第54話
三重野 野ばら : みえの のばら
私と先輩は芸術科と芸能科の校舎を繋ぐ渡り廊下の前で止まっていた。
「楽園ちゃんが高田さんに会うために必要な第一関門だな。のっけからハードな関門だな」
先輩の言う通り。これは問題だ。
朝山学園は校舎で丸ごと芸術科と芸能科を区切っているためか両者間の交流がほとんどない。
一応部活自体はそれぞれの科で共通だが、芸術科というのは性質上運動部はほとんどいない。だからといって、文化部で交流があるかというとそうでもない。理由としては芸術科の生徒は職人気質という感じで自分の専攻に関係のある部活は入らないし、仮に入ったとしても言い方は悪いけど素人──つまり芸能科の生徒を追い出す傾向にある。強いて交流が多い部活といえば文芸部やコンピューター部くらいのものだったりする。
学校行事なども運動会などは基本的に敵対するし、芸術科は怪我などしないように、芸能科は仕事で参加しない生徒も少なくない。
また、温度差もある。芸術科は自分自身を磨くオンリーワンを目指すのに対し、芸能科は芸能界を基盤とした弱肉強食によるナンバーワンを目指す傾向にある。
噂によると、芸能科はその年に在籍する生徒の中で、人気、実力、知名度などといったものが高い人の発言権が大きいらしく、その年によって芸能科は校風が大きく変わる。
「でも同じ中学生ですよ? 余程の事がない限り滅多な事はないと思いますけど……」
「どうだか」
まあ、確かに芸能科の校舎からはピリピリとした雰囲気が伝わるのは気の所為ではない。
「とりあえず行きましょう」
そうだ。せっかく掴んだチャンスなんだ。立ち止まるわけにはいかない。
私は渡り廊下を歩き出す。先輩も並んで歩く。
渡り廊下の中間地点まで歩いたその時、芸能科校舎の廊下を私達の前を横切る形で上品に歩いている女子がいた。
その女子を形容するなら正に大和撫子。地面に擦りそうな程長い黒髪は姫カットだった。所謂お姫様みたいな人。
女子は私達に気付いたのかこちらに振り向いた。
「止まりなさい」
ただその一言が重圧になった。
私も先輩も歩みを止めて女子を注視する。
「悪いけど芸術科の方はお呼びでないの引き返してくださる?」
女子は気品のある笑みを浮かべて言った。
私は口を開く事ができなかった。逆らってはいけないと思った。
「ああ、すまん。この娘が芸能科の友達に会いたいらしくてな」
私の代わりに先輩が応えた。
先輩も冷や汗を流している。
女子はまるで先輩の言葉が聞こえないかの如く無視する。
あっ! この女子、どこかで見覚えがあると思ったら時代劇を中心に活動する役者──三重野野ばらさんだ!
やはり本物の芸能人は違う。そこに存在するだけで凄みがある。
「すまん、じゃあその娘をここに呼んで来てくれないか? 名前は──」
「発言を許した覚えないけど?」
三重野さんは言葉と眼力だけで先輩を怯ませた。
な、何なのこの人?
私は立ち尽くしているだけの三重野さんに対して凄い重圧をかけられている。それどころか時間が経つにつれ重圧が増していく。息苦しくなる。
その時、先輩が重圧を振り払うようにして私の手を掴み引っ張る。先輩は私の手を引いて芸術科校舎に足を進めた。
私が後ろを振り返り三重野さんを見ると、彼女は満足そうな顔をしてその場から立ち去った。
私は先輩に言う。
「先輩! 三重野さん、どこかへ行きましたよ! 今なら──」
「タイムリミットだ」
先輩が一言そう言った時、朝のホームルームの時間を告げるチャイムが鳴り響いた。
「え? 嘘?」
もうそんな時間なの?!
「そんな……」
姫路姫都は芸能人だ。例え今学校にいても一時間後には学校にいない事も十分ありえる。
「おい楽園ちゃん、今日次に時間を取れるのはいつだ?」
私は意味がわからなかった。
「次はいつ姫路姫都に会いに行くかと聞いてるんだ」
「えっと、次は行くとしたら放課後かな」
「そうか……僕も協力してやる。あんなところに楽園ちゃん一人で行かせられない。放課後は僕が教室に行くまで待ってろ」
私は先輩の頼もしい顔にドキリとした。
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「ハァ?! 上尾先輩と一緒に芸能科校舎へ行った?!」
朝のショートホームルームが終わり一時間目までの短い休み時間、新学期という事もあって今日は体育館で集会がある。その移動の最中にさっきの事を青木さんに話したら大袈裟なリアクションをした。
「大袈裟だよ」
「大袈裟なもんですか! てっきり集会サボって上尾先輩とイチャイチャデートでもするのかと思ったらあんたは……」
青木さんは真剣な顔で私の両肩を掴んで言う。
「気に入った」
はぁ?
私はおそらく要領を得ない微妙な顔をしている。
「いやね。楽園さんってあれじゃん? なんて言うの? 顔もそこそこの可愛さで、ヴァイオリンもそこそこの上手さで、勉強もそこそこで、運動もそこそこのザ・平凡って感じじゃん?」
どう聞いても貶されている。とりあえずまだ続きがあるようなので黙って聞く。
「私が小学生の時はなんていうか正に暗黒時代って感じで羅刹女やら王女やら呼ばれてた人外みたいな人達がいろいろ暴れてたわけ。その時は平凡な人に憧れてたけど、いざ平凡な人と友達になってみると楽しいといえば楽しいけど刺激的じゃないんだよね~」
その平凡な人って私の事だよね。
「だけど気に入った。芸能科校舎に乗り込む勇気、気に入った。やっぱり人間はこうでないと」
青木さんも先輩みたいなタイプの人だね。このマシンガントークに入り込む余地がない。
「よしっ! 私も協力して上げる!」
そう言うと青木さんは携帯電話を取り出し、メールを打つ。早い。
「友達に割とマジな情報屋がいるんだ。今からその人に姫さまのクラスを聞いて上げる」
姫さまとは姫路姫都さんのニックネームみたいなものだ。
「次、芸能科校舎に行くのは放課後だっけ?」
「うん」
「それじゃそれまでに出来るだけ情報を集めよう」
「うん。ありがとう」
「気にしない。私も刺激的なの求めてたんだから」
それにしてもただ違う校舎に行くだけなのに、情報を集めるとか刺激的とか、なぜこんな大事に?




