僕にだけ出来る事
※入れ替わり表現があります
食事も終わり、寝室へ。
気落ちしたフィリエルさんはレリックさんにお姫様抱っこされてベッドまで運ばれる。
「レリックありがとう」
いつものようにレリックさんへと微笑み返しているけど、耳は食事の時と同じように垂れ下がっている。
シェリーさんも心配そうにフィリエルさんを見ているが、声をかけられずにいる。
「しっかり休みなさい。家事はわしがやっておくからの」
「うん……ごめんね」
レリックさんの気遣いへ申し訳なさそうに頷くフィリエルさん。
いつものように、フィリエルさんの隣に横になると、
「リーラちゃん」
何だろうとフィリエルさんに視線を向けると、しばらく無言が続いて小さく何かを振り払うように首を振る。
「……明日もお手伝いよろしくね」
そう言って、悲しそうな微笑を僕へ向けていた。
『お願いできるかしら』その一言を飲み込んだのかな……すぐそこに治せる可能性があるのに言えないもどかしさ……。
僕の考えが正しければその表情も今夜で終わりになるはず。
少しだけ僕も寝ておこうかな。朝まで寝ちゃったら次の日に延期するしかなくなるけど……。
目を瞑るとすぐに意識は遠のいていき、眠りに落ちた。
ふっと目を覚ますと、静かな寝息が新たな眠りに誘う空間で、何とか起きれたと安堵して静かに行動へ移る。
魔力切れを起こしたあの日から僕の魔力を込めた十字架に触っていない。
持ち歩いても目立つからとレリックさんが作ってくれた少し大きめの木箱にしまっている。
足音を懸命に殺して箱に少しずつ近づきそれをあける。
キィっと小さく蝶番の音がするけど大丈夫みたい。辺りは静まったまま。
音を立てないよう、用心深く取り出し手に持つと温かいものを感じる。
足音を殺して、寝床に何とかたどり着きフィリエルさんに隣り合うように横になる、
そして十字架を軽く抱いて入れ替わったあの日と同じように思い浮かべると、脳裏に言葉が浮かび視界が暗転した。
目を開くと、十字架を抱えて眠っている僕が見える。
音を立てないようにゆっくりと起き上がると胸の辺りに重みを感じ、見下ろすとフィリエルさんの着ていた服と大きな胸が目に入る。
入れ替わりはうまくいったみたい……あとはこれがうまく行けば何とかなるはず……。
『ライター』
魔法を唱えると小さな火がでてすぐ消える。
思ったとおり……魔法は体に左右されずに魂というのかなそれに付いてくるみたい。
僕の考えた方法とは、僕がフィリエルさんの体を借りて、シェリーさんを治して口止めするという単純なもの……。
『僕』ではなく『フィリエルさん』が魔法を使うということで、『僕』は他人に神聖魔法を見せないという、レリックさんのお願いに従っているというもの。
自分で屁理屈だってわかっているけど、フィリエルさんの辛そうな表情を見たくないし、これは僕を大切に想ってくれて養ってくれる一つの恩返し。
『僕』が抱いている十字架を起こさないようにゆっくりと引き抜くと、体を借りるねと心の中で謝っておいた。
ゆっくり立ち上がり、足音を殺してシェリーさんのベッドへと向かう。
穏やかな寝息を立てているシェリーさんに近づき肩の辺り軽く揺する。
眠っているまま魔法を使って治す事も考えたけど、レリックさんの時みたいに光ると起こしてしまう可能性が高いから、起こす事にしたのだ。
シェリーさんの瞳がゆっくりと開かれて、僕を見つけると「母……上……?」と小さく声を出す。
僕はフィリエルさんがしていたように、人差し指を唇にあてるようにして、音を立てないように求めると、シェリーさんはそれに頷く。
「起こしてごめんなさいね、うまく行くかわからないけど試したい事があるの」
小声で用件を伝えると、シェリーさんは首を傾げながらも頷いてくれる。
手振りで『ついて来て』と伝えて、光が強くても寝室へと届かないように、奥の部屋へと誘導する。
「ここまでくれば大丈夫ね」
「母上……一体何をするんだ?」
シェリーさんの疑問に答えるように十字架を掲げると、
「これを使ってシェリーの腕を治療するの」
「…………」
シェリーさんは十字架を見ると目を見開いて言葉を失ってしまう。
あ……そういえばすごく珍しいものなんだっけ……。
でも……今のうちに治療してしまった方がいいかも。
シェリーさんの左腕を手に取り『ブレッシングライフ』レリックさんを治療した時の魔法を使う。
腕は白い光に包まれ、十字架もまばゆい光を放ち僕を補助してくれる……しばらく魔力を持っていかれる感じが続いたけど、傷自体はふさがりかけていたので、レリックさんの時のように長くはなかった。
光が収まると腕の傷は跡形も無く消えて綺麗な腕に変っていた。
「どうかしら?」
僕の問いかけに返事をする事も忘れて腕を凝視するシェリーさん。
でも指を動かす気配が無い……もしかしたら別の魔法がいるのかな? そう思うと、別の言葉が僕の脳裏に浮かんでくる。
『リフレッシュリンク』魔法を唱えると、短時間光に包まれるだけですぐに収まった。
「指を動かしてみて」
多分これで……いいはず。
動いて欲しいと願うように、シェリーさんの左手を見ていると、ぎこちなく指が動き出した。
よかった……僕は胸を撫で下ろす。
「母上これは一体……」
夢を見ているかのように驚いたままの表情を張り付かせたシェリーさんがポツリと呟く。
「この十字架のおかげよ、ある人の魔力とレリックの力作なの……でも使えるのはこれっきりなの」
「え……」
僕の言葉にさらに驚きの言葉を上げる、貴重なものを使った印象をつけてしまったかな?
何度も使えるように思わせても不味いしね……誰でも使えると思われても困るし。
それに、僕が中身の『フィリエルさん』だから使えるのだから、元に戻ってしまえば使うことは出来なくなるしね。
「シェリーの為なら惜しくないわ」
「は、母上」
感極まったようにシェリーさんが僕に抱きついてきて、胸の辺りに顔を埋めると、僕の来ている衣服を湿らせていく。
僕は優しく抱き締め返すと、心の奥底から湧き上がる温かい物を感じる……これが母性なのかな。
しばらくシェリーさんの頭を優しく撫でてから抱擁を解くと、
「このことは秘密にしてね」
「父上にもか?」
僕を見上げるように顔を上げたシェリーさんの疑問に少しだけ考えると、
「レリックには言ってもいいわ、リーラちゃんに話すかはシェリーに任せるわね」
「わかった」
頬を湿らせたままのシェリーさんは頷き、
「母上はこうして私を治せるなら……どうしてひどく落ち込んでいたんだ?」
「ごめんなさい、今は言えないの」
苦笑いになってやんわりと断る。
その疑問の答え本人にしか分からないから、僕は応える事が出来ない。
「そうか……いつか教えて欲しい」
「そうね……いつかは教えられると思うわ」
その役目はフィリエルさんにお願いしておくね、心の中で呟いた。
そして、寝室へ戻って寝なおすことに……なんとか怪しまれずに終わらすことが出来たかな。
ベッドに横になると、眠ったままの『僕』が悲しそうな表情でスースーと静かな寝息を立てている。
その表情も今夜で終わりだねと思いながら、やろうと思っていたことは何とか全部出来たと安堵する。
あとはフィリエルさんともう一度入れ替われば、明日には笑顔が戻るはず。
さっき入れ替わったように思い浮かべると……脳裏に言葉は浮かんでこなかった。
数度同じ事を試してみたけど結果は同じで、僕の心が焦り始める。
元に戻れなかったら……という考えが脳裏に過ぎったけど、すぐに頭を振って振り払う。
前回との違いを探せば何か分かるはずと……必死に思い出すと、二つの違う点が浮かんできた。
前回の入れ替わってから戻るまでの時間が今回に比べて長かった事。
魔力を消耗して、シェリーさんを治した事。
その二つから思い浮かぶことは……入れ替わる為の魔力の不足。
多分……戻る事は出来るけど、それまでフィリエルさんの振りをしなきゃいけないのと、フィリエルさんには『僕』の振りをしてもらわないといけない。
最後の最後に大きな失敗をした気分になって、落ち込みそうになるけど……落ち込んでも居られない。
事情を話して協力してもらわないと……目の前の『僕』の肩に手のひらを置くと、音を立てないように体を揺する。
揺らし続けると『僕』が目をゆっくりと開くと、
「……私?」
小さく呟くと、目が大きく開かれて……。
二日前の自分の状況が脳裏に蘇り、慌てて『僕』の口を塞ぐ。
「むー……」
僕は唇の前に人差し指を当てて、『静かにして』と手振りで伝えると、少しだけ状況を飲み込めたのか『僕』はゆっくりと頷く。
「リーラちゃんよね?」
『僕』の問いかけに僕が頷くと、
「また、入れ替わっちゃったのね……どうしてかしら?」
首を傾げるようにして考える素振りをする『僕』。
「ごめんなさい」
僕は肩を落として俯くと、入れ替わりの理由が僕の魔法であり、僕が願ったために発動してしまったことを説明する。
怒られるかのかなと、おそるおそる『僕』を見ると、くすくすと楽しそうに笑いだす。
「どうして、私になりたいなんて願ったの?」
「それは……内緒です……」
『僕』の質問に答えるのが恥ずかしくなり、そっぽを向いてしまう。
僕の頭の上に何か乗せられた感触があり、振り返ると『僕』が僕の頭を撫でていて、
「リーラちゃんありがとう……私を元気付けようとしてこの魔法を使ったんでしょう?」
『僕』は微笑みながら言ってくれたけど……僕は首を振って、今夜のやりとりを伝えると、『僕』は肩を震わせて黙り込む。
勝手な事をしたって怒られちゃうかな……でもそれは覚悟の上。
不意に胸の辺りに衝撃が走ったかと思うと腰の辺りに締め付けられる感覚がある。
見下ろすと『僕』が胸に顔を埋めていて、
「リーラちゃんありがとう……」
と言うと次第に服を湿らせていく何かを感じると、
「私が言わなければいけなかったの……お願いしますって。 でもそれは不自然な事だって……本来治る事が無いんだってわかってたのに。
もしかしたらリーラちゃんなら治せるかも……そう思ってはリーラちゃんを見てしまって……」
まるで年相応の少女のように泣きじゃくる『僕』の頭を優しく撫でながら抱擁する。
フィリエルさんと最初に会った時に泣きじゃくった僕はこんな感じだったのかな?
『僕』の反応からやってよかったみたい……と安堵していると、スースーと呼吸の音だけ聞こえ出したので、見下ろしてみると『僕』の目は閉じられた。
その表情は穏やかに見え、起こす気になれなくて、そっと寝かせる。
次はレリックさんに事情を話さないと……眠っている『僕』の頭を一撫ですると、
レリックさんのベッドへと足音を殺して歩き出す。
体を揺すって起こそうと肩に触れると、レリックさんは目を覚ます。
「どうした? こんな時間にフィリエルからわしに用事とは珍しいのう」
「えっと……」
触れただけで起きてしまい、言葉に詰まってしまう。
「そうか……リーラにお願いしようとしてたところをわしが止めてしまったからのう……」
と言うと僕の腕を掴み胸の辺りに引っ張込むと、強く抱き締められてしまう。
急な事に言葉に出来ないで居ると、
「沈んだ心を慰めて欲しいんじゃろう? フィリエルから求めてくるとは珍しいが……」
レリックさんに自分のであることを言わないと……。
口を開きかけたところであご手が副えられ、僕の唇がレリックさんの唇でふさがれてしまう。
「!?」
驚きで目を見開いてしまう。
僕とレリックさんがどうして……でも体はフィリエルさんだからいいのかな? ってそうじゃなくて……。
激しく混乱する中で、口付けが続けられるけど、不思議な事に僕に不快感は無く、胸の奥底で熱い何かを感じ出している。
どれぐらい接していたのだろう? 触れ合った唇が離されると、どこからか残念と思う感情がわいてくる。
少しだけ余韻に浸ってぼんやりとしてしまうと、当初の目的を思い出し、首を振って追い払う。
僕の動きを少し不思議そうに見ていたレリックさんは、
「もしや……中身はリーラか?」
さっきの行為が脳裏に蘇り、僕は顔を背けて頷く。
フィリエルさんに何ていえばいいの……。
心の中で頭を抱えてしまう。
「ふむ……場所を変えて話すかの、話し声で起こしてしまうかもしれんからの」
どこか気まずそうに言うレリックさんの提案に頷くと、
一緒にいつも食事を取っているテーブルにつく、
「さて……また入れ替わってしまったようじゃの?」
レリックさんの問いにフィリエルさんに説明したように、原因は僕の魔法であることを伝えると、
「なんとなくそんな気がしておった、神聖魔法についてはわからぬことばかりじゃからのう……それで、今回はどうして入れ替わったんじゃ?」
「シェリーさんの腕を治すためです」
叱責を覚悟の上で、レリックさんの疑問に答え、今夜のやりとり(二人分)を話すと、
「そうか……リーラには手間と心配をかけさせてしまったのう」
叱責どころか申し訳無さそうに言うレリックさんに僕は首を振って、
「ううん、僕ができる事を頑張っただけだよ」
「世話になったな……礼を言うぞ」
頭を下げるレリックさんに、僕は再び首を振る。
「お礼なんていらない、僕の笑顔を見たいからって色々してくれてたんだから、僕も同じことをしたの」
「ふむ……気持ちは良く伝わったぞ」
僕が微笑むとレリックさんは釣られたように目を細める。
「そうだ……どうして僕に治療を頼もうとしなかったの?」
なんとなく理由はわかってるけど……それだけじゃない気がする。
「確かにのう、リーラに頼めばやってくれるとは思っておった……しかしのうそれでは、駄目なのじゃよ」
「どうして?」
頼まれれば僕は喜んでやったと思うし、レリックさん達の娘のシェリーさんなら秘密も守ってくれると思うけど……。
「慣れてしまうことが怖いのじゃよ、大怪我を負っても治してもらえる事にな」
「え……でも……」
僕ができる事なら、やりたいと思うし……。
「村長に教えてもらったじゃろ? 慣れてしまったらリーラを殺しかねないのじゃ……」
「あ……」
言われてハッとする、僕の為を想って言わないようにしていたんだ……。
「そんな顔するでない……リーラの気持ちは嬉しいんじゃからの」
「でも……」
レリックさんはしょんぼりしてしまった僕の頭を撫でてくれる……何時もより心地よく感じる。
「じゃからの、わしからは頼めないが、リーラがやりたいと思うなら止めはせん」
「え……?」
見上げる僕に優しく微笑みかけてくれる。
「もっとも、以前わしが怒鳴った時の様なことをしようとするなら止めるからの」
「うん……」
僕が間違えた方向に進みそうなら止める、でも好きなようにやればいい。
レリックさんの言葉の節々から感じられる想いがすごく嬉しかった。
「やれやれ……何時もとは違うフィリエルを見れて楽しいのじゃが、話す言葉はリーラじゃからちと困惑するのう」
「ごめんなさい、こんな事になるなら『僕』のままで魔法で治せばよかったかも……」
レリックさんは視線を少しだけ宙に泳がせて考える素振りをすると、
「そうとは言えんかもしれん、フィリエルの姿だったからこそ、シェリーも安心してついてきたと思うがのう」
言われて気付く、会ったばかりの僕が言っても信用してもらえるとは思えない。
「ということはつまり……」
「後のことを考えると大変かもしれんが、シェリーを治す事に関してはリーラの選択が正しかったのかもしれんの」
見つめ返す僕に頷いてくれる。
「リーラの見立では今日乗り切れば何とかなるんじゃろうが……」
「正直……自信はないかも」
お互いに苦笑してしまう。
「今からでもしっかり寝ておくんじゃ、起きるまではフィリエルとうまくやっておく」
「わかりました」
「じゃが……さっきの口付けはフィリエルには内緒で頼むぞ」
「あはは……」
苦笑いでお願いするレリックさんに僕の乾いた笑いをするしかなかった。
今日は長い一日になりそう……そっと溜息をついた。
読了感謝です