繊細な心
目が覚めると頭の中はすっきりと冴え渡っており、爽快な目覚めになった。
起き上がろうと力を入れると、昨日フィリエルさんが言ってた通り力が入り、何時もどおり起き上がれた。
辺りを見回すと、レリックさんもフィリエルさんも居ないので、寝かしておいてくれたのかなと思いつつ、目をこしこしして視界をはっきりさせる。
昨日は色々あったなぁと思いながら焼きあがったパンのにおいに釣られてふらふらとテーブルへと歩いていく。
「リーラちゃん起きたのね、おはよう」
フィリエルさんが僕に気付き、微笑みながら挨拶する。
「おはようございます」
僕も挨拶を返しテーブルへ目を向けるとレリックさんが透明な石とにらめっこしている。
「レリックさん、おはようございます」
さっきの僕とフィリエルさんのやり取りに気付いてなかったみたいなので、挨拶をすると、
「む……リーラかおはようじゃ」
僕に気付き挨拶をしたかと思うと、また石とのにらめっこを始める。
「この石は宝石か何かです?」
「うむ、ダイヤモンドじゃよ」
興味本位で聞いてみると、予想以上の回答が返ってくる。
ダイヤモンド……僕の前世の記憶では装飾品に主に使用する宝石で非常に硬い。
レリックさんが使うということは武器の装飾にでも使うのかな?
「見つめてしまうのも無理もないかもしれんのう、希少な石じゃからな」
言われて気が付いたけど、この世界でもダイヤモンドは希少なんだね。
いくら位するのかなぁ、ちょっと予想できない。
「その石はダイヤモンドであってるのよね?」
「うむ、今朝から色々調べてみてるが間違いは無さそうじゃ」
フィリエルさんの問いに深くゆっくり頷くレリックさん。
宝石の鑑定も出来るんだ……すごい。
「それじゃ、カリンさんのお店に今日リーラちゃんと行こうと思うんだけど」
「そうじゃった、後払いだったのう、磨く事を考えると、全部で金貨20枚でいいじゃろ」
「きんかにじゅうまい……」
額の大きさに驚き棒読みになってしまう。
磨く前の原石みたいなものなのにそんなにするんだ。
「驚くのも無理ないかもしれんのう、希少なものほど、探すのに手間と金がかかるもんじゃから、
こんな小さな村からの依頼と考えるとそれぐらいになるんじゃよ」
レリックさんの説明に納得する。
人の行き来の少ない場所で物を探したり持って来たりして貰うのはお金がかかるということね。
ということは物の価値より、ここに来るまでのお金のほうが上だったりするのかな。
「カリンの店にたまたまあっただけじゃからのう、しかし相場に近い金は払っておくのじゃよ」
今度は首を傾げてしまう、在庫の引き取りなら安く買ってもいいと思うんだけど。
「ほっほ、わかりにくいじゃろうが、一回だけの取引の相手ならそうするんじゃが、
何時も使う馴染みの店だとそういうわけにはいかんのじゃよ」
楽しそうに笑いつつ、謎かけのようなレリックさんの説明に少し考えて答えを導き出してみる。
「珍しいものが入った時に優先して譲ってもらえるってこと?」
「うむ、材料の類はカリンの店に頼っておるからのう、良い物を仕入れてもらう投資みたいなものじゃよ」
良く出来ましたというように頭を撫でてくれる、ちょっと恥ずかしいけど、心地いいのでそのまま撫でられる。
僕こんなに撫でられるの好きだったかなぁ……と撫でられながらぼんやりと思う。
「レリックだめよ、それ以上続けるとリーラちゃんまた寝ちゃうわよ」
表情は苦笑いだけど、耳は上下にゆっくりと動いている、注意はしてるけど止める気は無さそう。
寝てしまうまでは行かないと思う……前科があるから真っ向からは言い返せないけど。
「この表情見るのと和むんじゃがな、仕方ないのう」
「それはわかるけど……」
ちょっと名残惜しそうに撫でるのをやめる、レリックさんに苦笑するフィリエルさん。
僕の顔見て和むってどういうことなのだろう?
少し首を傾げてしまう、
「ほっほ、自分の顔は自分で見えないからのう」
気になって水がめに自分の顔を映してみたけど、何時もの僕が映っただけだった。
振り返ると二人とも苦笑いしてたけど楽しそうだった。
もう一度首を傾げてしまったのは仕方ないよね、理由がよくわからなかったもん。
そして朝食へ、テーブルの上のお皿に切りそろえられた林檎と籠の中には何時もの白いパン。
「リーラちゃんはこっちね」
フィリエルさんが僕の前に木の器にスプーンを入れて差し出す。
その中には林檎を摩り下ろしたものに蜂蜜がかけてある。
「昨日色々あってリーラちゃんは夕食取れなかったから、今日もバターは我慢してね」
食事を抜くと胃が荒れちゃうもんね、今日は食べれると思ったけどちょっと残念。
これも美味しそうとスプーンですくって一口。
口の中に広がる甘さに懐かしさを感じる……一口一口と進むうちに前世の光景が脳裏に浮かびだす。
幼い頃に風邪を引いて寝込んでいる僕に食べさせてくれたものと同じ味がする。
お母さん……元気にしてるかな。
「リーラちゃん?」
フィリエルさんの声にハッと気がつく、いつの間にかスプーンが止まって器に入れたままになっていた。
「美味しくなかった?」
フィリエルさんの問いの僕は首を横に振る、僕の好物から作られているものだから美味しくないはずがない。
「それじゃどうして思いつめたような顔をしてるの?」
心配そうに僕を見つめるフィリエルさんを見て、自分の表情が良くないものであったことを知る。
感傷に浸っているうちに行動が止まっていたみたい。
「ごめんなさい、これを昔食べたことを思い出しちゃって」
思い出したことを二人に話すと、二人とも思案顔になってしまう。
話したことで心配かけちゃったかな?
僕の中だけで完結して置けばよかったのかなと不安になる。
「リーラちゃんはここに居るのは辛い?」
僕は首を振って否定する。
レリックさんに助けてもらってから十日あまり、今はもう二人は僕にとって大切な人。
その二人と一緒に居るのが辛いわけないよ。
「それじゃ、今の自分が不幸だと思う?」
再び首を振る。
この世界に下ろされたときはどうすれば良いのかわからなくて自分を不幸だと思ったけど、
ミーナさんに拾われたこと、レリックさんに助けられたことはすごく幸運なことで、
今こうして食べることが出来ること自体、幸福なことだと思う。
「それじゃ最後に、今は幸せ?」
こくりと頷く。
僕が頷くのを見てフィリエルさんはにっこりと微笑んでくれた。
僕のことを考えて想ってくれる人がすぐ傍にいることは、幸せだと思う。
「なら大丈夫よ、リーラちゃんが幸せなら、貴女のお母さんも悲しむ事は無いわ」
僕を想って言ってくれるフィリエルさんの言葉は嬉しかった。
でも、その場合僕は天国で幸せにしてるってことになるのかな?
心の中で首を傾げてしまった。
食事も終わり、お腹も心もホッと一息。
「リーラちゃんじっとしててね」
後ろからフィリエルさんの声が聞こえたかと思うと、髪を軽く引っ張られる。
「はい、もう動いてもいいわよ」
引っ張られた感じのした所へ手をやってみると、布地とひとまとめにされた髪の感触があった。
「昨日のリボンよ、リーラちゃんのは破けちゃったから私がつけてたのだけどね」
熊に吹き飛ばされた時に破けちゃったのかな。
「いいの?」
「元々リーラちゃんにつけて欲しかったのよ」
僕の為に……?
何も返せるものが無いのに……と申し訳ない気持ちになりかけて思い出す。
そっか……笑顔でお礼を言えばいいんだね。
「ありがとうございます」
自分なりに気持ちをこめてお礼を言う。
「そうそう、それでいいの」
フィリエルさんは満足そうに頷くと、
「ワンピース駄目になっちゃったから作り直そうと思うんだけど……着てくれるかな?」
ちょっと遠慮がちにお願いをされる、僕が前世が男だった事を知っているので気を使ってくれたのかな。
抵抗がないと言えば嘘になるけど、着せてくれたワンピースと同じようなものなら、大丈夫かな。
「駄目かな?」
僕が少し考えているのを、返事に困っていると判断したのか、少し残念そうに返事を求めてくる。
「お願いします」
頭をぺこりと下げて言うと、フィリエルさんは「期待して待っててね」と満面の笑みで答えてくれる。
「それでリーラの魔法のことなんじゃが」
フィリエルさんと僕のやり取りが終わったのを見計らってレリックさんが話し出す、その表情は険しい。
僕の使った魔法に何か問題があったのかな?
「効果が伝承と一致したからのう、神聖魔法で間違いは無いじゃろう」
「そうね……」
相槌を打つフィリエルさんの表情も暗い。
神聖魔法が使えることってよくないことなのかな。
二人の表情に不安を覚えてしまう。
「治してもらったわしが言うのもおかしな話なんじゃが……」
レリックさんの言葉の歯切れが悪い、僕に言い難いことなのかな?
「他の者には決して見せないようにして欲しいのじゃよ」
この魔法が使えることが珍しいからなのかな?
「この例えはリーラにはすごく悪いと思うんじゃが、死にそうな者がリーラの前に二人おったとしよう、
リーラは一人だけ救うことが出来る、どうしたい?」
唐突な質問に僕は眼を見開いてしまう、ある意味究極な選択を迫られた気がする。
どちらかを助ければ、どちらかは死ぬ……それでも僕が何か出来るなら……。
「一人だけでも助けます」
それが僕の回答だった、出来ることはしておかないと後悔すると思ったから……。
僕の回答にレリックさんは首を振って否定する。
「リーラならそうするじゃろうと思ったからこの質問をしたのじゃよ、ここで一番良い方法はな『助けない』ことじゃ」
思いがけないレリックさんの答えに、理由がわからず混乱する。
「理由はな……片方を助けてしまうと、助けられなかった方の関連する人々にどうして助けなかったのかと恨まれる可能性があるからじゃ」
「助けたのに恨まれてしまう?」
「うむ、治癒魔法なんて存在を知らぬ方が普通なのじゃよ、二人とも死ぬのが普通の流れなのじゃ、
だからのう……助けられる力があっても、助けない方がいいんじゃよ……リーラには辛いと思うがの」
助けられるけど見捨てなければいけない……僕に耐えれるのかな……。
後悔しちゃうよね……もし、レリックさんとフィリエルさんがその二人になったとしたらと思うと……想像するだけで胸が締め付けられるように痛い。
「リーラちゃん……」
僕を呼ぶ力のない声が聞こえると、自分の頬がぬれていることに気が付く、
もしそうなったらどうしようと思っていたことが悲しすぎて涙腺が緩んじゃったのかな。
二人とも困ったような顔してる、心配させちゃったかな。
「ごめんなさい、例えの二人をレリックさんとフィリエルさんに置き換えたら悲しくなっちゃった」
ぬれた頬を腕で拭って何とか笑顔を繕うけど、二人の表情は明るくならない。
うまく笑顔になってないのかな?
「リーラにはこの例えはきつかったかのう……」
といいながらあごをさすりながら思案顔になるレリックさん。
何かを思いついたのか僕を抱き寄せ片方の耳を胸に付けさせる。
トクン、トクンと同じリズムを打つ心臓の鼓動が聞こえる。
「リーラのおかげでまだ動いておるじゃろ」
「うん……」
心臓の鼓動を聞いているうちに少しずつ暖かい気持ちになってくる。
「落ち着いたか?」
「うん」
僕が頷くとレリックさんは満足そうに「そうか」と頷き返した
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