繋がれた絆
……お腹のあたりがあたたかい。
お日様の光が当たってるのかな……それとはちょっと違うどこか安心してしまうような温かさが感じられる。
ゆっくりとまぶたを開くと、寝る前の光景と違う白色をした何かがうっすらと見える。
「あ……れ……?」
かすれる様な小さな声をだし、寝る前に見た風景と全く違う事に気付く。
少しずつはっきりしていく意識の中で、小刻みに見える視界が揺れている事に気が付き、両脚が何かに支えられ、太もものあたりは拘束されたように動かない。
「起きたかの」
僕の視線の先から声が聞こえる……どこかで聞いた事がある気がする。
記憶をたどっていくと……すぐにたどり着いて驚く。
「レリックさん!?」
驚きのあまり叫ぶように声を出してしまう。
「これ、そんなに大きく呼ばぬとも聞こえとる」
半ば呆れたような声が返ってくる。
「ご、ごめんなさい……」
といってから、自分が背負われている事に気付く。
寝てる間に見つかったのかな……。
決心して出たのに……あっさり見つかって逃げる事もできなさそう。
でも……どこかで安心している自分がいる。
一緒に居ちゃいけないと思うのに、不思議と離れたいという気は起きなかった。
聞かれたら正直に話そうと観念して、言葉を待っていると……。
ゆっくりと前に進むだけで僕へ問いかける様子がない。
すごく怒っているのかな……叱責される覚悟は……多分出来ているはず。
気がつくと「どうして……」と一言僕の口から漏れていた。
「様子がおかしいのはわかっておったからのう、寝たふりをして様子を見ていたんじゃ」
「え……でも」
それだけの理由で僕が出て行くなんて考えないと思うけど……。
「昔の話になるが、フィリエルが昨日のリーラみたいな状態になったときがあっての、耳を見ると落ち込んでいるのがわかるが、目はな……何かを決めたような……そんな目をしておったのう」
心は沈んでいたから、耳はそれを語っていたのかな……目は自分では見えないからわからないけど。
「家までまだ長い、フィリエルがどうしてそうなったのか昔話をしようかの」
ゆっくりと僕を背負ったまま、歩きながら話し出す。
ある日、レリックさんの常駐している宿に住み込みで働く人として、フィリエルさんが連れてこられ、弓に心得があるということで、レリックさんの依頼を手伝ってもらう事になった。
依頼の対象の魔物の罠に嵌り囲まれてしまうが、フィリエルさんの身を呈して放った魔法により事なきを得る。
レリックさんはそのときからフィリエルさんの事が気になりだしたらしい。
その二ヵ月後、買出し中にトラブルに巻き込まれ、その相手の指示により、宿への嫌がらせが始まる。
責任を感じたフィリエルさんは宿を出て行ってしまう。
「その出て行く直前の表情が昨日のリーラとそっくりだったんじゃよ」
「その後、フィリエルさんはどうなったの?」
僕の質問に答えてくれたけど……その先が気になってしまってしょうがない。
「自慢になってしまうがの、後をつけて、さらわれたところをわしが助けた」
その光景を想像すると、すごく絵になるのだけど、若い頃のレリックさんが想像できない僕には、娘を助けに来た父みたいな絵になってしまった。
そして、レリックさんがどうして僕が出て行くことに感付いたこともわかった。
「レリックさんには、僕が何をするかわかっていたんだね……」
少し自嘲めいた言い方になってしまう。
「正直いうとな、確証なんてなかったぞ。もしかしたらぐらいのつもりじゃったよ」
「え……それじゃ僕が出て行かなかったらどうしたの?」
「そうじゃのう……リーラが気持ちよく笑ってくれるまでは、夜はわしが見張って、昼間はフィリエルに任せるじゃろうな」
今、レリックさんの顔を見れたら苦笑しているかな……。
僕の気持ち良く笑えるまでという言葉に込められた……僕を大切に想う気持ちがよくわかる。
自分なりに、悩んで決めたはずなのに……。
そんな人の気持ちを踏みにじるように飛び出した自分が悲しくなる。
「リーラの疑問には答えたから、次はわしの疑問に答えてくれるかのう?」
レリックさんの言葉は、ただただ優しく僕に問いかけるもので、
「うん……」
僕は素直に頷き、村長さんとの会話から、出て行く決心を決めるまでの事を、ぽつぽつと話す。
話す内容の節々で昨日の気持ちが蘇り、僕の心を再び沈めていき、
そして最後に「ごめん……なさい」と頬を濡らしながら謝っていた。
「そうか……」といいながらレリックさんは歩みを止めて僕を降ろすと、
抱き寄せ僕の頭が胸の辺りに軽く押し当てるようにして、ゆっくりと僕の頭を撫で始める。
「すまんかったのう、神聖魔法のことは村長から聞いておったが……リーラが知るにはまだ早いと思って伏せていたんじゃ」
レリックさんの硬い胸から聞こえる鼓動が僕を安心させる。
「こうなってしまうなら、早く伝えて置けばよかったのう……そうすればリーラが思いつめる事もなかったはずじゃ」
レリックさんは溜息混じりに少し自嘲めいた口調で言う。
僕の事を想って伏せていたんだね……。
「後はのう、わしとフィリエルが一緒に引っ越すと言った事を覚えておるか?」
レリックさんの問に頷く事で答える。
「その時には、村長から話は聞いておったからの、つまりじゃ」
コホンと小さく咳払いをして、
「リーラが村から出て行くときはわしらも一緒じゃ、それはもう決めた事じゃよ」
その言葉にハッと上を見上げると、レリックさんは僕に優しく微笑みかけくれた。
結局、思いつめた僕の勇み足、相談すればよかったと思うのも後の祭り。
僕の事を心配して追いかけてくれたレリックさんには感謝してもしきれないや……。
こんな時はどうすれば……そっか簡単な事だった。
「ありがとうございます」
「うむ、それでいいんじゃ」
レリックさんは満足そうに頷いてくれる。
僕……上手く笑えたみたい。
「早く戻りたいところじゃが……少し休憩するかのう、ちと疲れた」
そう言うと、抱擁していた僕を離し、レリックさんは近くの木に腰を下ろし、木へと体を預ける。
僕も同じように隣に腰を下ろすと、レリックさんへともたれかかる。
ちょっとだけ甘えてみたくなったのかな……自分でも不思議なくらい自然にできちゃった。
それに気付いたレリックさんは、僕の頭を優しく撫でてくれる。
しばらくして、撫でている手が止まったので、レリックさんへ視線を向けると目は閉じられ、穏やかな寝息が感じられる。
寝ずに僕を追いかけてきてくれて、僕を背負ってここまでは連れてきてくれたおじいちゃん。
すごく鍛えられたように見える体でも、寝ないでの行動は体にきちゃうよね。
僕がもう逃げないとわかったから、寝れたのかな……そう思うとやっぱり申し訳なくなる。
何か出来ないかなと、考えを巡らせると……ふっと思いつく。
僕の自己満足に過ぎないんだけど、ありがとうの気持ちも込めて、頬へと唇を落とす。
「む……」と小さく声が漏れる……起こしちゃったかなと思ったけど、大丈夫みたい。
レリックさんが起きている時だと、恥ずかしくて出来ないと思うし、からかわれちゃうよね。
やってしまったことに、少しだけ満足して、またレリックさんへもたれ掛かるように座ると、微風が吹き、僕の頬を撫でると木の葉が小さな音を立てて揺れる。
昨日はこうして風の心地よさ肌で感じる余裕もなかったなと昨日を振り返り、
フィリエルさんにも心配かけちゃったなぁと思い出す。
ぼんやりと、家に帰ったら謝らないと……と思っていると、
穏やかに吹く微風と、それにより木の葉が静かに揺れる音にこっくりこっくりしていると、その心地よさに意識を手放してしまった。
ふっと気がつくと、感触に覚えのある硬さの物が頭の辺りに感じられる。
あれ……僕はレリックさんにもたれかかっていて……眠っちゃったんだっけ。
記憶を手繰り寄せながら目を開くと、白い草原……前にもこんな事があったような……あ。
「起きたか?」
空と言うにはかなり近くから声が落ちてくる。
声の主はレリックさん、僕はいつの間にかレリックさんの膝上に寝かされていたみたい。
「レリックさん起きてたんだ」
「寝た振りをしてたんじゃよ」
僕の問いに笑顔で応えるレリックさん。
寝た振りってことは……僕がキスしたことを見られてた?!
頬に熱が集まっていくのを感じる。
「冗談じゃよ、気がつけば寝ておったしの。 しかし、急に顔を赤くして一体何をしたんじゃ……」
苦笑しながら少し呆れたように言うレリックさんに、
「な、何もしてないよ」
首を振って否定するけど、頬の熱が引いてないから説得力無さそう……。
「まぁいいじゃろう、気持ちよさそうに眠っておったからのう、わしももう少しでつられるところじゃった」
レリックさんの追及がない事にホッとすると、
「帰るかのう、結構長く寝ておったが……今から帰れば日が暮れる前には着くじゃろう」
「うん」
レリックさんの言葉に頷き、体を起こし立ち上がると、一緒に歩き始める。
しばらく歩いていると、不意に踏んでしまった石にバランスを崩して転んでしまう。
すぐにレリックさんへ苦笑いを向けて、立ち上がろうとすると、右脚に鋭い痛みがはしる。
「いたっ」
たまらず声を上げると、その場に崩れ落ちてしまう。
痛みは足首のあたりからでているようで、ズキズキと痛む。
「普段歩かないような距離を一気に歩いたためかもしれんのう」
僕が患部を押さえていると、レリックさんはそれをゆっくりとのけ、靴を脱がせる。
「ふむ……脚を少しひねったかの」
特に見た目は異常は無さそうなので、そのまま靴を履かせてもらう。
「ほれ」
レリックさんは僕すぐ傍で背を向けて屈む。
「ごめんなさい」
歩けそうに無い僕はレリックさんの肩を抱くように背中へ乗りかかる。
「重くないです?」
「ここまで背負ってきたんじゃからの、今更じゃよ」
ほっほと笑いながら僕を背負って歩き出す。
「ほれほれ、しっかりつかまっておれよ」
「うん」
レリックさんに言われ方を抱くように回している腕にぎゅっと力を入れ、背中にぴったりと僕の体をくっつけるようにする。
体から伝わる温かさが心地いい。
「ふむ、なるほどのう」
レリックさんは何かに納得したみたい。
「さっきの話の続きじゃが、フィリエルを助けた後、今のリーラと同じように背負ったもんじゃよ」
フィリエルさんもこんな風に背負われた事があったんだ……。
僕が感じてるように心地よかったのかなぁと思っていると、
「その時のフィリエルは十八じゃったからのう、今のリーラより胸が育っていてのう、押し当てられる感覚に困ったもんじゃ」
「にゃ! 僕だって六年後には育つはずだもん!」
良くわからないけど、悔しい気持ちになって言い返してしまう。
「長生きをする楽しみが増えたのう」
ほっほと楽しそうに笑うレリックさんに対して、僕は自分の言ってしまった事を内容を理解すると、途端に恥ずかしくなり「ふにゃ」と小さく呟き、レリックさんの背中に顔を埋めてしまう。
結局村の近くに着くまで恥ずかしさの為に集まった熱は引かなかった。
村へたどり着くと、もう日が傾いており、太陽が別れを告げようとしていた。
遠目から僕らに気付いたのか、誰かがこちらに向かって走ってくるのが見え、
近づいてくると、茶髪の男性、ガルさんだとわかる。
そんなに慌ててどうしたのだろう?
「はぁはぁ、二人とも何処に行ってたんだよ、フィリエルさんが村まで探しに来ていたぞ」
息を切らせて喋るガルさんは、ちょっと苦しそうに見える。
走って知らせに来るぐらいだから、他にも何かあったのかも……。
少しだけ息を整えて、ガルさんは続けて話す。
「村長としばらく話していたかと思うと、傍から見てもすごく落ち込んだ様子になっていたんだよ。聞いても、苦笑いするだけで答えてくれないし、仕方ないから家まで送った後、レリックさんを探してたんだよ」
だから、僕達を見つけた時に急いで走ってきたのね。
「知らせてくれた事に礼を言うぞ、詳しくは言えんが……リーラの事で色々あったんじゃよ」
「なるほどな、それなら早く帰って安心させて欲しい、あんなフィリエルさん見たくないからな」
用件を伝え終えたガルさんと別れると、レリックさんは少しだけ速度をあげる。
「レリックさん……フィリエルさんには……」
「リーラを追いかける事は伝えておらん、そんな暇もなかったからのう」
レリックさんは僕が言いたいことをすぐに察して、答えてくれる。
あうあう……村長さんと話したってことは、僕が落ち込んでいた理由もわかったわけで……。
どうしよう……すごく心配させちゃったよね。
「リーラが無事な事を早く見せてやらんといかんな」
「ごめんなさい……」
「わしではなくフィリエルにその気持ちを伝えるんじゃ、わしにはもう伝わっておる」
「うん……」
どうやって謝ればいいのかな……いっぱい心配させちゃったよね。
あれこれ考えている内に家の前に到着してしまう。
キィとドアの開く音が聞こえ、レリックさんに背負われたまま家の中へと入ると、
「レリック! リーラちゃんは!?」
フィリエルさんの何かにすがるような、悲痛な叫びが聞こえる。
少し日が落ちているため、レリックさんの背に居る僕に気付いてないのかな。
こんなに心配させてしまったのかと思うと胸が痛む。
「ここにおるよ」
レリックさんは僕の脚を気遣って、座らせる様に僕を降ろすと、
僕を目にしたフィリエルさんは、まるで奪い取るかのようにして僕を抱きしめる。
「リーラちゃん……よかった」
フィリエルさんの安心したような穏やかな声が聞こえる。
抱きしめられる力が強くてちょっときついけど、僕をどれだけ心配したかを表しているんだよね。
僕はなすがまま抱きしめられる事にする。
しばらくすると締め付けられる力が弱まり、
「少しでも相談してくれればよかったのに……」
フィリエルさんはちょっぴり僕を責めるようにぽつりと呟く。
「ごめんなさい……」
確かに……僕が一言相談していれば起こらなかった事なので申し訳なく思う。
「フィリエルよ、お前も昔同じ事をしたじゃろう……リーラだけを責めれんぞ?」
レリックさんの一言にフィリエルさんは「あ……」と小さく言ったと思うと、表情を急に曇らせる。
「そうよね……私にリーラちゃんを責める資格なんてないわね……守ってあげなきゃって思っていたのに気付いてあげれなかった」
自らを悔いる言葉を並べ、表情は悲痛に満ちてしまっている。
レリックさんは苦虫を潰したような顔をしている、今のフィリエルさんには厳しい言葉だったのかも。
こうなってしまったフィリエルさんには……口付けとかして気持ちを別の方向へ持っていって何とかしたけど……。
今回は同じことをやっても厳しそうな気がするから……ミーナさんごめんね、この言葉を一番最初につかってあげたかったけど……。
これなら多分大丈夫……意を決して僕は行動に移る。
フィリエルさんを力いっぱい抱きしめて、フィリエルさんを見上げるようにして、自分の精一杯の笑顔を向けて……。
「お母さん、ごめんなさい、そしてありがとう」
一言が言えなくて沢山の心配をかけた事へのごめんなさいと、僕の事で落ち込んでしまうぐらい想ってくれてありがとう。
本当の母親のように僕を想ってくれているフィリエルさんに今回だけ……。
飾る言葉なんて無くてもきっと伝わるはず。
僕の言葉にパッと目を大きく開いた後、僕の意思が伝わったのか穏やかな微笑みを返してくれる。
「リーラちゃん、ありがとう」
返ってきたのは感謝の言葉と、優しい抱擁。
抱擁の温かみに満たされていると……不意にきゅ~くるくると全く満たされていなかったお腹がなってしまう。
何時もの事だけど、絶妙なタイミングでなってしまい、思わず俯いてしまう。
「今から作るわね、今日はしっかり食べてね」
僕に何時ものように、優しく微笑みかけるフィリエルさんに、
「うん」
少しだけ強く頷いた。
読了感謝です!