う事はもっともだけど……会えて嬉しい気持ちを抑える事は出来なかったと思うから……。
「ふふ、わかってるわ。 二ヶ月も待ってたものね」
フィリエルさんはくすりと笑い理解をしめすと、
「今日は村へ行くのはやめて、アルゴさんと一緒に家へ戻りましょう。 そのまま行ってもカリンさんに心配されてしまうわ」
僕を下から上へと一通り見てから予定の変更を口にする。
土を払ってもらったけど全身で地面に張り付いたために、腕や脚にも土がついたまま。
僕を抱き締めたため、少しだけどフィリエルさんの服にもついてしまっていて、僕を慰めるためについてしまったと申し訳なく思ってしまう。
「家に入る前に水浴びが必要ね」
「ごめんなさい……」
苦笑いで僕を見下ろすフィリエルさんに肩を落として謝る。
「本当の親子みたいだな……手紙の内容の通りってことか」
振り向くとアルゴさんが腕を組んで苦笑しながらこっちを見ていた。
アルゴさんを加えて家へと引き返す途中、
「リーラちゃんの着ているものはフィリエルさんの見立てか?」
「リボンは貰ったもので、服はフィリエルさんのお手製だよ」
アルゴさんの質問に笑顔で返す。
泣いてしまって困らせたけど、それで変に気を使った感じでもないので安堵する。
「似合ってるぞ……それに俺の作った靴もポーチも使ってくれてるんだな、嬉しいぜ」
アルゴさんは『似合ってる』と言った後、駆け足気味に嬉しいと述べる。
その様子は少しだけ照れくさそうにしてて、やはり自分の作ったものが使われていることが嬉しかったのかな?
「僕とランド村を繋ぐ物だから……これは僕の宝物だよ」
ポーチを両手で持って少し掲げて言うと、
「嬉しい事を言ってくれるじゃねぇか」
アルゴさんは僕の頭に手の平を乗せてわしゃわしゃと強く撫でる。
髪の毛を引っ張られる感覚がちょっと痛かったけど、嬉しそうにしているアルゴさんを見るとそれを言う気にはなれなかった。
そんな事を話しているうちに家の前に到着すると、
「アルゴさんは休憩も兼ねて家の中で休んでて、私とリーラちゃんは湖で汚れを落として来るわね」
僕とアルゴさんのやり取りを笑顔で見守っていたフィリエルさんが口を開く。
それを聞いて、何かを思い出したのかアルゴさんはその場で荷物を降ろして中を物色し始める。
何を探しているのかな? フィリエルさんと一緒に見つめていると、アルゴさんは亜麻色の袋を引っ張り出し僕に手渡す。
何だろう? と袋の中を覗いてみると、空色の布みたいなものが入っているのが見える。
「これは?」
そのまま引っ張り出すと汚れてしまいそうなので、アルゴさんに聞くことに。
「中身は服でミーナからの預かり物だ。リーラちゃんの生存を知った後に仕立て直したと言っていたからな、少し大きめにしているらしいぜ」
思い出すように言うアルゴさんの言葉に、僕は渡された袋をギュッと抱き締める。
僕の事を想ってアルゴさんに渡してくれたんだ……僕が居た時間より長い時間離れていても、僕の事を大事に想ってくれている事が伝わる。
「すごく嬉しい。 ありが……とう」
詰まりながらもお礼を言うと、こう言うのを感極まったって言うのかな……目頭が熱くなり、じわりじわりと液体が溢れ出して行く。
僕は袋を抱き締めたまましばらくの間涙を流し続けた。
僕が泣き止んだのを見届けたように二人が口を開く。
「これだけ喜ばれると、同じように服を作った私としてはちょっと妬けちゃうわね」
「今のリーラちゃんをミーナに見せてやりたかったな」
目を細めて僕を見るフィリエルさんに、感慨深げに頷くアルゴさん。
嬉し涙だったけど、二人にジッと見られていたと思うとちょっと恥ずかしくなる。
「リーラちゃんの服汚れちまったしな、水浴びのついでに着替えてきたらいいと思うんだが」
「そうね、袖を通しておいた方がいいわね。 サイズが合わなかったら私が仕立て直すわ」
アルゴさんの提案にフィリエルさんは頷き、水浴びの後に服を着替える事になった。
僕とフィリエルさんは湖へと向かい、アルゴさんは家の中で待つことに。
「荷物を整理しながらまってるぜ」
そう言って家の中に入ろうとしたアルゴさんが背中に付けていた棒を壁に引っ掛けて小さく声をあげた事に、フィリエルさんと一緒に吹き出しちゃったけど、気付いてなかったみたい、見てたことは言わないでおこうかな。
湖に着くと、何時もと替わらない水面が光を向こう岸の景色を映し出し、時折吹く風が水面を乱し光を乱反射する。
着替えの入った袋を地面に置くと、服を脱いで生まれたままの姿になり、服を平らな石の上に置く。
汚れてしまってるからそのまま地面に置いても良かったけど、汚れを増やす必要もないよね。
自分の体を洗わなきゃと、しずしずと湖の中に漬かる様に入っていく。
転んだ時にすりむいた部分が漬かると小さな痛みが走り、砂や土を撫でながら落とすときにまた痛む。
「痛むの?」
フィリエルさんが少し心配そうに僕の顔を見ている。
痛みが走ったとき無意識に顔に出ちゃってたのかな?
「少しだけ……ちょっと痛むくらいだよ」
苦笑いで返すとフィリエルさんは納得がいかないのか、腕や脚の擦りむいてそうな場所を確認するように見る。
「我慢してるわけじゃなさそうね」
大きな傷が無い事に安心したのか小さく溜息をついて、水浴びに戻るフィリエルさん。
心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっとし過ぎかも。
転んだのが痛くて泣いたと思われちゃったのかな?
そんな事を思いながらフィリエルさんを見返すと、一糸まとわない状態で体を洗っているのが見える。
フィリエルさんの中に入って、体を洗った経験のおかげなのかな?
綺麗だと思っても恥ずかしいという感じはほとんどしなくなっていた。
体を洗い終えたので、汚れた服を取りに行き、水の中で布と布をこすり合わせるようにして汚れを落としていく。
前世で使われていた洗濯機がすごく便利なものだったんだなあと、汚れを落としながら思う。
魔法の使い方次第で洗濯機みたいな事できないかな? フィリエルさん水の魔法が得意だといってたし聞いてみようかな。
僕が服を洗い終えるとフィリエルさんがすでに湖から上がっており、髪の毛を梳くようにして水分を取り除いている。
落とされた水のせいか足元のあたりだけ地面の色が違うように見える。
『ウォームウィンドベル』
魔法を唱えると温かい風と小さな鈴の音が流れる。
「ありがとう」
フィリエルさんは微風に髪をなびかせながら僕に微笑みかける。
お礼を言わなくてもいいのにと思いながらも、
「どういたしまして」
自分なりの笑顔で返す。
魔法で起こした心地よい微風と小さな鈴の音を楽しみながら、体が乾くのを待っていると、
「リーラちゃんが初めて私の前で使ったのがこの魔法よね」
ふっと思い出したようにフィリエルさんが口にする。
言われて見れば……あの時フィリエルさんは自分が教えたかったって残念がってたっけ。
「うん、その後にレリックさんに怒鳴られて、泣いちゃって……」
フィリエルさんは僕の言葉にうんうんと頷く。
僕が来てからの事を懐かしむように話しているうちに、体から水気が消え去っていた。
「もう大丈夫かな」
魔法を止めて乾いた服を汚れて無さそうな石の上に置くと、アルゴさんから受け取った袋から布を取り出す。
布の塊は二つあり広げてみると、どこかで見覚えがある形をした服とスカート。
「リーラちゃんの着てた服の色違いね」
僕が思い出そうとしているうちに、着替え終えたフィリエルさんが興味津々といった感じで服を見つめる。
言われて思い出す、僕がこの世界に来た時に着ていたのと同じ物。
着替えるものが無かった僕に作ってくれてたんだ……間に合わなかったけど気持ちは伝わったよ。
「リーラちゃん嬉しいのはわかるけど……」
フィリエルさんの言葉にハッと気付くと、服とスカートを抱き締めていた。
あうあう……ギュッと抱き締めたせいで少し皺がよっちゃった……ミーナさんごめんなさい。
気を取り直して袖を通すと、アルゴさんの言っていた通り少しだけ大きめに作られていて、ちょっとだけ余裕がある感じ。
着心地はクリーム色の服のほうが少しいいかも……大きくてずれるって程じゃないから、フィリエルさんに直してもらう必要はないかな。
つい嬉しくなってその場でくるっと一回りすると、
「その様子だと大きさは大丈夫そうね、似合ってるわよ」
フィリエルさんは納得したように頷いて、僕へと微笑みかける。
「ありがとう」
笑顔でお礼を返すと、どんな感じなのかなと湖に近づいて水面を鏡にして自分の姿を映す。
空色の服とスカートを見に付けたエルフの少女がこちらを見返していて、その表情はすごく嬉しそうに見える。
水面に映った自分の姿を見て、フィリエルさんの言ってた通り良く似合ってると感じる。
「あら?」
そんな事を思っていると不意に声が聞こえ振り向くと、フィリエルさんは薄茶色の紙みたいな物を持って広げていて、それを食い入るように見ている。
何か書いているのかなと近くまで行き背伸びして覗き込むと、アルファベットを崩したような文字の羅列が書かれていて、僕にはさっぱり理解できなかった。
「何て書いてあるの?」
文字が読めないのでフィリエルさんに尋ねるてみると、僕の声に気付いたのか視線を紙から僕に移す。
「ミーナさんからのリーラちゃんへの手紙で、多分文字は読めないだろうから、内容を教えてあげてって書いてあるの」
「僕への手紙?」
言葉の一部をオウム返しする僕に、フィリエルさんは「そうよ」と微笑み返して内容の説明をはじめる。
リーラちゃんが生存を知ってすごく嬉しかった。
アルゴさんに服とスカートとこの手紙の入った物を預けた事。
再会を楽しみにしているとの事。
「最後のほうにリーラちゃんに弟か妹が出来るって書いてあるわ。よかったわね」
フィリエルさんは説明を終えると、僕へにっこりと微笑みかける。
言葉が僕の中に染みていくと、嬉しい気持ちがあふれ出していく。
弟か妹が出来るって事は……ミーナさんがお腹の中に子供を宿したって事なのかな?
正直実感がわかないけど。ミーナさんに会いたい気持ちがより強くなった気がする。
「うん」
ゆっくりと頷くと、フィリエルさんは袋の中に紙を入れて僕に渡してくれる。
僕はそれを大事に抱えると、フィリエルさんと一緒に帰路につく。
家の前まで着いた所で、何かを思い出したようにフィリエルさんが立ち止まる。
どうしたのかなと、振り返るとフィリエルさんが苦笑いを浮かべて、
「アルゴさんが到着したした事をレリックに言ってなかったわ。 呼んでくるからリーラちゃんは先に入っててね」
そう言うと工房の方へと進路を変えて駆け出していった。
そんなに急がなくてもいいんじゃないかなと思いつつ、言われたとおり中に入ると、
「戻ってきたか」
声に振り向くと、アルゴさんがテーブルについて座っていて、近くには荷物の一部だと思われるずた袋が置いてある。
「うん、荷物の整理は終わったの?」
「ああ、袋の中の物を入れ直すだけだからな」
ずた袋が目に入ったので聞いてみるとあっさりとした解答が返ってきて、どんな物が入っているのか興味があったからちょっとがっかり。
「お、着替えてきたんだな、似合ってるぜ」
服が変わっていることに気付いたのか、アルゴさんはニッと歯を出して笑うと僕に向けてサムズアップをする。
「あ、ありがとう」
似合っているという言葉が嬉しくてちょっとくすぐったく感じてしまう。
アルゴさんと二人っきり……こっちの村に着てからのことを沢山話したいはずなのに、その言葉が出てこない。
会えた事で満足しているのかな?
聞いて欲しい事は沢山あるのに、言葉が浮かんでこないや。
部屋の中は静かな空間になって、しばらく経つと言わなければいけなかった事を思い出す。
「えっと、アルゴさんに伝えたいことがあるんだけど……」
「俺にか?」
僕の言葉に意外だったのかアルゴさんは目を丸くして自分を指差す。
「うん、もしかしたら信じられないかもしれないけど……」
現実の世界ではないところで会ったナナさんに頼まれた事を話すので、前置きをしておく。
正直に言えば、僕の心の底ある想いが見せたものかもしれないし、本当にあったものかの確証はない。
でも、ナナさんは言えばわかると言っていたから、わからなかったらそれはそれで僕の勘違いだったという事で済むしね。
「ナナさんからの伝言です『私が死んじゃった事をもう気にしちゃ駄目』と言ってました」
僕が言い終わると、アルゴさんの目が見開かれるとすうっと閉じていき、睨むように僕を見る。
その視線に怖くなり僕は萎縮してしまう。
「……その話は誰に聞いたんだ?」
何時もの陽気なアルゴさんとは思えない低い声で僕に問いかける。
アルゴさんにとって触れて欲しくない話題だったのかな……。
「ゆ、夢の中でナナさんがアルゴさんに伝えて欲しいって……」
アルゴさんの鋭い視線が刺さる中、震えそうになりながら頑張って言葉にするけど尻すぼみになってしまう。
ランドの村に居たときにキールさんにナナさんの事を聞いたことを思い出す。
もしかして、キールさんの言っていたナナさんの死因ってアルゴさんが関わっているのかな……。
「夢の中?」
意外な解答だったのか、アルゴさんから注がれる鋭い視線が緩む。
「うん」
僕は視線が緩んだ事に少しだけ安堵し、二回会ったナナさんとのやり取りを思い出しながらぽつりぽつりとアルゴさんに伝え始める。
アルゴさんは僕の言葉に耳を傾け、無言で最後まで聞いてくれた。
「夢の中のナナちゃんは俺のことを何と呼んでいた?」
「『アルゴおじちゃん』って呼んでいました」
質問に答えると、「そうか……」と言ってアルゴさんは目を閉じて考え込んでいるのかな? 黙り込んでしまう。
しばらくすると目を開き、
「睨みつけて悪かった、伝言ありがとうな……リーラちゃんの会ったのはナナちゃんで間違いないだろう、俺をそう呼ぶのはナナちゃんだけだったからな」
僕に謝った後、何かを思い出すように天井を見つめながらアルゴさんは呟く。
アルゴさんとナナさんの間に何があったのか気になるけど……。
ナナさんからの伝言をちゃんと伝えれたことに安堵すると、張り詰めていた気が緩んだのか頬を伝う何かを感じて行き、次第に視界が歪んでいく。
伝言をつたえなきゃという気持ちが僕を支えていたのかな……流れ行く水滴を止める事ができない。
「お、おいリーラちゃん泣かないでくれよ……」
おろおろするアルゴさんに申し訳なく思うけど、自分で止めれないんだもん……。
「仕方ねぇ、フィリエルさんの見様見真似だが」
困ったような声が聞こえたかと思うと、アルゴさんの硬い胸に密着するように抱き締められる。
力一杯されているのか、締め付けられるようでちょっと痛い。
肌を通して伝わる温かさが僕の涙を止めていく。
「アルゴさんありがとう、もう大丈夫だよ」
アルゴさんの顔を見るように見上げてお礼を言うと、
「俺が泣かしてしまったようなもんだ、すまなかった」
申し訳無さそうに眉を八の字にしてアルゴさんが謝罪を口にする。
「アルゴさんとナナさんの間に何があったかはわからないけど……伝えたことはアルゴさんにとって意味のあることだったんだよね?」
「ああ……すごくな……」
僕の問いかけに、アルゴさんは僕ではなく遠くを見るような目で呟くように言うと、
「何があったのか気になると思うが……すまない。 俺の一存でそれを話すわけにはいかねえんだ」
申し訳なさそうに、自分の意思だけでは話す事が出来ないと僕に伝える。
どんな事があったのかは気になるけど、それを無理に聞いてアルゴさんを困らせたくないから……。
「わかった。 気になるけど……アルゴさんが教えてくれるのを待ってるね」
「ああ、何時になるかはわからんが、必ず俺からリーラちゃんに話す」
そう言ってアルゴさんに微笑みかけると、僕の意図を読み取ってくれたのか笑顔で返してくれた。
それからしばらくして、アルゴさんが何かを思いついたように立ち上がると、壁に立てかけてある長い棒を手に取る。
確かあれが家の中に入る時につっかえ棒になって家に入り損ねてたっけ。
その光景を思い出して吹き出しそうになる。
「何か楽しい事でも思い出したか?」
「うん、ちょっとね」
僕の様子を見てちょっと不思議そうに尋ねるアルゴさんに相槌を打つように返す。
「内容が気になるとこだが、それよりもリーラちゃんに頼みたい事があるんだが」
「僕に?」
アルゴさんは急に真剣な面持ちになると、僕に頼み事があると言う。
何だろうと首を傾げる僕に、
「リーラちゃんは物に魔力を込めた事はあるか?」
アルゴさんの質問に頷く事で肯定を示すと、
「それなら話は早い、この武器の刃の部分にリーラちゃんの得意な属性を込めて欲しい」
アルゴさんは棒の真ん中より前の辺りを掴み、先の辺りにかけてある革製の鞘みたいなものを外すと、雲形定規みたいな曲線を描いた刃物が姿を現す。
よく研がれた刃の部分は鏡のように僕の顔を映し出している。
たしか……こんな武器を薙刀って言うんだっけ……でも、どうして僕に頼むのかな?
「どうして? って顔しているな。俺がリーラちゃんに入れて貰いたいって理由じゃだめか?」
「駄目じゃないけど……」
躊躇する僕にアルゴさんは苦笑しながら、薙刀を壁に立てかけるとずた袋の中を物色し始める。
しばらくすると、探し物が見つかったのか僕へと向き直り、僕の片手を掴んで手の平に何かを乗せる。
それは三日月の形をした銀色に光るヘアピンで、それを見て僕は目を丸くしてしまう。
「俺の手作りだ。 裏にはリーラちゃんの名前も彫ってあるぜ……といっても読めないか」
アルゴさんの言うように裏返してみると何か文字らしきものが彫ってある。
僕の名前を文字にあらわすとこうなるんだ……しげしげと見ていてふと思う。
僕の名前が彫ってあると言うことは最初からこれを僕に渡す為に……?
「先に言っておくが、ディンやミーナに頼まれて作ったんじゃないからな」
アルゴさんは少し照れくさそうにして補足するようにつけたす。
言われてディンさんとミーナさんに頼まれた可能性に気付いたけど、それならあの袋と一緒に渡すよね。
「俺がリーラちゃんの為に作った物で、見た目相応に値の張るものだからな……気兼ねしないように魔力を込めて貰ってそのお礼として渡したかったんだ」
アルゴさんは苦笑いになりながら一息に言い終えると、頬をぽりぽりと人差し指でかいている。
僕の為に作ってくれた……その言葉に嬉しくなり、ポーチを貰う時の事も覚えていてくれて、僕が遠慮なく受け取れるようにと考えてくれた心遣いも嬉しかった。
「やる事が前後になっちまったが、これに魔力を込めてくれるか?」
再度壁に立てかけた薙刀を手にして僕に質問すると、
「うん」
僕はアルゴさんの心遣いに答えるために快く頷く。
「ここに置くとフィリエルさんに怒られそうだが」
アルゴさんは苦笑いになりながら、テーブルの上に薙刀を置き、僕のやりやすそうな位置に刃がくるように動かすと、
「それじゃリーラちゃんの一番得意な属性を込めてくれ」
転がらないように柄の部分を持って僕に要請する。
アルゴさんの期待に答えなきゃと、張り切って刃を両手で挟むと、それに集中する。
『ブレッシングマテリアル』
僕の体から刃へと魔力が持っていかれる……少しは慣れてきたけどやっぱり心地悪い。
あの十字架に込めた時ぐらい長い時間かかったかな? 魔力を持っていかれる感覚が無くなる。
刃の部分を見るとうっすらと白いもやみたいなものがかかっていて、うまく行ったと安堵する。
「アルゴさんこれでいいかな?」
と言いながら振り向くとアルゴさんは目を見開いて固まっている。
「リ、リーラちゃんこの属性は一体……?」
アルゴさんは驚いた表情のまま、おずおずといった感じで僕に尋ねる。
そこで僕は自分が大きなミスをしてしまった事に気付き、両手で口を覆ってしまった。
読了感謝です