第69話 6人目
伊集院とのお出掛けを断ってしまった翌日の日曜日、時間は午前5時。今日は璃子とのデートだ。
私が身に付けているのは白いシャツと花柄のミニスカート、黒のニーソ、赤縁メガネだ。髪はポニーテールだ。ここにブーツが合わさるわけだ。自分なりにオシャレに決めたつもりだ。いざという時の機能性も備えている。
「良し!」
私は白いバッグを持ち、待ち合わせ場所に向かった。
璃子と2人きりというのも久し振りだ。最近、璃子は演劇部が忙しくて帰りも一緒じゃなかったからな。
待ち合わせ場所は昼山駅だ。今日は遠出するらしい。
昼山駅に着くとちょうど璃子も着いたところだった。
「やあ璃子」
「おはよう鏡華ちゃん」
璃子ははじらうように微笑んで私に向かって小走りで近寄って来る。
白い髪をツインの三つ編み、白いブラウスに黒のリボン、黒いスカート、黒い靴に白いタイツは璃子の白過ぎる肌に合っているうえに日光対策に日傘を持っていて正にお嬢さまだ。正にお嬢さまだけれども。
「鏡華ちゃん、今日は遊園地行くからね。チケットもあるんだから」
璃子がポーチからチケットを2枚取り出す。用意がいい。
「それいくら?」
私がバッグから財布を取り出そうとすると璃子が言う。
「大丈夫! おじいちゃんがくれたやつだから」
「そうか? じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」
「うん!」
何がそんなに嬉しいのか璃子は笑みを浮かべる。璃子の場合可愛いや美しいではなくて先に神々しいという感想が出る。
私は璃子の手を握りしめて言う。
「それじゃあ璃子、行こうか。早く行かないと列の後ろの方になるからな」
「うん。早く行こう」
璃子は手を弱々しく握り返した。私はそれを確認すると、私がエスコートする形で電車に乗り込んだ。
私と璃子は途中で一回電車を乗り換えて目的地へ着いた。早めに出発したおかげか入場の列はあまり混んでいなかった。私達は列に混ざり雑談していた。
しばらくして開場すると他の客達は我先にと走り出す。まあみんなで来ていれば私、シオン、伊集院、原山で走り出しているな。今回はさすがに璃子を一人置いていくわけにはいかないしな。それに──
「璃子、別に腕にしがみつかなくても璃子を置いて行かないから心配するな」
「だってこれはデートだよ! やっぱり鏡華ちゃんの腕って抱き心地いいね」
私は腕をギュッとする璃子を感じる。この弱々しさは私にはない。
やはり璃子は私と違って羨ましいくらいお姫さま体質だな。私も弱々しければ璃子みたいに誰かに守られるのだろうか。しかし弱ければ守る事ができない。ジレンマだ。
「歩きにくいから手繋がないか?」
私の言葉に璃子はうっすらと笑って腕から離れた。私が手を握ると璃子も私の手を握り無邪気な笑顔で返した。
「鏡華ちゃん、あれ乗らない?」
璃子が差した指の先にはメリーゴーランドがある。
開幕直後にメリーゴーランドとは……。
璃子の目を見ると赤い星をキラキラさせながら私の目を見ている。
「ああ、乗ろうか」
私達はメリーゴーランドに乗った。開園直後という事もあり並ばずに乗る事ができた。
その後、キャラメル味のポップコーンを買ってから人気のアトラクションに乗ろうとしたら1時間待ちであった。結局並んで乗ったけど。そしてそれを堪能した後、昼ご飯を食べた。璃子に案内されてどこに連れて行かれるかと思ったら遊園地内で一番の高級レストランだったのは驚いた。そのレストランは予約制なのだが既に予約していたらしい。もちろん璃子のおじいちゃんの計らいである。なんというかあの雰囲気の中で女子中学生2人というのは場違いな感じがすごかった。家族と一緒に高級レストランは行った事あるが同級生の友達と2人だけでなんてなかなかないぞ。おいしかったけどな。そして大人気アトラクションに乗り、コーヒーカップに乗り、お化け屋敷に入り、なぜか再びメリーゴーランドに乗った。
この時点で既に時間は17時半を回っていた。
****
2回目のメリーゴーランドを乗った後、私と鏡華ちゃんはベンチに座っていた。さすがに疲れてしまったがすごく楽しかった。
「ごめんね鏡華ちゃん。荷物持たせちゃって……」
「気にするな。この程度大した事ないから」
鏡華ちゃんは笑ってみせる。
みんなは鏡華ちゃんは笑顔が可愛いという。私もそう思う。だけど私は凛々しい笑顔の鏡華ちゃんの方が大好き。みんなは可愛い笑顔の鏡華ちゃんが大好きみたいだけど。
でも、鏡華ちゃんが凛々しい笑顔を私に見せている間は私はまだ鏡華ちゃんと対等な友達になれないよね……。
その点みんなはすごいと思う。対等に接しているんだから。ズルいと思う。だってみんなは鏡華ちゃんの可愛い笑顔を向けられている。だけど私は向けられていない。たぶんみんなは鏡華ちゃんの可愛い笑顔を見たから可愛い笑顔が好きなんだ。そして私は可愛い笑顔を向けられた事がないから凛々しい笑顔が大好きなんだと思う。みんなの中では最初に友達になったのは私なのに気がつけば私が一番後ろ。そうだよね。私が一番の役に立たずで足手まとい。
だから月曜日にやった今回のデートの曜日を決めるゲームで滝沢さんや伊集院君に勝てたのは嬉しかった。だって私でも鏡華ちゃんの役に立てるかもしれない。制御もできないただ未来を視るだけの予知夢よりすごい超能力。『悪意』によって歪んだ能力。
やっと私はみんなと同じ、鏡華ちゃんと同じ舞台に立てた気がする。
「鏡華ちゃん、最後は観覧車乗ろうよ」
「私は構わないぞ」
私達はしばらく列に並んでから観覧車に乗った。
私は鏡華ちゃんに隣りに座る。向かい側に座ったらそれだけの距離でも不安になるから……。例え無言でも隣りに座ればそんな些細な事はどうでもいい。
私達の乗っているゴンドラがちょうど真上くらいに来た時、無言の時間を破ったのは鏡華ちゃんだった。
「璃子は……」
鏡華ちゃんはただ一言私の名前を言葉として表すとお尻をずらして私にさらに近寄る。
「え……?」
鏡華ちゃんは眼鏡を外すと、私の顎に指を添えて壊さないように弱々しくて優しく、それでいて強引に私の顔を振り向かせる。
「どうしたの? 鏡華ちゃん」
私の問いに鏡華ちゃんは返す事もなくただ私の目を見る。
違う……それは違う。私の目を奪うつもりかな?
私の赤い瞳と私とは正反対に彩る鏡華ちゃんのダークブラウンの瞳。異端と正統──だけど鏡華ちゃんの目も正統とはいえないかも。このままだと他のものまで奪われそうだった。
私は鏡華ちゃんから目を離し俯いた。鏡華ちゃんも私の様子を見て顎から指を離し、背を背もたれに預けた。
「そうだ……。こ……が……ふつ……だ」
鏡華ちゃんは何かを呟いた。本当に弱々しく小さく呟いた。
よく聞き取れなかった。
私が何て言ったか聞こうとすると目の前が赤く染まる。
これは……カードゲームの時の能力? あの時以来何度試しても使えなかったのに……。確か赤色は危険色だったよね。
私は言うのをやめる。
「どうした? 何だ璃子?」
「え? 私何か言った?」
「いや、何か言いかけただろう?」
どうしてわかったの?
だけど鏡華ちゃんの場合耳が良いからわかるかも。
「なんでもない」
「そうか……」
なんとも形容し難いふわふわした空気のまま私達は観覧車を乗り終えた。
その後、私達は電車のラッシュに巻き込まれながらも無事昼山町に到着した。
私と鏡華ちゃんは駅前で喋っている。
「璃子、今日はありがとう。すごく楽しかったぞ」
「うん。喜んでくれて嬉しいな。私はここで車のお迎え待つけど鏡華ちゃんも乗ってく?」
「いや、私はいい。本屋寄ってから帰るからな」
「わかった。じゃあね」
帰って行く鏡華ちゃんの揺れるポニーテールを見ている。やがて鏡華ちゃんの姿が見えなくなりしばらくすると運転手が迎えに来た。
私は途中で鏡華ちゃんに会えないかと考えながら窓の外を見送った。
****
やっぱりあれが普通の反応だろうな……。
本屋へ寄った帰り道、私は観覧車での事を思い出していた。
という事は私は普通じゃないのか? 月見の時と同じような状況で月見と同じ事を璃子にしてみた。ただ、ただひたすらあの感覚と同じ感覚になりかけた。結局は璃子に目を逸らされたけど。
まあ、今はそれよりだ……。
私の後を付けている足音に耳を澄ます。後を付けている人数は2人。一人は革靴独特の音と地面を鳴らす重い音、足音の間の感覚が長い事から大柄の男。もう一人は打って変わって同じ革靴ではあるが踏み込む力が強く足音の間の感覚が短く、弱いが鋭い音で所謂躾られた上品な足音の女──というより幼い少女だろう。2人は私の歩くペースに合わせて一定の距離を保っている。
そろそろ逃げようかとした時、少女が丁寧な言葉で私に話しかけて来た。
「高田鏡華さん……────という方をご存じでしょう?」
その名前を聞いた私は思わず振り向いてしまった。
そこには無垢な眼差しを私に向ける5歳くらいの金髪碧眼少女が立っていた




