眠り姫の覚醒
※今回よりリーラの視点に戻ります
どれくらい眠ってたのかな……起きようとするけど瞼が重い。
ゆっくりと開くおぼろげな視界に女性らしき者が入ってくる。
「リーラちゃんおはよう」
この声と口調だとフィリエルさんかな。
「ふぃ……り……えるさん?」
まだ起きれれて居ないのか途切れ途切れの小さな声になる。
視界が徐々に鮮明になって行きフィリエルさんがはっきりと見える。
「おはようございます?」
今って朝なのかな?疑問系の挨拶で返してしまう。
確か……僕は記憶を手繰り寄せる。
思い出した、魔法を使った後に体から力が抜けて、急に眠くなったんだった。
その後の記憶が無いって事は僕は朝までずっと眠ってたのかな。
とりあえず体を起こそうかなと思い力を入れる。
いつもならすぐ起き上がれるはずなのに、力が上手く入らずゆっくりと起きる。
起き上がった拍子に視線が下へ向くと浅緑色の服が目に入る。
あれ?僕の服はクリーム色をしているはずだし、ちょっと着心地も違う気がする。
僕着替えたっけ?と首を傾げてしまう。
「リーラちゃんが倒れた後に服が汚れちゃって洗うのに私とレリックで着せ替えたのよ」
僕が地面に倒れちゃったから汚れたからね……フィリエルさんとレリックさんに……うん?
レリックさんにも着替えを?フィリエルさんの言葉をしっかり理解するのと同時に、
「うむ、珠のような綺麗な肌だったのう」
レリックさんにじっくりと見られたって事!?
フィリエルさんだけでなくレリックさんにも見られた事に僕は恥ずかしいという思いで一杯になり、
何か言おうとしたけど上手く言えず「ふにゃ」と言葉を残して視界はブラックアウトした。
意識を取り戻すと、頭がちょっと硬め何かに乗せられている感触が伝わる。
枕……してたっけ?と目を開け……視界をはっきりとさせると、白い小さな草原がが見える。
「起きたかの?」
視界の先の草原が揺れ声が聞こえる……この声はレリックさんで……つまり見える草原は髭なのね。
「うん」
肯定の返事を返しながら、今の状態を確認する。
えっとこのちょっと硬く感じる枕はレリックさんの膝の上……?
前世の幼少の頃に祖父の膝の上に座らせてもらってたっけ。
この体になってから時間が経ったせいか、遠く昔の記憶を思い出すような感覚になってきている。
ちょっと硬いけど……なんだか懐かしい気持ちがこみ上げてきて、すごく心地いい。
心地よさに自然と目を細めると、優しく頭を撫でられる。
前世の祖父もこんな感じに撫でてくれたっけ……記憶にある心地よさと重なり、再度寝てしまいそうな感覚に陥る。
このまま眠ってしまおうかと思っていると、きゅーくるくるとお腹がなる、そういえばお腹が空いたなぁ。
「丸二日食べてないからのう、フィリエルが準備にいっておるからしばらく待つんじゃ」
何時ものようにからかわれると思ったけど、優しく声を掛けられ頭を撫で続けられるだけだった。
…………再び意識を取り戻す、心地よさに身を任せて眠っちゃったのかな。
目を開くとレリックさんの髭がゆらゆらと揺れている。
視線を外すといつの間に来たのかフィリエルさんが口元に人差し指をあて、静かにして欲しいと手振りで伝えてくる。
耳を澄ますとかすかな寝息が上から漏れてくる。
レリックさんこくりこくりを船を漕ぎ出していた。
僕が心地よさそうに眠ってしまったから釣られちゃったのかな?
どこからかパンの鼻をくすぐるような香りを感じるけど、焼きたての香りよりちょっと薄い気がする。
フィリエルさんは食事の準備が終わって呼びに来たけど……僕とレリックさんが眠ってたから待ってたのね。
音を出さないようにそろりそろりと近づいて僕の耳元でささやく。
「二人とも気持ちよさそうに眠ってから起こせなかったの」
「起き上がったら起きちゃうかな?」
小声でフィリエルさんに伝えると、
「こうやってレリックが眠ってるのは珍しいのよ、目を覚ますまで、そのまま居て欲しいかな」
「わかりました」
多分自然に出来た笑顔で応対できたかな、僕の回答を聞くとにっこりと微笑んでくれた。
足音をたてないようにそろりそろりと部屋を出て行こうとすると……きゅ~くるる~、すこし長めにお腹がなる。
静寂な空間であったために部屋の中にしっかりとお腹の音が響く。
揺れていた髭がぴたりと止まる。
「う……む……わしも寝ておったか」
レリックさんは大きく欠伸をし、起きてしまった。
あうあう、起してしまった、お腹の音の馬鹿……。
それにしてもお腹すいた……。
「リーラちゃんのお腹の音にはつくづく勝てないわ」
フィリエルさんは微笑みながら小さく溜息をつく、
しょうがないでしょ……お腹の音をコントロールなんてできないよ。
小さな溜息に心の中で抗議していた。
テーブルを囲って三人で食事。
何回もなったお腹がなったことが示すように待ちに待った物が目の前に……。
「しっかりたべてね」
フィリエルさんに「はい」とパンを手渡され、かぶりつく。
蜂蜜の甘みが口の中に広がり……あれ?何か足りないような?
何が足りないのかなと首を傾げると、
「ごめんなさいね、二日間食べてないからバターは抜いちゃったの」
バター抜いてるから物足りなかったのかなと納得し、もう一つの言葉が気になった。
二日間食べてない?
「僕って二日間眠ってたの?」
「そうよ」
「わしは言った気がするがのう」
二人苦笑して応える。
記憶を手繰り寄せる……丸二日間食べてないって言ってた気がする。
どうりで何時もよりお腹がなるはずだよね。
魔法を使って二日も眠ってしまうなんて……もし次使うことがあったら気を付けないとね。
もぎゅもぎゅと次のパンをしっかり噛み締める、二日間食べてないって事は何時もよりしっかり噛もう。
そう思いながら噛み締めているとふと思い出す。
口の中のものを飲み込んでっと、
「ガーラントさん達の討伐はどうなったのかな?」
魔法をかけたと思うけど、どんな効果があったかわからないし、逆に邪魔になったかもだし……。
僕の問いにフィリエルさんは笑顔で答えてくれる。
「討伐はリーラちゃんのおかげで討伐は大成功でもう帰って行ったわ、ガーラントさんは挨拶していきたかったみたいだけど」
よかった、あの魔法役に立ったんだ。
ホッと胸を撫で下ろし、安堵する。
フィリエルさんは急に真剣な表情に変え、
「でもね私の為とはいえ、リーラちゃんがその場に崩れ落ちたのを見た時の気持ちも考えてね」
「ごめんなさい」
僕は肩を落として俯いてしまう。
一生懸命頑張って使った魔法……役に立ったとしても僕が倒れちゃったら意味が無いよね。
効果がわからないからって言ってもそれは言い訳、無理しちゃ駄目って何度も釘を刺されてたのにね。
今更ながらに迷惑をかけてしまった事を申し訳なく思ってしまう。
「私の為に使ってくれたことは嬉しかったの、でもその為に倒れちゃったら意味は無いのよ」
気が付くとフィリエルさんにぎゅっと抱きしめられていた。
ここに来て何回目なのかな……落ち込んだりしてるとこうやって落ち着かしてくれる。
正直感謝しても仕切れないよ、本当は垢の他人の僕にこんなにしてくれるなんて。
「だから、その魔法を練習して今度は同じ事を起こさないようにしなきゃね」
「うん」
フィリエルさんの言葉に頷く、僕の力で役に立つなら頑張って練習しなきゃね。
次の討伐の時は僕とフィリエルさんの補助があればガーラントさんも助かるはず。
……でもその時まで僕がここには居ないんだっけ……。
季節が次に変る頃にはアルゴさんが迎えに来てくれるんだよね。
手紙が届くのもまだ先だけど、ここを離れる事になる……か。
まだまだ先のことだけど、それを思うと僕の心がきゅっと締め付けられる。
「どうしたの?」
フィリエルさんが僕の顔を覗き込むように見ている、その表情はちょっと悲しげに見える。
「先の事を色々考えてたらしんみりしちゃって」
僕の表情が優れないように見えちゃったのかも、心配させちゃった。
「いつまでもここに居るわけじゃないものね」
僕の考えていることを読み取ってくれたのか、微笑んで答えてくれた。
「でも今はしっかり食べなさい、食べてない分体力は落ちてるものよ」
そういって次のパンを手渡す、フィリエルさんの気遣いは嬉しかった。
今出来ることは幸せそうにパンを頬張ること!
バターが塗られてないのは残念だけど十分美味しい。
何時もより三個ほど多くパンを完食しちゃった。
二人とも僕を目を細めて見てたから、意識はしてなかったけど幸せそうに食べてたのかな。
食事も終わりお腹も満たされホッと一息。
蜂蜜の余韻を楽しんでいると、
「リーラちゃん着心地はそのどうかな?」
フィリエルさんに言われて思い出した、僕は今浅緑色のワンピースを着ているんだった。
着心地は少し違ったけど違和感があまりないせいかすっかり忘れていた。
「特に違和感が無かったので、着替えさせてもらったことも忘れてました」
「それならよかったわ、眠っている時に着替えさせちゃったから、着心地は大丈夫かなって気になっていたのよ」
満足そうに微笑むフィリエルさんを見つめながら、そういえばと思い出す。
レリックさんに裸を見られたんだっけ……忘れていた恥ずかしさがこみ上げてくる。
「リーラちゃんどうしたの?顔が赤いわよ」
「フィリエルさんとレリックさんでこれに着替えさせたって言ってたから……」
他の人に裸を見られるのは恥ずかしいけど、今の異性の人になると余計に恥ずかしく感じる。
仕方ないし、終わったことなのに、顔に熱が集まっていく。
「フフッ」
フィリエルさんが小さく吹出す。
「フィリエルさんひどい」
僕がこんなに困ってるのを楽しんでいるなんて……。
「違うのよ、レリックはね……気を使って着替えさす間は、リーラちゃんを見ないようにしてたのよ」
「これフィリエル、ばらすでない」
お腹を抑えて笑いをこらえるフィリエルさんに、ばつが悪そうに苦笑しているレリックさん。
「え……ということは」
「レリックはリーラちゃんをちょっとからかっただけなの」
「まぁ、気絶するとは思ってなかったがの」
事実を聞かされて呆然とする僕は怒るべきか、笑い飛ばすべきか悩み、
元々は自分の為にしてくれた事だからと思い、溜息をついた。
二人とも僕の行動に苦笑し、フィリエルさんが何かを思い出したように部屋を出て行くと、小さな紙包みをもって戻ってきた。
そのまま僕にそれを手渡すと、
「カリンさんからリーラちゃんへって渡されたのよ」
何だろうと思い、紙包みを開けてみるとカリンさん特製の蜂蜜飴が入っていた。
「全部食べきってるだろうからって言ってたわね」
まだ一つしか食べてないんだけど……大事に食べよう。
でも折角だし、一つ口の中へと入れると、蜂蜜の甘みが口の中に広がり自然と顔がほころぶ。
後残り八個大事に食べよう……この甘さの誘惑に勝てる自信はないけど。
「リーラはそのうち蜂蜜漬けになりそうじゃのう」
半ば呆れたように言うレリックさんに、
「あはは……」
と乾いた笑いを返す……反論できない。
「リーラちゃん少しの間じっとしていてね」
いつの間にか後ろに立っていたフィリエルさんが僕の髪を触っている。
少しだけ引っ張られる感覚がするけど言われたとおり動かないようにしていると、
「よし、もう動いていいわよ」
フィリエルさんに触られていた部分に手を持っていくと布らしいものに引っかかり、
その布で髪をひとまとめにしているみたい。
「ほほう、よく似会うのう」
レリックさんに褒められる、髪をまとめてくれてるみたいだから、何かのヘアアクセサリーなのかな?
「リーラちゃんこっちを見てね」
フィリエルさんに呼ばれ顔を向けると、浅緑色のリボンが首筋あたりに止まっており、金と緑のコントラストが綺麗に見える。
「フィリエルさん似合ってますよ」
「ありがとう」
正直な感想を言うとフィリエルさんはにっこりと微笑み、
「これはリーラちゃんにつけたものと同じものよ、だから私が似会うのならリーラちゃんも似会ってるのよ」
「うむうむ」
レリックさんはうんうんと頷いている。
そっか、僕はフィリエルさんを未来の自分に当てはめてみることがあったから、
フィリエルさんが似合ってるなら僕も似合ってるって事なのね。
「ありがとうございます」
僕はペコリと頭をさげてお礼を言う。
ヘアアクセサリーをつけるのは初めてだけど、付け心地よりも心遣いの方が嬉しかった。
お揃いっていうのも初めてなので、嬉しいのと気恥ずかしいのが混じってちょっと複雑。
「お礼はカリンさんにも言ってね、これもカリンさんに頂いたものよ」
飴も貰ってリボンまで……今度お店に行ったらしっかりお礼いわなきゃ。
「明日にでも一緒にカリンさんのお店にいきましょう、似会うところをお披露目しましょ」
お披露目までいわれちゃうと恥ずかしいかも。
僕の様子にフィリエルさんはくすりと笑い、
「作った人はね、それを身につけてもらうのが嬉しいものなの」
アルゴさんも僕が身に着けてるのをみて満足そうにしてたっけ。
「だから、リーラちゃんがそのワンピースを着てる事が私にとっては嬉しいことなのよ」
嬉しそうに言うフィリエルさんに、今は何も出来ないけど……いつか何かを作ってお返しできればなぁと心の中で思った。
その後、僕の魔法を早く練習しておく方がいいという話運びになり、三人で湖へと赴く。
風一つ無い天候の水面は鏡のように湖の向こう側に見える木々を映し出していた。
そこに一陣の風が吹くと水面は日光を乱反射し光り輝く、思わず手の平で目を覆ってしまう。
「いい天気ね、ライル村長が椅子に座ってる姿が目に浮かぶわ」
「というよりあれは日向ぼっこしかしておらん気がするのう」
僕はその姿しか見たことないから、村長の仕事って無いのかな?
本人が聞いたらどういった反応するのかちょっと気になる。
「それじゃ始めましょうか」
と言って僕に透明な水晶みたいなものが埋め込まれた銀のロッドを手渡してくれる。
「これは?」
「水晶のロッドじゃな効果はそれほどでもないんじゃが、どの魔法にも対応しておる」
レリックさんの説明に自分の事を想って持って来てくれたんだと感謝する。
「リーラちゃんが倒れたのは沢山の人に魔法かけたからだと思うの」
あの時、フィリエルさんは一人ずつに魔法をかけてたっけ。
討伐隊員の人たちがフィリエルさんの前に列を作っていたのを思い出す。
「だから私だけにかけるように思い描いて魔法を使ってみて」
フィリエルさんの言葉に頷き、魔法を使った時の記憶を思い出し魔法を唱える。
『ブレッシングベル』
フィリエルさんの頭上に頭ぐらいの手の平サイズの小さな鐘が出現し、カーンコーンと音を鳴らし、フィリエルさんを霧で覆う。
「なるほどのう、一人にかけるとその大きさになるのか」
あの時は五十人分の大きさだったのかな、今のと比較にならないぐらいの大きかったはず。
霧がはれ、うっすらと光り輝いているフィリエルさんが出てくる。
「なんだか少し体か軽くなったような気がするわ」
と言ってぴょんぴょんと跳ねたり少し駆け出している。
「ふむ……身体能力が向上するのかのう」
あごに手をあて
「リーラちゃん気分はどうかな、力が抜けるとかそんな感じは無い?」
「うん、大丈夫」
特にこれと言って感じることはないかな、いつも使ってる魔法と同じ感覚で使えるかも。
「それじゃわしにもかけてもらっていいかの?
『ブレッシングベル』
さっきと同じように鐘が出現し音を鳴らすと対象を霧が覆う。
「ふむ……これはすごいものかもしれん」
感想を漏らすと、レリックさんは拳を突き出す。
僕の目ではその速度は追いきれなく、目を見開いてしまう……一瞬消えたように見えた。
「レリックさんすごい……」
気が付くと僕の口から感嘆の声が漏れる。
「レリックは冒険者時代に『鉄拳のレリック』って呼ばれてたのよ」
「よせよせ、昔のことじゃ」
フィリエルさんがちょっと得意そうに説明するとレリックさんは少し恥ずかしそうに頬をかいている。
レリックさんの武器は拳だったんだ……鍛冶屋だからてっきり大槌を振り回してるかと思ってた。
「鍛冶の仕事の前にかけてもらえば楽になるんじゃない?」
フィリエルさんの提案にレリックさんは首を振った。
「日常的に頼っておったら、リーラが居なくなった時どうするんじゃ?」
レリックさんの言葉にハッと何かに気付いたようで、
「ごめんなさい、ちょっと軽率だったわ」
確かに僕が居なくなった時の反動を考えると日常的に頼りきってしまうのはよくないかもしれない……。
でも自分の出来る事で役に立つなら喜んで使いたいな。
「それに、これはこれで力加減が難しくなるから鍛冶をするにしては実用的ではないのう」
職人さんには向かないみたいちょっと残念。
「応用が利くようならリーラに手伝いをお願いするかもしれんのう」
「僕で役に立てるなら!」
「や、やる気がすごいわね」
フィリエルさんはそんな僕に苦笑い。
だって、僕の出来ることで役に立つことがありそうなんだもん。
「ほっほ、頼もしいのう」
そう言いながら、僕の頭を撫で始める。
このタイミングで撫でられると期待されてるような、そうでないような複雑な気持ちになる。
でも嫌じゃないからそのままなすがままにしよう。
『ガァァァ』
和やかな空間を打ち砕く唸り声が響く。
「な……スクリームベアーじゃと」
「どうしてこんなところに……」
声の方角へと振り向き驚く二人に木々の間から出現した自分の三倍ぐらいの身長がありそうな熊に僕は呆然と見つめるだけだった。
読了感謝です