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三左・野に咲く花



「え、なんだよ三左、お前、まだモエギと何もないのか」

 と呆れたように千早に言われ、三左は思わず口をむっと引き結んだ。

 別にその言葉に怒ったわけではなく、不甲斐ない自分を恥じる気持ちがあったためなのだが、「あ、悪い」と千早に慌てて謝られてしまった。どうも、また怖い顔になっていたらしい。

 千早は昔から自分のことをよく理解してくれるが、それでも時々やっぱり、怒っていない時に怒っていると思われることがある。そういう顔つきだから仕方ないのだが、少しだけ、こんな厳つい顔に産んだ親を恨みたくなってしまう。


 ──結局、すべての元凶はそこにある、と思わずにいられない。


「……俺のこの顔さえなきゃ、もっと上手いこといくんですかね」

 半ば無意識に手の平で頬のあたりをざらりと撫ぜて、ぼそりと小さな声で呟くと、耳ざとい千早が困ったように眉を寄せた。

「いやー……お前の場合、その不器用すぎる性格が、いちばんの問題だと思うんだけどよ」

 ちっとも慰めにならない指摘に、三左はますます肩を落とした。

 生まれつきのこの顔はどうにもならないが、性格だって今さら変えるのはもう不可能に近い。どんなに頑張ったって、自分が七夜のようになれることは、天地がひっくり返ってもあり得なさそうだ。


「けど、モエギはお前のそういう不器用で誠実なところが気に入ってると思うんだけどなあ。つーか、どう見ても二人ともお互い想い合ってるとしか思えねえのに……なんでそこから進まねえんだ?」


 本気で不思議そうに首を捻る千早を、三左は情けない気分で見返すしかない。そんなことは、誰より自分が聞きたいのである。

「モエギには、『自分は余所者だ』って遠慮があるのかもしれねえし、お前が押さなきゃどうにもならねえ気がするな。絶対向こうはお前のこと悪くは思ってねえからよ、自信持ってどんどん行け、三左。ここが男の意地の見せ所だぜ」

 他人事だと思って、千早は無責任に三左を煽る。千早だって自分自身の時は散々モタついていたのだから、人のことを偉そうに言えるものではないと思うのだが。


「頭はさぞかし自信を持ってひなを口説いたんでしょうね」

 つい皮肉を込めて言うと、千早はバツが悪そうに顔を赤くし、腕組みをした。

「俺は俺で、努力したんだよ」

「そりゃあ、したんでしょうとも」

「なんだよ、つっかかるなよ、三左。いろいろと悪かったと思ってるって」


 いろいろと、の部分には、三左のほのかな片恋のことも入っているのだろう。三左の中でその気持ちはすでに終わったこととしてすっかり区切りがついているのだが、千早が何かと自分とモエギのことを気にするのは、それについての罪悪感も少しは混じっているのかもしれなかった。

 わずかに微笑する。


「──頭もひなも、毎日幸せそうでなによりです」


 とこちらは皮肉ではなく、本心から三左は言った。

 仲睦まじい若夫婦の姿は、島の誰にとっても心和む光景である。ひなをあんな風に笑わせることが出来るのは千早しかいないのだろうと思うから、三左はそれを素直によかったと思う。


「おう。嫁はいいぞ、三左。もう毎日が楽しくってよ」

 千早は大真面目な表情で惚気た。


「だからお前も早く嫁を貰えって。ちょうどいいや、獲れたばっかりの魚があるし、あれ持って、今からモエギのとこに行け」

 いきなりに命令に、三左は戸惑った。

「……今、ですか。でもまだ仕事が残って」

「頭の俺が許す。その代わり、今日こそきっちり決めてくるんだぞ、いいな?」

「…………」


 そんなわけで、無理やり千早に新鮮な魚を山ほど持たされた三左は、溜め息をつきながら、モエギの許へと向かうことになった。



          ***



 モエギはこの羽衣島の人間ではない。

 生まれた時から住んでいた島は、小さいなりに平和で穏やかなところだったらしい。しかしある日、極悪非道な海賊集団、不知火衆に襲撃されて、壊滅状態に追いやられた。島のほとんどの人間は殺され、家や田畑に火をかけられ、女たちは攫われて、不知火島へと連れて行かれた。

 ほんのわずか生き残った住人たちはすべて離散し、打ち捨てられ無人になったその島は現在、ぽつりと海上で、再生か滅びの日を静かに待っている。


 羽衣島に流れ着いた少年・コハクが、その島の出身だった。


 いろいろあったのだが、とにかく島の頭である千早の指揮のもと、三左たち羽衣衆は不知火衆と戦って、囚われていた女たちを救出することに成功した。


 その十数人の女のうち、モエギという二十二歳の女が、コハクの姉だ。


 コハクとモエギの姉弟は、そのまま羽衣島に居着くことになり、もともとコハクの教育係のような立場であった三左は自然、二人の面倒を見ることが多くなった。

 住むところを用意し、着物や食べ物を揃えた。病み上がりのような状態であったモエギを気にかけ、せっせと滋養のつくものや薬草などを手配してコハクに渡したり、自分自身もまめに二人の住む家に足を運んで、様子を見に行ったりもした。

 言葉を交わし、気遣い、順調に回復する心身に安心して喜んだ。


 そうしているうちに──なんとなく、微妙な空気が出来上がっていた。


 そこにいち早く気づいたのは、非常に敏感で賢い性質を持っているコハクだ。いつしか、三左が家に行くと、何かと口実を見つけて二人きりにされてしまうようになった。気まずい思いで、それでもどこかふわふわしながらモエギと接していた三左は、相手のほうもこちらを意識しているようなのに気がついた。

 気がついて、それですんなり事が運ぶかというと、そうはならないのが三左の不器用たる所以である。それでなくとも今までこの顔で怖がられ、女とは縁のなかった男に、気のきいたことを言ったり出来るはずもない。なんとか話をしようとするのだが、笑いかけられたりすると、ますます度を失って言葉が出なくなるという悪循環。コハクに何回溜め息をつかれたことか。


 ……少なくとも、嫌われているわけではないらしいことくらいは、判るのだが。


 しかし、モエギのほうから、それを言葉なり態度なりに出されたことがない。いつも、何かを言いたそうにしても、黙ってしまう。

 遠慮なのか、三左が怒ったような顔になってしまうのが悪いのか。でもそうすると、ただでさえ女というものに苦手意識の強い三左は、何も言えずに固まってしまうしかない。こういうことに慣れていないから、どうしたらいいのか、さっぱり判らないのだ。

 そうやって二人してもじもじしているうちに、時間ばかりが経っていく──という調子で日々が続き、そこで冒頭の、呆れた千早の台詞へと繋がるわけなのだった。

 つまり、「何もない」どころではない。まだ、互いの気持ちの確認すら出来ていない有様なのである。千早に発破をかけられたところで、三左が溜め息をつくしかないのも、無理もないことと言えた。



「……モエギ、いるか」

 魚を入れたざるを抱えてモエギの家に向かい、意を決して声をかけ入口の筵をめくった。

 ──が、誰もいない。


 綺麗に片づけられた狭い家にあるのは、がらんとした静けさばかりで、今まで人のいた気配もない。モエギもコハクの姿もなかった。


 ガチガチに緊張していた分、反動のように脱力感も大きい。はあーっと深い息を吐き出し、仕方ないから土間にざるを置いて引き返す。

 考えてみたら、元気になったモエギは、もともと働き者の性分もあって、くるくるとあちこちを廻っては畑やら手伝いやらに精を出しているのだった。こんな真っ昼間から、家でのんびり寛いでいるはずもない。そんなことも頭になかった千早も自分も、間が抜けている。


「三左さま、どうかされましたか?」

 がっくりしながら歩いていたところに、柔らかな声がかけられた。顔を上げると、前方に、手に女物の着物を持ったひなが微笑んで立っている。


「あ、いや」

 うろたえて返事に窮したが、ひなは三左が来た方向にある家に視線をやると、さらに笑みを深めた。

「モエギさんなら、今、畑のお世話をしているようですけど。お呼びしてきましょうか」

「いや、とんでもない」

 大慌てで手を振った。知らず赤くなった顔は、さぞかし他人からしたらおっかない表情になっていると思うが、ひなはニコニコしたままである。


 考えてみたら、ひなもモエギも、思ったことや感情を上手に表に出せない三左が困っていても、怯えるでもなく、せっつくでもなく、穏やかに待っていてくれる。

 今までこの顔と性格で誤解されることばかりが多かった三左だから、そういうところに、どうしても惹かれてしまうのだろう。


「その着物、モエギに?」

 口数少ない三左の言葉に慣れているひなは、戸惑いもせずに「はい」と頷いて、手に持っている着物を広げて見せた。

 草で煮たような渋い色目の生地に、薄く花が散っている。薄いのはそのように染めてあるからではなく、それだけ年季が入っているということだ。

 生きることで精一杯な一般民衆にとって、着物は裾や襟がほつれたり破れたからといって、すぐに捨てられるようなものではない。大事に手直ししながら何年も着るわけだが、この島では現在、そういった手直し作業のほとんどを、針仕事の達者なひなが受け持っている。

「この色、モエギさんにぴったりの色だと思われませんか?」

「……そう、だな」

 女の着物のことなど判るはずもない三左は、曖昧にそう言うしかないのだが、同時に少し首を捻ってしまった。モエギはもう十代ではないが、それでもまだ若い独り身なのだし、その渋すぎるくらいの色が「ぴったり」という表現もどうだろう、と思ったのだ。

「あ、いえ、違います」

 ひなが笑った。


「これ、萌黄色なんですよ」


 ああ──と納得した。いちいち色に名前をつける習慣が三左にはないので判らなかったのだが、言われてみれば、その着物は萌黄色だった。というより、もとの色はもっとハッキリした濃い色だったのが、大分色が褪せて萌黄に近くなった、という感じである。

「先日、千早さまが本島からたくさん古着を買い込んでいらっしゃったでしょう? その時、この着物はモエギさんに、と思ったんです」


 島の人間が着る着物は、本島から安い値で大量に買ってきたものを平等に住人たちに分け与えることになっている。そのほうが効率的で経済的だからだ。なぜ安いのかというと、死体から剥いだ着物などもその中に混じるからなのだが、戦国の世で、そんなことは今さら気にしたってしょうがない。


 ひなは仕事としてそのたくさんの着物を綺麗に手直しし、そして頭の女房として住人たちに分配する役目を負っている。


 だから今回も、その一環として、見栄えよく直した着物をモエギに持ってきた、ということなのだろう。納得したところで、三左は自分がどうしてここにいるかを説明していなかったことに気がついた。いやもちろん、「千早に言われてモエギを口説きに来た」なんてことは言えるわけもないのだが。

「俺はその、頭に言われて、コハクに魚を」

「そうですか」

 ひなは変わらず微笑んでいる。コハクに、という部分で、少し目元が緩んだようにも見えたが、気づかないことにした。どうせ、千早からいろいろと聞かされているに決まっている。

「じゃあ、俺は浜に戻るから」

 いたたまれなくなって、そそくさとその場を去ろうと足を動かしかけたら、「三左さま」とひなに呼ばれた。


「モエギさんは、怖がっているようですね」


 その言葉にはっとして振り向くと、ひなはもう微笑を消していた。彼女の夫と同じように、真面目な瞳がまっすぐにこちらに向けられる。

「……怖がる?」


 やっぱりか、と落胆するような感情が、三左の胸を重くした。やっぱり、モエギも俺のことが怖いのか。この顔、この性格が。


「いいえ、違います」

 三左は何も言っていないのに、ひなはきっぱりと首を横に振った。


「三左さまではなく、三左さまが変わるのを。その目が、その心が、変わらないままでいるのか、判らなくて怯えています。自分を受け入れてくれるのか、そこに甘えていいのか、怖くて怖くて仕方ないんです。……それを、どうか」

 そこまで言うと、ひなは目を伏せ、口を噤んだ。それ以上は口出しすべきではないと、自分自身を戒めているようだった。

 頭を下げて一礼し、ひなは静かに踵を返した。



          ***



 一日、考えた。

 それでもどうしても、ひなの言葉の意味が判らなかった。そこで困り果てて相談した千早は、「ああ……」とすぐに頷いたものの、それについての説明は一切してくれなかった。


「そりゃお前が結論を出すことだから、俺が口出しするようなことじゃねえよ」

 と投げ出され、三左は途方に暮れてしまう。


 顔や性格でなければ、モエギが自分の何を怖がっているのか、三左にはさっぱり判らないのだ。判らないまま、結論を出すもへったくれもないではないか。

「ひなは自分にも経験のあることだから、モエギの気持ちがよく判るんだろ。俺は女じゃねえから、そういうのは今ひとつピンとこねえけど」

 それにしたってなあ……と、千早は少し苦々しい調子で続けた。


「お前も自分のことばっかり考えてねえで、ちったあモエギの身になってみりゃ判ることだろうに。いつまでも子供みたいなこと言ってやがると、殴るぞ? いつか俺がお前に殴られたみてえによ」


 以前のことを蒸し返されて赤面する。あの時、泣いているひなを放っておく千早に腹を据えかねて殴り、説教したのは自分だ。

 まったく逆になった立場に、三左は恥じ入って大きな身体を縮めた。


「考えろ。想像しろ。知るための努力をしろ。自分の気持ちを伝えるのにありったけの言葉を動員しろ。恥ずかしいもへったくれもねえよ。手放したくないのなら、それを背負うだけの決意と覚悟を持て」


 厳しい声音でそれだけ言うと、千早はぷいっと背中を向けて歩き去ってしまった。

「…………」

 三左は、唇をぎゅっと結んで俯いた。



 夜になってからモエギの家を訪れると、姉と弟の二人は嬉しそうに三左を歓待してくれた。

「……モエギと話があるんだが」

 そう切り出すと、察しのいいコハクはぱっと立ち上がり、「じゃあ俺、二太のところに行ってくるから」と素早く家を出て行った。すれ違いざま、三左の背中をぽんと叩いたのは、頑張れ、という意味であったのか、姉ちゃんを頼むね、という意味であったのかは判らない。

 残されたモエギと向き合い、腰を下ろす。モエギは何も言わず、赤い顔で下を向いているだけだった。三左も何をどう言えばいいのか判らないので、じっと黙ったままである。バチバチと囲炉裏で火が爆ぜる音だけが静寂に響く。


 最初の言葉に迷ったまま、なんとはなしに、すぐ前にあるモエギの俯きがちの顔を眺めた。


 この島に来た時は、すっかり憔悴しきってやつれていた頬は、わずかながらふっくらしてきたようだ。美人、というわけではないが、愛嬌のある顔立ちをしている。よく働くし、気立てはいいし、しっかりしているし、もとの島にいた時だって縁組の話くらいはあっただろう。それを断り続け、女手ひとつで必死になって弟の面倒を見ていたモエギ。

 そういう芯の強い女だから、不知火の外道どもに攫われても気丈に生き抜いてこられたのだろうが──


 そこまで考えて、頬を張られるような衝撃を覚えた。


 そうか、それだ。女心に疎い三左だからちっとも気づかなかった。いや、「判らない」と最初から決めつけて、考えることも、想像することもしなかった。そういう意思がなければ、判ることなんて出来るわけがない、ということに、そもそも気づかなかった。なんて馬鹿なのだろう。これでは千早が怒るのも当然だ。

 ほんの少し想像してみれば判ることだったにも関わらず、三左は今までずっと、自分の外見のことばかりを気にして、そんなところに気を廻す余裕がまったくなかった。


 誰よりつらかったのは、モエギだったのに。


「──モエギ」

 ぽつりと名を呼ぶと、ようやくモエギが顔を上げた。

「俺の、女房になってくれないか」

 そう言うと、モエギの顔がくしゃりと崩れた。涙はないのに、泣いているような瞳だった。

「……でも、私」

「何があったかなんてことは、俺は聞かないし、気にしない。今ここにいるモエギがなにより大事だと思うからだ。一生懸命、耐え抜いて、生きてくれて──本当に、よかったと思ってる」


 不知火島に攫われて助け出されるまでの間、女の身にとってはこれ以上なくつらく苦しく、屈辱的なことがあっただろう。女たちはひとつの小屋に閉じ込められ、見張りをつけられ、ろくに食事も与えられなかったという。

 その小屋に、不知火の凶暴な男たちが、入れ代わり立ち代わり、やってくる。蹴られ、殴られ、犯される。それも、日に何度もだ。抵抗して殺された女もいれば、連日の暴力に耐えられず自ら死を選ぶ女もいた。その中で、モエギは残された弟のため、ひとかけらの希望を信じて歯を喰いしばって生き抜いたのだ。


「でも、わ、私──私はもう、汚れた身体です」

 震えた声でモエギが言った。揃えた膝の上に置かれた両手も、ぶるぶると小刻みに震えている。


 外の傷が癒えて、表面上は明るさを取り戻し、笑えるようにもなったけれど、モエギの内面には、まだまだ数えきれないほどの傷が残っているのだと、三左は知った。

 当たり前ではないか、そんなこと。今の世の中にはよくあることだと言い聞かせても、いくら毎日の殺伐とした日常に慣れていても、一人一人の苦痛が薄まるわけではない。三左はそのことに、すっかり鈍感になってしまっていた。

 消えない傷を抱えたまま、モエギはこの先の人生を踏ん張って歩んでいくしかない。モエギのせいではないのに、どこかに自分への嫌悪を孕ませて、これからも重いものを抱えて生きるしかない。

 だからこそ、モエギは何も言わなかったし、言えなかった。


 それを背負う決意と覚悟を持て、と千早は言ったのだ。

 手放したくないのなら。


「俺は、モエギの身体を汚れてるだなんて思ったことはないし、これからだって思わない。なにより、お前の心はどこまでも綺麗だと思う。諦めず、生きてくれていたからこそ、俺はモエギと会えた。そのことを、この上なく、嬉しいことだと思う。お前は自分を誇りにするべきだ。モエギはよく頑張った。偉かった。生きていてくれて嬉しい。これからも、俺はずっと、そう思う」


 どう言えばモエギが救われるのか、どう言えばモエギの心が少しでも軽くなるか、なんてことは、どう考えても判らなかった。だから自分の思ったことを、出来るだけ口に出す努力をした。もとより持っている語彙が少ないから切れたりつっかえたりしたけれど、それでも死ぬほどの努力をした。


「──俺はその、この通りの強面だし、上手なことも言えないけど、でも、この気持ちは変わらない。約束する。絶対に、絶対に、変わらない」


 三左はモエギの手を取り、ぎゅっと強く握って、懸命に言った。

 変わらない、変わらない、と何度も。


「……三左さん」

 モエギが涙の浮かんだ瞳で三左を真っ直ぐに見る。

 その顔がとても美しいものに見えて、三左は狼狽した。途端に猛烈に恥ずかしくなってきて、眉に力を入れ、唇をぐっと結び、顔を赤く染める。

 そして、はっとした。


 ダメだ、また「怖い顔」になってる。


「お、怒ってるわけじゃない。照れてるんだ。怖がるな」

「…………」

 三左のしどろもどろの言い訳に、モエギは一瞬泣いていることも忘れてぽかんとした後、袖先で口元を押さえてぷっと噴き出した。


「いやだ。私、三左さんを怖いと思ったことは、ただの一度だってありませんよ」


 そう言って、泣きながら、幸せそうに笑った。

 この笑顔にあの渋い萌黄色の着物は確かに似合う、と三左はその顔にうっとり見惚れながら、心の中で思う。なるほど、ひなの見立てに間違いはない。


 ──まるでモエギそのものが、すらりと野に咲く一輪の花のようじゃないか。


 と思ったものの口には出せず、しかも見惚れすぎて結局求婚の返事をもらうこともすっかり忘れた三左は、あとで千早に思いきり嘆かれる羽目になった。





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