外伝3 二人の馴れ初め(前編)<フィリエル視点>
※フィリエル視点でのお話になります
「お世話になります」
私は二人にペコリと頭を下げてお願いする。
「よろしくな」
「人手が丁度ほしかったからな、助かる」
二人とも笑顔で返してくる、歓迎してくれてるみたいね。
宿を使う人とも仲良く付き合っていかないと……少し不安はあるけど、何とかなるよね。
「それで、フィリエルちゃんの部屋はどこになるんだ?」
「確か二階の……」
ドルゴさんの問にロレンスさんが答えようとすると、それを割り込むように、
「ドルゴさん、戻ってたんだ、お疲れ様」
と声がするほうへ目を向けると、白髪の少年がこちらへと近づいてくるのが見える。
「おう、レリックじゃないか、お前から声をかけて来るとは珍しいな」
「ちょっとお願い事があって……この女の人は誰?」
私に気付くと、じっと私を見るめる……レリックと呼ばれた少年。
身長は私よりちょっと高いけど、容姿がちょっと幼く見えるので、私より年下かも。
男のままだったら、私はもっと身長伸びてたかな?
レリック少年に昔、男であった自分を重ねて見ていた。
「二人で見つめ合って、お互い一目ぼれか?」
ドルゴさんがからかうように言うと、お互いにハッと視線をそらす。
「若い二人だと初々しいな」
ロレンスさんがそう言うと、ドルゴさんと一緒に笑いあう。
なんだか恥ずかしくなり俯いてしまう……ちらりとレリック少年をみると、私と同じ心情なのか顔を赤らめて俯いていた。
「すまん、ついからかってしまったが、二人とも自己紹介してくれ」
苦笑いになったドルゴさんに言われ、
「フィリエルです、よろしくね」
第一印象はよくしなきゃと、笑顔で自己紹介する。
「レ、レリックだよろしく」
そっぽを向いて自己紹介するレリック少年に、嫌われちゃったかなと少し悲しい気持ちになる。
「こいつ照れてるんだよ」
「ド、ドルゴさん」
ドルゴさんが苦笑いになりながら、レリック少年を指差して言うと、レリック少年は顔を真っ赤にして抗議している。
よかった、嫌われたわけじゃないみたい、初対面で嫌われたら悲しいものね、と安堵する。
「えっと、レリック君と呼んだらいいのかな?」
「レリックでいい、俺もフィリエルと呼ばしてもらう」
ぶっきらぼうに履き捨てるように言っているけど、そこに悪意や敵意は感じられない。
「それじゃ、レリック改めてよろしくね」
「わかった、フィリエルよろしくな」
お互いに自己紹介も終わり、レリックがふと気が付いたように、
「それでフィリエルはここで何をするんだ?」
「宿のお手伝いをする予定よ」
私の返答に納得したように頷き、
「そういえば、ロレンスさん人手欲しがってな」
「そういうことだ、貴重な人手だからな、多少気が付かなくても大目に見てくれよ」
会ったばかりなのに、さりげなく私を気遣う言葉が嬉しい。
「レリック、俺に用事があるんじゃないのか?」
思い出したように、ドルゴさんがレリックへと問いかける。
「あ、そうだ忘れるとこだった」
レリックは、ハッと気付いたようにドルゴさんへと振り返る。
私と話していたせいなのかな、もう少しで忘れるとこだったみたい?
私が居たからすぐに用件に移れなかったんだね、ちょっと迷惑かけたかな。
「ギルドからケルスの討伐依頼を受けてきたんだけど、俺一人では厳しいかなって思って……」
ばつが悪そうに言うレリックに、ドルゴさんは手のひらを額に当てて溜息をついていた。
『ギルド』や『ケルス』等、私にはわからない単語が出てきてるけど、
二人の様子を見るに、難しい事なのかな?
「俺に相談する事を忘れなかった事は褒めてやるが、お前もケルスの特性知ってるだろうが」
苦虫を噛み潰したような顔でレリックさんを問い詰める。
「あれは集団で生息している事が多いから、お前の得意な一対一が難しいんだぞ……どうして受けたんだ」
「はぐれている奴を潰していこうかと思ったんだよ……」
レリックの言い訳にドルゴさんの表情は険しくなり、
「お前……そんな考えだと早死するぞ」
ドルゴさんの言葉にレリックは俯いてしまう。
返す言葉も無いのかも……見てて痛々しい。
「報酬がケルス一匹で銀貨一枚の無制限だったから……少しでも宿に入れたかったんだ」
小さく呟くように言うレリックが昔の私に重なる。
やっと弓が引けるようになった頃に、一人で狩りへ行き、獣に追い回されて夜遅く帰った後……父に叱られていた時の私に良く似ている。
気が付くと、後ろから包み込むようにレリックを抱きしめていた。
レリックの背伸びをしたい気持ちがよくわかるから。
あ、レリックが固まってる……何かまずかったかな?
「フィリエルちゃん、レリックに惚れたのか?」
ドルゴさんの声に、自分の行為がどういった効果をもたらすのかを理解する。
「え……」
私はただ……あの時、母にぎゅっと抱きしめて慰めてもらったから、同じようにしたかっただけなのに……はう。
「若いっていいねぇ……」
ロレンスさんがしみじみと私とレリックを交互に見ながら意地の悪い笑みを浮かべている。
恥ずかしさが増して行く、私の顔はもしかしたら真っ赤なのかも。
「フィ、フィリエル!?」
我に返ったレリックが顔を真っ赤にして、私を振りほどく。
「ご、ごめんなさい」
私とレリックはお互いに向かい合う形になり、軽く俯いてしまう。
会ったばかりなのに、私何やってるの……。
すぐに頬の熱は引きそうに無い。
「フィリエルちゃんのおかげで毒気が抜かれちまったな」
ドルゴさんは苦笑しながら話し続ける。
「しかし、どうするかな……俺とレリックの二人で行くには、少し厳しいかもしれんな」
ドルゴさんが辺りを見回し、私を見たところで止まる。
「フィリエルちゃん、弓は得意なのか?」
「それなりには、里を出るまでは、狩りとかに良く使っていました」
ドルゴさんはあごに手を当てて思案顔になる。
「ドルゴさんまさか……」
「他の奴らは数日は戻ってないからな、戦力になりそうなのは少しでも欲しい」
ドルゴさんは私を見据えて、頭を下げる。
「初対面でお願いするのは非礼に当たるのはわかってる、すまないが力を貸してくれないか」
「私で役に立てるなら……」
私は二つ返事で応じる。
今日からここでお世話になる身、ケルスがどんな物かわからないけど、私がここでやって行くには、手伝っておいた方がいいわね。
「危険だ、こんな女の子を魔物と対峙させるなんて」
「そうはいってもな、レリック……依頼の期限はいつまでだ?」
ドルゴさんに尋ねられ、レリックは小さく「明後日……」と答えた。
ドルゴさんは盛大に溜息を付き、
「そんな事だろうと思った」
「報酬のいいのはわかるし、宿の経営が苦しいのは事実だが、レリックはもう少し考えて行動しろ」
ロレンスさんは同じように溜息を付く。
「はい……」
レリックは小さく頷くしかなかった。
準備も終わり、現地……少し距離の離れた森へと赴く。
レリックとドルゴさんは脚と手に金属製の小手とゲートルしている。
武器はドルゴさんは柄の長い剣、グレイブと呼ぶらしい。
レリックは小さな円錐のトゲのついたナックルを手にしていた。
私は弓に革製の胸当てとすね当てのみ。
その道すがら、ドルゴさんは説明を始める。
「ケルスというのは二つ頭を持った狼で牙に毒を持っている、解毒剤は用意してるが噛まれないように注意してくれ」
森でも狼は見たこるあるけど、二つ頭……? ちょっと想像し難い。
「フィリエルちゃんは近づくケルスをけん制してほしい、あいつらは通常、群で行動するからな、俺とレリックが気付いて無さそうな奴を狙ってくれ」
「はい」
私が頷くと、人が相手じゃなければ……兄を射た事を思い出し身震いしてしまう。
人じゃなければ大丈夫、自分にそう言い聞かせた。
「ごめんな、俺がヘマをしたせいで巻き込んでしまった」
「今から気落ちしてどうするの、私は大丈夫よ」
身震いしたのを見られちゃったかな? 少し虚勢を張ってしまう。
正直初めて魔物に会うのだから、不安で一杯だけど……来てしまった以上、そんな事を言ってられない。
『グルルル』
どこからか獣の声が聞こえる、辺りを見回すと、三匹。
頭が二つある狼……ケルスが威嚇するような声を上げて現れた。
「でやがった、とりあえずまだ様子見だ、まだいるかもしれん」
ドルゴさんの声に従い少しずつ近づくケルスに手を出さないでいると、後方から五匹新たに現れる。
「近づいた三匹は俺とレリックでやる、後方へのけん制をフィリエルちゃん頼む」
「はい」
「わかった」
ドルゴさんの言葉に私とレリックは答える。
「はぁ」
レリックは一匹のケルスへと飛び掛ると、ケルスの頭目掛けて、右の拳を打ち込む。
『ギャン』と聞こえるとケルスの片方の頭は潰されていた。
怯んだケルスの残った方の頭に拳を打ち込み、一匹のケルスはその場に崩れ落ちた。
「むん!」
一方ドルゴさんの方はリーチの長い武器の一振りでケルスの首を跳ね飛ばしている。
私はドルゴさんを狙っている残った一匹のケルスに一射し命中させ、怯ませる。
「フィリエルちゃん、助かる」
ドルゴさんから一振りを当てられ、前の三匹が全て倒される。
後方から近づくケルスへと矢を放ち始め、次々と矢を命中させるものの、致命傷にはならない。
近づく速度が少しだけ鈍ると、ドルゴさんとレリックは矢の刺さっている五匹へと向かっていく。
ケルスがそんなに強くないのか、二人が強いのかわからないけど、順調に倒していき、最後の一匹を倒すと、周りから『グルルル』と唸り声が聞こえ出す。
私達を取り囲むようにケルスが出現する……囲いは二重ぐらいで、数は五十ぐらい。
「しまった、こいつら囮だったのか」
ドルゴさんが苦虫を潰したような顔で履き捨てるように言う。
『フレイムカッター』
ドルゴさんがケルスに向けて『く』の字をした炎を放つ、がケルス一匹を倒したものの、空いた隙間はすぐに埋められた。
「ち、これじゃあまり意味がねぇか」
少しずつケルスが作る輪が狭められていく。
「俺が血路を開くから二人はなんとか逃げ延びてくれ」
レリックが思いつめた表情で叫ぶように言う。
多分、責任を感じての事だろうと思うけど……。
「待って……ドルゴさんその魔法……もっと大きなの撃てますか?」
私はそれを止め、思いついた事を
「出来なくはないが……どうしてだ?」
私の問にドルゴさんは可能だと答えてくれる。
それなら私の魔法と組み合わせれば……。
「私の魔法でケルスを足止めをしますので、血路を開いてください」
「何か策があるんだな……俺は手詰まりだ、任せるぜ」
ドルゴさんの許可を貰い、私は範囲を思い描き魔法を唱える。
『アースメルト』
ケルスがいる場所の土をとろけるような硬さに変え、脚が埋まっていくのを見て……。
魔法を解こうと考える前に魔法は解け、ケルスは地面に脚が埋まったままになる。
全身から力が抜け、その場に崩れ落ちるように倒れてしまうと、急激に襲ってきた睡魔に逆らえなかった。
しまった……範囲が広……すぎたみたい。
ごめん……なさい足手……まとい……。
私の意識はそこで途切れてしまった。
読了感謝です!