第53話
鈴木 楽園 : すずき らくえん
青木 葵 : あおき あおい
上尾 墨染 : あげお すみぞめ
新学期編突入
この章の舞台は朝山学園内部であり、主人公は鏡華ではありません。
9月1日。
今日から私が通う朝山学園の新学期だ。
教室では制服を着た生徒が夏休みの体験を話し合ってる。それは海外旅行の自慢だったり、友達と一緒に行ったイベントの話だったり、コンクールの話だったり多種多様だ。
私は自分の席に座ると、友達の青木さんが話しかけてきた。
「おはよう楽園さん!」
青木さん。フルネームは青木葵。黒髪はベリーショート、背は高めだけど女性的でかわいい顔の私の友達。
自己紹介が遅れました。私は朝山学園中等部芸術科音楽コース1年2組所属の鈴木楽園です。ヴァイオリンを専攻してます。技術は…………平凡です。長い黒髪はツインテール、瞳の色は茶色、顔も日本人顔で普通の平々凡々な日本人です。名前は日本人にしては珍しいですけど。
「おはよう青木さん。夏休みどこか行った?」
「一応旅行は行ったよ。国内だけど。楽園さんは?」
「私も旅行行ったよ。後は10月のコンクールに向けて練習したけど──」
その時、教室のドアが盛大に音を立てて開かれた。教室にいる生徒全員がドアを開けた人物を見るとみんな合点がいったような顔をして──またか、といった感じで目を逸らす。私も目を逸らす。
青木さんがニヤニヤとからかうように私に言う。
「ほら! イケメン彼氏さん来たよ」
彼氏じゃないから!
その人は時計の針が動く音のカウントダウンとともに真っ先に私の元へ歩いて来る。
来ないで! 今日だけは勘弁して!
座っている背後から時計の針の音が聞こえる。
そして──
「楽園ちゃん久しぶり!」
自称私の彼氏は私を背後から抱きしめた。
私は激昂する。
「なんなんですか?! 先輩!」
私は体に巻き付く腕を振りほどいた。しかし、先輩は気分を害した様子もなく言う。
「おいおい怒るなよ。僕と楽園ちゃんの仲だろ」
「だったらあの男子に抱き付けばいいでしょう?!」
私は目に入った男子を指さして言った。
「僕はあの男子と恋人じゃない」
私は振り返り、先輩を見て冷たい言葉で暴力を振るう。
「私も先輩とは恋人じゃありませんよ? ただの先輩後輩の関係ですよ? 上尾先輩」
上尾墨染。それが先輩の名前。芸術科の2年生で時計技師。ウェーブがかった黒髪で、なかなか男前で力強い目と色気のある唇は所謂眉目秀麗といえる顔だ。
しかし、センスはなかなか奇抜で両手に腕時計を2つずつ、ベルトにも腕時計が付いていて、ワイシャツの胸ポケットから垂れている鎖は懐中時計の鎖、私からは見えないがズボンの下には両足首にも腕時計が付いていることだろう。
それらの時計はすべて先輩の自作である。そして先輩の持つ時計の秒針は奏でる音がズレていないため大きく聞こえる。
「私は邪魔者みたいだし後は若い2人で」
青木さんはニヤニヤしてそう言い残してどこかへ行ってしまった。
「で? 私に何か用ですか?」
私は机越しに目の前に移動した先輩に質問した。先輩は笑顔で答える。
「夏休み中楽園ちゃんに会ってなかったから、顔が見たくて来たんだ」
なるほど──
「じゃあ目的は既に達成されましたね。私はこれから用事があるので自分の教室に戻ってください」
用事があるのは本当だ。あくまで個人的な用事だけど。
「用事って何だ? もうすぐ朝のホームルームが始まるが……」
「人と会うんです。先輩も朝のホームルームが始まるので戻ったらどうですか?」
はっきり言って相手の都合上私は一分一秒無駄にできない。
しかし、先輩は不機嫌な顔になりますます食い下がる一方だった。
「誰と会うんだ? 男?」
「女子です!」
男じゃないんだからもういいでしょう?!
私は教室の時計を確認する。
そろそろ行かないと本格的にマズい。
「とにかく! 私は行きますから!」
私は椅子から立ち上がり、早足で歩いて教室から出た。
しかし、先輩は私の横を同じスペースで歩く。
「なんでついて来るんですか?」
「なぁに、楽園ちゃんがあそこまで感情を露わにするからどんな約束かと思ってね。僕が同行してちゃ駄目か?
「余計な口を出さなければ同行して構いませんよ」
別に誰がいようが構わない。しかし、相手の心情を悪くしたくないためできるだけ一人が良かったが、これ以時間を浪費するわけにはいかないの渋々了承した。
「それは有り難い。で? 誰と会うんだ?」
どうせ会ったらわかる事なので、私はむしろ事前に話す事にした。
「姫路姫都さんですよ」
「姫路姫都って……あの人気アイドルの?」
「そうです」
姫路姫都とは全国で大人気のソロアイドルの事である。可愛いを王道で行く容姿と小動物みたいな性格の芸能人。でもそれは表の顔。プライベートではどんな顔をしているかわからない。もしかしたらクールな性格かもしれないし、高飛車な性格かもしれない。
そんな彼女も私と同じ朝山学園の生徒である。もっとも、彼女は芸能科所属であるが。
「へぇ~、友達だったのか」
しかし、私と姫路姫都には面識がない。
「まさか。初対面ですよ。ちょっと聞きたい事があるので会うだけです」
そう、夏休みに姫路姫都が出演したバラエティー番組『キスサバイバル』で優勝した少女高田鏡華の事を聞くために。
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「私が高田さんと会ったのは小学校に上がる前だから6歳の頃だったかな? いえ、会ったといえかどうか……間違なく彼女は私の事など知らないでしょう。
その時既にヴァイオリンを始めていた私はピアノを習っている友達が出場するコンクールに誘わて見物しに行きました。
友達の番が終わればそこは幼児、飽きてくるわけです。それでも騒いだりしなかったのは友達の面子ためのプライドだったのかもしれません。
しかし、意識がコンクール会場という世界から別世界にいた私を引き戻した少女がいました。
それが今から姫路姫都さんから聞こうとしている人、高田鏡華さんです。
その立ち振る舞いは圧倒的でした。優然な様と威風堂々とした態度、風格そして慈愛の笑みは会場にいた人達を魅了しました。
私の記憶だと会場にいた子供は彼女がステージに上がった瞬間に静かになりました。むしろ大人達の声の方が目立つ程でした。
そして彼女が演奏を始めると、彼女のピアノは私の意識を会場とはまた別の世界に引き込まれました。
彼女のピアノの技術はコンクールに出場していた子供達の中でも群を抜いてました。もちろん大人には遠く及ばないかもしれませんが、その表現力というか芸術性? そういうのは大人に引けを取らないんじゃないでしょうか?
しかし、それ故に気付いてしまいました。このピアノは客のためにも自分自身のためにも弾いてるのではなく、違う誰かに向けられて──」
「オーケー、落ち着こうか楽園ちゃん」
私が我を忘れて語っていると先輩がそれを静止した。
「何ですか?」
私は睨みつけて言った。
「とりあえず色々言いたい事はあるけど、とりあえずそれは思い出を美化し過ぎじゃないか?」
「そうでしょうか?」
「いや、僕はその場にいなかったからよくわからないが……。なぜ今の時期になって会おうとしたんだ?」
「いえ、その翌年のコンクールに出場してるかと思ったんですが出場してなかったんです。それどころかそれ以降コンクールを出場する事がなかったんです。いろいろ調べる内に彼女が高田水鏡の長女とはわかったんですが、何分伝手がなくて」
私の両親は少しお金持ちだけどそれ以外は普通で2人とも音楽の世界に人脈もないうえに、私自身子供なのもあって人探しは完全に詰みだった。
「高田水鏡って世界的に有名なピアニストの高田水鏡だろ? それなら例の高田さんが海外留学してても不思議はないだろ」
「そうですね。私もそう思ってました。ひと月くらい前までは」
先輩は訝しい顔になって言う。
「どういう事だ?」
「そこで姫路姫都です。先輩は姫路姫都が出演した日の『キスサバイバル』は見ました?」
「見てないな」
「その優勝者ですよ」
奇跡としか言い様がなかった。まさか、今まで探し求めていたものがここで繋がるなんて。
先輩は何かに気付いたような反応をして言う。
「『キスサバイバル』は確か一般人の男が出場する番組だろ? まさか……浮気するつもりか?!」
「お、落ち着いて先輩! さっき言ったでしょう? 高田さんは女の子だって。『キスサバイバル』に男装して出場したんですよ」
私は宥めるように言った。
そもそも浮気も何も私達恋人じゃないよね。
「そ、そうだったな。だけどあの番組は危険なステージのある怪我必須の番組だろ? いくら姫路のファンだとしても、ピアノやる奴が出場するとは思えないんだが」
確かにピアノをやる人があんないかにも手を怪我しそうな番組に出るはずがない。
「そうですね。おそらく彼女はピアノをやめているのでしょう」
そう。私は高田さんと出会う繋がりはできた。だけどそれは同時に彼女がピアノをやっていないという事実も突き付けられた。
だけど彼女は威風堂々で、優然とした様はむしろ凛然となっていて……それでその笑みは慈愛じゃない人に安心感を与える強い笑みになっていて、彼女はピアノをやめたけどそれ以上に成長していると思った。
それは私の中で憧憬が親愛に変わった。
「だけど私はそんなのじゃない。久しぶりに見た彼女と私は友達になりたいと思っただけです」
そんな私の言葉を聞いた先輩はうんうんと頷いている。
「良い事じゃないか」
「そうですか?」
廊下を歩いている間、先輩は始終感慨深そうに私を見ている──というか見守っている感じだった。
一応鏡華についてはそれなりに伏線は入れてたつもりでしたけど弱かったですかね?




