第7話
私は学校の道を戻っている。
予想以上の収穫だ。しかし、肝心の璃子の居場所がわからない。
私は電話のことを思い出す。
電話してた時、トラックの走る音が聞こえたな。あの時に璃子の様子がおかしくなったんだよね。
こういう事が起こった夜は暗黒が不気味に感じる。普段この程度の暗さはどうということはないが、今夜はこれに恐怖さえ感じる。
そういえば璃子が言った場所は本当に朝山町か?
朝山町とは私の住んでいる昼山町の西側にある隣町だ。ちな
みに朝山町から東に昼山、夕山、夜山がある。
いやそもそも本当に『あさやま』と言ったのか?
私はとりあえず朝山町に向かってはいるが。
あの時の電話を思い出せ。女の子の話を思い出せ。他にヒントになりそうな情報はなかったか?
さすがに長時間の全速力、空腹感で疲れてくる。
そうだ。あの時、トラックが走る音以外の車の音が聞こえなかった。それに携帯が落ちた時の音はコンクリートの地面に落ちた音。つまり交通量と人通りの少ない道路の可能性。
それでもほとんど絞り込めていない。
そろそろ朝山町との境。そこで私は足を止める。
そういえば璃子が携帯を落とした時、『あさやま』の後に微かに何か続いていたような。
必死に思い出す。璃子が思わず上げた呻き声に消されかかった声を。
と、だ。『あさやま』の後にとが入ってた!
『あさやまと──』
そしてこの言葉から場所を絞り込む。
「朝山トンネル…………」
今、私が朝山町に向かっている道とは別の道がある。それは昼山町と朝山町の境にある山──すなわち朝山と呼ばれる朝山町の名前の由来になる山がある。そこのトンネル。
朝山トンネルは三カ所ある。
現在メインで使われていて、車が通ることのできる新朝山トンネル。新朝山トンネルの前にメインで使われていて、今は心霊スポットとして名高い旧朝山トンネル。そして、車が通れずほとんど獣道にある初期朝山トンネル。
新朝山トンネルは交通量が特別多いわけではないけど割りと多いからありえない。初期朝山トンネルは道路がコンクリートではないから携帯が落ちる音の説明できない。消去法で人に見られる心配がなく、道路がコンクリートの旧朝山トンネルしかない。
私は再び走り出し携帯を取り出し電話しようとする。しかし、私は木下さんの携帯電話の番号を知らなかった。
「ちっ」
私は舌打ちをして璃子の自宅に電話する。
『はい。一条です』
電話に出たのは若い女性だった。璃子の家には数人のメイドがいる。
「事情は知ってますよね! 木下さんに旧朝山トンネルと伝えてください!」
私は携帯をポケットにしまい込み、旧朝山トンネルに向かった。
間に合え!
車のライトが私に僅かの安心感を与えた。
****
しばらく走ると朝山に着いた。
私は新朝山トンネルへと続く道路を走っている。この道路には途中分かれ道があり、新朝山トンネルに続く道ではない方は通行禁止になっている。その先に旧朝山トンネルがある。
しかし、私はペースも考えずに走り放しでかなり疲れていた。
さすがにくるな。
あの娘にしてはよく走って来れたなと私は正直に思う。
私は例の分かれ道に来た。通行禁止の道には通行禁止と書かれた看板が道路の真ん中に立っているだけだ。私は迷わず進んだ。
正直街灯が生きてるのはありがたかった。さすがに山の中で明りなしは怖い。
しばらく進むと旧朝山トンネルが見えてくる。私は走るのを止めて歩いて進むことにした。
私は入り口に着くとトンネルの中に人影を見つけ、入り口の影に隠れる。
私がトンネルの中に顔を覗かせると奇妙なことになっている。
道路にはチョークで描かれたと思われる円が見える。円の中には複雑な図形が描かれ、まるで魔法陣のようだった。その上には円周を等間隔の四つ場所に鳥、猫、蛇、鼠の死骸。円の外には女。そして円の中心には璃子がロープで縛られて横たわっていた。
まさか……璃子の奴死んだんじゃ?
しかし、よく見ると璃子は微かに動いている。
良かった。寝ているのかな? 死んではいなかった。
私はひとまず安堵する。
しかし……てっきり誘拐の身の代金目的かなと思ったが違うらしい。儀式のように見えるけど?
よくよく観察すると鳥は烏だった。そして魔法陣の上にいるものはみんな限りなく白かった。
そういえば璃子はアルビノだったな。
アルビノ。遺伝子欠損だかで肌や髪の毛などの色に必要な色素が極端に少なく、極端な白色になるらしい。それは人間だけではなく他の動物にも現れる症状だとか。確か璃子の赤い目は赤色ではなく瞳に色が無いだけとか言っていた。
この手の特別な人や動物は祭り上げられる傾向にある。無論、オカルト的にもその傾向は強い。
なるほど。その手のことを信じる頭がおかしい人か。
どうするか。と考えていると女が急に言葉を発した。
「○☆■○#△#△■§☆○△△」
私は耳を手で塞いだ。女はよくわからない言葉を羅列している。
なんと表現したらいいかわからないが、とにかく気持ち悪かった。嫌悪感、恐怖、危機感、拒絶反応と言葉そのものをまるで理解できなかった。そもそも理解したくなかった。
なんだこれは! 同じ人間が使う言葉とは思えない!
璃子は眠っている為かこの言葉が聞こえなかった事は不幸中の幸いかもしれない。
体感時間にしても、そこまで長くない時間で女は呪文のようなものを止めた。
「さて生け贄の血を飲むか」
女は懐から包丁を取り出し円の中に入り璃子に近く。
マズい!
私は入り口の影から飛び出し駆け出した。
女は璃子の傍にしゃがみこんで包丁を高く上げて振り下ろす体制に入る。
間に合わないと思った私は走りながら鞄を女に思いっきり投げた。女に投げた鞄が当たり、女は怯んだ。女が私の方を向く前に私は走る勢いに任せてジャンプし、女に飛び蹴りを喰らわせた。蹴りが女の肩に当たり、女が吹っ飛び転がる。
私は女が完全に立ち上がる前に走って目の前まで近づき、鳩尾にパンチを捻り込む。
「ぐへっ!」
私は後ろにジャンプし女から距離を取る。女は前に倒れ込んだ。
気絶したかな。
私は璃子の傍に近きしゃがみ、起こすために揺すって声をかけた。
「璃子。璃子。起きろ」
「う……ん。ここは?」
璃子は周りを見渡し、怯えた表情で、ひっ! と驚きの声を上げた。
「いたっ!」
私は璃子の顔を覗き込み言う。
「大丈夫か璃子? どこか怪我したか?」
璃子は泣きそうな表情で答える。
「ちょっと脇腹が痛い」
「え? ちょっ! 大丈夫?! とにかくそのロープを切ろう」
私は自分と璃子の鞄の中身を漁りロープを切れそうなものを探すが見つからない。
「そうだ。あの女の包丁を使おう」
私は思い付き、女に近づき傍に落ちてる包丁を取る。
私が踵を返し女から離れようとした時に璃子が叫んだ。
「鏡華ちゃん! 足!」
私はすぐに左足を軸にターンしその勢いを利用し右足で女の顔に蹴った。
女は手を伸ばし私の足を掴もうとしていたらしい。
気絶したと思ったんだけど……。
私は小走りで璃子の元に戻り、璃子を縛っているロープを切った。
その工程を見ていた璃子は緊張が切たのか泣き出した。
「恐かったよ~。鏡華ちゃん」
「わかったわかった。ほら早く逃げるぞ」
「うん!」
璃子は立ち上がり苦悶の表情で言う。
「ごめん鏡華ちゃん。ちょっと痛くて走れそうにない」
「そうか。じゃあゆっくり行こうか」
私は自分と璃子の鞄を持ち、璃子の隣りを歩く。
本当なら救急車でも木下さんでも待つべきなのだろうが、私はすぐにこの場所──あの女から離れたかった。
万が一の場合は──。
私達がトンネルから出ようとした時、私、おそらく璃子も聞こえただろう。私達に近づいて後ろからの走る足音が。
私がすぐに振り向くと女はすぐ近くで既に金属バットを振りかざそうとしていた。私も璃子もバットの当たる範囲内。しかし、不幸中の幸いで女は右側に思いっきり振りかぶっている。つまり、右側を歩いている私に当たる軌道になる。
「くっ!」
私は璃子を前に突き飛ばし、バットの範囲から外に出す。そして私は女に体当たりする。同時に女はバットを振るが私は既にバットの範囲ではなく女の腕に当たる範囲にいたためバットに直撃せず、私は女の腕に当たる形で体当たりに成功する。
私はすぐに倒れた女が持っているバットの無力化にかかる。私はバットを持っている手を踏む。女がバットを手から放し、それをすぐに蹴り女から遠ざける。
「璃子逃げろ! 私はこいつを足止めする!」
私は焦る。
ここに来て走った疲れが出た。しかしそれ以上に目の前の女に危惧する。正直な話、いっぱいいっぱいだ。
今までいろいろな人と喧嘩した。同級生の女子、年上の女、成人男性、今日の上級生の男子。しかし、この女はその人達以上にヤバい感じがした。
まるで人間以外のものを相手にしているような、そんな感じだ。
璃子は弱々しく言う。
「鏡華ちゃん。な──」
璃子が何か言おうとするが私はそれを怒鳴って遮る。
「早く逃げろ! 邪魔だ!」
しかし、璃子は続ける。
「何を怯えた目をしているの? 恐かったら私を置いて逃げて? 私が招いた事態だし」
本当に……何で璃子が招いた事態なのに私が命賭けてるんだろう? 意味わからん。大体璃子は普段大人しくて人を立てるのに夢中になったら周り見えなくなるし、意地っ張りだし、自分の好きなものは譲らないし。本当に面倒な娘だ。私のものじゃなかったら殴ってる。
私はイライラしてきた。
「璃子! あんた、後で文句言ってやるからな!」
「わかった」
璃子はゆっくり歩き出した。
私に手を踏まれてる女はいきなり喚き出した。
「放せーー! 私は神になるんだ! あいつの血を吸って神に! 神になって私の理想の世界にするんだ!」
「だまれ」
私は低いトーンで女に言う。
「あんたが神になろが悪魔になろうが関係ないけど……」
私は踏む力を強める。女は痛そうな表情をしてジタバタする。
「一つ言えるのは、あんたは運が良かったけど悪かった」
私は女を見下す。女は怯えた目で私を見る。
「あの娘がこんな破綻した計画に嵌まるほど馬鹿だったのは運が良かった。だけど……」
私は女の手から足を退けた。
「あの娘と私が友達なのは運が悪かったね。じゃあね」
私は踵を返し、元来た道を歩き始める。
女はもう私のペースに嵌まっている。あの言葉の羅列を聞いてから女が別の生き物に見えていた。なるほど、冷静に見れば普通の人間だ。
あっ! 忘れてた。
私は後ろ蹴りを放つ。
「オェ!」
私の蹴りはおそらく女の鳩尾に当たった。
この女の性格上、もう一度不意打ちを仕掛けるのはわかっていた。
私は女の方を向き、腹を抱えて頭を下げている女の頭にかかと落としを決めた。
私は女が気絶したことを確かめ、トンネルの奥に戻る。
あれを持って帰らなきゃ、こんなところに来た意味がない。
私は女の荷物の中からくまのヌイグルミを見つけた。
今度こそ旧朝山トンネルを後にした。




