天からの言伝
僕が飛び出した事件から二週間がすぎた。
カリンさんに心配をかけた事を謝りにいくと、「はい」とすぐに飴を渡され、
口に含むといつもの甘さと爽やかさが口の中に広がる。
「リーラちゃんはこうじゃないとね」
と理由を聞くわけでもなく、微笑みかけてくれる。
どうして理由を聞かないの?と尋ねてみると、
「飴を含んだリーラちゃんの顔を見たら、もう大丈夫って言ってるからよ」
飴で判断されちゃう僕って……。
と少しだけ落ち込んでしまったのも、苦い思い出。
あうあう、カリンさんの甘い飴で苦い思い出が増殖していく……。
レリックさんが僕の為に作っていた物が完成する。
僕の腕の長さぐらいの銀の十字架に、中心に一個と菱形を描くように四個ダイヤモンドが埋め込まれている。
レリックさん曰くこの配置が、中心に魔力を集めやすくするらしい。
一昨日、昨日、今日と仕上げに魔力を三日に分けて注ぎ込む。
一昨日は近くで見ればわかる程度で、昨日は無造作に見てもわかる程度に、そして今日で注ぎ終わると、
十字架の全体からうっすらと、少しだけ神秘的に見えるもやがかかった物が出来上がる、それなりに離れていても確認できそう。
持っているだけで、安らぐ感じがする……。
「レリックさん終わりました」
出来上がった物を高く掲げて報告する。
「ほう、これは……昨日の地点で十分驚いたのじゃが……ここまでとは」
「そうね……私が魔力を込めた物を比較にどうかなと持ってきたけど……」
二人とも感嘆の声を上げ、出来上がった物を興味深そうに見ている。
フィリエルさんの持ってきたものは、僕の手に持っているものより少しだけ大きい同じ形をしたもので、青い宝石が同じように配置してあり、一昨日、僕が魔力を込めた時と同じぐらいのもやがかかっている。
「これもレリックに作ってもらったものなのだけど、これに仕上げの魔力込めるのに十日かかったのよ」
苦笑いしながら、どれだけ大変だったかを説明するフィリエルさん。
フィリエルさんが十日かかるものを一日でしてしまった事に、今更ながら驚いてしまう。
「リーラちゃんは私よりずっと大きな魔力をもっているのね、自信なくしちゃうわ」
少しだけ恨みがましく、拗ねたように口を尖らせるフィリエルさん。
フィリエルさんの持っている魔力は高いほうだと言っていたから、僕の魔力はすごく高いみたい。
だからと言ってフィリエルさんが自信を無くす必要はないと思うけど……。
フィリエルさんの態度に戸惑ってしまい、どういったらいいのか迷っていると……不意に表情を微笑みに変え、
「冗談よ。 その魔力があったおかげでレリックが助かったのだから、不満なんてないわよ」
「もう、からかわないでよ」
冗談と言われた事に少しだけホッしたけど、からかわれてたことに頬を膨らませて抗議する。
「ごめんなさいね」
と言いながら僕の頭を撫でだす、こんな事で誤魔化させないよ!
と思ってたけど、心地よさに身を任せていると気がつけば膨らませた頬はしぼんでいた。
あうあう……僕って単純すぎる。
結局……簡単に誤魔化されてしまった事に頭を抱えて屈みこんでしまう。
「リーラちゃん?」
「ふむ、色々思うところがあるかもしれんのう」
そんな僕を不思議そうに見つめるフィリエルさんと、理由を察したのか苦笑いのレリックさん。
僕が立ち直るまで二人ともそっと見守ってくれた。
「リーラよ、ちょっとそれを貸してもらえるかの?」
レリックさんの言葉に頷き、手渡すと、
「ほう……これは、わしの作る最後の物とするには余る代物になったのう」
感慨深く呟くレリックさんはとても満足そうだったけど……。
「最後って?」
気になる一言が含まれていたので聞いてみると、
「わしも年をとったからのう、そろそろ区切りになるものを考えておったのじゃ」
そういって僕の頭をぽんぽんと叩くと、
「リーラがいいきっかけを与えてくれたんじゃよ」
と言って僕へと微笑みかけてくれる。
僕は自分がきっかけを作ってしまった事が、よかった事なのかわからず困惑してしまう。
「これこれ、別にリーラが悪い事をしたわけじゃないんじゃから、そんな顔する出ない」
「でも……」
レリックさんを見上げるようにして、納得しきれない僕は素直に喜べない。
ちょっと違うかもしれないけど、働く事をやめたらレリックさんの生活の張り合いが無くなって、ぐっとふけてしまうのではないかと、前世のお爺ちゃんが定年後に急に年老いた事を思い出し重ね合わせてしまう。
僕のわがままかもしれないけど、レリックさんには生涯現役でいて長生きをして欲しいから……。
「リーラにはかなわんのう……わかったわい、外部の依頼は受けるのをやめるが、親しい者からの依頼は受けることでいいかの?」
「レリックの負けね、リーラちゃんはこれで満足?」
苦笑いしながらも、優しい眼差しで僕を見るレリックさんとクスクスと笑うフィリエルさんに「うん」と頷き微笑み返した。
「さて、完成もしたことじゃし、試しに行くかのう」
レリックさんが思いついたように言うと、
「そうね、いざと言う時に使えないと困るものね」
フィリエルさんはそれに同意する。
僕もそれに頷き、三人で湖へと赴く。
湖は一ヶ月前に来た時と同じように湖の向こう側を映しており、時折吹く風が水面を歪ませる。
ふっと一面を見渡すと、少しだけへこんでいる場所があり、周りより雑草が少ない箇所がある。
思わず駆け寄り、その部分を見つめると、小さな石に赤いものが付着している。
それは僕の背中がこすれた跡とレリックさんの流した血が固まったもの。
「あれから……一ヶ月経つんだね」
一言呟くと、当時の光景が脳裏に蘇る。
血塗れのレリックさんと、悲しみに染まってしまったフィリエルさんの表情……。
思い出すだけで悲しい気持ちになる。
僕を庇ったレリックさんと庇った傷を癒した僕が互いに助け合った形になったけど、少し違えばどちらかが欠ける結果になったと思う。
少しだけ目頭を水が満たしかけたけど、腕でこすって拭う。
思い出す目的でここに来たわけじゃないもんね。
ふっと僕の頭に手のひらをのせられる感覚が伝わる。
「熊に襲われた時の事を思い出しておったんじゃろ?」
見上げると僕へと微笑みかけるレリックさんが居た。
いつの間に僕の隣に来たのかな……全く気付かなかったよ。
「うん……」
レリックさんに思っていたことを当てられたしまい、俯くように頷く。
ジッと見つめてたから、わかったのかな。
「リーラの年を考えたら、あの経験は少々きつかったのかもしれんのう」
レリックさんは見上げた僕の顔を見て少しだけ苦笑いになると、僕を引っ張るように抱き寄せる。
胸のあたりに僕の頭を軽く押し付けると、命の鼓動が聞こえてくる。
蘇った記憶を洗い流すように、僕を悲しい気持ちは消えて行き、聞こえる音が僕の心をあたためる。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう」
苦笑から微笑みに変ったレリックさんに僕も微笑み返す。
視線を移すとフィリエルさんが目を細めてこちらを見ている。
すごく落ち込んでいたわけじゃないけど、その気遣いがすごく嬉しかった。
「それじゃ始めるかのう」
言葉に頷き、魔法を唱える。
『ブレッシングベル』
手に持っている十字架はぼやっと少しだけ光を発したかと思うと、
レリックさんの頭上に小さな鐘が出現し、キーンコーンと音を鳴らし、レリックさんを霧で覆う。
霧が晴れた後のレリックさんはうっすらと光って見える。
一ヶ月の間使ってなかったけど上手くできたことに安堵する。
駆け出したり、跳ねてみたりと効果の度合いを確かめているけど、駆け出す早さとか、
跳ねる高さとか、目を丸くしそうなぐらいすごい。
僕も自分にかけたら早く動けるのかな。
「ふむ、効果は相変わらずじゃのう」
体を動かし、効果を確認したのか満足そうに頷き、
「それの使い心地はどうじゃ?」
「魔法に反応してるみたいだけど、効果は良くわからないかな」
質問いに答えると、レリックさんはあごに手をあて「ふむ」と思案顔になる。
「使う魔力がリーラちゃんの魔力の量から比べたら、少ないからなのかもしれないわね」
フィリエルさんの感想に、一ヶ月前につかった時も力が抜けたりとか、特に何かを消費した感覚はなかったかなと思い返す。
「効果を確かめたいとこじゃが……どうするかのう」
「範囲を広くして使えば、わかるかもしれないけど……」
二人とも思案顔になってしまい、考え込んでしまう。
「範囲を考えて唱えてみるね」
と『わかるかもしれない』というフィリエルさんの言葉に、試してみようと思い、
範囲は……ガーラントさんが来た時の広さより少し小さくすればいいかな?
大きすぎると魔力切れ起こすかもしれないしね。
広さを想像してっと……魔法を唱えようとする直前に、フィリエルさんが何かに気付いたように表情を変え、
「だ、駄目よリーラちゃん」と聞こえたときには、
『ブレッシングベル』
魔法を唱え終わり、十字架は眩しいぐらいの光を放ちながら僕が使う魔法を補助してくれてるみたい。
大きな鐘が出現し、ガーンゴーンと辺りに響きわかる音をならすと、一面を霧が包み込む。
僕も範囲に入っているために、効果があったのか体が軽く感じる。
そう感じたのも束の間で……鐘が消えると、僕の全身から力が抜け、その場に崩れ落ちるように倒れてしまう。
あ……魔力を注ぎ込んだ分……減ってたのかも……。
フィリエルさんが叫んだ理由に今更ながら気がつき、急激な眠気に消え行く意識の中、慌てて駆け寄ってくる二人を見ながら僕の意識は途絶えていった。
…………目を開くと見たこともない白い地平線が広がっている。
魔力切れを起こして……ここは何処だろう……。
「リーラさん」
声にする方向へ振り向くとナナさんが僕へと微笑みかけている。
「ナナさんがいるってことは今度こそ僕は……」
と言いかけたところでナナさんは首を振って、
「リーラさんはまだまだ長く生きるの、ずっとずっとね」
「それじゃ、どうして僕はここに?」
「えっとね、私が神様にもう一度お話してお礼を言いたいってお願いしたの。そうしたら、機会があれば会わせてあげられるって言われたの」
笑顔で僕の質問に答えるナナさんに、そんなに融通が利くのかな? と首を傾げてしまう。
でも、こうして話が出来るのだから深く考えても仕方ないのかな。
「リーラさんがハルクおじさんにお願いしたおかげで、お父さんとお母さんとアルゴおじさんが早く安心できたの、ありがとう」
ペコリと僕に頭を下げてお礼を言うナナさんに、
「ううん、僕にその機会を与えてくれた人が居たからだよ」
レリックさんが気を利かせて、ハルクさんへお願いできるようにしてくれたおかげで、それが無ければお願い以前に話しかけることも出来なかったかもしれない。
「その人に感謝しないと、でも私からありがとうって伝えてもらっても仕方ないかな……」
「ナナさんは会った事ないと思うから……そうかもね」
お互いに苦笑してしまう。
「それでね、リーラさんからアルゴおじさんに伝えて欲しい事があるの」
「伝えて欲しい事?」
アルゴさんに伝えて欲しい事って何だろう? と思いながら聞き返してしまう。
「私が死んじゃった事をもう気にしちゃ駄目だって伝えて欲しいの、リーラさんの言う事なら信じてもらえると思うから」
ナナさんが死んじゃった原因とアルゴさんがどう関係あるのかな?
「もう時間が無いみたい……アルゴおじさんに言えばきっとわかるとおもうから……お願いします」
深々と頭を下げたナナさんを見ながら意識は遠のいていった。
長く眠ってたのかな……瞼が重くなかなか開かない。
少しずつ開いていくと、二人の人らしきものが視界に入ってくる。
フィリエルさんと、レリックさんかな?
「リーラちゃん目が覚めた?」
視界が少しずつはっきりとしてくると、レリックさんとフィリエルさんが一緒に僕を見つめているのが見える。
心配させちゃったかな……。
「うん……」
ゆっくりと頷くと、
「お説教をしたいところだけど、まだ調子は戻ってないと思うから今度にするわね」
フィリエルさんは、溜息混じりに少しだけ苦い表情を浮かべている。
「ごめん……なさい」
自分のしてしまった軽率な行動を思い出し二人に謝る。
「わしが作ったやつが輝くのが見えたから、効果はあったんじゃろうが……」
「魔力切れ起こさない為に作ったものを使って魔力切れ起こしたら意味無いわ」
二人の言葉に肩を落としてしまう。
僕が意識を失う前に見た二人の表情を思い出すと仕方ないと思う。
不意に体を起こされると、優しく抱きしめられる。
「リーラちゃんが倒れた時は気が気じゃなかったんだから……」
「ごめんなさい……」
「リーラちゃんの魔法はわからない事が多いんだから、無理しちゃ駄目よ」
「うん」
伝わる温もりが心地よく、心配してくれたフィリエルさんの気持ちもすごく嬉しかった。
しばらくして、フィリエルさんは抱擁を解くと、
「リーラちゃんが地面に倒れこんで、服が汚れちゃったから着替えさせたんだけど、着心地はどうかな?」
フィリエルさんに言われ、体を見下ろすと、浅緑色の服が目に入る。
特に違和感も無く、きつい場所もなさそうで、気になるところは無いかな。
カリンさんから同じ色の布を貰って、作り直したのが完成したんだ。
二回目も自分で着るのではなく、意識の無いときに着せられたことはともかく、
僕のために作り直してくれたことが無性に嬉しく感じた為、
「フィリエルさん、ありがとう」
感想を聞かれたのに先にお礼を言ってしまった。
「うん、大丈夫そうね」
満足そうに頷くフィリエルさんに首を傾げてしまう。
僕まだお礼しか言ってないんだけど……。
「気になるとこがあれば言葉より先に顔に出るものなのよ」
フィリエルさんは楽しそうに微笑みながら説明してくれる。
僕が感想より先にお礼を言ったからかな?
「問題なかったから『ありがとう』って言ったのよね?」
フィリエルさんの質問にこくりと頷いて、
「うん、すごく嬉しかったから……」
正面から聞かれるとちょっと恥ずかしくなって、少しだけ俯くような感じになっちゃった。
こういうのをはにかむっていうのかな?
「うむうむ、そう言われるとそれに着替えさせたわしもやりがいがあったというものじゃ」
レリックさんが満足そうに頷く。
その言葉のハッとフィリエルさんの方に振り向くと、
「レリックがリーラちゃんに少し罰を与えておかないと、同じ事するかもしれないっていうから、着替えをレリック一人でしてもらったのよ」
フィリエルさんが苦笑いを交えて少し申し訳無さそうに言うと、
「まだまだ成長途中だったのう、六年後を楽しみにしとるぞ」
レリックさんニヤリと笑って、思い出すように言う。
二の句を告げる事ができない僕は空気を求める金魚のように口をパクパク動かした後、
恥ずかしさのあまり頭を抱えて屈みこんでしまう。
心配かけてしまったのも本当だし、罰を与えられるのも仕方ないけど……。
うう……こんな罰ないよぉ……。
しばらく恥ずかしさのあまり悶えていると、
「ふふ、冗談よ」
「ほっほ、うまく引っかかってくれたのう」
頭の上から言葉が落ちてきて、見上げてみると楽しそうに微笑んでいる二人が見える。
「えっ? えっ?」
何が冗談なのか飲み込めず僕は混乱してしまう。
「着替えさせたのは私よ」
「え……ということは?」
「これがリーラへの罰じゃよ」
結局、僕を軽率な行動を戒めるための罰みたい……レリックさんの言い方が見てきたように言うんだから信じちゃったよ。
それが本当か嘘かなんてわからないから、真実は二人の心の中。
心配させてしまった僕が悪いだけに、ベッドにねそべり枕を抱くと、いじけたようにそっぽを向く事しかできかった。
二度と魔力切れで倒れたりしないと心中で誓い、
ちらりと二人を見てみると、目を細めて僕を見ていた。
読了感謝です