第72話
朝のホームルームを終え、一時間目との授業まで短い束の間、転校生東宮美優はクラスメイト達に囲まれて質問攻めに合っている。それを横目に私は糸乃さんと話しをしている。
「あんな糸乃さん久しぶりに見ましたよ。北見さん以来じゃないですか?」
「まったくよ。ちょっと疲れたわ」
「難儀な異能力ですね」
「お互いにね」
決して糸乃さんの異能力はエロいものではない。ある一定のラインを超えるとさっきみたいになるだけだからね。糸乃さん曰わく、そのラインこそが人間として化け物かそうでないかのラインとの事。
「そういえば東宮さんの事ですけど……どうやらリーダーの事知っているみたいですよ」
「どういう事?」
糸乃さんの声が鋭くなる。糸乃さんの鋭い声けっこう好きだ。
「どこで知ったかは私も知りませんが性悪│(せいあく)の事知ってましたよ」
「はあっ! 黄葉が生まれ付きの悪というのは夜山中学の中では周知の事実だけど他校生が知るわけないでしょう」
「そんな事私に言われても……ただ聞かれただけですよ、私は。答えなかったですし」
「そう……。どっちにしても雲雪と私の異能が東宮さんを化け物と結論したんだから本物よね」
「本当に難儀ですよね~」
別に隠す事でもないんだけど、この事に関してはリーダーが直接言う事になってるから教えられない。強制ではないんだけどそういう制限があるんだよね。
しかし、東宮さんはどういう化け物なのだろうか? 化け物格とわかりながらどうも化け物としてどのような実態か見えないというのもまた事実なんだよね。
やがて一時間目の授業が始まった。一時間目は数学だ。
私はただ先生の声を聞いているだけ。隣りの東宮さんも授業を聞かないで私の方をチラチラ見ている。
私のファンか? そんなわけないか。
「性悪の人の事知ってるの?」
授業中に話しかけるな。
私はノートに字を書く。そしてそれを東宮さんに見せる。
『できれば授業中に話しかけないでくれませんか? だけど質問には答えて上げます。知ってますよ』
東宮さんは喜々として自分もノートに字を書き私に見せる。
『会わせてくれないかな?』
可愛い見た目に反してなんとも豪快な字を書く子だ。
『それは無理です。だけど、あっちから会いに来てくれると思いますよ』
『わかった。ありがとうね』
『なんで性悪の人に会いたいんですか?』
『知りたい事があるの』
知りたい事ね……。私が言うのも難だけどリーダーから知りえる事なんて何もないと思う。強いて挙げるなら悪道くらいじゃないかな。
『何ですか?』
『くもちゃんが内緒にするなら私も内緒♡』
東宮さんが私に向ける笑みには悪意の欠片もなかった。
ここで私達は文字による会話を切り上げてそれぞれ授業に集中した。
4時間目までの授業を終えて昼休みの時間に入る。私の所に糸乃さんが来てお互い弁当を机に置く。
そういえば東宮さんは弁当とか持って来てるのかな? 普通大体の公立は給食だから。
糸乃さんも同じ事を思ったのか東宮さんを見る。まあ、同じ事を考えたのは私達だけじゃないという事。クラスメイト達が東宮さんを囲ってその旨の事を話している。というかすぐ隣りだからかなりうるさい。どっちにしてもあんだけ気にかける人がいるなら私達が出る幕はないかな。
私達が昼食を食べようとした時、私達が使っている机の横に例の東宮さんが立っていた。
「ねー、できれば私を食堂に連れて行ってくれない? 給食だと思ってたから。もっとできれば校内案内してくれないかな? お願い」
なんとも破壊的なお願いだろう。お願いの後にハートが付いてそうだ。
私は糸乃さんに目配せして決定権を委ねる。
たぶん今日はリーダーは登校して来るはず。勢力内では私より偉い糸乃さんに決めてもらう。別名、面倒を放り投げるとも言う。正直嫌な予感がするけどね。
「別にいいわよ」
「私もいいですよ」
糸乃さんの意見に私も同意する。
微かだけど糸乃さんの呼吸がエロく乱れている。さっきよりかはマシだけど慣れるまでにはまだ時間がかかりそう。本当に難儀な人。
「じゃあ決まり! 早く行こう。私お腹ペコペコ」
私と糸乃さんは弁当の蓋をしめて袋に入れ、東宮さんを連れて食堂へ向かった。
なんというか結局東宮さんを校内案内させる事ができなかった。
やっぱりというべきか転校生+美少女という属性の組み合わせは廊下を歩いているだけで先輩同級生後輩から注目の的になり囲まれて質問攻めにされる。昼休みは食堂で昼食を食べる時間だけでいっぱいだった。校内案内は放課後に回される事になった。
そんな放課後、私と糸乃さんは東宮さんを連れて校内を回っている。結局、リーダーが学校に来ているかわからないけど……一応来ている事を想定で動いているけれど。私の予想が正しければ東宮さんの性質はリーダーと正反対、水と油の可能性が高いから。
「へぇー。公立ってショボいイメージがあったけどなかなか綺麗だね。並の私立くらいの設備はあるんじゃない?」
「一応この町は所謂ニュータウンというものなの。この学校も元々はそのニュータウンのシンボルの候補として建てられたらしいわ。だから設備だけならセレブな私立とはいかなくても中堅並みの設備があるわ。もっともシンボルにはならなかったけどね」
糸乃さんが東宮さんの質問に答えた。糸乃さんとリーダーはニュータウンとして開発される前からこの町に住んでいる。後、私は小5にこの町に引っ越して来た。この学校の生徒は私みたいに外部から引っ越して来た人の方が多く、原住民の方が少ないくらいだ。
「東宮さんはどこの学校にいたんですか?」
「う~ん……どこの学校というわけじゃないけど公立じゃない事は確かかな」
なんともはっきりしない答えだ。
公立じゃない……ね。この言い方だと私立でもないとも聞こえる。
何か嫌な予感がするからその事は追及しないけど。
それはともかくとして──
「糸乃さん、東宮さんに言っといた方がいいんじゃないですか? この町の異常性の事」
「そうね。何も知らずに東宮が羅刹女とか榎宮とか夕山のあの女に会って逆鱗にでも触れたら無事じゃ済まないからね」
朝山学園、昼山中学、夕山学園におけるそれぞれの要注意人物だ。
「どうしたの?」
「なんでもありませんよ」
「そうそう」
私達は結局、話しを逸らして学校案内を再開する。
音楽室、理科室、美術室、校内の教室を一通り案内した。
私達は体育館へと向かっている。
「本当にすごいよ! どこもすごい設備だよ! なんていうか探検みたいで面白いね! 次はどこ行くの?」
東宮さんメチャクチャハイテンション。一つ教室を案内する度にこのテンションはすごい。
「残るは体育館だけね」
糸乃さんが呟いた。
体育館ね。なんていうか嫌な予感がする。例えば、悪党が潰した勢力の残党が私達を待ち構えていて私達は倉庫に閉じ込められて集団リンチされたりして……。
「あの……糸乃さん、東宮さん。体育館行くのやめません?」
糸乃さんと東宮さんは私を見る。
「どうしたのくもちゃん? 顔色悪いよ?」
「雲雪? 思考したのね?」
私は糸乃さんの言葉に頷いた。
私は元々持っているマイナス思考が『悪意』によって歪んだ異能・悲観的予想を持っている。
異能・悲観的予想。要は超能力ではない予知能力。マイナス思考による悲観的で豊かな想像で未来を予測してしまう異能。もはや妄想ならぬ妄測だ。
ちなみに先程のリーダーへの助言にもこの異能を使っていた。
妄想といえばそれまでだけれど、私の悲観的予想は今のところ百発百中。悲観的に考えても100パーセントという信頼できる数値だけど、これこそがマイナス思考の要因でもある。正にマイナススパイラルだ。
話しを戻そう。
そもそも残党はリーダーが数の暴力と拳の暴力で潰して来た校内の勢力の総称である。ほとんどの人達は悪党に取り込まれていった。けれども僅かだけど取り込まれなかった人達がいた。例えば、リーダーと並ぶほどの化け物である北見蓮十郎やその取り巻きの女子、そしてリーダーに敵対心を持つ人達。その敵対心を持つ人達は勢力を拡大するために悪党のメンバーや無党派の生徒を隠れて勧誘し、勧誘を断るとリンチをするという噂だ。ちなみに、幸い北見さんは無党派。
私が確認し得る限りでは校内の生徒の約9.5割が悪党。残りの0.5割が残党、無党派の生徒だ。
「糸乃さん、狙われているのは東宮さんです。たぶん」
「え? 私がどうしたの?」
「なるほど……残党にとって転校生は貴重な戦力ということね」
「はい。それにたぶん今頃加賀美君が動き出しています。遭遇したら私達じゃ加賀美君に適いません。ここは回避すべきだと思います」
「加賀美か……厄介な人ね」
「くもちゃんにいとちゃん、加賀美君って誰?! 性悪の人?」
「加賀美君は残党をまとめてる人です。それ以上でもそれ以下でもそれ以外でもありません」
「意味がわからないからね! くもちゃん!」
私は東宮さんを見る。東宮さんは疑問符と僅かな怒気と笑みを浮かべて首を傾げている。
現状では東宮さんをリーダークラス│(たぶん)の化け物だと認識している私達だけれども、私達は東宮さんがどういう意味で化け物なのかわからない。
人間における化け物にも色々な種類がある。例えば、リーダーのように精神に起因する化け物なのか、北見さんのように超能力による化け物なのか。個人的見解というより直感ではリーダーと同じタイプの化け物だと思う。
私が今日観察した限り東宮さんには化け物と決定付けるものがない。少なくとも頭脳、運動能力、超能力や異能力といった類のものではない事は確か。
「東宮さんは何か特技ありますか?」
私はストレートに質問してみた。
「くもちゃん……何か特技って言われても……。私にできるのはペン回しくらいだよ。それが一体どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
まさかペン回しが化け物級という事? 拍子抜けもいいところなんだけど!
「くもちゃんは何か特技あるの?」
「はい?」
東宮さんから私がした質問と同じ質問を返された。
「いえ……、私は特にありませんよ」
「そういう答えもありなの?! 無理してペン回しが得意って答えなくても良かったの?!」
「あ、なんかすみません」
無理に答えてたんだ。
「雲雪の特技はネガティブシンキングでしょう?」
カチンと来たね。
「糸乃さんの特技は好きな人やハーレム男の前でエロい息遣いをする事でしたっけ? そういえばついさっきは女子相手にもエロかったですよね」
糸乃さんの顔がムッとする。
「雲雪、言っていい事と言っちゃ言けない事があるでしょ?」
「わかってるじゃありませんか」
「ちょっとちょっと! 私のために喧嘩しないで!」
「東宮さん、それ言いただけですよね?」
どう考えても東宮さんのために喧嘩してなかったよね?
まあ、お互い特技と言えば特技なんだけどね。
「すみません糸乃さん。ちょっと言い過ぎました」
「私もあの発言は言い過ぎた──……っ!」
糸乃さんが苦い表情になる。同時に私にもある考えが脳裏をよぎる。
「どうしたの2人とも?」
変わず東宮さんだけが涼しい顔だった。
糸乃さんが反応したという事は近くにいるはず。それに糸乃さんのこの反応は間違いなく加賀美君。
「あれ~? そこにいるのは悪党の幹部の鹿屋と徳山じゃないかな~?」
私達の背後から声が聞こえた。本当に間違いなく加賀美君の声だ。
私達は後ろへ振り向いた。
振り向いた先には恐い顔の男子──加賀美君がいた。恐い笑みを浮かべている。
「加賀美……あなた……」
「糸乃さん! 関わっちゃ駄目!」
私は険悪な表情の糸乃さんとよくわからないと云った感じの東宮さんの手を掴み走ろうとする。
しかし、そこで思考してしまう。
もしかしたら逃げた先で待ち伏せされてるんじゃ……。駄目! マイナス思考を断ち切るの!
私は走るのをやめてしまう。
「ピンチね」
糸乃さんは呟いた。
私達はリーダーと違って肉体派じゃないから軽く捻り潰されるだろうね。
「ふ~ん。何か知らないけど今はピンチなんだね」
東宮さんは呟くと私と手を離す。
「東宮さん?」
東宮さんは加賀美君に近づく。
「東宮! 危ないわよ!」
東宮さんは微妙に距離を取り加賀美君に言う。
「加賀美君だっけ? 私は東宮美優、よろしくね」
「噂の転校生か。なかなか可愛いな」
「ありがとう♪」
「どうだ? 俺達の勢力に入らねーか?」
「勢力? よくわからないけど私は会わなくちゃいけない人がいるの。もしかしてあなたが性悪?」
「ふん! 俺をあんな悪党と一緒にするなよ」
「ふ~ん……じゃあいいや。あなたも相当悪そうだけど小物っぽそうだし」
「悪かっ──があああぁぁががが!!!!」
加賀美君は悲痛の叫び声を上げるとバチバチという音とともに痙攣して倒れた。東宮さんは加賀美君の足を踏んで言い放つ。
「小悪党に用はないの」
東宮さんは無邪気──まるで天使のような聖女のような穏やかでいて優しくあまりにも美しい笑みを浮かべている。左手にはスタンガンらしきものを持っている。
何が起きたの? 今の東宮さんがやったの?
チラッと糸乃さんを見ると、私はギョッとする。糸乃さんは朝と同じようにエロく息が弾み目にハートを浮かべている。目にハートは比喩だけれども。ただ一つ言える事は、糸乃さんは間違いなく今の東宮さんに感じているという事だ。
「ふぁ~……」
糸乃さんはついに地面に座り込んでしまった。腰が抜けてしまったらしい。そこまで?! だけど可愛い。
「東宮さん、何やってるんですか?」
「え? 邪魔だから片付けただけだよ」
「そうですか……」
変わらない聖女のような笑みが不気味だった。まるで違和感。
なんというか、そもそも私達やリーダー──どころか普通の人間とは根本的に違うような……。
ガーシャン!!
私と東宮さんはビックリする。
すぐ近くでガラスの割れる音が聞こえた。よく聞くと人が壁に当たる音や悲痛の叫び声も聞こえる。
これはリーダーのお出ましだね。
リーダーと東宮さんの邂逅には実は期待している。化け物と化け物の邂逅。
リーダーと北見さんの時は特に何もなかった。むしろ友達になってた。
「あれ? どうしたのかな?」
東宮さんは物怖じしてない。むしろ興味津々だ。
「誰だ? 校内でスタンガンぶっ放してるバカは」
廊下の曲がり角から気だるそうな感じで大柄の男子が現れた。
身長が180cm以上はありそうで筋肉質だが制服を着ているためかスマート、美少年とは言い難いが野性的で悪そうな顔は個人的意見だがイケメンな部類だと思う。
我らが悪党のリーダー・大倉黄葉の華麗なる登場だ。




