表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/84

外伝1 過去の名はフィル<フィリエル視点>

※フィリエル視点でのお話になります

「フィリエル様、お待ちください」

私は三人の里の者達から追われていた。

私が里から抜け出した事に里の者が気付き連れ戻しに来たのだ。

ごめんなさい、貴方達に恨みがあるわけではないけど捕まるわけにはいかないの。

『アースメルト』

私が魔法を唱えると追いかけてくる3人の地面がとろけるような硬さに変り、ズボッという音が立ち、足がくるぶしのあたりまで埋まったところで、

私は魔法を解除する、急に固まってしまった地面に足をとられ、三人ともうつ伏せになるように転倒する。

「ごめんなさい」

一言謝って、あの人たちは処罰受けてしまうのかなと思うと少し胸が痛むけど、先を急がなきゃ……。

正直宛も無い旅だけど、あの里にいたら決められた相手の妻とならなければならない。

幼馴染でよく見知った相手だけど、私の昔の事を知った上でも掟だからしょうがないと諦めていた。

彼の立場なら仕方ないと思うけど、やっぱり私は納得できなかった。


私はキュレンの里の族長の次男として生を受けた。

両親からの血もしっかり引き継いでいたのか、魔法を使う素質も十分あった。

何不自由することも無く、毎日同じような生活が続き、少し食傷気味に感じられるような日常が続いた。

そう……12歳の自身の誕生日までは……。

「フィルよ12歳というともう大人だ、この酒を飲み干すがいい」

父に赤紫色をした液体がはいった器を渡され、一息に飲み干した。

「すごく美味し……」

飲んだ感想を全部言い終えることなく、僕の意識は途切れた。

目が覚めると母が心配そうに僕を見つめている。

「っつ……」

頭が痛い……初めての酒の影響だろうかひしひしと痛む。

痛みがひどく、手のひらで頭を抑えてしまう。

「フィル大丈夫?」

母さんの声はどこか不安が混じっている。

少しずつ痛みが引いていくと体に違和感が感じられた。

視界に入る頭を抑えている腕の部分をみると、毎日見ていた腕より細くなっているように見える……。

頭から手を離し両手を自分の視界に入るように動かすと、手は確実に小さくなっていた。

どういうことだろう? と体を起こし自分を見下ろしてみると、胸の辺りが少し盛り上がっている、

気を失った後に怪我でもして腫れてしまっているのかと恐る恐る触ってみると、体に電撃でも走ったかのようにビクッとしてしまう。

今までに無かった感覚が体を襲い、自分の体に何が起こっているのかわからず混乱してしまう。


「フィル落ち着いて」

母さんが僕を抱きしめてしまう、体から伝わる温もりに少しずつ落ち着いてくると、

「母さん一体僕に何が起こってるの?」

「ごめんなさい、止める事が出来なかったの」

「どういうこと?」

僕の疑問応えだした母さんの顔は悲痛に歪んでいた。

家督争いを心配した父さんが兄より魔力の才能がある僕を担ぎ出すそうとする勢力があることを知り、禁止された呪術の秘薬『性別反転薬』を僕に飲ませたと言う。

この里の掟では族長の跡取りは世襲制で、原則的に長男が継ぐことになっているが、次男のほうが非常に優れている場合その限りではないらしい。

兄より優れている部分はあるけど、そんなに差が大きいわけでもないはずなんだけど……。

僕が女性になれば家督争いが起きなくなる……そのためだけに禁止されている薬を飲まされたのか……。

母さんは反対していたが意見を聞いてもらえなかった……か「ごめんなさい、ごめんなさい」と壊れたように繰り返す僕以上に辛そうな母さんが不憫だった。

女性になったことで、次の日からの生活は一変してしまった。

昨日まで一緒に狩りの訓練をしていた馴染みの人達はからの誘いは無くなり、父さんからは婦女子として生きなさいと家の仕事をするように言われ、

いきなり変ってしまった生活にすぐに慣れる訳もなく、心と身体が一致しない違和感ばかりが増していった。

数日経った……性別が元に戻るわけでもなく、体の違和感には少しずつ慣れたけど気落ちしたままの日が続く。


「フィル……いやフィリエルか、今日は俺と狩りに行かないか?」

兄からの突然の狩りの誘いだった

この数日の間で僕の名前は『フィル』から『フィリエル』に変った。

命名は母さんで性別が変っても前の名前を残してあげたいという思いから『フィリエル』になった。

「名前が変っても私の子には変わりないのよ」と今までと同じように接してくれた母さんの胸にすがって泣いてしまった。

僕と兄の関係は良く分からないものになっていた、気持ちの問題があったのだろうけど、

顔を合わせれば目をそらされ、かと言えば名前を呼ばれるけど「なんでもない」と言う。

母さんは兄の行動を「弟が妹に変ったから戸惑ってるんじゃない?」と笑って応えてくれた。

当事者の僕が一番戸惑ってると思うのだけど……元々兄との関係は良好だったしね。

兄の誘いは嬉しく


「うん、行こう!」

と二つ返事で同意して出かけることとなった。

里から少し離れた森の中、

日光は木々の遮る枝葉を通り斜線を引くように射している。

視界はよさそうだし、狩りには最適な日かな。

「それじゃ一時間後この場所で合流な」

兄の一言から僕と兄は二手に分かれて兎を追う。

歩くこと数分、視界の片隅に兎が見えた。

音を消してソロリソロリと近づきいつもの射程内に入ると弓を引く。

シュッと離れた矢は兎の胴部に突き刺さる。

数日気力も無く、弓を射る訓練はしていなかったものの、何時もの様に兎を狩ることが出来た。

その後2匹狩ることができ、待ち合わせの時間に合わせ場所へ行くと、兄はすでに到着しており、

足元を見ると5匹の兎を仕留めていた。


「腕は落ちていないようだな」

兄が嬉しそうに僕へ微笑みかける。

「兄さんこそ流石です」

賞賛の言葉を贈り、狩りの腕では適わないなと心の中で苦笑した。

狩りをして分かったことは、愛用弓も苦も無く引けた事で、

性別が変ってもそれ程身体能力に差が出なかった事かな。

しっかり兎を狩ることが出来たのでホクホク顔での帰途……

兄が突然振り返り「フィル……十八になったら里を出たほうがいい」

と真剣な面持ちで僕を見て言い放つ。

里を出たほうがいいってどういうこと……?

十八になったらって……あ!

里の掟で十八になると婚姻するこというのがあり、同じ年の男が村に居る……ということは。

「僕の意思に関わらず結婚相手が決まるんですね?」

兄は深く頷き、

「俺がフィルより魔力の才能があればな……すまん」

僕は謝る兄に首を振り、

「僕がでしゃばってしまったからです、兄さんが気に病むことはないですよ」

こうして心配をする兄を恨む気は全くなかった。

「十八になるまでに気が変るかもしれないが、結婚を望まないなら俺に言え、掟は破れないが里から連れ出すことなら出来るはずだ」

この時の僕には六年後の未来は遠いことにしか感じられなく、

「その時はお願いします」

と兄に曖昧な微笑を返すだけだった。


六年の歳月は私をより女性らしく成長させる期間となってしまう、

僕から私へと一人称の変更は私の転機だったのかもしれない。

でもやはり私は『フィル』であって『フィリエル』にはなりきれてないと思う。

気が付けば三日後に幼馴染との結婚式が控えていた。

性別が変ってしまった私には里の掟は当てはまらないのではと父に抗議はしていたのだけど……。

「フィリエルよ……あれから六年経ったのだもうだれも男であったことなど気にしてはおらんぞ」

父の言うとおり……時が経つうちに里では私はすでに女性として認識されてしまっている。

少し前には「フィリエルちゃんもうすぐ十八ね、結婚式楽しみにしているわよ」と里に住む女性の先輩からは嫌というほど聞かされた。

幼馴染も「掟には逆らえない、僕だってフィルの立場に立ったら嫌だと思うよ……だけど僕の力じゃ何も出来ないんだよ……」

と嘆くしかないという現状に辛そうだった。

今も『フィル』と呼んでくれる彼は得難い存在ではあるのよね。

私を『フィル』と呼ぶのは後、母と兄の三人だけになってしまった。

ふと六年前に兄さんが言っていたことを思い出す……結婚を望まないなら俺に言えか……。

この六年の間、母からは女性としての生活を叩き込まれたけど、暇を見つけては兄さんが私を狩りや訓練に誘ってくれ、

母は父の目を盗んで行ってきなさいと、兄さんと私が一緒に外出することを拒むことは無く、体を鍛えておくことは必要だと言ってくれた。

もしかしたら私が思っている事を予想していたのかもしれない。

兄の部屋へと入ると、何時も通りに笑顔で迎えてくれる。


「今日はどうした?」

「えっと……」

正直兄が全部覚えてるかの自信はない、もう六年も前の事なのだから……。

「大体は察しはついてるよ、あの時の約束のことだろう?」

「覚えててくれたのね!」

覚えててくれたんだ、その嬉しさについ、兄に抱きついてしまう。

「俺から言い出したことだ、それにあいつからも相談をうけていたしな」

あいつ……私の幼馴染のことかな?

私の事を気にして兄さんのところへ来ていたんだ……。

「お互いに納得してないのは知っていたからな」

「ごめんなさい」

私が自分を押さえ込めれば丸く済む話なのにね。

「俺の力が足りなかった為だ、フィルが気に病むことじゃない」

そういって私を強く抱きしめる、すごく安心できる。

私が女性になったからなのかな?


「兄さんが相手だったらよかったのに……」

私の事をこれほど想ってくれるから不満は全くないもの。

「俺にはもう相手がいるからな、それは無理だ、自由に相手を選べるならフィルもいいんだがな」

兄は十八の時に結婚しているから無理よね……。

「それなら……」

「族長を継がなくてはいけない身だからな……愛の逃避行は無理だぞ?」

苦笑して私の考えを諌める様に言う。

「うん」

わかってる、言ってみただけ。

言葉で言うのは恥ずかしいから心の中で言うことにする。

「すまないな、それで……だ、一応準備はしてあるんだが……」

少し歯切れが悪い言い方をする兄に首を傾げてしまう。

言いにくいことがあるのかな?

「里を捨てる覚悟はあるか?」

「あ……」

掟を破るということは里をには居られない。

結婚をすっぽかすということは過失では無く故意にあたってしまうから……。

「もう少し早く言ってくれたら考える時間もあったんだがな」

苦笑する兄に、早く言ってくれたらよかったのにと思う事は……駄目ね、兄から切り出す話じゃないもの。

男性であった頃から外に出たいとは思っていた、今はいい機会なのかもしれない。

「お願いします……だけど」

ためらいがちに兄にお願いする。

「お義姉さんには悪いけどぎゅっと抱きしめて欲しいの」

ここを出てしまえばもう兄には会えないかもしれない……だから暖かみを少しだけ感じていたい。

「わかった」

しばらくの間、私のお願いしたとおり抱きしめてくれた。


そして兄の準備していた案に乗り里を出る算段へと入る。

一緒に狩りへとでてそのまま失踪するという案だった。

確かに自然に里の外へ出る方法だと思い、出発の支度を急ぐ。

「フィル……」

呼ばれて振り向くと、何か言いたそうに不安な表情をした母が立っていた。

「聞いたわ……行ってしまうのね?」

母なら大丈夫だと兄が教えたのね。

「うん……」

頷くと母は私へ近づき強く抱きしめる、

「ごめんなさい、最初から女の子に生んであげられればこんな事にならなかったのに」

涙を流し始めた母に、私は首を振って、

「ううん、性別なんて関係ない、私は母さんの子供でよかったわ」

これだけ私の事を想ってくれる母に不満などあるはずが無い。

「ほとぼりが冷めたら一度帰ってらっしゃい、何十年経っても待っているわね」

「うん」

いつになるかわからないけど、一度は戻ってこよう。

「これを持って行きなさい」

母が小さな巾着袋を私へと差し出す。

そのとき金属がこすれる音がチャリと鳴る。

「人間との交流することになるから必要になるわ」

受け取って中を見ると、金貨と銀貨が数枚入っていた。

「母さんありがとう」

私も準備はしていたけど銀貨が十枚程度しかなかったからありがたい。

「フィルは綺麗なのだから、悪意を持って利用しようと接して来る者もいるかもしれません、気をつけてね」

実の母に綺麗といわれるとちょっと恥ずかしい。

私の様子に母は溜息をつき、

「その表情を見せてしまうと不安だわ」

どういう意味なのだろうかと首を傾げてしまった。


「支度はできたか?」

「うん」

兄の問いかけに私は頷くと、

「父には不機嫌な顔をされたがな、『嫁入り前に狩りとは何を考えているのか』ってな」

兄さんと狩りにいったり訓練したりしていたのは父には内緒だったから仕方ない。

「父さんらしいね」

少し皮肉を込めて言うと、

「そうだな」

とお互いに微笑を浮かべる。

見慣れた森ともお別れかなと思いながら少しずつ森の出口へと近づく。

「ここら辺りでいいだろう」

「うん、それじゃはじめるね……」

私は背負っていた弓を矢を番え兄の腕へと狙いを定める。

兄の計画はこうだった、嫌がる私を結婚しなさいと必死に諌めた兄へ、逆上してしまった私が矢を放って逃走する。

こうすれば兄は族長としての勤めを果たしたことになり、私を逃がしたという事にはならない。

私を外へ出すためとはいえ、矢を受ける覚悟をしている兄には申し訳なさで一杯になる。

「三十年経てば今から犯す罪も時効になるはずだ、一度は帰って来い」

「兄さんありがとう……」

私の手から離れた矢は狙いを違えず兄の左腕に矢が刺さる。

「ぐっ」

兄の顔が苦痛に歪む……腕からは血が湧き出るように流れ出す。

「兄さん」

私が思わず駆け寄ろうとすると兄さんは右の手のひらを突き出し『来るな』と行動で示す。

「早く行け、俺が里に戻れば追っ手が放たれる。 捕まるまえに国境を越えてんだ。 そうすれば里からの追っ手も諦めるだろう」

兄は私に指示を出しながら、右手で矢を引き抜き、準備していた布で傷口を縛り、出血を抑えている。

腱が切れてないといいけど……心の中で願うと、兄の指示通りに振り返ると走り出した。

初めて人を射ることになった悲しみを涙に流して……。


里からの追っ手をなんとか足止めして、私は国境へと急ぐ。

兄から聞いていた大きな門が見えて来る。

ホーン王国への入り口になる……ここを通ってしまえば追っ手の心配は無くなる。

門の前まで来ると、兵士と思われる軽装の男性に呼び止められる、

「エルフのお嬢さんか珍しいな、国境を越えるのかい?」

「ええ、ホーン王国の仲間へ手紙を届けにいくの」

私は質問へ笑顔で答える、兄が用意してくれた怪しまれにくい理由がこれだった。

「そうですかお疲れ様です、通行料金貨三枚さえ頂けば結構です」

「わかったわ、はい」

母から貰った巾着袋より金貨を取り出し、三枚手渡す。

「1、2、3と結構ですお通り下さい」

門をくぐると、ホーン王国へと入る。

私にとって初めての越境、そして未知の世界へと入った瞬間で、

里を捨てた『はぐれ』になった瞬間でもあった。

読了感謝です

本編よりも過去のお話になります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ