第69話 一人目
一人目
デ、デート?
璃子の神懸かった引きを見せた翌日の放課後。
私は校門の前で一日目のデート相手と待ち合わせをしている。部活は部長の有り難迷惑の好意により休み扱いされた。しかし、どうやら早く来過ぎたようだ。私は壁に寄りかかり、前髪を弄りながら暇を潰す。
私は今日のデート相手の要望でツインテールだ。前髪からまとめられた片方を手に乗せる。
まさかあの娘がこんな要求するとは思わなかったな。これは似合ってるのか? ツインテなんて普段しないからな。
ツインテールはかなり人を選ぶ髪型だ。極端に似合う奴と似合わない奴がいるからな。
さらにしばらく待つと今日のデート相手であるあの娘の足音が聞こえる。やがて私の右耳にソプラノで色のある可愛い声が通る。
「待った? 鏡華」
「ちょっと遅いぞ。月見」
私は横目で月見を見て言った。ごめん、と一言言いなんとも嬉しそうに唇を綻ばせる月見。
なぜこの娘はこんなにも私を気に入ってるのだろう? 小学生の時は悲しいくらい嫌われていたのにな。3年前の話だけど。
「全然気にしてないぞ。で? どこに行く? もう3時だが」
「私の家に来る? 今の時間じゃどこ行ったって中途半端だしさ」
「私は構わないよ」
「じゃあ早く行こうよ。時間がなくなっちゃうよ!」
月見は私の手を取り歩き始める。私は月見の横に並び手を引かれる形から手を握る形になった。
「ご飯食べてくでしょ?」
「いつの間にそんな話になったんだ?」
「あれ? 食べてかないの?」
「いや、何か悪いだろう」
ついこの間の超能力者誘拐事件の時に月見の家は泥棒に入られていた。流石に食事をいただくのはどうだろう?
「泥棒入られた事気にしてるの? 大丈夫大丈夫。金目の物は何も盗まれてないから」
月見は困ったような笑みを私に向けて言った。そして唇に指を当て静かに呟く。
「……まあ、金目の物ではないよね」
何かを盗まれたのは確からしい。しかし、この軽い態度から察するに本当にただのガラクタとかだったのだろう。
「まあまあ、そんなつまらない話題やめようよ。せっかくのデートなんだから!」
「それもそうだな」
私が月見に同意すると、月見は私を値踏みするように舐めまわし、やがて唇を開く。
「鏡華さ~……」
「な、なんだ?」
月見は通り過ぎようとした公園を横目で見て言う。
「ちょっと来て!」
そして私の手を強引に引っ張り公園に入る。手近にあったベンチに腰を下ろした。月見は手を離すと自分の横に座るようにベンチを叩いた。私は言う通りに月見の横に腰を下ろした。
「私さ~。別にポニーテールもツインテールも好きだよ。実際今日の鏡華は可愛いし」
「か、かか可愛いって……」
私は柄にもなく俯いた。嬉しさと恥ずかしさに同時に襲われる。
月見は足を組み足に肘を立てて、手に頬を乗せて私の顔を見る。月見は正に小悪魔の如くクスクス笑う。
「何がおかしい?」
「別に~。おかしくて笑ったわけじゃないよ」
「それならいいが」
月見は手から頬を退けると、お尻をずらし私に体を近づけて顔を覗き込む。月見は私の右頬を柔らかい指で優しく触れ、私の目の前を手が横切り左頬にも優しい指が触れる。そして私の顔をゆっくりと強引に自身の方に向かせる。私の瞳の中に月見の笑顔が映る。
「鏡華、私とのデート中はその言葉遣い禁止」
私は月見の言葉を黙って飲み込む。
「眼鏡もやめよ。邪魔だし」
頬に触れてた月見の指が上にずれて眼鏡のツルを摘んで私から眼鏡を脱ぎ捨てる。さっきと同じ目を見ている──いや、見られているはずなのにレンズの壁がなくなるとまるで感情をさらけ出しているような感覚に嵌まる。
昔見た濁った目とは違う月見の瞳……。明るい茶色の目が私の目を直視する。綺麗な虹彩の模様が私を見返す。
月見は私の目がどう見えているのだろうか?
しかし、月見は私の目から目を離してしまう。その頬はほんのり紅い。
頭の中が冷静になった所為か自分を意識してしまい熱と鼓動を感じてしまう。
な、何だこの感じは? ヤバい! 女の子相手にこの感覚はヤバい! 頼む! 沈まれ!
もしかして私が可愛い女の子に弱い理由って同性愛の気があるからなのか?
小4の時に孤立していた璃子に声かけた。すぐ横にいる月見にかつて色々あんな事されたにも関わらず嫌いにもなれない。祭りの時にシオンが助けてくれて嬉しかった。初めて晴恋に会った時泣かせたくなかった。そういえば姫都の時も助ける気なかったのに助けた。北乃先輩も結局助けてる立場だし。
いや、同性愛云々じゃなくて私がお人好しなだけだな。いくら同性とはいえ可愛い人と見つめ合えば緊張するしドキドキもするだろう。月見ももしかしたら私の男っぽさに照れただけかもしれない。私って本当に罪な女……! 罪な女…………。
あまりに緊張して私は支離滅裂な思考になってしまっている。そんな私に月見は横目で言う。
「そのツインテールも下ろしてよ……」
「……月見の提案だろう?」
「ツインテールもいいけど鏡華はやっぱり髪下ろしてた方がいいよ。後、言葉遣い」
「す……ごめん」
私は月見に指摘されて言葉遣いを直し、ツインテールを解いた。
「これでいいの?」
私の質問に月見は笑顔で答えた。
月見はベンチから立ち上がり私の手を掴んで立たせると、私の足から頭の先を見る。
「やっぱりこっちの方がしっくり来るよね」
「何が?」
「別に~。さ! 行こ行こ!」
月見は私の二の腕に手を絡めてリードして公園を後にした。
私は月見に連れられて月見の家まで来た。立派な一軒家だ。
月見は玄関の扉を開けて言う。
「ただいま~。お母さんいる~?」
「お邪魔しま~す」
月見が家に入ってから私も家に入り扉を閉める。するとキッチンがある部屋の方から慌ただしく廊下に足音が鳴り響かせて月見の母親が出て来た。
エプロンに刺繍されたクマちゃんのキャラクターが歪むほど豊満な胸を持っていてモデルのように背が高く髪の一部を金色に染めている美人な女性、月見と月見の双子の弟である月読の母親だ。名前は雪子さん。
雪子さんは人懐っこい笑みで言う。
「おかえり~月見。あら~鏡華ちゃん、こんにちは」
「こんにちは雪子さん」
「あら! 良いじゃない。鏡華ちゃんはいつもポニーテールだからね~! つくづく下ろした方が可愛いと思ってたのよ!」
「ありがとうございます」
「月見が今日は鏡華ちゃんがご飯食べに来るからっていうから楽しみにしてたのよ!」
「そ、そうですか……」
月見は学校からここに来るまでの間携帯に触っていない。つまり最初からこのつもりだったらしい。雪子さんのこの調子だと昨日から言ってたとみて間違いないだろう。
月見は少し不機嫌な表情で雪子さんの体を押しながら言う。
「お母さん! お母さんはおとなしくご飯作っててよ」
「月見、お母さんも鏡華ちゃんとお話ししたいのよ~」
「駄目! 鏡華は私に用があって来たんだから!」
「しょうがないわね~。また後でね鏡華ちゃん」
雪子さんは綺麗な鼻歌を歌いながらキッチン部屋の方へ軽快な足取りで戻って行った。月見と私はそれを見送ると、月見は苦笑を私に向ける。
「ごめんね。お母さん騒がしくて」
「ううん。可愛いお母さんだと思うよ」
可愛いというより綺麗って感じだが。
月見は不機嫌が見え隠れする笑顔を私に近づけて言う。
「何? 鏡華は私のお母さんに会いに来たわけ? そんなに私とのデートは嫌なの?」
「別に嫌とかじゃないけど……。そういうのは普通彼氏とかに言うんじゃない?」
「……まあいいよ」
月見は顔を離すと私の手を掴んで階段を上り部屋までエスコートした。私を部屋に入れると月見は私をベッドに座らせて自身も隣りに座ると私に寄りかかり一緒に倒れ込む。私達はベッドの上で横になり片側の頬を布団に押し当ててお互い見逢わせる。幾度かお互い息を意識すると、月見が口を開く。
「鏡華……これで私から顔をそらせないよね。つまり、あなたはに逃げ場がないの。まさか露骨に私の目から目を拒否しないよね?」
「……話がよく見えなんだけど……」
「そうだね。まずは鏡華にははっきりと意識させないとね」
月見は数回の瞬きの後に口を開く。
「鏡華……これがデートだって理解してる? してないよね? わかるよ」
確かに私はいつもの遊び程度にしか考えていなかったが……。
月見は私の髪を弄り出す。
「デートは2人で過ごす時間なの。お互いを見つめる時間なの。相手を独り占めできる時間なの」
「大袈裟」
月見は尚私の髪を弄り続けてちょっとくすぐったい。私は月見の困ったような笑顔を見て聞く。
「大袈裟じゃないよ。恋人じゃなくても、友達でも、同性でも相手を独り占めしたい人もいるんだよ」
ヤバい。甘々過ぎてちょっと聞いてられない。
月見はそれだけ言うと口を閉じて私と目を逢わせる。
私の目は月見の目から離れられない。理由がないから。私と月見の動きだけが無抵抗な私の耳に勝手に入って来る。私達以外いないから。月見の指が髪を伝って私の意識を掴む。愛おしそうに触るから。
私と月見の間に沈黙と時間が流れる。私は月見から目をそらせない。公園の時の鼓動が蘇る。沈黙に乗って私の音が月見に届かないか不安だ。時間の流れが速いのか遅いのかもわからない。
月見の顔がよく見える。きらめく瞳、長くて可愛い睫毛、優しく感じる眉毛、艶やかな唇、ほんのり紅い頬、すべてが筒抜けだ。それは月見からも私の顔が見えるわけで……。
私達はただ見つめ合う。もちろん視線を外す事もできるが、ただ目を合わせているだけで心地よい。だけど心地よ過ぎて……心地良さが零れそうでドキドキ。
本格的にヤバい。なんというか雰囲気に飲み込まれそうだ。今、私はどんな顔をしているんだ?
人間、言葉に頼らないと言葉以外のコミュニケーションツールに頼ろうとする。人間の目の白い部分がなぜ広いかというと、目と目でコミュニケーションをするからだ。沈黙だって相手との距離を測るコミュニケーションだし、呼吸も、癖も、表情も体の変化するところの何もかもがコミュニケーションツールになってしまう。それが今、私達がやっている言葉に頼らないコミュニケーションというものだ。
今だって月見の体と布団が擦れる音、冷静を装っているがリズムの乱れる呼吸と鼓動が聞こえる。そして月見も私の無意識の何かが見えて聞こえているはずだ。どうやら本格的に2人の世界に閉じ込められたらしい。
どのくらい時間が経ったのだろうか? 私と月見以外何も聞こえない場所。
「おい。月見、高田、母さんがご飯できたってさ……って、何やってるんだ2人とも?」
邪魔者か救世主か、制服を着た月読がドアを開けて言った。私は月見から目を離してドアの側に立つ月読を見て、こんばんは、と言った。月見も私が目を離してからそちらを見る。そして私は机の上に置いてあるデジタル時計を見る。
馬鹿なのか私──いや、私達は……。こんな長時間もただただ見つめ合っていたのか……。
月見はベッドから起き上がると少し乱れた髪を整えながら立ち上がり、私も月見に続いて立ち上がる。月見は月読にゆっくり近づき言い放つ。
「姉弟とはいえレディーの部屋にノックもなしに入るな! この変態! さっさと下行け!」
「悪かったよ」
月読はそう言うと月見の部屋のドアから離れ、隣り部屋のドアを開ける音が聞こえた。
ありがとう月読。あんたが邪魔しなかったら色々ヤバかった。
月見は月読が部屋に入って行くのを見送ると私を見て言う。
「まったく……。じゃあご飯食べて行くんだよね? 鏡華」
「わかったわかった。食べてくって」
まあ、家で独りで食べるのも寂しいしな。滝沢家の皆さんの好意に甘えるとしよう。
****
私は滝沢家で夕飯をご馳走になり、色々な本を月見から借り受け帰路についている。
月見が家まで送ると言って来たが、月見が帰りに一人になるので断った。
それにしても精神的に疲れた。一度目はともかくとして2度目に月見と見つめ合った時は本当に……。小学生の時のあれは全然大丈夫だったんだがな。
「そういえばあの時からだな。月見が優しい目をするようになったのも……マジか」
私は羞恥と後悔を織り交ぜたような感覚に襲われる。
あの時月見にやった事は別に深い意味じゃなかったんだが……。無意識ではなく意識的にあの時にあれをした私の罪は重い。あの時は本当に何も思い付かなかったんだ。
「ミイラ盗りがミイラになりかけてるとか笑えないぞ……」
私はほんのり照らしてくれている夜空を仰いだ。
テーマ ??




