時期尚早
フィリエルさんが布地を受け取り、カリンさんのお店から出ようとすると、
「リーラちゃんにはこれね」
カリンさんに小さな紙包みを渡される。
「さっきの飴よ、もう少し漬け込んだらまた作ってみるから、そのときは味見お願いね」
「貰っていいの?」
まだ貰った飴は、ほとんど食べていないけどいいのかな?
「貰っておきなさい、レリックが奮発したお金のお礼みたいなものよ」
微笑みながら受け取る事を勧めるフィリエルさんに頷き、
ポーチを開け、中を覗くと紙包みが一つに銀貨と金貨が一つずつ……。
金貨……!?
「ふぇ!」
思っても見ないものが中に入っていたので、変な声をあげてしまう。
振り返ると二人とも目が点になっている。
「リーラちゃんポーチの中に変なものでも入ってた?」
フィリエルさんが中身を覗こうとしたので、反射的にポーチを閉めてしまう。
あうあう、怪しいって宣伝してるようなものじゃない。
僕は焦る心を必死に抑えて、入っている理由を思い出す。
余った銀貨を、フィリエルさんに返すのを忘れてたのはいいとして……よくないけど。
なんで金貨が入ってるの……記憶を手繰り寄せてみるけど、該当するものは無い。
最後に金貨を見たのは……ガーラントさんがフィリエルさんにお代として置いた時だけ……。
僕には金貨を稼ぐ方法なんて無いし……わざわざポーチに入れるような人なんていないはず。
ということは……僕が自分でくすねて入れてしまったってこと?
そんな記憶もないし、やった覚えも無いけど、ここに金貨があるから……。
なんで、どうして……頭の中で答えの出ない考えがぐるぐると回る。
「どうしたの?」
フィリエルさんが心配そうに僕の顔を覗き込むように見る。
どうしよう、どうしよう、心配をかけてしまっているのに、素直に言って良いのかわからない。
素直に謝ったとして『リーラちゃん見損なったわ』とか今までとは違う目で見られたらどうしよう。
悪い方向へと考えが前のめりになっていく。
「うう……ぐす……」
嫌われたくない、どうしたらいいかわからない、感情が涙となって溢れ出してくる。
二人とも理由がわからず困ったような表情で僕を見ている。
僕が突然泣き出しちゃったもんね、そうなるよね……。
「ポーチの中に何があったの?」
困ったような表情のままフィリエルさんが僕に尋ねてくる。
『ポーチ』という言葉にビクっと反応してしまい、
「ごめんなさい……」
僕は俯きながら謝ると、ポーチを開け中から銀貨と金貨を取り出し、フィリエルさんへと手渡す。
ポーチの中に何かがあると思われてるなら、今誤魔化しても後で見られたら一緒だから……。
来るであろう叱責に、目を瞑って耐えるように俯いたままで居ると、
「ごめんなさい、しっかり説明しておけばよかったわ」
来たのは叱責ではなく、謝罪の言葉と暖かみの感じられる抱擁だった。
暖かみが体に染み渡ると、あふれ出ていた涙は気がつけば止まっていた。
思った事とは全く違う行為を疑問に思い、おそるおそる顔を上げてみると、フィリエルさんの少し沈んだ表情が見える。
「この金貨を入れたのは私なの」
「え……」
フィリエルさんの言葉に僕は目を見開いてしまう。
僕のポーチの中へ金貨を入れる理由が全く思い当たらないからだ。
反面、僕が入れたのではないとわかり、その事で嫌われたりする事が無くなった事にホッとしていた。
「ガーラントさんからリーラちゃんへって渡された時、眠ってたからポーチに入れておいたの」
魔力切れ起こして僕が二日間眠っていた時の事かな。
お礼に金貨一枚って事は、僕のかけた魔法がそれだけ役に立ったんだね。
「私も入れたことすっかり忘れてて、リーラちゃんに誤解させちゃったみたいね、ごめんなさい」
再び謝罪を口にするフィリエルさんに僕は首を振った。
「僕がすぐに言い出す勇気がちょっと足りなかっただけだから」
顔に残っていた雫を腕で拭って、出来るだけの笑顔にする。
こんなことなら、最初から素直に言っておけばよかったなと思うけど、それは後の祭り。
僕が勘違いして、一人思いつめて泣いちゃっただけのこと。
フィリエルさんが謝る事なんて本当は無かったのにね。
フィリエルさんの表情が明るくなってきたところで……。
「こほん」
カリンさんの咳払いが小さく響き、
僕とフィリエルさんは居辛そうにしているカリンさんを見てお互いに苦笑する。
「それでリーラちゃんはガーラントさんから、どうしてそんな大金をもらう事に?」
カリンさんは興味津々といった感じに聞いてくる。
僕とフィリエルさんのやり取りをしっかり聞いてたんだね。
「えっと……」
レリックさんに神聖魔法の事は口止め去れているので、魔法の代金として貰ったと言えない。
言ったとしても……僕の魔法の程度を知っているカリンさんはきっと納得してくれないよね。
言葉に詰まってしまい、視線をフィリエルさんに向けると、考え込んでいるような素振りをしているので、何かを考えてくれてるみたい。
「まさか……」
僕が返答に困っているとカリンさんに何か思い当たる節があったのか、わなわなと震えだす。
一体何を思いついたんだろう?
「あの人真面目そうな顔してリーラちゃんを……」
カリンさんが一体何を想像しているのかわからず、首を傾げてしまう。
確かにガーラントさんは、実直そうな印象を受けるような人だったけど。
「違う違う、思っているような事はないわよ」
さらに何かを言おうとしたカリンさんを遮るように、慌てた様子でフィリエルさんが早口で言う。
「え、でもリーラちゃんが大金を貰う方法って……」
「私やレリックがいるのに、そんな事をさせるわけ無いでしょ」
少し納得しかねるのか、カリンさんは続けようとするけど、フィリエルさんがそれを止めさせる。
そんな事って何だろう…… 僕が大金を稼ぐ方法があるのかな?
「そんな事って?」
首を傾げながら二人に聞いてみると、
「リーラちゃんにはまだ早いわよ」
「そうよね……そんな事してまでお金を稼ぐ理由もないものね」
二人とも苦笑しながら僕の質問に答えてくれない。
何か誤魔化されたような気がして、気になっちゃう。
「シェリーからの借りてたみたいなの、私が持っててもいいけど、リーラちゃんに渡すのが筋でしょ」
「なるほど、でも子供に大金持たすのは良くないと思いますけど……」
何とか納得してくれたみたい。
金貨一枚で多分数か月分の蜂蜜が買えちゃうもんね。
でもシェリーさんから借りてたなら、僕に渡すのはおかしいんじゃないのかな?
「そこを突かれると痛いわね……私が持ってたら一緒に使いそうなのよ」
「確かに……リーラちゃん絡みなら遠慮なく使いそうね」
フィリエルさんは苦笑い浮かべ、カリンさんは深く頷く。
「そんな事って、どんな事なの?」
気になるのでもう一度聞いてみる。
「「リーラちゃんにはまだ早い」」
二人同時の返答を貰う、まだ早いってカリンさんが言い出したことだと思うんだけど……。
教えてもらえそうに無いので、後でレリックさんに聞いてみよう。
からかわれちゃうかもしれないけど。
カリンさんのお店を後にして、村長さんの家へと向かう途中、
「これ渡しておくわね」
フィリエルさんにさっきの金貨を手渡される。
「これはシェリーさんにガーラントさんが借りてたお金だよね?」
どうして僕に渡すのだろうと思い聞いてみると、
「カリンさんに金貨の事を納得してもらうための方便よ、神聖魔法の事を説明するわけにはいかないでしょ」
「それじゃ……これは」
「ガーラントさんがお礼にって置いていったのだから、リーラちゃんの物よ」
にっこりと微笑んで答えてくれる。
これが僕が使った魔法の代価……そう考えると一枚の金貨が重く感じられる。
それだけ役に立った事は嬉しいと思うけど、これでお金を稼ぐわけにはいかない。
使う機会がいつになるかわからないけど、大事に使わせてもらおう。
大事にポーチの奥へとしまっておいた。
村長さんの家を訪ねる理由は、魔物がでた報告をするみたい。
場合によっては新しく討伐隊を頼む事もあるとか。
ガーラントさんが討伐に来たのは、僕がここに来て襲われた事を伝えたからかな?
そんな事を考えている内に、いつも通りに椅子に座って日光浴を楽しんでいる村長さんが見える。
村長さんのお仕事ってあまり無いのかな? いつも同じ場所にいるイメージしかないけど。
「ライル村長今日は」
「フィリエルか……おや今日はリーラも一緒かの」
「村長さん今日は」
椅子に座ったまま少し見上げるように僕達を見て返事を返す。
「今日は報告に来たの」
「そうか……討伐隊が戻った後に打ち漏らしがあったか」
村長さんは小さく溜息をつき、地面を見るように視線を下げる。
言葉から察するに、フィリエルさんからの報告は魔物関連になるのかな。
「ガーラントさんの失態ではないわ、森の向こう側から手負いの熊が来たの」
「熊じゃと……村に下りて来たとは聞いてないが、無事討伐できたのか?」
『熊』という言葉に村長さんが血相を変えて食いつく、確かレリックさんが熊を見たときに村へ降りたら全滅と言っていたような。
熊との戦闘を思い出すと身震いしてくる……あんな想いはもうしたくないよ。
血に染まったレリックさんを思い出すと、それだけで悲しくなってきそう。
「リーラよ、どうした?」
「リーラちゃんもその場に居たのよ、思い出しちゃったのね」
二人の気遣う言葉に、自分が俯いていた事に気がつく。
「表情から察するに怖い目にあってしまったんじゃろうな」
「そうね、討伐は上手く行っても心の中まではね」
フィリエルさんはポンと俯いた僕の頭の上に手のひらを乗せてゆっくりと撫でる。
僕が落ち込んだ時の対処法みたいになっていて、心地良いけどちょっと複雑。
「それじゃ今回は依頼はせんでも良いのじゃな?」
「ええ、こちら側のうち漏らしじゃないみたいだから大丈夫よ」
フィリエルさんの言葉に溜飲が下がったのか息をつく村長さん。
「あちら側から来た討伐隊と一緒に倒したから、熊の死体は討伐隊に片付けてもらってもう無いの」
「それはよい、証拠が無くとも、フィリエルが嘘をつく理由は無い、熊の死体は金にはなるかもしれんが、それが元で争いごとにしたくはないからのう」
少しだけ混ざっている嘘に気付き、フィリエルさんを見ると首を横に振っている。
事を丸く収めてる為に、小さな嘘を混ぜたのかな?
「おお、そうじゃ先日フィリエルが気にしていた神聖魔法のことじゃが、詳しい伝承の書物は王都ホルンの図書館にあるみたいじゃぞ」
「ありがとう、機会があれば行ってみるわね」
思い出したように言う村長さんに、フィリエルさんが微笑みながらお礼を述べる。
僕の為に調べてくれてたのかな。
王都が何処にあるかわからないけど、ランド村へ戻る途中に立ち寄れるなら見てみたいな。
報告も終わり、家への帰り道。
「村長さんへの報告に、少しだけ違う事が混じってたけどどうしてなの?」
「端的に言えば争い事を避ける為よ」
フィリエルさんが言うには、
国境を越えて来た魔物への対処は難しいらしく、今回の熊を例にとるなら、
倒された場所、倒すまでの貢献、出た被害によって、部位を分けて分配することになるそうだ。
熊をばらした物は入手が容易ではないので、それなりに高価である。
今回全部任せた理由は、お金に困ってないのと、あれこれ詮索されたくないからで、
もしこちらが渋ったりしたら、あちらはこちらの事を根掘り葉掘り聞いて交渉材料にする可能性があるらしい。
との事で、こんな駆け引きがあったなんて、全くわからなかった。
確かに、ハルクさんこちらの惨状については、詳しくは聞いてこなかったなぁと思い出す。
「僕にはわからない事ばかりだね」
「リーラちゃんには必要のない事よ」
柔らかな微笑みを僕に向け、ぽんぽんと頭を軽く叩く。
いつか必要になるかもしれないけど、当分必要はないよね。
家へと戻り中へ入ると、レリックさんが待っており、
「戻ってきたか」
「うん」
「すぐに食事の準備をするわね」
とフィリエルさんは奥へと入っていく。
レリックさんと今は二人っきり……そうだ。
僕にはまだ早いってなんの事だろうか聞けるチャンスだ。
フィリエルさんが居たら止められるかもしれないしね。
「レリックさんに教えて欲しい事があるんだけど」
「なんじゃ? わしにわかることなら教えるぞ」
教えてくれると言ってくれたので、
フィリエルさんとカリンさんとのやり取りを伝え、『そんな事』とは何の事なのかを聞いてみる。
「全く……カリンめ一体何を考えておるんじゃ……そうじゃのう……」
レリックさんは困ったような表情になりながら、髭を撫でている。
「確かにまだ早いかもしれんが、いずれは知ることじゃからのう……」
僕に教えるのを悩んでいるみたい……一体どんな事なんだろう?
「つまり、男女で行う裸の付き合いでじゃな、互いに色々触りあって、心地いい状態になって、やり方によっては子供も出来てしまう行為といったらいいかの」
えっと……それって……。
カリンさんの想像だと僕とガーラントさんが裸同士になって……。
想像しただけで恥ずかしさで一杯になり、顔に熱が集まっていき……。
「うにゃぁぁぁぁぁ!」
集まってきた熱を放出するように絶叫してしまい、力なく突っ伏してしまう。
熱くなった顔に少し冷たいテーブルは心地よかった。
僕の声を聞いたのかフィリエルさんが驚いたような顔で入ってきて、
この様子を見て、レリックさんに詰め寄っていたけど、僕の耳にはその内容は入ってこなかった。
フィリエルさん……確かに僕にはまだ早かったみたい。
カリンさん……僕でなんて想像するんですか。
レリックさん……こんな事聞いてごめんなさい、フィリエルさんに僕も謝ります。
こうして、僕は大人への階段を一つ上った。
読了感謝です