第69話 2人目
月見とはある意味デートらしい事をしていない翌日。
月見とは一度も会う事もなく放課後になってしまった。クラスメート達は部活なり委員会なり帰宅なりで多くは教室からいなくなってる。璃子も今週は演劇部の方に顔を出すらしく既にいない。クラスに残っているのは雑談に花を咲かす女子達とガムテープで作ったらしい塊でキャッチボールをしている数人の男子だけだ。
私も今日のデート相手の言葉により教室に残っている。待っている間暇なので昨日月見から借りた本でも読もうかと机の上に置いてあるバッグから本を取り出そうとした時、今日の日直である小柄な女子──伊丹牡丹がクラスメート達のノートを持って教室から出て行くのが見えた。
ご苦労さま。しかし、危なっかしい奴だ。ヨロヨロだったじゃないか。しかも3教科分のノート持ってなかったか?
案の定、しばらくすると廊下の3クラス離れた所くらいからノートが崩れる音が聞こえた。聞こえなかったら無視を決め込めるが聞こえたんだから助けないわけにはいかない。クラスメートだしな。
私は席から立ち上がり軽く走り出す。廊下を出て牡丹を発見すると走って近づく。
「大丈夫か? 牡丹」
「鏡華ちゃん……」
私はノートを拾い集める。予想通りノートは英語、理科、地理の3種類だ。私は拾いながら質問する。
「男子の方はどうした?」
「キャッチボールしてた」
牡丹も拾いながら答える。
何やってるんだあいつは……。
やがて私達は拾い集めてそれぞれの教科ごとに積み重ねて床に置いた。
「ありがとう鏡華ちゃん」
「気にするな。たまたま崩れる音が聞こえただけだから。さあサッサとノートを職員室に持って行こう」
牡丹は慌てたように拒否する。
「いいよいいよ! これは私の仕事なんだし!」
「いや、この量はツラいだろう? 英語と理科は私が持ってくから」
有無言わさずに私は英語と理科のノートを積み重ねて持って歩き出す。
「待ってよ」
牡丹も地理のノートを持って慌てて私の横に並んだ。
私と牡丹が職員室にノートを置いて教室に戻ると、牡丹はバッグの中からクッキーの入った袋を笑顔で私に渡した。
「さっきはありがとう」
「これは?」
「手伝ってくれたお礼。口に合えばいいけど……」
「もらってもいいのかという意味だったんだが」
「大丈夫。どうせ歴史研究部で摘むものだから気にしないで」
「そうか。手作りか。ありがたくもらっておこう。ありがとう」
「はう!」
牡丹は急によくわからない声を出して羞恥などではない感じで赤面してうつむいた。お礼を言われ慣れてないのだろうか? 可愛い娘だな。
「味は保証できないから。じゃあね!」
「また明日」
牡丹は私から逃げるように教室から走って出て行った。私は日直の男子に注意しようと思ったが面倒なので断念し、自分の席に座った。
授業が終わってから30分経つが未だにデート相手は現れない。もしかして帰ったのか? と思った矢先に廊下から今日の相手の足音が聞こえた。急いでくれているようで早足だ。やがて前方の開き放しのドアから今日の相手が姿を現した。
「どうやらすれ違いだったみたいですね」
「私を追いかけたのか? それはお疲れさんだなシオン」
シオンは少し肩で息をして私に微笑みかけた。
****
今、私とシオンはテニスコートにいる。シオンとのデートの最初の予定は一緒にテニスをする事らしい。私は今日体育着を持って来ていないためブレザーを脱いで制服。シオンは体育着を着用していて、ハーフパンツから覗く足が長くて綺麗だ。
なぜテニスなのかというと、シオン曰わく一緒にテニス部員を負かしましょうという事らしい。これは所謂賭けが発生する真剣勝負なのだ。もちろん賭ける物は大した物ではない。たかがお互いパン2個でテニス部側はそこにジュースが付く程度。ルールはたぶん普通のテニスでダブルスだ。一応前提条件として性別は相手に合わせるらしい。
ちなみにこのテニスは晴恋の嘘突きゲーム以来、度々色々な部活や個人が晴恋の真似事でこのような事をやっていて、これはその一つだ。
「鏡華、これが終わったらデートしましょう」
「あ、ああ」
何それ? 字面にすると完全に死亡フラグなんだが。デートするんじゃなかったのか?
そして私の耳に作戦会議をしているテニス部員達の会話が聞こえる。
「なんで高田鏡華とシオン=オルコールが挑戦してくるのよ」
「慌てない。所詮相手はあの羅刹女とはいえ素人なうえに片方はただのハーフ。とはいえ高田鏡華の方はスポーツに関しては飲み込みが早いと聞く。手加減したら足元をすくわれるのは確か」
「ならば最初からダブルスのレギュラーを出しましょう」
「そうね。それにあの2人は超能力者……。うふふ、私達テニス部員があの羅刹女を仕留めのね。次回の学校新聞で大きく取り上げられるわ!」
「それどころか号外じゃないでしょうか! 羅刹女を倒したとなれば来年度の新入部員が倍になる事間違いなしです!」
「ふふふ、そうね。行きなさい! 望月! 藤原! あなた達のコンビネーションと超能力であの2人を倒しなさい!」
「「はい!」」
なんというツッコミ所満載の会話なのだろう。
しかし、なるほど。相手は超能力者か……。面白い!
テニス部員の2人は私達と同じくテニスコートに立った。私はシオンの方を向いて言う。
「シオン。相手の2人は超能力者らしいぞ」
「本当ですか?」
「ああ、奴らの会話が聞こえた。勝つぞシオン」
私の言葉に力強い笑みで答えた。
「はい! 絶対に勝ちましょう! 鏡華さん!」
今、超能力テニス部員との試合の火蓋が切って落とされた。
私とシオンは街灯の灯る公園のベンチで戦利品のパンとジュースで祝勝会をしていた。
「未来視とテレパシーなんてずるい奴らだったな」
「あれなら全国も夢じゃないですね」
「まあ、素人の私達に負けるようじゃまだまだだがな」
「しかも私は超能力使ってませんでしたしね」
「というよりシオンの超能力なんて使う場面なんてなかったからな~」
「それにしてもよく勝てましたね」
「完全に持久戦だったしな。それにしてもあの先輩達体力無かったよな」
「私はヘトヘトですよ。鏡華は疲れて……なさそうですね」
「いやいや、さすがの私もちょっと疲れたぞ。それにしてもせっかくのデート日和だったのにテニスで潰れたな」
私は夜に染まりつつある空と私達を照らす街灯を見上げた。ふとシオンを見ると刹那前の私と同じく空を見上げていた。私の視線に気付いたシオンは私を見て眩しい笑みを投げた。私のハートが大きく跳ねる。あまりの事に胸を抑えて前を向く。
か、可愛い……。
昨日の月見とはまた違う胸の鼓動を感じる。まるでチョコレートのミルクやビターのような違いだ。
「どうしました?」
シオンの唇が動く。思わず唇の動きを目で追ってしまった。
セクシーな唇……。
褐色の肌と唇の色の二重奏はまるで誘っているようだ。私は今までキスをした女の子の唇の感触を思い出してしまった。
私は食べ終わったパンの袋をベンチの上に置き、シオンの手を握る。昨日の月見とのデートの所為か女の子を意識してしまう。私は自制の意味を込めてサイコメトリーを持つシオンに心の内を見せる。私の心を見たのかシオンの顔が紅くなる。
は、恥ずかしい……。何をやってるんだ私は……。嫌われた。
私は俯く。
「だ、大丈夫です! 嫌いません! 鏡華は私を助けてくれました。鏡華と触れているとわかります。たぶん鏡華は自分で思ってるより人が好きなんですよ。だからたぶん意識するのは──」
「ご、ごめん」
私はシオンから手を離し、パンの袋をバッグの中に押し込んで抱えて立ち上がる。私は見上げるシオンを見て言う。
「す、すまんシオン。今日はもう帰る!」
私は逃げるように走った。シオンは私に言葉を投げながら追っ掛けて来るが、私は全速力で走りシオンを撒いた。撒いてしまった。
****
鏡華を見失った私はペースを下げ歩き始めます。正直な話、長時間に及ぶテニスで疲れています。
「鏡華はすごいですね。あんな拷問のような長時間のテニスをしたのに」
ヘトヘトな私じゃほとんど疲れていない鏡華には追いつけません。
おかしいですね。鏡華の方が動いていたはずなのに……。
そもそも今回鏡華をテニスに誘ったのはデートだとあまり意識してほしくなかったからでした。私個人としては鏡華には純粋に楽しんでほしかっただけでした。しかし、昨日月見と何があったかは知りませんけど鏡華の中で何かが目覚めたのは確かです。いいえ、鏡華自身の勘違いかもしれませんけど。だから鏡華は私とのデートをデートとして意識してしまったらしいですね。
私は夜空を見上げて中指で唇を撫でます。
「フフ、セクシーな唇ですか……。あの時のような笑顔は見せてくれませんでしたけど嬉しいから逃げた事は許して上げますよ鏡華」
私はこれ以上鏡華を追わないで、家に帰る事にしました。
テーマ 逃避




