母を知らない娘
「リーラちゃんはあの中にレリックがいるから様子見てきてね。私は昼食の準備をする為に先に戻るわ」
フィリエルさんが住んでいる家から少し離れたとこにある石造りの建物を指差す。
レリックさん鍛冶屋っていってから工房なのかな?
僕は頷いて、建物に近づくとカーンカーンと音が建物から聞こえてくる。
そういえば鍛冶屋さんて剣とか刃物……包丁とか作ってるのかな。
思っていたことが興味に変り、建物の中を覗いてみると、すぐに汗がでるぐらいの熱気が僕を襲う。
レリックさんは朱色と黄色をあわせたような色に染まった長方形の何かを、変った形をしたペンチみたいなものではさみ、金槌で叩いている。
金槌で叩くたびにカーンカーンという音と共に長方形の何かが変形しているのが分かる、何を作ってるんだろう?
そう思いながらもレリックさんが金槌を振るうたびに輝くように汗が飛んでいく。
初めて見る光景に思わず見惚れてしまう……。
しばらく見つめていると急に僕の方向へ振り向き「だれじゃ!」と僕を睨みつけ叫ぶ。
レリックさんの怒号に身体が竦み上がる……穏やかにいつも応対してくれてた時と似ても似つかぬ形相で睨まれてしまう。
「ご、ごめんなさい」
僕はすぐに謝るが身体が震えてしまい視界が歪んでいく……ここで泣いちゃ駄目なのに。
すぐに腕でこしこしと涙を拭う
「なんじゃリーラか……なんで泣いてるんじゃ?」
レリックさんは僕を認識すると、鋭く睨んでいた視線を弱めていく。
「泣いてなんか……ないです」
僕は必死に否定するけど震えた声と目の辺りをこする行動に全く説得力はないかな……。
「仕方ないのう……集中も切れたし休憩いれるかの」
やれやれといった感じに呟くとレリックさんは僕の近くまで来たかと思うと・・・僕を抱き上げた。
こ、これってお姫様抱っこ!? レリックさんの行動に僕は混乱し……恥ずかしさで顔が赤くなっていくのが分かる。
「ほっほ、泣き止んだようじゃの」
さっきの不機嫌さも何処へやら楽しそうに僕をお姫様抱っこしたまま建物から家へと歩み始める。
人間……すごく驚く事があると事前の行動が中断するみたい……。
「も、もう大丈夫だから……は、恥ずかしいので降ろして下さい」
「だれも見る者はおらんからの」
僕の必死の言葉もどこ吹く風のごとく流される。
「そういう問題じゃなくて……」
フィリエルさんに冷やかされちゃうかな……と思いながら暴れるのも難しいと観念した僕は大人しく家にお持ち帰り(?)されるのだった。
家に入るとフィリエルさんが昼食をテーブルに食事は並べ終えており、「お帰りなさい」と声をかけてくれ、
「リーラちゃんずるい、私も久しくしてもらってないのに」
少し口を尖らせて拗ねたように言う。
ず、ずるいの?これ……僕は恥ずかしい思いで一杯なのに……。
「でもどうしてそうなったの」
疑問はごもっともです……というより僕が聞きたい。
「フィリエル、リーラになんて行ってこっちによこしたんじゃ」
「様子を見てきてって行ったけど」
「そうか……フィリエルの説明不足じゃな」
レリックさんは一人納得したように頷き、対照的にフィリエルさんと僕は首を傾げている。
説明不足ってなんだろう?
「様子を見て、わしが何かに集中してるようだったらすぐ戻るようにと言わなかったじゃろ」
レリックさんの指摘にフィリエルさんは「あっ」と言って何かに気付いたみたい。
「ごめんなさいね、レリックは集中を乱されるのがすごく嫌なのよ、リーラちゃんは声かけちゃったのかな」
「声はかけてないけど、見惚れてて……」
凝視してるつもりはなかったけど視線に気付いたレリックさんに怒鳴られちゃった。
「視線に集中乱されてリーラを怒鳴ってしまってのう、泣かせてしまったんじゃ」
あうあう……泣いちゃったことは言わないでよ……
僕は俯いてしまう……我ながらびっくりして怖くて泣いてしまうなんて正直情けないと思う。
「ほらほら落ち込まないの、ちゃんと言ってなかった私も悪かったわ」
ぽんぽんと僕の肩を叩いて「ごめんね」と申し訳無さそうに言う。
「リーラの腹の虫がなる前に飯にしようかの」
レリックさんは話題を変えるためか視線をテーブルに移して腰を下ろす
うう、二人して僕をお腹の虫のことでからかわないでよ……。
そう思ったところで朝を食べてない僕のお腹の虫はきゅ~くるくると長く可愛くなった。
「なってしまったのう」
「食事にしましょうか」
笑う二人と恥ずかしさに顔を赤らめて俯く僕の昼食となった。
昼食は豆のスープに白いふんわりとしたパンに葉物の野菜。
こっちの世界で初めて見る白いパンは柔らかくもぎゅもぎゅと目一杯頬張ってしまったところで、
「リーラちゃんリスみたいね」とクスクスと笑われてしまった。
しょうがないよ……美味しいんだもん。
僕は心の中で言い訳をし、もぎゅもぎゅと頬張り続けた。
パンを飲み込んでしまったところで、ふと思い出したことを口にする。
「レリックさん僕のことを『はぐれ』じゃないかって言ってましたけど、だれか『はぐれ』のエルフが居たんですか?」
「そういえば言ってなかったのう」
そういうレリックさんの視線の先にフィリエルさんがいる、つまり……
「私がその『はぐれ』よ」
「フィリエルは里を捨ててのう、わしと居ることを選んだのじゃよ」
「そうね懐かしいわね……」
二人とも過去を思い出しているのか照れたような表情でお互いを見詰め合っていた。
その二人の世界を邪魔するわけにもいかずスープを少しずつコクコクと飲み干しながらぼんやりと見るしかなかった。
「そういえば、リーラちゃん魔法が使えたのよ」
二人の時間が終わり、思い出したかのようにフィリエルさんがレリックさんに向かって言う。
「ケルスを追い払ったと言ってたのう、お手並み拝見といこうかの」
二人の期待に添えれる力は僕にないです……。
僕の魔法を見たいと言うことで3人で家の外へ、
とりあえず周囲に遮るものの無い場所へと移動する。
こんなに広い場所いらないけど……。
自分の魔法の規模を思うと、家の中でも十分事足りてしまう。
「リーラちゃん良いわよ、見せてみて」
フィリエルさんの言葉に頷き僕は魔法を唱える。
『ライター』『ウォータ』『サンド』『ウィンドベル』
「これで全部です」
一つずつの属性の魔法を唱え終え、二人を見ると見事に目が点となっていた。
二人の表情から言いたいことはなんとなく分かるけど、これが僕の魔法です。
「よくまぁ……これでケルスを追い払えたのう」
「……私が里を抜け出したとき以上に無謀だわ」
二人の感想に心の中で溜息をつき、
自分でも良く分かっています、あれはすごく運良く追い払えたって。
「繰り返し言うけど、森を抜けて戻ろうなんて思っちゃ駄目よ」
僕に注意するように言う、フィリエルさんの表情は真剣なものに変っていた。
心配して言ってくれることが分かるので、僕はしっかりと頷いた。
魔法のお披露目(?)も終わり、レリックさんは工房へ、僕とフィリエルさんは村へと向かう。
「リーラちゃん、さっきの魔法って本気でやったのよね?」
思い出したかのように僕に問いかける。
何か納得できないとこがあるのかな?
「あれで精一杯です」
「う~ん、リーラちゃんから感じられる魔力なら、もっと強い魔法使えるはずなんだけど」
考え込む素振りをしながら歩くフィリエルさんの言葉に、ミーナさんからも同じ事を言われたなぁと思い出す。
「もしかしたら……ううんそんなこと無いわよね」
言いかけてそれを自分で否定するフィリエルさん、何を言いかけたのかな……
気になるけど、また教えてくれると思って深く聞かないことにする。
「ごめんなさいね、確証がもてないのよ」
どこか申し訳に無いように言うフィリエルさんに僕は首を振り、
「いつか教えてくださいね」
僕は気にしてないと言う風に返しておいたけど……僕に何か力があるのかな。
そこで会話は終わり村へと到着する
村へと入るとランド村と同じ雰囲気の家の並び方に、他の村もこんな感じなのかなぁと感想を抱く。
「フィリエルさんいつ俺の嫁に来てくれるんだ?」
二十代後半ぐらいの茶髪の青年が声をかけてくる。
開口一番に言う言葉じゃないと思うけど。
「レリックより格好良くなってから出直してね」
にっこりと笑顔で余裕たっぷりに返すフィリエルさん。
自然に返しているから、いつもの挨拶みたいなものなのかなぁ?
「厳しいなぁ、あの爺さんに勝てるわけが無いじゃないか」
フィリエルさんの回答に気にするわけでもなく青年は両腕を広げて降参の意を示す。
「で、その子はフィリエルさんの娘か……よく似てるじゃないか」
青年の視線が僕へと向けられると僕は咄嗟にフィリエルさんの後ろへと隠れてしまう。
「ありゃりゃ嫌われたかな」
「ガルが軽い男だからじゃない」
「否定できないところが辛いな」
ガルとよばれた青年は苦笑しっぱなしだった。
「紹介しておくわね、シェリーの子でリーラちゃんよ」
「リーラですよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げて自己紹介をすると、
「あのシェリーさんが結婚したのか!」
ガルさんはすごく驚いている、シェリーさんってどんな人なの……。
「そうなの、突然来てリーラちゃんを置いていったのよ」
「冒険者も大変だな、寂しいかもしれないけど頑張りなよ」
ガルさんからすごく同情的な言葉を貰いました。
真実じゃないだけに罪悪感が……まだ見たことのないシェリーさんごめんなさい。
軽いノリの人で話す人みたいだけど悪い人じゃ無さそう。
「リーラちゃんに手を出しちゃ駄目よ」
「フィリエルさんに似てるから5年ぐらいしたら注目の的になるんじゃないか?それまでは俺も手は出さないさ」
それって僕が将来美人になるって事なのかな?
フィリエルさんは綺麗な人に見えるしね。
5年間いることはないと思うから手を出される心配は無さそう。
ガルさんと別れ、フィリエルさんと共に村を歩くと他より少し大きめの家があり、
家の前にレリックさんより少し年老いた感じのお爺さんが椅子に座って日向ぼっこをしている。
「おやフィリエルじゃないか……よく似たその子は娘か」
お爺さんはこちらに気付き、フィリエルさんを少し見た後に僕へと視線をずらす。
「今日はライル村長、残念ね子じゃなくて孫よ」
「リーラですよろしくお願いします」
フィリエルさんの挨拶に続き僕も自己紹介をすると、
「ほほうシェリーが子供を産んでおったのか」
少し驚いて、そして興味がありそうに僕を見る村長さん
「で、シェリーは帰っておるのか?」
「リーラちゃんを置いてすぐ旅に出ちゃったわ、困ったものね」
ちょっと呆れたように言うフィリエルさん、自分の娘をそんな扱いにして良いのかな?
僕のためなのだろうけどちょっと心苦しい。
「シェリーらしいのう」
納得する村長さん、シェリーさんがどんな人か本当に分からなくなってきた。
「そういうことだから、シェリーが迎えに来るまで一緒に住むことになるから村の人によろしくね」
「わかった伝えておく、リーラよ、母親と一緒に居られなくて寂しいかもしれんがしっかりな」
村長さんからも同情的な言葉を頂きました。
本当にふらりとシェリーさんが戻ってきたらどうなることやら……ちょっと心配になった。
村長さんと別れ、帰り道
「シェリーさんってどんな人なんですか?」
村長さんとガルさんの会話ですごく気になってしまったので母親であるフィリエルさんに聞くことに。
「レリックが大好きで、それ以上に強くて格好いい人じゃないとだめだって冒険者しながら相手を探してる子」
フィリエルさんは苦笑しながら僕の質問に応えてくれた。
つまり、ファザコンなんですね。
「村の人からも求婚されてたんだけど、全く相手にしなかったわね」
僕から見てもレリックさんはすごく格好いいと思う、その上を目指すとなれば敷居は高そうだ。
「村の人からお父さんどんな人?って聞かれたらどうしよう……」
シェリーさんの理想が高いだけに興味をもって聞いてきそうだけど。
「そんなときはねお母さんから口止めされてるって言ったらいいのよ」
悪戯っぽく片目を瞑ってウインクするようにして僕に対処法を教えてくれた……それでいいのかな。
納得してもらえるならと僕はその通りに言うことにした。
家へ近づくと「私は夕食の準備をしに戻るからリーラちゃんはレリックを見てきてね」
フィリエルさんに言われ、同じような失敗はしないぞと、工房へと近づく、
しかし、昼間のような音は聞こえず、ソロリソロリと中を覗くと、レリックさんは包丁みたいなものをじっと見ていた。
声をかけていいものか迷っていたら、
「リーラか、作業してない今なら大丈夫じゃこっちへ来なさい」
気付いたレリックさんに手招きされて近くまで行くと、
「あれを見てみるんじゃ」
レリックさんの指差した方向には変な方向へ曲がっていびつに変形している鉄の塊らしきものがあった。
なんだろう?と考え込んでいると……。
「わしがリーラが昼間来た時に叩いてた残骸じゃよ」
「僕が邪魔したから失敗したの?」
恐る恐る聞いてみると、レリックさんはゆっくり頷く。
「わしみたいな職人はのう、集中を切らしたらもう続けられんのじゃ」
「ごめんなさい……」
僕は俯いてしまう……見惚れてしまったちゃった所為で失敗しちゃったんだね。
「次はこれを見るんじゃ」
レリックさんは手に持っていた包丁みたいな刃物を僕の前にだす。
「これはの、昼から打ち付けて作ったものじゃが自分なりにいいものが出来た。
言ってみればリーラのおかげで失敗したからこそ出来たものともいえるのじゃ」
「僕のおかげで……?」
呟くように言った僕の言葉にレリックさんは頷き、
「うむ、失敗はだれにでもあるからのう、じゃがその失敗のおかげでより良い物が出来ることもある。だからといって失敗をしていいとは限らんし、良くなるとも限らん」
レリックさんはそこで区切って持っていた刃物を慎重に置くと僕に微笑みかけ、頭を優しく撫でだした。
「今日は怒鳴ってすまんかったの、じゃがあのくず鉄を作ってしまったわしの気持ちもわかってくれると嬉しいのう」
「うん!」
僕は力強く頷いた。
レリックさんの気遣いで胸が一杯になる、つまり次から気をつけなさいと優しく言ってくれたのだ。
「僕のほうこそ泣いちゃってごめんなさい」
「あれはあれで可愛いんじゃがのう」
「むー」
楽しそうに笑うレリックさんに僕は頬を膨らますことで抗議した。
「ほれほれ夕飯に呼びに来たんじゃろう?」
レリックさんに全く効果は無く、
お昼に来た時と同じように抱きかかえられ、
「ちょ、ちょっとレリックさん自分で歩けるから」
抗議の声も全く効果が無く
再び家にお持ち帰り(?)された。
夕食の準備を終えたフィリエルさんがまた「ずるい」と言って拗ねたのは僕のせいじゃないよね。
読了感謝です