報告と告白
ふっと目を覚ますと、ベッドの上に寝かされて居ることに気が付く。
記憶をたどると……ガーラントさんへの説明が終わったあたりから記憶が無いから、テーブルに突っ伏したまま寝ちゃったのかな。
今日は寝てばかりな自分に苦笑し、起き上がりあたりを見回すと誰もいないので耳を澄ましてみると、いつも食事をしている部屋から小さく声が聞こえる。
声に釣られるように歩いていくと、話し声の内容が聞こえるようになる。
「ここを出て行くというのは本当ですか?」
「まだ完全に決まったと言う訳じゃないがのう」
「質問の応対内容によっては変わるかもしれないわ」
何の話だろうと中へ入らずに聞き耳を立てようとしていると、
「リーラよ、そこで立ってなくてもよい、入って来い」
……ここにいるのはばれてたみたい。
声の質から言うと怒っているというより、どこか呆れてるような感じ。
こっそり聞こうとしていたのがばれたので、少しだけ俯いて中へ入る事に。
「こっそり聞くなら最初から足跡を消しておかんとのう」
苦笑いしながら僕がいることをわかった理由を説明するレリックさん。
音を立てて歩いてたつもりは無かったけど、聞こえちゃうのかな。
「何処から聞いてたの?」
「えっと、ここを出て行くというとこから」
フィリエルさんの問いかけに素直に答えると、少しだけ苦笑いの表情に変え、
「ごめんなさいね、まだリーラちゃんには詳しくは言えないの」
「すまんの、アルゴが来た後の事を相談しておったのじゃ、まだ先の話じゃからリーラは気にせんでよい、いずれわかることじゃからな」
そんな事言われたら逆に気になっちゃうよ……戸惑う僕に、
「二人はリーラ嬢に余計な不安を与えたくないと言う事です。私はここで暮らしていく方が幸せで居られると思いますが……」
ガーラントさんは二人の想いを僕に伝え、遠慮がちに自分の意見を言う。
「リーラには帰る場所があるからのう」
「それを邪魔する訳にはいかないの、ただ……」
フィリエルさんは何かを言いかけて止める、もしかしてさっきの質問の応対とか言ってた事なのかな?
応対の内容によってはどうなるんだろう……ミーナさんとディンさんと暮らさない方がいいのかな……。
考えれば考えるほど思いつく結果は僕の心を暗くする。
「リーラちゃんは不安になる事はないの、ディンさんとミーナさんとは一緒に暮らす事はできるわ」
「でも……応対内容によってはって……」
フィリエルさんは困ったように微笑みながら僕を見つめ、
「そうね、それによってここに住むか、ランド村に住むかの違いが出るだけよ」
「そうなの?」
見上げて聞き返す僕の頭に手のひらをのせて、、
「ええ、一緒に暮らす事になると思うわ」
頷いて答えてくれたのでホッとする。
質問の内容とか気になるけど、一緒に暮らせるのならと心の奥にしまう事にした。
「レリック殿とフィリエル殿に報告といいますか伝えておきたいことがあります」
ガーラントさんが真剣な面持ちで言うと、
「僕も聞いてていいのかな?」
少しだけ遠慮気味に聞いてみる。
さっきの話はあまり僕に聞いて欲しくなったようだからね。
「リーラ嬢にもいずれ関係するかもしれませんから聞いてください」
ガーラントさんは表情を崩さずに僕の質問に答える。
僕にも関係あるかもしれないことって何だろう?
「先日街中でばったりシェリー殿と会いまして、気落ちしている様子なので声を掛けたのですが、用事があるからと挨拶をしただけで別れました」
「あやつが気落ちしてるとは珍しいのう」
「でもそんなに気になる事かしら?」
二人とも首を傾げている、たまたま調子が悪かったのかもしれないしね。
僕なんてしょっちゅう……しょっちゅうなんてすぐに思い浮んだ事に少しだけ落ち込みそうになった。
「それだけではないのです。 その翌日に部下と酒場に行った所、シェリー殿を見つけたので、昨日と同じように声を掛けて同席したのですが……無言のまま酒をどんどん飲み始め、あっという間に酔いつぶれてしまったのです」
ここで一息ついて、
「流石にそのままにしておけないので部下に断って、シェリー殿を背負って私の家へと連れて行きました」
「迷惑をかけたのう……すまぬ」
「どうしたのかしら……あの子お酒に強くないのに……」
ガーラントさんの言葉に、レリックさんは頭を下げて謝り、フィリエルさんは困惑している。
「気になさらないで下さい、シェリー殿は私の妹みたいなものですから」
気にしないでと両手を広げて振ると、
「翌日、目を覚ましたシェリー殿に問いただしてみたのですが、俯いたまま何も話さないので……一緒にここへ行かないかと申し出たのですが、近いうちに行くから伝えて欲しいと言う事でした」
ガーラントさんの報告に二人とも黙ってしまう。
会話の内容から言ってシェリーさんに何かあったんだろうけど……。
しばらくの沈黙の後、
「帰ってくるのを待つしかないみたいじゃのう」
「そうね……何があったのかしら」
二人とも不安そうに口を開く。
「一応近しい者に聞いてみたのですが、冒険者を辞めるかもしれないとこぼしていたそうです」
「前回戻ってきたときにはそんな素振りは全く無かったが……」
「一体どうして……」
続けられたガーラントさんの言葉が追い討ちをかける形となってレリックさんは眉をひそめ、フィリエルさんの表情は悲痛に染まりかけている。
「お二人に早く知らせたほうがよいと思いまして参りましたが、中々言い出せず申し訳ありませんでした」
ガーラントさんは深々と頭を垂れて二人へと謝罪する。
「気にせんでよい、シェリーについて色々と気になるが……近いうちに帰ってくることがわかったからのう、後の事はわしらの役目じゃ」
レリックさんは気にするなと言う風に首を振り、思案顔になり黙り込んでしまう。
きっとシェリーさんに何が起こったのか気がかりで仕方ないのかな。
一方、フィリエルさんは沈んだ表情のまま俯いている。
レリックさんが慰めてあげるのが一番いいんだろうけど、今は気になる事を考えたまま……。
フィリエルさんがいつも慰めてくれるように僕がしてあげれば少しは楽になるかな?
正面からでもいいけど、少しだけ驚かせる方が気が紛れるかも。
僕は立ち上がると足跡を殺してフィリエルさん後ろへと移動すると、
少しだけ勢いをつけて、フィリエルさんの背中におぶさるように肩を抱く。
「きゃっ」
フィリエルさんは衝撃に驚いて小さく悲鳴を上げると、
「リ、リーラちゃん?」
驚いたように僕の名前を呼ぶ。
気を紛らす事はできたのかな……僕は肩を抱く力をキュっと体を密着させるように強めると、密着した部分にフィリエルさんの温かみを感じる。
フィリエルさんにも僕の体温が伝わってるかな? 僕がいつもそれで安心できたようにフィリエルさんも安心できるといいけど。
しばらく抱きしめたままにしていると、不意に腕を捕まれて「あっ」と声を上げている間に振り払われてしまう。
何かいけなかったのかなと振り払われた両腕を少しだけ肩を落として見ていると、急に体を引き寄せられて強く抱きしめられる。
驚いて見上げてみると、さっきの悲痛な表情は消えて、穏やかな微笑を浮かべているフィリエルさんが見えた。
「リーラちゃんありがとう」
その言葉を聞いて僕はやってみてよかったと安心する。
「リーラちゃんに心配させるほど落ち込んでたみたい……駄目ね私が落ち込んでいたら、リーラちゃんを不安にさせるかもしれないのに」
フィリエルさんの言葉に僕はゆっくりと首を振って、
「僕の事でも心配して落ち込んじゃうフィリエルさんがシェリーさんの事で落ち込むのは仕方ないよ」
僕よりも大切にしているはずのシェリーさんを僕と同じように扱うのはおかしいよね。
そう……僕は仮初の家族だからね。
「そうね……シェリーのらしくない行動を聞いて考えすぎてたみたい、シェリーが帰ってこないとわからない事ばかりなのにね」
苦笑を混ぜながら僕を見るフィリエルさんの表情が怪訝そうに見るものに変り、
「リーラちゃん、また自分で抱え込もうとしてるでしょ」
フィリエルさんの言葉に少しだけ俯いてしまう。
もしかして、考えている事が顔に出ちゃったのかな……でもこんな事言いにくいし……。
途惑う僕にフィリエルさんは真剣な面持ちになって、
「リーラちゃんが飛び出した日の後に決めたの、悩みはしっかり聞こうって……言えないなら、それが力ずくになっても聞き出そうって」
その言葉に僕は目を丸くしてしまい、呆然としていると、
「ガーラントさん、リーラちゃんを捕まえててくれるかな?」
「は、はぁ……」
フィリエルさんの言葉に従って、ガーラントさんは僕を後から近づくと腰の辺りに腕を回し逃げられないように拘束する。
それを見届けるとフィリエルさんは僕への抱擁を解き、小さく溜息をつくと、
「リーラちゃんが隠し事するからいけないのよ」
力ずくで聞き出すと言われただけに、何をされるのだろうかと目を瞑って耐えるに身構えていると、脇の下からお腹にかけてくすぐられている感覚が……次第にそれは加速し必死に耐えようとしたけど我慢できなくなり……。
「にゃははははやめ、ははははて」
僕の笑い声が家の中を木霊し始める。
くすぐりから逃れようとじたばたと抵抗してみるけど、少女と鍛えている大人の力は歴然でピクリともしなかった。
数分間くすぐられた後に、やっと拘束を解かれた僕はぐったりとなって「ふにゃ」と小さく呟くとテーブルに突っ伏してしまう。
「話す気になったかしら?」
「ふぁい……」
どこか楽しそうに言うフィリエルさんに僕は力なく返事をする。
実は楽しんでいたんじゃないのかなと少しだけ思ったけど、言ったらくすぐり地獄へ戻るような気がしたので言うのをやめる。
そして俯いた理由をぽつぽつと説明すると、突っ伏した僕を起こすと再び抱きしめて、
「もう……リーラちゃんは家族同然なんだからシェリーと同じぐらい大切なのよ」
『家族同然』と言う言葉が僕の心に染み渡ると、フィリエルさんから感じる温かさとあわさってすごく安らいだ気持ちになる。
……そうだよね、僕の為に服を作ってくれたり、食事を豪華にしたり、僕を追いかけてきてくれたり……。
思い返すだけで僕をすごく大切にしてくれている事がわかるのに……どうしてあんな事を思ったんだろう。
「多分リーラがそんな事を考えてしまったのは、シェリーへの嫉妬みたいなものじゃと思うぞ」
いつのまにか考える事をやめていたレリックさんが口を開く。
「嫉妬……?」
その言葉だけをおうむ返しすると、
「うむ、シェリーが帰ってくることがわかった事で、自分の立ち位置を失ってしまうのではと、意識しない部分で感じてしまったのではないかのう」
レリックさんの推察に僕はしばらく首を傾げた後に、「あっ」と小さく呟く。
家族のシェリーさんと自分を同列に並べるなんてと思って落ち込んで、フィリエルさんの『家族同然』と言う言葉に安堵してたから……。
レリックさんの言うとおり、シェリーさんに嫉妬しちゃったのかな。
「レリック殿は深く考え込んでいたと思いますが、何時の間に中断されたのですか?」
ガーラントさんの問にレリックさんは苦虫を潰したような顔で答える。
「リーラの笑い声が木霊する中で集中出来るわけないじゃろ」
その回答に二人とも苦笑すると、レリックさんはやれやれといった感じに溜息をついた。
その後ガーラントさんは一泊する運びとなって、一緒に夕食を取った後に寝室へと行く。
ガーラントさんは予備のベッドに寝る事に。
僕は眠っている時間が多かった為か、中々寝付けずに居ると……小さくベッドの軋む音が聞こえたので目を開けてみると、ガーラントさんが起き上がり寝室を出て行くのが見える。
何処へ行くのだろうと、僕も起き上がり興味本位で後をついていくと、ガーラントさんはドアを開き外に出る。
僕も続くようにドアを開くと、
「リーラ嬢も寝付けないのですかな?」
出てすぐの場所にいつの間にか座っていたガーラントさんが僕へ微笑みかける。
「うん、ずっと寝てばっかりな一日だったから」
僕は苦笑いを浮かべながら答え、隣に腰を下ろすと、ガーラントさんへと体を預ける。
やってしまった後に、隣にレリックさんが居るつもりでとも言えず……体を離そうとすると、引き戻される。
突然の事にポカーンとしながら、ガーラントさんを見上げると、
「遠慮しなくてもいいんですよ、そのほうが楽でしょう」
と笑って言ってくれたのでそのまま体を預けることにした。
しばらくお互い無言のままでいると……ガーラントさんは自信の無さそうな声で、
「実はですね……シェリー殿以外の女性と二人でいることが無かったもので……どう話を振っていいのかよく分からないのです……」
僕の顔色を窺うように見て、少し恥ずかしそうにいうガーラントさんに僕は吹き出してしまう。
「リーラ嬢……それはちょっとひどいのではないですか?」
ガーラントさんは少し傷ついたように苦笑いになっている。
以前に来た時に部下の人たちに見せた威厳が欠片も感じられなくて……その違いが可笑しくてしばらく笑いが止まらなかった。
「ごめんなさい」
やっとの思いで笑う事を止めた僕はガーラントさんを見上げて謝ると、
「私もリーラ嬢の恥ずかしい体験を土産話として頂きましたのでお相子ですよ」
僕を怒るわけでもなく、微笑を浮かべて僕の頭に手をのせると撫で始める。
「こうしているとシェリー殿の幼少の頃を思い出します」
そう言えばシェリーさんは妹みたいなものだっていってたっけ、それを聞いてふっと思いついたので尋ねてみる。
「レリックさんとフィリエルさんとはどうやって知り合ったんです?」
二人とは親しげに話していたし、シェリーさんとは友人であると言ってたっけ。
「そうですね……私が生まれる事が二人を引き合わすきっかけになったと両親から聞いています」
ガーラントさんは少しだけ思案顔になった後、思い出すように言う。
「それじゃガーラントさんが居なかったら、レリックさんとフィリエルさんは出会えなかったんだね」
「そうかもしれませんね、物心ついた頃にはフィリエル殿に可愛がって貰いましたから」
懐かしむように話すガーラントさんに、いいなぁと思ってしまう。
僕の小さい頃もお父さんにこうやってのせて体を預けていたのかな?
少しずつ薄れ行く前世の記憶を探ってみるけど、それらしい記憶はなかった。
幼すぎて覚えて無かっただけだよね、そう結論付けて撫でられながらぼんやりと思っていると、
「フィリエル殿に聞きました、リーラ嬢には血縁の者が居ないらしいと」
「うん……多分居ないと思う」
ガーラントさんの言葉に歯切れの悪い返事を返す。
「多分ですか……理由を聞いてもよろしいですか?」
遠慮がちに尋ねるガーラントさんに僕は頷くと、
「僕にはランドの村で目覚めてからの記憶と、前世の記憶しかないんです」
「前世の記憶といいますと、生まれる前の記憶という事ですか?」
ガーラントさんに意味を尋ねられてハッと気付く、何となしに言ってしまったけどよかったのかな……。
少しだけ躊躇したけど、内容さえ話さなければ大丈夫かなと思いなおし、こくりと頷く。
「私にはありませんが、リーラ嬢の態度から見るにあまり聞かないほうが良いみたいですね」
「うん……」
僕は俯くように頷いた。
ガーラントさんに僕の少しだけ躊躇した事を見抜いて一歩引いてくれた。
「私が戻った後のことをレリック殿から聞きました」
僕の様子を見て、別の話題を持ち出してくる。
僕の事を気遣っての事なのかな?
「レリック殿が重症を負って危ない状態になった事、リーラ嬢がそれを治した事……ほんの一ヶ月の間に色々あったそうですね」
その言葉に僕は思わず見上げるようにガーラントさんを見てしまう。
「私には話していいと判断したんでしょう、それだけ信頼をして頂いている証拠です」
どう言っていいのか途惑う僕にガーラントさんは微笑みかけると、
「リーラ嬢の重大な秘密を知った代わりに、私も秘めていた事を告白しましょう」
ガーラントさんは夜空を見上げて、どこか遠くある何かを見るように、
「シェリー殿に結婚を申し込む事にします、受け入れて貰えるかはわかりませんが……頂いた信頼に答えようと思います」
ガーラントさんの告白の内容に僕は動揺してしまい、
「あ、ありがとうございます?」
あうあう……間違ってお礼を言っちゃった、対象は僕じゃなくてシェリーさんなのに。
ガーラントさんはこれには苦笑いして、
「内緒ですよ」
と片目を瞑って口元に人差し指を持ってくる。
僕が無言で頷くと同時にドアが勢いよく開かれる。
急に開いたドアに驚いて目を向けると、驚いた表情を貼り付けたフィリエルさんが立っていて、
「目を覚ましたらリーラちゃんが居ないから……」
もしかしてまた僕が飛び出しちゃったと思ったのかな……。
心配させてしまったのかなと申し訳ない気持ちになる。
「家の中を探しているうちに話し声が聞こえてきたから……そうしたら」
わなわなといった感じに体を震わせるフィリエルさんに、僕とガーラントさんは首を傾げてしまう。
「ガーラントさんのプロポーズにリーラちゃんが承諾してて……」
フィリエルさんから発せられた言葉にガーラントさんは笑い出し、僕は固まってしまう。
「なんじゃ騒がしいのう」
そこへフィリエルさんの勢い良くドアを開けた音で目覚めたらしいレリックさんが出てきて、結局、勘違いしたフィリエルさんの誤解を解くためにガーラントさんの秘め事を説明する羽目になってしまった。
読了感謝です