再会(前編)
シェリーさんが旅立ってから一週間が過ぎた。
三人で過ごす日常が戻ってきて、ふとシェリーさんが居た三日間を思い出す。
滞在していたのはほぼ二日間だけど、その間に色々な事があった気がする。
フィリエルさんがシェリーさんの怪我を見て失神した事。
シェリーさんの怪我を治すためにフィリエルさんと入れ替わった事。
中身がフィリエルさんでない事を見破られたり。
誤解が解けないままガーラントさんの事を誤解したまま旅立っていった。
今頃どうしているのかな? 誤解が解けているといいなと思うけど……。
二週間で戻ると言ってたし、うまく行かなかったら事情を説明しなきゃいけないかな……僕のせいで幸せが逃げちゃったら嫌だもん。
そんな事を考えながら早く起きてしまった為、頬杖を付いて夢心地に浸りながらフィリエルさんが起きるのを待っていると……そのまま意識を手放してしまった。
再び目を覚ますとフィリエルさんは居なくて「あう……」と小さく漏らして頭を垂れてしまう。
先に起きたのに二度寝しちゃった……。
その事実に肩を落としてテーブルまで歩いていく。
「おはよう、今日は起きれなかったか、続けるのは難しいもんじゃのう」
歩いてくる僕に気付いてレリックさんが声をかけてくれる。
「おはようございます、今日もお手伝いできるはずだったのに……早く起きたのに寝ちゃってた」
再び肩を落として溜息をついてテーブルにつく。
シェリーさんの旅立っていった日の翌日は疲れきって起きれなかったけど、その後はしっかり起きて手伝えたのに……。
「手伝える日が増えてるじゃろ? 時にはそんな事もあるもんじゃよ」
「うん……」
目を細めて慰めの言葉を僕にかけると、僕の頭を撫で始める。
僕が落ち込んだ時の対処法として確立しちゃってる気もするけど……心地良いいんだもん仕方ないよね。
ぼんやりと自分に言い訳しながら心地よさに任せていると、
「フィリエルが心配しておったぞ、頬杖ついて寝てたそうじゃのう?」
頭の上から質問の言葉が落ちてくる。
そういえば、考え事をしながら頬杖をついたまま寝ちゃったんだっけ。
眠ってしまう前の記憶を手繰り寄せて思い出す。
「うん……考え事してて……フィリエルさん起きるのを待ってたらそのまま寝ちゃった」
レリックさんの質問に見上げるようにして苦笑いを浮かべて答える。
「ふむ、悩み事か何かあるのかの?」
『考え事』の言葉に反応するようにレリックさんは僕を撫でる手を止めて表情を引き締める。
「うん、シェリーさんとガーラントさんうまくいってるかなって」
「そうか、今日で一週間になるのう……しかし、心配しても仕方あるまい、戻ってくるのを待つしかないと思うぞ」
思っていたことを口にすると、レリックさんは考え込むように顎に手を当てて答える。
レリックさんの言うとおり、ここで悩んでも何が出来るわけでもないのはわかってるけど……。
「誤解が解けないまま変に関係がこじれたらどうしよう……」
「ふむ……秘密を打ち明けて全部誤解を解いてしまう方法もあるが……その判断はリーラがするがよい」
僕が不安に思っていることを言葉より読み取ったのか、レリックさんは一つの解決策を提示する。
「僕が判断……?」
「うむ、シェリーの腕を治療したのもリーラが判断してやったことじゃろう? ようは同じ事じゃな」
途惑うように呟く僕に、レリックさんは頷いて微笑みかける。
同じ事と言っても僕に判断できるのかな……正体を隠して治療する事と、全てを明かす事が同じように思えない僕の心の中で、少しずつ不安が広がっていく。
「仕方ないのう」
言葉が聞こえたかと思うと僕は引き寄せられて、顔を横向きにしてレリックさんの胸に片耳を当てるようにして押し当てられる。
「前にも言ったとおり、リーラに救ってもらった命じゃ」
レリックさんの固い胸に密着した耳からトクントクンと鼓動が聞こえてきて、僕の心は落ち着きを取り戻し始め、不安を解消へと向かわせる。
「こうしてここに居られるのはリーラのおかげじゃ。 それと同じでシェリーもリーラが治してくれたからこそ、ガーラントへ告白する気になったはずじゃ」
僕のおかげ……レリックさんから優しく掛けられた言葉が僕の心の中に染みていく。
「焦る必要はないぞ、シェリーが戻ってきてから決めればよいからの」
そう言って僕の頭を撫でるのを再開させて、食事を運んで来たフィリエルさんは僕たちを見て微笑を浮かべていた。
「途中からでも手伝えばよかった……」
全部じゃなくても途中からでも手伝えた事に今更ながら気づいて、パンを片手に小さく溜息をついてしまう。
「気にしなくてもいいのよ、悩み事をレリックに聞いてもらってたんでしょう?」
フィリエルさんは気にしないでと笑顔を僕に向ける。
食事を運んできた時に僕が撫でられていたことを見て想像したのかな?
「うん」
少しだけ躊躇いがちに頷いて、温かいうちに食べようとパンにかぶりつく。
口の中に蜂蜜の甘さとバターが織り成す美味しさが広がりを見せる。
思わず顔が綻ぶのを感じて、もぎゅもぎゅと噛み締める。
「ふふ、リーラちゃんにはこれが一番ね」
フィリエルさんは楽しそうに僕へと微笑みかけ、僕の食べ切るタイミングで「はい」と次のパンを手渡してくれる。
もぎゅもぎゅと噛み締めながら、どうして今日は蜂蜜バターのパンなんだろうと至福の時を楽しみつつ考える。
レリックさんはフィリエルさんが心配していたと言ってたから……頬杖ついて寝てたことが気になったのかな?
ということは僕の事を想ってこのパンなのかも、そう思うとより美味しく感じられた。
四つ食べてお腹一杯になったところで、次を出そうとするフィリエルさんに首を振って断る。
「満足したみたいね、顔にそう書いてあるわよ」
フィリエルさんはくすりと笑みを漏らす。
お腹は満足したけど、表情にまで出てたのかな?
「私にもリーラちゃんの悩みを教えてもらえるかしら?」
僕が食べ終わるのを待っていたように、フィリエルさんから質問が飛んでくる。
それに頷いて、レリックさんとのやり取りを話すと、
「そうね、色々と思うところはあると思うけど、シェリーとガーラントさんはきっとうまくいくわ。信じて待ちましょう」
曇りの無い笑顔で僕に答えてくれる。
二人の事を良く知っているから言える事なのかな? フィリエルさんに戸惑いは全く見られなかった。
フィリエルさんにはうまく行く根拠となる何かがあるのかな。
聞いてみたいけど、それはやっぱり長年の信頼におけるものなのかなと思って止める。
「…………うん」
少し考え込んでフィリエルさんの言うとおりだと思いゆっくりと頷く。
「納得したみたいね、リーラちゃんがシェリー達の事を想ってくれるのは嬉しいけど、自分の事を疎かにしちゃ駄目よ」
フィリエルさんは僕に注意すると、左手の人差し指で僕の額を突く。
痛みは無いけど、突かれた場所を手で覆い隠すと目を見開いてフィリエルさんを見てしまう。
「リーラちゃんは人の為に自分を省みないところがあるから心配なのよ」
そう言って僕へと柔らかな微笑を向けると、髪を梳かす様に僕の頭を撫で始める。
「あう……」
フィリエルさんの言葉に身に覚えがあるために、溜息と一緒に小さく漏らす。
魔力切れ起こしたり、体に力が入らなくなるぐらい消耗したり……。
しょんぼりとなりそうだったけど、撫でられる心地よさがそれを防いでくれた。
でも、心配をかけないように気をつけないとね……多分またやっちゃうと思うけど……。
その後一緒にカリンさんのお店に少なくなった小麦粉を買いに行こうという事になり、寝室へ戻る。
ポーチを肩にかけてからリボンで後ろ髪を一まとめにして結ぶ。
今日はうまく出来たかなと思っていると、不意にリボンを解かれる。
「まだ練習が必要ね、少し曲がってるわよ」
後ろからフィリエルさんの声が聞こえ、リボンが結び直される。
装飾品を身に付けるって難しい……早く真っ直ぐに結べるようにならなきゃ。
先は長いのかなと、少しだけ俯いて肩を落とす。
「大丈夫よ、私もリーラちゃんと同じぐらいの頃は母親によく結び直されたり、やり直しさせられたりしてたわ」
「フィリエルさんも?」
その言葉に振り返りフィリエルさんを見上げると、
「ええ、だからリーラちゃんも練習していれば上手にできるようになるわよ」
僕の頭に手の平を乗せると目線に合わせるように屈んで穏やかに微笑みかけてくれる。
そっか……フィリエルさんも練習して上手になったんだ。
そうだよね、最初から上手な人なんていないよねと納得する。
あれ? 女の子になって三ヶ月ぐらいの僕と生まれた時から女性のフィリエルさんを同列に並べるのはおかしい気もするけど……。
でもフィリエルさんがそういうなら、そうなのかな、僕と同じように装飾品に触れる機会が無かっただけかも。
そんな事を考えていると、不意に頬を小刻みに小さく押される感覚がする。
「リーラちゃんの百面相可愛いわね」
気がつくと微笑んだままのフィリエルさんに頬を突かれていた。
抗議の声を上げようと思うけど……僕が考え事してて気付くの遅れたんだし……。
「う~……」
それでも何もしないわけにもいかないので、恨みがましく睨みつける。
それを見てフィリエルさんは苦笑いを浮かべて、
「ほらほら、早く出かけましょう、お昼もリーラちゃんの大好きなのにしてあげるから」
そう言って立ち上がると寝室を出て行く。
「!?」
その言葉に反応するように僕も小走りでついていく。
お昼もあれが食べられる事が嬉しくて気分が高揚して行き、後をついていき外に出たところで、食べ物の釣られて誤魔化された事に気付く。
自分の単純さに頭を抱えてながらも今更抗議するわけにも行かないので、気持ちを切り替えてお昼を楽しみに待とうと考え直す。
そしてふっと村を見下ろすとここに来たばかりの頃を思い出す。
この景色を見て感動してから二ヶ月と少し、後何回この景色を見れるのかな。
手紙が届くまで一ヶ月ぐらいかかると聞いたし。その後の準備もあるだろうから早ければそろそろ来るだろうとレリックさんが言ってたっけ。
「リーラちゃんどうしたの?」
足を止めてぼんやりとしていた僕に気付いたのか、フィリエルさんが振り返って問いかける。
「こうやって村を見下ろすのも、もう少しなのかなって」
苦笑いを返すと、フィリエルさんは僕へ微笑み返し、
「ふふ、感傷に浸れるぐらいここに馴染んだ証拠ね」
フィリエルさんに言われて、そうなのかなと思い返す。
ここに来て二ヶ月余りだけど色々あったなぁ、泣いて笑って落ち込んで恥ずかしがって……。
色々な事を思い出す内に一つの不安要因に思い当たる。
僕の使える神聖魔法の事についてだ。
ミーナさんやディンさんに話すべきなのかな? でも隠し事は出来るだけしたくないと思う。
レリックさんは魔法を使うことその事を打ち明ける事を僕に任せると言ってくれたけど……。
「難しい顔をして考え込んでいるの?」
気がつくと目の前に小さく眉をしかめたフィリエルさんの顔があり、両頬を手の平で挟まれて正面に向くように矯正される。
「何を考えていたの?」
フィリエルさんは真剣な面持ちになり、質問を繰り返す。
「ディンさんとミーナさんに僕の魔法の事をどこまで話したらいいのかなって」
隠す事もないので素直に答えると、フィリエルさんは少しの間目を閉じて考え込む。
「話す必要はないと思うわよ?」
フィリエルさんが目を開いたと思うとあっさりとした解答を口にする。
どこまで話すのかをある程度の範囲で教えてくれると思っていた僕は呆然としてしまう。
「あら……私の答えが意外だった? 理由ならちゃんとあるわよ」
僕の行動も意外だったのかフィリエルさんは苦笑いになりながら説明を始める。
「まず、だれもリーラちゃんが使えるとは思わないし、使えると考える事もないわ」
確かに、すごく珍しい魔法を僕が使えるなんて誰も思わないよね。
「次に、日常生活に他の魔法は使っても神聖魔法は必要ないでしょ?」
火と風と水の魔法を使うぐらいかな? 納得して頷く。
「最後にリーラちゃんが飛び出したように、変に不安を煽ってしまう事になりかねないの」
フィリエルさんは理由を一つ一つ区切って教えてくれる。
あの時の事は申し訳なく思ってしまうけど、反省はしてるし、次は無いようにしないとね。
でも話してよかった……僕の考えだけならずっと悩んでいたかも。
ディンさんとミーナさんには時期が来たら僕から話すようにしよう。
「でも決めるのはリーラちゃんよ」
「うん」
フィリエルさんは片目を瞑って微笑みかけると、僕は少しだけ強く頷く。
あくまで僕の意思を尊重してくれる事が嬉しかった。
「さて、悩みも解決したみたいね、出発しましょ」
振り返って歩き出すフィリエルさんの後を追い駆けていく。
そして横に並ぶように追いつくと、フィリエルさんは僕に合わせる様に歩みを遅くする。
村へと続く道すがら、木々の間から通り抜けてくる風が心地いい。
ゆるやかな下り道を降りていると、遠くにこちらへと歩いてくる人が見える。
「珍しいわね、服装を見た感じでは村の人では無さそうね」
フィリエルさんの言葉によく見てみると、その人の背中から斜めに棒が延びているように見える。
服装は軽装みたいだけど、僕には違いが良くわからないや……でもあんな棒みたいなものを持ってくる村の人は居ないかも。
見る場所は違うけど、フィリエルさんの言った事に納得する。
お互いに近づく方向へ進んでいるので距離は思ったより早く縮んでいく。
近づくに連れて僕の知っている人に似ていると感じて……それが確信に変った時僕は思わず駆け出していた。
「ちょっとリーラちゃん?」
フィリエルさんは駆け出す僕に驚きの声をあげるけど、僕は速度を上げていく。
相手も僕に気付いたのか歩みを止めて、背負っていた荷物を置いて走ってくる僕を迎えるように両手を広げる。
それに飛びつこうと思った矢先に、何かに躓いて勢いよく地面にキスをする羽目に……。
「ふにゃ」
反射的に言葉がでてしまい、僕の黒歴史が一つ増えた瞬間だった。
読了感謝です
今回長すぎたので分割する事にしました。
9/17に次話を更新予定です