第40話
「おい! 神代!」
私がよろめく神代を受け止めると、神代は気絶してしまった。おそらくダメージを受け過ぎた所為だろう。
「こいつ……なんで幸せそうな顔してんだ? しょうがない。とりあえず保健室へ運ぶか」
私は気絶した神代を背負い保健室へ向かった。
昼山中の保健室は夏休みなどの長期休みでも開いている。
理由としては、夏休み中に運動部が怪我したり熱中症になったりするからだろう。
私は保健室の扉を開けた。
「失礼しま~す」
私は保健室を見渡す。
保健室の先生いないのか。
私はベッドの側まで歩いて行き、神代をベッドに寝かせた。
「はぁ……」
私は疲れを含んだため息をもらした。
さすがに、こんな暑い日に人を背負って歩くのは疲れる。それに暑い。
私はとりあえず消毒液や絆創膏などを用意し、簡単な治療をすることにした。
しかし、神代の体には特に目立った擦り傷や切り傷などはなかった。
「だけどこれは完全に痣になるな」
骨折などは見当たらなかったが、所詮私は素人で女子中学生だ。わからないところで骨が折れてるかもしれないし、骨にヒビが入ってるかもしれない。
どっちにしても病院へは連れてかなきゃな。
私は神代の顔をジッと見る。
女並みの美形だが男らしくないわけではない程度の顔。おそらくこの年の男子なら小柄な方
そして思い出した。
「こいつは……」
私が小学生の時にイジメから助けた一人か……。
私は壁に掛かっている時計を見た。
まだ待ち合わせ時間まで余裕があるな。
そもそも今日、部活も何もない私が学校へ来た理由は璃子に呼び出されたからだ。そして璃子は今、演劇部の方で部活動中だ。
私が璃子に呼び出されて学校へ来てみると、女子が男子に追いかけられているところを発見。別に助ける義理などなかったが、追いかけられている女子が今にも泣きそうでかわいそうだったから助けた。そして女子に連れられて、いざイジメの現場に行くとシャレになってない状況だったわけだが。
「とりあえず……先生にでも言っておこう」
「待って!」
私が踵を返し扉へ向かおうとした時、背後から神代が私を大声で止めた。
「ちょっと待ってよ! 誰にも心配かけたくないんだ!」
「知らん。私は聖者でも善人でもないんだ。心配かけたくないなら心配かけたくないなりの行動をしろ」
だいたいその怪我で心配かけたくないもないだろう。怪我が治るまで見せないつもりか?
「そうだけど……。だいたいなんで高田さんは前みたいに中学も支配しないんだよ? 羅刹女だろ?!」
私は呆れてため息を吐いた。
「別に……私には関係ないな。支配しようとも思わないし……」
そもそも羅刹女なんて呼ばれ方は不本意極まりない。
「それに私達はもう中学生だ。同じ中学生相手なんだ。自分の身くらい自分で守れ」
神代が泣きそうな声で言う。
「守れるんならとっくに守ってるよ……」
私が神代に向き直ると神代は上半身を起こしていて、今にも泣きそうな顔をしている。
おいおい、めんどくさい奴だな。
私は再び神代の元へ行き、神代の寝ているベッドに腰をかけて、腕を組み足を組んだ。
「おい神代」
「なんだよ」
私は泣きそうな神代に笑みを投げて言う。
「璃子、月見、シオン、晴恋」
「え? 何?」
「私の知っている美少女達の名前だ」
神代は泣きそうな顔から困惑の顔に一転させて言う。
「知ってるよ。文芸部の男女はともにレベルが高いって有名だからね」
「あんたが勇気を見せたらそいつらを一人だけ友達として紹介してやろう」
男を釣るなら女だ。英雄色好む。またはハニートラップ。
自慢じゃないが私の友達はみんな可愛い。
雪以上に白い神秘的な璃子。スレンダーでモデルな月見。元気で派手なスタイルのシオン。見た目おっとり系な晴恋。
せいぜい友達になるとこまでは許してやろう。譲歩として。
気が付けば神代は泣き止んで真剣に考え込んでいる。無駄に今まで一番良い顔だ。
私の見解だが神代は勇気さえ持てればさっきのイジメた奴らにも負けはしないと思っている。優しい顔に反して体はなかなか筋肉が付いている。耐える精神──防御的な精神もある。
「高田さんじゃダメかな?」
私は3秒だけ見つめ返して言う。
「あんた物好きだな。よりによって私か」
「そんなことないよ! 高田さんだって美人だよ!」
ふむ、なかなか嬉しいことを言ってくれる。
私は立ち上がって神代を見下ろす。
「わかった。じゃあとりあえず病院行け」
「え、でも……」
「勇気を見せるんだろう? それに私はあんたの恩人だ。それくらい言うこと聞け」
私は時計を再び見る。今から待ち合わせ場所の食堂へ行けば調度良さそうだ。
「悪いが私はこれから用があるんだ。保健室の先生が来たらちゃんと説明しておくんだな」
私は扉へ向かって歩き出す。そして扉に手をかけた時に神代がまたもや声をかける。
「高田さん!」
しつこい奴だな。こっちも暇じゃないんだ。
「今度はなんだ?」
私は振り返り、自分でもわかる程の焦りと不機嫌を混ぜ合わせたような声で言った。
「もしかして誰かと待ち合わせ?」
「そうだが」
「誰?!」
なんか元気そうだなコイツ。
「璃子だ。悪いがもう行くからな」
私はこれ以上神代に何か言われないためにさっさと保健室を後にした。
****
よくわからないけど病院行くだけで高田さんと友達になれるのか……。
俺は期待に胸を踊らせながら激しく後悔した。さすがにあれは言い過ぎだと思った。完全に失言だ。
でも高田さんに良いところを見せれば友達になれる!
釣られているような気がしないでもないけど……。
俺は自分の体に痛いところがないかと体を弄った。痛いところはない。運良く金鎚の当たった箇所が腹のところだったらしい。
「よし」
俺はベッドから出て立ち上がる。痣を押さない限り、特に痛みはない。
「とりあえず病院行こうかな……ん?」
ポケットに手を入れると何か紙が入っていた。それらを取り出すとそれは5万円だった。
「高田さん……取り返してくれてたんだ」
俺はそれをポケットに入れ直した。床に置いてある靴を手に取り保健室を後にした。
しかし、今までのことは今日の後に起こる事の序章に過ぎなかった。
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「君達は悪だ。だから君達は善人である高田鏡華に負けたのだ」
俺の周りには先程の善なる弱者をイジメていた5人の悪者がひれ伏していた。
「何するんですか……?」
一人の悪者が言った。
「裁きだ。理由はただの″完全″懲悪だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「あなただって暴力を振るったでしょう」
その疑問も最もだ。しかし、この悪者は短絡思考過ぎるな。
「薬と毒のような関係だ。この世界にはそれぞれの物には2つの側面がある。即ち善と悪だ。元来、神は善、悪魔は悪と言われるが、そもそも神は善と悪の2つの側面を持っていた。いや、内包していたというべきか? しかし、人間はそれを理解することができなかった。だから人間は善は神、悪は悪魔と分割した。だが人間が分割したのは悪魔で神だけの話だ。例えば、お前が持っているその金鎚は悪か? いや、善でも悪でもない。つまり、暴力という事象はあくまでも善でも悪でもない。なぜなら善にも悪にも分けなかったからだ。ならば人間はどうだろう? 善か悪かそれとも両方か? 答えは片方だ。人間という大きなカテゴリーでは両方だが、個々という小さいカテゴリーで見ればどちらか片方を持っている。ならばここで疑問が出る。人間の善悪はどうやって決まるか……? わかるか?」
「話が滅茶苦茶ですね。哲学過ぎて理解不能です。あなたは自分が善者だとでも?」
「違うな」
俺は金鎚を拾い上げてそれを悪者に振るった。
「俺は完善だ。悪を裁く俺は完全に善だ。善と悪を決める基準……それは勧善懲悪だ」
辺りが静寂に包まれた。
まるで俺を受け入れるように……。




