外伝4 二人の馴れ初め(中編)<フィリエル視点>
※フィリエル視点でのお話になります
気がつき目を覚ますと……見慣れない天井がうっすらと見える。
やがて視界がはっきりとしてくると、視界の隅に人らしきものが視界に入る。
私……どうしてここに居るんだろう……。
少しずつ記憶を手繰り寄せていくと……あ。
魔力切れ起こして倒れちゃったのね……。
でもここはどこなのかな……。
「気がついたか?」
声の方へ目を向けると白髪の少年……レリックが目に入る。
「ここは……?」
声を出そうとするけど、力が上手く入らないのか、かすれてしまう。
「ここは、フィリエルに当てられた部屋だ。まだ無理に動かない方がいい、二日間眠ったままだったからな」
二日間眠ってたんだ……かなり無理しちゃったみたいね。
私に当てられた部屋? 部屋へ通してもらう前に討伐に出発したんだっけ。
レリックは元気そうだし、私も痛みも無く寝ていられるって事は特に大きな傷とかは無いのかな。
「私が意識を失った後はどうなったの?」
「フィリエルを抱えて逃げるのは難しそうだったから全部倒した」
事も無げにいうレリックに、私は目を丸くしてしまう。
「どうして……」
「『私を置いて逃げなかったの』とか言うなよ? そんな事は考えもしなかったし、ドルゴさんが逃げきるより倒した方が安全だと判断したんだ」
言おうとした言葉を先に取られて詰まってしまう。
その判断のおかげで私がここに居られる。
「フィリエルの魔法のおかげでケルスが身動きできない状態になったからな、後は草を刈るように潰して行ったよ、数匹魔法から逃れていたが、一匹ずつ安全に倒せた」
レリックの説明に胸を撫で下ろす。
私の魔法を使う判断は間違ってなかったのね。
「だけどな、いきなり倒れないでくれよ、ケルスを倒しきってから、ドルゴさんに症状を判断してもらうまでは……気が気じゃなかったんだからな」
「ごめんなさい」
不意に険しい表情で言うレリックに、俯きながら、これ以外に返す言葉か見つからなかった。
「フィリエルが謝る事じゃない……すまん……こうなったのは俺が無理な依頼を受けたせいだ、二日も眠り込んでしまう無理をさせてしまった」
レリックは頭を垂れて、申し訳無さそうに謝罪を口にする。
私が謝ったはずなのに、逆に謝られてしまい、焦ってしまう。
私の魔法も予想よりも上手くいっただけに過ぎなくて、足手まといになっていた事には違いないのだから。
「ね、ねぇ、レリックはどうしてお金が欲しかったの?」
このまま重い雰囲気を続けてたくはないので、話を変える事に。
ケルスを退治できたならお金も入ってるはずよね。
「……聞いても面白い事なんてないぞ?」
レリックにとって唐突だったのかな?
少し面食らったような顔をして、言うまで少し間があった。
「ううん、これからお世話になるんだから、少しでも知りたいの」
「わかった」
小さく頷き、レリックは話し出す。
レリックは孤児で五年前にドルゴさんに拾われて、ここに住むようになり、
自分を拾ってくれた恩を返したいが為に、雑用等の合間に訓練をし、
少し前にやっと冒険者相手にだされる依頼を受けれるようになった。
「勇んで受けたのはいいが、フィリエルの知っての通りこの様だ」
自嘲気味に言うレリックに、私は首を振った。
「レリックはすごいね」
私の言葉にレリックは照れているのか、少し頬を染めている。
変な事言っちゃったのかな? そんなはずはないと思うけど。
正直、結婚が嫌で里を抜け出した私と比べると……一生懸命頑張って、恩返しをしようとしているレリックは眩しい。
自分が急にちっぽけな存在に感じてしまう。
「どうした、どこか痛むのか?」
表情を暗くしてレリックが尋ねてくる。
思ってた事が顔に出ちゃったのかな。
「ううん、ちょっと考え事してた」
疑問を言葉で否定する。
レリックは少し考える素振りをして、
「よかったらフィリエルの事も聞かせてくれないか? 嫌だったら言わなくていい」
「そうね、レリックの事を聞かせてもらったのだから、私も言わなきゃね」
家族の事や、里を抜け出した理由、国境を越えたことをかいつまんでレリックに説明する。
私の性別が生まれたときと違う事は伏せておいた。
「レリックに比べたら、私がここに来た理由なんて小さいものね」
苦笑いしながら、ちょっと自嘲気味に言うと、さっきまで私の話す事に耳を傾けていたレリックが口を開く。
「小さくはないと思うぞ、裕福に暮らせる環境を捨ててでも出たかったって事だろう?」
正直、『そんな事で出てきたのか』と言われると覚悟していたのだけれど、私の行動へ理解を示してくれた事がすごく嬉しかった。
「ありがとう」
多分笑顔で言えたと思う、ちょっと自信は無いけど。
さっきより、頬が赤く見えるけどなんでかな?
「それに、俺も良く知らないんだけどエルフは寿命が長いんだろう? 相手ぐらい選びたいだろ」
力説するように言うレリックに私はちょっと苦笑い。
私の生い立ちが特殊だから……こうして里を捨てて出てしまったのだと思う。
普通に生きていたなら、森でひっそり一生を終えたのかな。
里を出た事を後悔はしていないけど、兄を射抜かなければいけなかったことは……多分一生私の心についてくると思う。
不意にドアが開かれ、黒髪を腰の辺りまで伸ばした女性が部屋に入る。
大きく膨らんだお腹から察するに、ロレンスさんの奥さんなのかな。
「いい雰囲気の中だったみたいね、ごめんなさい」
「ああ、目を覚ました事を言いに行くの忘れてた、気にしてたのに……ごめん」
苦笑いを浮かべ謝罪を口にする女性にレリックは向き直って頭を下げる。
「いいのよ、あ、自己紹介まだだったわね、私はアルル、ロレンスの妻よ、よろしくね」
「フィリエルです、よろしくお願いします」
お互いに自己紹介し合うと、
アルルさんとお互いに見つめ合っていた。
私の里では黒髪の人は居なかった為、長く伸びた黒髪が綺麗に見える。
「「綺麗な髪ですね」」
お互いに同じ事を言ってしまい、少し間が空いた後、お互いにくすくすと笑い出してしまう。
「ありがとう、あまり褒められる事はないから嬉しいわ」
「私も同じです」
褒められる事は里ではほとんど無かったから、嬉しい。
母や兄には言われた事があるけど、里の人からは言われた事なかったなぁと思い出す。
私の存在が特殊であったからなのかもしれないけど。
「お互いに住み場所が違うから見慣れてないだけじゃないか?」
和やかな雰囲気の中、レリックが水を差すように言うと、
確かにそれもあるのかなと思う、人里に出てくるエルフなんて珍しいみたいだし、
私も里の外の人を見る機会なんて、ほとんど無かったものね。
なるほどと思っている私と対照的に、アルルさんのこめかみに青筋が見えるような気がする。
「レリック……それは思っても言っちゃ駄目な事よ?」
アルルさんの声にすごく力が入ってて、ちょっと怖い。
レリックもたじたじになり……「す、すまん」とアルルさんの迫力に謝らされていた。
「よろしい」
その言葉を発すると、アルルさんの表情は微笑みへと変わる。
「ロレンスから聞いてるわ、私が落ち着くまで宿のお手伝いをしてくれるそうね」
「ごめんなさい、すぐ手伝えると思っていたんだけど……」
起き上がれる状態になれば、すぐにでも手伝いたいんだけど……。
まだ魔力が戻りきってないせいか体に力が入らない。
「ドルゴさんから聞いているわ、フィリエルさんが居たから帰ってこれたんだって」
「でも……私からお願いしておいて、二日間もお手伝いできてないのは……」
まだ続けようとする私にアルルさんは首を振る。
「フィリエルさんが居なければ、ここは悲しみで満たされていたのかもしれないのよ? それを考えれば二日三日お手伝いが出来なくても誰も咎めないわ」
私へと微笑みかけながら言ってくれた。
そのアルルさんの言葉が申し訳なさに沈みかけた気持ちを一掃してくれる。
「こちらからお礼が言いたいぐらいよ」
といい終わったところで、アルルさんが何かを思い出したのか、ポンと手をたたき、
「フィリエルさんその服きつくない?」
言われて視線を体へ向けてみると、若葉色をした物が見える。
違和感があまり無くて、気が付かなかったけど私が着ていた物とは別の物だと分かる。
「問題は無いのだけど……これは?」
「フィリエルさんが倒れたときに、結構派手に汚れてしまったらしいの、それで体の汚れを拭き取って、着替えさせてもらったわ」
あの時、地面に崩れるように倒れこんだものね……汚れたままだと他の物まで汚しちゃうから仕方ないよね。
アルルさんの説明に自分の服が着替えさせられていた事が分かり、納得しているところで、そっぽを向いて頬を赤くしているレリックが見える。
「レリックどうしたの?」
レリックのよく分からない行動に首を傾げ、尋ねてみると、
「ふふ……私一人では着替えさせれないからレリックに手伝ってもらったのよ、役得ね」
「し、仕方ないだろ、ドルゴさんに『お前が原因だから手伝え』って言われたんだから」
くすくす笑いながら話すアルルさんに、顔を真っ赤にして小さく叫ぶように言うレリック。
えっと……レリックが顔を真っ赤にしてるのって……私の生まれたままの姿を見たから……なの?
母以外……兄にも見られたことが無かっただけに、恥ずかしさの為か、顔の辺りに熱が集まり始める。
「うう…………はう」
目眩を感じたと思うと、視界が歪みだし……意識を失った。
意識を取り戻し、視界がはっきりしてくると、
レリックとドルゴさんが見える。
「気がついたようだな」
「……」
ドルゴさんは笑顔で片手を掲げるように上げ声を掛けてくる。
レリックは私と視線を合わせようとしない。
私の……やめようまた恥ずかしくなるから。
さっきより魔力が戻ったのか、体に力が入りそうなので、少しずつ体を起こそうとすると、
半分ぐらい起き上がったところで、不意に力が抜けベッドに戻りそうなところをレリックに支えられる。
「無理はするなって、起き上がりたいなら言えよ」
「ごめんなさい……大丈夫だと思ったの」
ぶっきらぼうに言うレリックに苦笑いで答える。
レリックに起き上がらせてもらったところで、
「やれやれ、若いっていいねぇ」
ドルゴさんから皮肉のこもった言葉を頂いた。
「それでだ、レリックから聞いていると思うが、ケルスを討伐したおかげで銀貨七十枚手に入ったんだ」
「俺とドルゴさんで相談して、俺とドルゴさんが十枚ずつでフィリエルに五十枚で分けようと思っている」
二人の言葉に半ば放心状態になりながら、
「だ、だめです、その取り分はおかしい……私は魔力枯渇させて……足手まといになったもの」
両手を自分の前で振って自分の意思を示す。
正直言えば私の取り分なんて無くておかしくないと思ってから。
「そういうと思ったよ、それならば、銀貨十枚ずつ分配して、後はレリックの目的だった宿にお金を入れるのはどうだ」
苦笑しながら言うドルゴさんの提案に頷く。
「それなら文句はないです」
当初の目的はお手伝いだったのだから、私が五十枚なんて貰いすぎだと思うもの。
「俺達から見ればフィリエルちゃんが居たからこそ、完遂できた仕事だからな」
「俺とドルゴさんはフィリエルにすごく感謝してるんだ、この分配だと逆に申し訳ねえよ」
二人の言葉に戸惑ってしまう、魔力切れを起こしてしまうなんて……大失態を犯してしまったのだから。
置き去りにされても文句は言えないし、連れて行くにしても足手まといになるもの。
そっか……お互いに補えあったからこそ、ここに居るんだ。
私は二人に助けられたと思い、二人は私のおかげで助かったと思う。
なんとなく腑に落ちた気がする。
改めてドルゴさんに声を掛けてもらってよかったと思う。
ここでなら……問題なくやっていけそうな気がする。
「ドルゴさん、レリック……ありがとう」
二人とも私から急にお礼を言われて戸惑ってたけど、
これから色々教えて貰うことは沢山あるのだから、先にお礼をいってもいいよね。
読了感謝です